
<あれも聴きたい、これも聴きたい> コンサートホールのS席は?
皆さんはクラシックギターのコンサートへ行って、中央の結構いい席で聴いた割にはギターの音があまり良く聞えなかったというようなことはありませんか。または客席の隅の方の席で、演奏者があまり良く見えない席なのに、意外と音は良く聞えたというようなことを経験されたことはありませんか。
クラシックギターの演奏会で、壁際の方が音が良く聞えるということは私なんかも若い頃から経験的によく感じていたことでした。また特に2階席なんかは舞台からずっと遠いような気がするのに、音だけはとてもよく響いてくるので、チケットが安い分だけなにか得をしたような気がしたものです。最近いろんな方のコンサートの音響をさせていただいて、ますますそんなことがはっきりしてきました。
しかし、普通ステージからより近い1階席の真ん中あたり、そう、だいたいそのあたりが「S席」といわれて一番良い席だと思いますよね。よく招待席にもあてられますし、当然チケット代も高いと言うのが相場です。
ところがです、結論を言ってしまうと、特にクラシックギターのコンサートでは、最も音響的に不利なのが1階の中央「S席」といわれるあたりなんですね。「えーッ!」とお思いになるかもしれませんが仕方ありません。とにかくどうしてこんなことが起るのでしょう。
私達はコンサートホールではあらゆる方向からの音を聴いています。どんな音かというと、大きく分けて演奏者の弾く楽器からまっすぐに届く「直接音」と、ホールの壁や天井で反射して届く「関節音(反射音)」の2種類だということは簡単に理解できますね。
直接音は、演奏者から遠ざかれば遠ざかるほど当然減少して小さくなっていきますから、ステージにいる演奏者と聴いている私達との距離に密接に関係していますが、たとえば客席のど真ん中で聴いている人と、その同じ列の両サイド(両方の壁際の席)で聴いている人とでは音響的な条件はどう違うでしょう。真ん中で聴いているといっても最前列ならいざ知らず、会場のど真ん中なのですから、その両サイドの人と比べても、演奏者からの距離はそんなに大きく変わりません。しかし両サイドの人はど真ん中の人に比べて演奏者から出た音が反射する壁にうんと近いということが重要なポイントです。もうひとつ天井に当って反射した音もありますが、これはど真ん中にいる人と両サイドの人とでは耳に到達するまでの距離としてはあまり大きな違いはありません。楽器から出る音は、四方八方に広がりますが、いずれにしてもど真ん中にいる人は壁際にいる人に比べて、全ての反射音から遠いことになり、耳に届く音の総量としては圧倒的に少ないことになります。
オーケストラのように、またはピアノやヴァイオリンのように、元々の音のパワーの大きな楽器の場合は、直接音だけでも充分聴衆の耳まで届くのですが、クラシックギターのように、もっている音のパワーが小さく、なるべく会場の反響を利用しなければならないような楽器では、全ての壁・天井から遠い「ど真ん中の席」が音響的には一番不利ということになるのです。
同じ理由で2階席は、演奏者からの距離はあまり1階席と変わらないのに、天井からの反射音が豊富になる分、1階席よりずっと有利になりますし、2階席も後へ行けば行くほど、今度は床が段々せり上がっているのが一般的で、結果天井が近くなって、そこからの反響音が大変豊かになってきます。
以上のような理由からクラシックギターのコンサートでは大方のホールで、1階席であればなるべく壁際、あるいは1階席よりは2階席の方が音響としてはずっといい響が楽しめるということになることが多いようです。
ですから、コンサートホールとしては、左右方向に客席が広いと音響的にあまり好ましくなく、収容人数が同じなら前後に長いほうがむしろよい響きが得られることになるんですね。(いつもニューイヤーコンサートが行われるウィーンのホールなんかはまさにそんな形になっていて、大変響きの良いホールといわれています)つまり、あまり横に広いと、両サイドの壁から遠いエリヤが大きくなり、またそんなホールは一般的に天井も高いことが多いので、結果中央の席(S席)はほとんど演奏者の楽器から出る直接音しか届いてこないということになってしまいます。勿論そのためにもステージの真上にセットされる反響板というものがあるのですが、残念ながらギターの場合はヴァイオリンやピアノと違って、音は表面板から前方にばかり出ていて、上に向かっては殆んど出ていないのであまり役に立ちません。従って1階のS席は、音響的にはやはり最悪の席ということになってしまうことが多いんですねえ。
ホールにはそれぞれ固有の音響特性(*周波数特性や残響特性など)があるし、低音の方が高音に比べて減衰しやすい(遠くへ行けば行くほど低音ばかりが聞え難くなる)ことが多く、あまり広いホールでは、特に1階中央の席では、折角のギターのふくよかな低音が乏しくて、高音ばかりがチャラチャラ聞えてくるということをよく経験します。
こんなことをいうと、これからのコンサートはS席がまったく売れないことにもなりかねませんが、ここらで「良い席」というものの概念そのものを考え直さなければならないのかもしれません。
*(ホールの周波数特性とは、ある周波数の音だけ少し聞こえ難かったり、あるいは他の周波数の音より大きく聞えてしまうといった現象が起るということで、どんな部屋やものもそれ特有の周波数特性をもっています。いずれにしても間近で聴くようには聞えないという性質があるということです)
内生蔵 幹(うちうぞう みき)
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今度は壁に近い席も積極的に座ってみたいと思いました。また専門的で面白いコラムを楽しみにしています。