【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

のりものくいもの

2010-06-18 18:24:28 | Weblog
かつて国鉄は、便利な交通機関であると同時に、「政治家のためのツール」でした。駅を作ったり新線を引いたらそれはそのまま「票」に直結していたのです。結局国鉄は食い物にされ、JRにされてしまいました(“証拠隠滅”と国労つぶしの一挙両得だったのだろう、と私は感じています)。
最近のJALと地方空港の話も、それと同じ構造ですね。政治と経済がタッグを組んで、甘い話で各地に地方空港を建設しそこにJALの路線をはめ込みました。で、無理がたたって、JALはこけるし、地方空港もたぶんこれから続々と廃港ラッシュになるでしょう。あるいは赤字垂れ流しを続けるか。
事業仕分けは、こういった行為そのものに対して必要だと私は思います。ただ、個別の空港一つ一つを叩いても仕方ありません。「のりものをくいものにする『構造』」を“仕分け”しない限り、いつまでも“モグラ叩き”が続くんじゃないかな。まあ、事業仕分けをする人には「お仕事がいつまでもある」状況の方が望ましいかもしれませんが。

【ただいま読書中】『そしてエイズは蔓延した(下)』ランディ・シルツ 著、 曽田能宗 訳、 草思社、1991年、2854円(税込み)

1983年ついに1200万ドルのエイズ追加予算が議会を通ります。右翼誌は「同性愛者の強力なロビー活動」と不快感を表明。政府ははじめ拒否権をちらつかせますが結局「科学者はエイズ研究に必要なすべての金を手にした」と述べます。しかし研究所の幹部たちが政府に出した試算は1200万ではなくて5230万ドルでした。そして、報道されるエイズ研究者の数は、常に水増しされました。「国民に希望を与えるため」に。
あまり露骨なことばを使わなくてすむように「エイズ語」が世間に蔓延します。たとえば「プロミスキュア(乱交傾向の)」は「セクシュアリー・アクティブ(性的に活発な)」と置き換えられました。「精液」はもちろん「体液」です。言葉は“無害”なものになりますが、社会にはエイズ・ヒステリーが蔓延しました(同席したり握手でもエイズがうつる、と患者を忌避したりバッシングしたりする動きです。エイズ研究者の子どもが近隣や学校で差別される、というものまであります。そういえば日本でもいろいろありましたね。過去形で書いて良いのかどうかはわかりませんが)。そして、真実を隠蔽する耳あたりの良い言葉の氾濫は、体を動かさず口だけ動かす人びとの怠慢を正当化するのには役立ちました。
話はどんどん醜悪の度を増します。学者の間の足の引っ張り合い。意図的とも思える予算執行の遅れ。マスメディアの沈黙あるいは歪んだ報道。なかでもひどいと私が思ったのは、バスハウス(ゲイの人たちが不特定多数とのセックスを目的に訪れる会員制セックスハウス)の経営者が、エイズ感染の温床だから施設を閉鎖しろと言うエイズ・クリニックの医者に対して「おれたちはゲイが来るから儲かる。お前たちは患者が来るから儲かる。(だから良いじゃないか)」と言ったことばです。もっとも、本書に登場する中で、これが“最悪のセリフ”という訳ではないのですが。ここで紹介されているギャロのやり口(パストゥール研究所の発表を無視し、政治を巻き込んで自分に有利な状況を作り(フランスではなくてアメリカがナンバーワン!)、本当の第一発見者の妨害をして発表や研究をさせないようにして自分があたかも第一発見者のようなムードを作り、1年くらいしてからやっと実はフランスのLAVと自分のHTLV-IIIは同じものだと認める“戦略”)には、結局こうやって暴かれたら逆効果じゃないか、と思ってしまいますが、「政治の世界」では評価は違うんでしょうね。
84年は、真っ当なエイズ研究者にとっては悪夢の泥沼のような年でした。ただし、ウイルスが発見され(レーガン政権の手柄になるようにタイミングをはかって発見が公表され)、抗体検査もできるようになります。これは“明るいニュース”ではあるのですが、同時に「どのくらい感染が広く広がっているのかが明らかになる」点で“暗いニュース”でもありました。ハイリスクグループでの感染率は想像以上のものだったのです。
しかし……「権力の中枢にいる“隠れゲイ”は、自分がゲイであると疑われないために、ことさらゲイに対して厳しい政策を立案遂行する」という指摘は、こちらには興味深いものでしたが、それが実例をいくつも挙げられると単に面白がっているわけにはいきません。ゲイは、積極的な反ゲイの人や消極的なゲイ嫌悪の人だけではなくて、ゲイそのものによっても傷つけられるのです。それがエイズ流行下であっても。いや、エイズ流行下だからこそ。
84年夏、エイズに対する一般の関心は急速に低下します。患者と死亡者数は増えていたのですが。その年の民主党大会はサンフランシスコで開催されましたが、共和党はその機会を捉えて「民主党はAIDSを支持する政党になった」と主張します。民主党の中でも意見は割れていました。結局人の死でも政争の具です。ただしそれらは声高には語られませんでした。暗黙の内での“論争”だったのです。
血液銀行をめぐる“戦い”も膠着していました。合理的なエイズ対策の提案は「否認」「遅延」「詭弁」「利己主義」によって阻まれ続けていたのです。
エイズの街娼についてのニュースが大々的に報じられます。これでエイズは公式に「ゲイ特有の病気」ではなくなりました(その時アメリカ国内での患者数が8000人(その多くはゲイ)を越えたことは黙殺されていますが)。フランスでは新しい薬による治験が始まります。アメリカでも有望な新薬が見つかりますが、「これで治る病気となったら、肛門性交を奨励することになる」という政治的配慮から発表にはストップがかかります。学校でのエイズ教育は「パニックを引きおこす」と拒否されます。広範な血液検査は、個人の秘密を守る法的保証がなかったため「人権侵犯」と大々的な反対運動に阻まれます。
しかし、科学・政治・行政・経済・教育、それぞれの世界での無策や怠慢や悪意による行動のツケは、結局1985年に露わになることになります。すべてが後手後手となった結果、感染者数は増加し続け、医療も福祉もパンク寸前となったのです。

「人にうつさないためにセックスをやめろ、だと? 自分は死病をうつされた。だから誰か他人にうつしても良いんだ」と言い放つゲイがいます。しかし、エイズの人びとのためにボランティアとなって市中や病棟で尽くした最初の集団もゲイ団体でした。ある人が素晴らしい人かそうでないかといった価値判断は、「その人の性的嗜好(志向)が異性か同性か」とは無関係らしいことが、本書からは見て取れます。あるいは「公衆衛生の見地からエイズ問題にどのくらい関心を持つか」は、リベラルとか保守とかで異なるのではなくて、公衆衛生にどれだけ関心を持っているかによって決定されることも。
そして「以前」と「以後」を分けるであろう重要な出来事が起きます。「血液製剤で感染した人による血液銀行を相手とした訴訟」と「有名人のエイズ発病(の公表)」です。ただし、ロック・ハドソンの発病とパリでの治療は、新しい火種を米仏対立に持ち込むことになりました。(アメリカは当時、ウイルスに対するパストゥール研究所のパテントは認めず、翌年申請されたギャロ博士のパテントを認めていました。それは検査キットの巨大な収入がどこに行くかを決定するものだったのです)

これを「アメリカの問題」とか「昔の話」と片付けるのは、結局“その時”に「エイズなんか、自分の問題ではない」と片付けていた人々と同じ轍を踏むことになるでしょう。本書の前書きにはだからこう書いてあります。「これは、どんな場所のどんな人びとにも二度と起こらないように、語り伝えなければならない物語なのである」。“後出しじゃんけん”で“その時現場で苦闘した人を断罪して自分がなにか素晴らしいことをしたと勘違いする”行為と、本書とはまったく無縁なのです。そして私たちも、ここから大きな教訓が学べるはずです。学ぶ気があれば、ですが。