(15) スロバキア(Slovak Republic)。首都はブラチスラヴァ(Bratislava)。北西にチェコ(Czech)、北にポーランド(Poland)、東にウクライナ(Ukraine)、南にハンガリー(Hungary)、南西にオーストリア(Austria)と隣接する。古代にはサモ(Samo)王国・モラヴィア(Moravia)王国として独立を保った期間もあったが、一〇〇〇年間少数民族としてハンガリー王国の支配下にあった。第一次世界大戦後、オーストリア・ハンガリー帝国(The Austro-Hungarian Empire)からチェコと合併するかたちで独立し、その後、いくつかの変遷を経て、一九九三年一月一日にチェコスロバキアから分離独立し現在に至る。スロバキアの語源はスラヴ (Slav) であり、これはスロベニアと同じである。そのため似たような国名になっている。
一〇世紀になるとマジャール(Magyar)人の侵入を受け、ハンガリー王国に組み込まれた。第一次世界大戦の終了と共にオーストリア・ハンガリー帝国は崩壊。一九一八年、独立運動の指導者トマーシュ・マサリク(Tomáš Garrigue Masaryk)は、単一のチェコスロバキア人国家として独立を宣言した。さらに、ハンガリーに侵入して北部ハンガリーのほとんどの地域をハンガリーから奪取した。これが現在のスロバキア国家の基本的な領土となっている。
一九三九年三月一四日、ナチス・ドイツ(Natis Deuche)によってチェコスロバキアが解体され、スロバキアは独立宣言。ドイツの保護国「スロバキア共和国(独立スロバキア国)」となった。
共産党体制下のチェコスロバキア(一九四五年~一九八九年)、そして、一九九三年、チェコとの連携を解消して(ビロード離婚、Velvet Divorce)、スロバキア共和国が成立。二〇〇四年、EU加盟国となった。〇一年の国勢調査による民族構成は、スロバキア人が八五・八%、マジャール人が九・七%、ロマ(Roma、ジ)が一・七%、チェック人が〇・八%である。この他に、チェック人ではなくモラヴィア人、シレジア(Silesia)人としてのメンタリティを持っているもの、ルテニア(Ruthenian)人・ウクライナ人、ドイツ人、ポーランド人、クロアチア(Croatia)人がいるがその総数はおおよそ二%である。現代のスロバキアは比較的スロバキア人均一性が高い国民国家としての性格を有している。ただし現在のような民族構成がほぼ固まったのは第二次世界大戦以降である。ユダヤ人のコミュニティーも多かった。スロバキアのすべての町村にスロバキア語以外にハンガリー語の名があり、また多くの町がドイツ語の名前を持っているのはこのためである。
〇四年の調査によるとカトリックがもっとも多く六〇・三%を占める。次いで宗教的メンタリティを持たないものが九・七%、プロテスタントが八・四%、ギリシャ・カトリックが四・一%、東方正教会が四・一%等である(Wikipediaより)。
(16) 一九九九年一月一日のユーロ発足時は一一か国。オーストリア(Republic of Austria)、ベルギー(Kingdom of Belgium)、フィンランド(Republic of Finland)、フランス(French Republic)、ドイツ(Federal Republic of Germany)、アイルランド(Ireland )、イタリア(Republic of Italy)、ルクセンブルグ(Grand Duchy of Luxembourg)、オランダ(Kingdom of the Netherlands )、ポルトガル(Portuguese Republic)、スペイン(Kingdom of Spain)であった。〇一年一月一日、ギリシャ(Hellenic Republic)で導入、〇二年一月一日、ユーロ紙幣、硬貨が導入される。〇七年一月一日、スロベニア(Republic of Slovenia )で導入、〇八年一月一日、キプロス(Republic of Cyprus)、マルタ(Republic of Malta)で導入、そして、〇九年一月一日 スロバキアで導入。二〇〇九年一月一日現在、ユーロ圏は、一六か国(Wikipedeliaより)。
(17) 二〇〇九年一月一日現在、ユーロを導入していないEU加入国は一一か国。デンマーク(Kingdom of Denmark)、リトアニア(Republic of Lithuania )、ラトビア(Republic of Latvia )、エストニア(Republic of Estonia)、英国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland )、スウェーデン(Kingdom of Sweden)、ポーランド(Republic of Poland)、チェコ(Czech Republic)、ハンガリー(Republic of Hungary)、ブルガリア(Republic of Bulgaria)、ルーマニア(Romania)。ユーロ導入した国としていない国を合わせたEU圏は、二七か国である(Wikipedeliaより)。
(18) 英政府は二〇〇八年一〇月八日、世界的な金融危機にさらされていた国内銀行への救済措置として、主要八行の一部国有化を含む、総額最大五〇〇億ポンド(約八兆八〇〇〇億円)の公的資金の注入に踏み切った。英財務省によると、この資金で政府が主要銀行の優先株を買い取るとしており、対象にはロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)、HSBC、バークレイズ(Barclays)、HBOS、ロイズTSB(Lloyds TSB)、スタンダード・チャータード(Standard Chartered)、アビー(Abbey)、ネーションワイド(Nationwide Building Society)の大手八行が含まれている。同救済策ではまた、銀行間融資の流動性を確保するために、二〇〇〇億ポンド(約三五兆一五〇〇億円)の特別供給枠を設けた(http://www.afpbb.com/article/economy/2526306/3409266)。
(19) 日本でも人気が高い、高級洋食器、ウェッジウッドで知られるアイルランドの大手陶磁器メーカー、ウォーターフォード・ウェッジウッド(Waterford Wedgwood )が、〇九年一月五日、経営破綻した。負債総額は、四億ユーロ(五〇〇億円)を超えると見られる。ウェッジウッドは、二五〇年前の一七五九年に英国で創業、王室も愛用する「女王の陶器」として、世界的に人気を集めていた。一九八七年には、アイルランドのクリスタルメーカー、ウォーターフォードと合併したが、近年、売り上げが伸び悩み、負債が増加していたところに、〇八年からの金融危機が引き金を引いた形である(http://news.tbs.co.jp/20090106/newseye/tbs_newseye4032285.html)。
『ウォールストリート・ジャーナル』(Wall Street Journal, January 6, 2009)は次のように報じた。アイルランドの陶磁器・ガラス製品メーカー、ウォーターフォード・ウェッジウッドは、二〇〇九年に破綻した欧州企業の第一号となったが、同社が最後ではないだろう。スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)によると、欧州企業が〇九年借換をおこなわなければならない社債と融資は五三〇〇億ユーロ(七三四〇億ドル)相当に上る。借換は引き続きおこなわれてはいるが、多くの企業にとって非常に大きな負担となるスプレッドがついている。政府債と非投資適格の社債の間の平均スプレッドは約二〇ポイント。ムーディーズ(Moodys)によると、スプレッドが一〇ポイントとすると、将来のデフォルト率は一〇%になる計算という(〇九年一月のデフォルト率は約四%)。
一方、利益率は大きな低下圧力にさらされている。アクサ(Axa)がおこなった直近の景気動向調査の分析結果によると、ユーロ圏の製造業者の業績で、〇八年末時点の実際の数字と三か月前の予想数字との差はここ二〇年近くで最大となった("Heard On The Street"より)。
紅茶販売の老舗として日本でも知られる英ウィタード・オブ・チェルシー(Whittard of Chelsea)が二〇〇八年一二月二四日までに事実上の経営破綻に追い込まれた。ウィタードは、一八八六年に創業、日本でも福岡市に直営店がある。
さらに、英国では、ヴァージン・グループ(Virgin Group)の映像・音楽ソフト専門店、メガストアーズ(Megastores)の店舗を二〇〇七年に引き継いだ「ザビ」(Zavvi)も経営破綻(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/retail/207669)。