【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

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2013-10-16 07:04:00 | Weblog

 21世紀はもう7/8しか残っていません。

【ただいま読書中】『犬のお伊勢参り』仁科邦男 著、 平凡社、2013年、800円(税別)

 伊勢神宮には「僧」「犬」の“タブー”がありました。どちらも「死の穢れ」に関係があります。僧は葬式仏教、犬は肉片の持ち込みです。
 昔の日本には「一生に一度はお伊勢参りをしたい」という風潮がありました。そのため「抜け参り」やそれが大規模になった「お陰参り」も盛んに行われました。明和六年(1769)に式年遷宮がありそれが人々の「お伊勢参りをしたい」という願望に火をつけたのか、明和八年には大規模な(著者推定では400万人の)お陰参りが発生します。その4月16日、奇妙なことが起きました。外宮に犬が“参拝”したというのです。その犬は本宮で平伏した後、こんどは内宮に向かいやはり本宮前で平伏した後帰郷しました。犬の飼い主は山城国、高田善兵衛という者で、犬の首には道々の人々が与えた銭がくくりつけられていたがそれを奪う者はなく、途中でけんかを仕掛ける犬もいなかった、と『明和続後神異記』に書かれています。(ここで私は首を傾げます。外宮と内宮は4km離れています。その距離を犬と同じ速度で走り抜けて「両方にお参りしたのは同じ犬だ」と確認できたのは誰なのか。犬が故郷に帰るときに「あの犬がお参りをした」という噂がどうやって犬よりも先行できたのか。その辺の疑問が生じるものですから)
 江戸時代にも犬のお伊勢参りなど「虚説」と断じるひとがいました。しかし著者は一つの仮説を提出します。地域で人々と交わって生きていた犬が、お陰参りで集団で移動する人について行って、その“ついで”にお伊勢に“参った”ことは多いのではないか、それを見た人々が「犬も一緒にお参りをしている」と噂したのが「犬が(単独で)お参りをした」に噂が面白く変化したのではないか、と。これだったらあり得る話に思えます。
 話は進化します。主人の代わりに、犬が単独でお伊勢参り(代参)をするようになったのです。肥前平戸藩の藩主松浦静山は日光東照宮に参った帰り、輿から「犬」を見ます。首に奥州白河の所書きと「参宮」と記された木札をつけ、その紐に銭を通している、典型的な参宮犬のスタイルです。この犬は江戸近くまで行列と一緒に進み、そのまま姿を消しました。松浦静山は「不思議なことだ」と見たままを日記に記しています。
 寛政年間には、主人が知らないうちにお伊勢に参り、無事帰ってきた犬も登場します。お伊勢の札を身につけていたことと、帰路に「あれはお伊勢参りをした犬だ」ということで人々が銭を施してそれが一貫七百文にもなったことが“証拠”となりました(銭は重すぎるので、人が代理として運搬し、宿場宿場で村役人が受け取り次の村に送っています)。村役人も、犬に万一のことがあったり銭が紛失したら責任問題ですから、きちんと記録を残して申し送ります。だからこの話が現代に伝わったわけです。
 文政年間にもお陰参りのブームが起きます。本居内遠(本居宣長の養子の養子)は、お陰参りに批判的で、「お札が空から降ってくる」現象を「人為である」と明確に否定しています。ところがその合理主義者本居内遠が「犬のお伊勢参り」を目撃して困ってしまいます。合理的な説明ができないのですから。
 「空からお札が降ってくる」現象にも、実は手品の“種”がありました。動物を様々に活用するその手口には感心します。ただ、善男善女にとってはたとえ“それ”が嘘であろうと「お陰参り」と結びつけば「真実」として扱われることになります。「犬のお伊勢参り」もまた、同様の「真実」だったようです。「信じたい人」でこの世が構成されていたら「それ」は「真実」に転化するのです。
 犬にしても迷惑な話だったかもしれません。「個人」に飼われているのではなくて「町(村)」に飼われているから自由です。それがふらりと遊びに出たら「お伊勢参りをするに違いない」と言われて「こっちこっち」と人間に誘導され、どんどん故郷から離れ、お伊勢に“参った”らこんどは「お帰りはこちら」とどんどん誘導されるのですから。こうして「人の協力」によって「犬の自発的なお伊勢参り」が完成したのではないでしょうか。
 はじめは「不思議」扱いされていた「犬のお伊勢参り」ですが、実例が増えると慣れが生じて「不思議ではない」となります。そこで話はエスカレート。なんと、広島から豚がお伊勢参りをした、というのです。江戸時代の広島では、犬ではなくて豚がたくさん放し飼いをされていて(他藩の人間の目撃談の記録が紹介されています)、犬の代わりに豚を代参させたのではないか、と著者は推測しています。この豚は、朝鮮通信使のための食料だったようですが、他にも彦根藩・金沢藩・松山藩などでも豚の放し飼いの記録があるそうです。
 さらには「白牛」も。もうこうなると、何でもあり、ですね。
 文明開化は、犬の環境を変えました。欧米化で「個人の飼い犬」以外の“野犬”は排斥されることになったのです。人の意識も変わりました。集団となってのお陰参りはなくなり、まして「犬のお伊勢参り」に“協力”する風潮などなくなってしまったのです。
 「犬の信仰心」の有無を問うのは難しい立問ですが、「人々が『犬にも信仰心がある』と信じていたか」は答えることが簡単でしょう。江戸時代には「イエス」です。だから「犬のお伊勢参り」が実現しました。では、現代社会で私たちは何を信じて何を実現させているのでしょう?