はじめに
橋下徹・大阪府知事と平松邦夫・大阪市長が、二〇〇八年八月五日にWTC(ワールド・トレード・センター)(1)への大阪府庁移転(2)について会談した。橋下知事が働きかけた会談である。WTCとは、大阪市が大口株主として経営に参加していた第三セクター(3)である。
橋下府知事が府庁のWTC移転を言い出したのは、震災に弱いと判断された現府庁舎の耐震補強工事をするよりも、WTCを買収して、そこに移転する方が費用的に安くつき、財政危機に喘ぐ大阪府としては最適だと判断したからであると、知事自身が建前的に説明している。
しかし、本音は、かねてより関西財界の主導者たちが求めてきた関西州(4)の州都にするためであろう。すでに破綻してしまっている大阪湾岸(ベイエリア)開発(5)や、そのインフラとしての高速道路建設、鉄道新線建設を推し進めたいという関西財界の要望を実現させるというのが、府庁のWTC移転の確かな意図である。
事実、橋下知事は、WTCの展望台に立って、「ここで関西を見渡して物事を考えれば、すばらしい行政施策が出てくる」、「州都を視野に入れた場合、淀川左岸線延伸は絶対に必要」と言い、〇八年九月の府議会では、WTCのある南港(6)の人工島・咲洲(さきしま)(7)地区を、「産業集積が進む大阪湾ベイエリアの中心。関西空港と神戸空港のほぼ中間点で、関西の各エリアを結ぶ高速道路ネットワークの結節点」として表現し、さらに、〇八年一一月の記者会見では、ベイエリアを核とする「新
都心構想」を発表した。
大阪湾を取り囲むベイエリア地区とは、西側から順に、姫路を中心とした播磨工業地区、神戸を中心とした阪神工業地区、そして尼崎と大阪を中心にして、東側の三重県の新興工業地区、南側の和歌山・岸和田・堺の工業地区を抱えるものである。つまり、ベイエリア地区開発とは、太平洋経済圏に向かう物資・サービスの結節点と
して大阪を育成しようとする巨大なプロジェクトである。
しかし、それは、大阪市の主導性を否定し、大阪府を指揮者とする関西州実現に向かって大阪市を従属させようとする意図をも持っている。
「現在は南北の御堂筋が大阪の中心だが、主軸を西に広げたい」と、上記の記者会見で、「なにわ筋線」の新設、西梅田と十三(じゅうそう)を結ぶ地下鉄新設、「京阪中之島線」の延伸などの構想を語った橋下府知事の念頭には、大阪市の主導権などまったくない。行政責任から見れば、これらはすべて大阪市が受け持つ範囲であるはずである。ここに、橋下知事の姿勢が如実に表れている。それは、大阪市やその他の府下市町村は、大阪府の指導に従えという居丈高なものである。
そして、〇九年二月一九日、橋下知事と平松市長が府庁のWTC移転に関する基本的合意が成立した。待ってましたとばかり、「社団法人・関西経済連合会」、「社団法人・関西経済同友会」、「大阪商工会議所」の大阪の経済三団体が、これを歓迎する「緊急アピール」を発表した。以下、個条書きで要約する。
①〇九年二月一九日、大阪府知事と大阪市長が共同で関西州を見据えた「都市構想」(案)を発表した。
②経済三団体は、「大阪府・大阪市連携」を意欲的な挑戦として高く評価する。
③大阪・関西の発展の起爆剤として大阪府庁のWTC移転を支持する。移転は、大阪・関西全体の「新たな発展軸」の形成に寄与する。
④WTC移転は、府の財政負担がもっとも小さく、WTCの早期処理など行財政改革の意味から最善の案である。
⑤大阪府知事と大阪市長は、リーダーシップを発揮し、残された課題の解決について全力をあげていただきたい。
⑥大阪府、大阪市は共同して総合的な「都市構想」を策定すべきであるのに、今般合意された都市構想は、ベイエリア地区と大阪城周辺地区のみが触れられているにすぎない。今後、大阪府、大阪市は共同して、両地区との整合性をとって、梅田北ヤードをはじめとした大梅田地区、中之島地区、阿倍野地区、彩都(8)などを含めて、東西軸と南北軸を包含した総合的な「都市構想」を策定すべきである。
⑦経済界は「都市構想」の策定に協力する。大阪府、大阪市が共同して総合的な「都市構想」の策定に取り組むことに対して、経済界は、議論への参画など、応援、協力していきたい(http://www.osaka.cci.or.jp/chousa_kenkyuu_Iken/Iken_youbou/apl090219.pdf)。
自治体が、大阪の再開発に邁進すべきであるというのは、関西財界のかねてからの念願であった。〇四年(平成一六年)三月一日、「関西経済連合会」の当時の秋山喜久会長が、記者会見で、大阪市の担うべき課題として、市庁の移転の必要性を次のように語った。
「大阪市役所の土地、建物を売却し、市の中枢機能を南港のWTCなどに移して、南港周辺を吹く都心として整備する。大阪・淀屋橋の一等地にある市役所を民間に売却して、市役所に接する御堂筋を活性化するとともに、売却益を大阪市の第三セクターの負債に充てることを考えてみてはどうか」(http://hirosec.iza.ne.jp/blog/entry/672217/)。
第三セクターである「WTCの救済ありき」という意図をこの発言が秘めていたことは明らかである。「関経連」にとって、それを実行するのは、大阪府、大阪市のいずれでもよかったのである。第三セクターで完全に行き詰まった大阪市から大阪府に実行主体を変えさせるというのが、「関経連」の意図である。
事実、橋下知事は語った。
「関空に降り立ったとき、空港のすぐ前面にWTCがそびえ立っている。それが関西州の州都だという光景は非常にすっきりする」(上記、http://hirosec.iza.ne.jp/blog/entry/672217/)。
まさに、関西州を目指す象徴的存在としてWTCが知事の脳裏を支配していることは間違いない。一九二六年に完成した府庁本館は、老朽化が進み、震度六以上の地震で倒壊の恐れがあると指摘されたことが、知事には奇貨であった。