消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(308) オバマ現象の解剖(53) サブリミナル(4)

2010-04-11 16:55:37 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 三 陰と陽による諸宗教の統合


 「ニューエイジ」といい、「ハディト」、「ヌイト」といい、これらのキーワードは、アレイスター・クローリー(Aleister Crowley)の『法の書』(Crowley[1926])を想起させる(8)。

 『法の書』は、一九〇四年、新婚旅行先のカイロ(Cairo)で、神「ホルス」(Horus)の使者である「アイワス」(Aiwass)という天使を通じて、クローリーに与えられたとされている。アイワスが口述で自分に、一九〇四年四月八日から三日間かけてその書を書かせたとクローリーはいう。『法の書』は、オカルトそのものであるが、宗教界に、結構大きな衝撃を与えたものである。

 『法の書』を得た一九〇四年から既存宗教の時代が終わりを告げ、「新時代」(New Age=Aeon)が始まると彼は主張していた。

 旧い時代とは、従来のキリスト教に代表されるように、人間が神に従うだけの奴隷の宗教の時代を指す。新しい時代とは、人間自身が自己の内なる神性、つまり真の意志を発見し、神と合体できるようになる時代である。旧い時代を潰し、新しい時代を打ち立てるのが、人がとるべき使命であると、彼は主張した。彼によれば、人には等しく神性がある。人は、修行によって、それを自覚できる。そのことによって、神と人との対話が可能になる(http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/hounosyohtm.htm)。

 『法の書』は、三つの章からなり、それぞれの章が、三位一体的な三つの神を代表している。

 第一章は、星空の女神であるヌイトからの人類へのメッセージが語られている。この女神は、エジプト神話の「ハトル」(Hathor)、ギリシャ神話の「ビーナス」(Venus)に通じるもので、愛、歓喜、繁殖、自由の担い手である。この女神は、すべての事物・精神を包容する象徴としても語られている。この第一章は、女神の時代としてイメージされている。内容的には、エジプト神話の女神「イシス」(Isis)が想起されている。つまり、もっとも古い人類の社会は、女神の時代であったとされる。

 第二章は、神性を代表する太陽神、ハディトの説話である。エジプト神話の「オシリス」(Osiris)と関連づけられたものである。この第二章では、個々人の中に隠されている神性が語られる。ギリシャ神話の「ヘーデース」(冥界の神=Hades)のイメージも重ねられている。つまり、男性の神のイメージである。人間社会は、女神の時代ののちに男神の時代が続くが、この時代も消滅してしまうというのである。

 第三章は、ヌイトとハディトとの合一から生まれる「新しい時代の主」(Lord of the new Aeon)を説いたものである。主とは「ホルス」であり、ヌイトとハディトとの子である。この新しい時代を実現させるホルスの力は、神性という内的エネルギーを実現させる「新時代」(Aeon)である。これは、世界征服を内容としている(http://www11.plala.or.jp/fukinya/demonindex3.html; http://tim.maroney.org/CrowleyIntro/The_Book_of_the_Law.html)。

 ウィリアム・ガーベイは、『法の書』を強く意識していたのであろう。この書にある陰と陽の組み合わせを理解することによって、古今東西のすべての宗教を統合し、人間の実践的能力を高めることができると、ガーベイは意識している。

 『法の書』では、事実、夜空の星の女神と、昼の太陽の男神という陰と陽の世界が繰り返し語られる。「夜」と「昼」、「星」と「太陽」、「女」と「男」、いずれも対極の位置にありながら、互いが互いを照らし出し、互いの存在価値を確認し、互いが互いを必要とする。その集約がヌイトとハディトである。ヌイトとハディトという陰陽の合一によって、新しい生命が生まれるという理解の仕方は、世界の宗教を融合させるのに非常に都合のよい構造を持つ。ガーベイ・センターは、バビロン(Babylon)、エジプト、ローマといった古代宗教や、カトリック、仏教(Buddhism)、等々に見られた「神智論者」(Theosophist)を現代に復権させて、NAMNAMに動員しようとしている。

 瞑想や修行を通じて、自己の内部の神性を引き出し、万物が互いを引き寄せて集合的な力を得るという構造を認識することによって、神との合一を人は目指すべきであるとするのがNAMである。このNAMの特徴は、オカルトと近代科学とを分離するのではなく、古代のオカルトの持つ意味を近代科学によって現代に再生させたいという希望を持っている点に特徴がある(http://www.fmstar.com/movie/j/j0589.html)。バックミンスター・フラーのジオデジック・ドームを、ガーベイが重視するのも、オカルトの持つ「科学性」を強調するためであった。

 そのフラーは、熱烈なNAM運動の指導者であっただけでなく、多大の貢献を現代建築学にはたしてきた人である。フラーが参加しているというだけで、NAMは社会的な認知を得たのである。

 フラーは、「宇宙船地球号」(Spaceship Earth)(Gabel[1975])という言葉を編み出した人である(9)。これだけでも、NAMの存在を人々は意識してしまう。フラーは、人間の生と地球との共存の必要性をいち早く訴えた科学者であった。彼のジオデジック・ドームは、大円に見立てた全体が、三角形によって枠組みされていて、最小限の表面積で最大限の体積を包囲できるドームである。彼は、第二次世界大戦以前から、ガーベイ・センターがのちに設立されることになるウィチタで、その実用化に取り組んできた(後述のウィチタ・ハウス)。

 彼のドームは、「ベルヌーイ効果」(Bernoulli Effect)を初めて建造物に取り入れるという、建築上の革新を実現したものである。ベルヌーイ効果というのは、たとえば、目の前を列車が猛スピードで通過したとき、後ろから強い風で列車の方に吸い寄せ力が生じるという現象のことである。強い気流は、内に引き寄せる力を生むというのが、ベルヌーイ効果である。ドームに当たる太陽光線がドーム内の対流を生み、それによって、新鮮な空気が絶えず屋内に呼び込まれるという作用がジオデジック・ドームにはある。彼の作ったドームとしては、一九六七年の「モントリオール万博」(Montreal EXPO=International Exposition)の米国館ドームがもっとも著名である(火災で焼失)。ちなみに、現在、多くの家庭で実用化されているユニット・バス(Unit Bath)はフラーの発想による(http://www.dnp.co.jp/museum/nmp/artscape/artwords/a_j/geodesic.html)(10)。

 古代から、三角形は、人間の尊厳を象徴するものとして人々に意識されていた。何種類もの三角形が多数集まれば集まるほど、堅固かつ巨大なドームを建設できることに、フラーは、人類が向かうべき哲学を夢見た。単独の要素で、モノが建設されるのではなく、多数の要素が上手く組み合わせれば組み合わせられるほど、建造物は巨大、かつ、堅固なものになる。そして、円という巨大な秩序が形成される。そこには、万物の共存と調和が視覚化されているのである。NAMが、フラーのピラドームを強調したのは、じつに、万物の共存を目指す自らの思想がそこに体現させられているからである。

 フラーの出発点は、数学者であった。軍隊に従事したのち、都市や住環境、エネルギーなどの課題を「最小限のもので、最大限の効果を得る」(More for Less)という点に求めた。これは、デザイン・建築界の「モダン・ムーブメント」(Modern Movement)に則ったもので、彼は、その課題を「ダイマクシオン」(Dymaxion)と名付けて追求した。フラーが一九四七年に発表したジオデジック・ドームは、その多面体構造はもとより、最小限の材料で作られ、しかも、輸送や組立が簡単なものであることから、建築界に衝撃を与えた。その構造は、様々な製品、博覧会、軍事施設、宇宙開発に応用されている。また、航空機の流体に倣った「ダイマクシオン・カー」(Dymaxion Car)や,居住環境のプロトタイプを目指し「ウィチタ・ハウス」(Wichita House)と命名された金属製住宅など、大量生産と合理性という数学者的な志向性を明確にしたフラーのデザインは、システマティック建築やプレハブ(prefabrication)、エコロジカル・ファシリティ(ecological facility)など、今日の都市化産業の先駆けとなった(http://www.cc.kurume-nct.ac.jp/LIB/kiyou/kiyou18-2/FUJITA.pdf)。

 フラーは、科学者、哲学者、数学者、建築家、宗教家、自然主義者、芸術家、文学者であった。彼の多くの科学上の貢献は、第二次世界大戦の悲劇に深く悲しみ、地球上に存在するすべての物質、生命の相互依存関係を重視し、そうした共存のありかを表現したものであった(" A short page about Buckminster Fuller (Bucky)," http://www.lsi.usp.br/usp/rod/bucky/buckminster_fuller.html; " Geodesic Domes," http://www.insite.com.br/rodrigo/bucky/geodome.htm)。

 フラーの信奉者で、活動仲間の一人に日系二世のキヨシ・クロミヤ(Kiyoshi Kuromiya)という人がいた。奇しくも、二〇〇〇年、自分の誕生日の五月九日に死去したクロミヤは、世界的なエイズ(AIDS=Acquired Immune Deficiency Syndrome)撲滅運動の指導者であった。クロミヤは、米国で市民権運動、反戦運動、ゲイ擁護運動で著名な活動家であった。彼が創設したエイズ撲滅運動の拠点、「極限の道計画」(Critical Path Project)の理論的・精神的支柱はフラーであった。このプロジェクトは、精神的癒し(therapy)をフラー理論に求めたのである。

 クロミヤは、第二次世界大戦中の一九四三年五月九日に、在米日系人を隔離収容するキャンプ内で生まれた。それは、ワイオミング州(Wyoming:)のハート・マウンテン(Heart Mountain)のキャンプであった。彼は、ペンシルバニア大学(University of Pennsylvania)在学中から市民権運動に邁進していた。一九六八年には、ベトナム(Vietnam)戦争で米国がナパーム弾(napalm)を使っているとして、抗議行動を組織した。一九七八年から一九八三年にかけて、彼はフラーと世界中を旅行した。彼らの世界行脚は、一九八三年のフラーの死によって終わった。フラーの晩年の著作のいくつかは、クロミヤの協力を得たものである(http://www.actupny.org/reports/kiyoshi.html)(11)。逆にいえば、フラーを利用したガーベイたちとは異なり、死ぬまで対抗文化運動とともに歩んだのが、フラーであった。

 センター内に設置しているフラー型ピラミッドの効用について、ガーベイ・センター自身が、説明している(Aho, Barbara,"The Council for National Policy," http://watch.pair.com/cnp.html)。

 ①ピラミッドは、構造的に堅固である。とくに、ジオデジック・ドームはそうである。

 ②世界にはおびただしいエネルギーが交錯している。そうしたエネルギーが、人間の生活に大きな影響を与えている。とくに、電磁波の影響が大きい。実験の結果、ピラミッドの内部で生活することが、有害な電磁波から人の身体を防御するのにもっとも適切であることが判明している。水、土壌、動植物の生育などの面で、ピラミッド内部の生活環境は快適である。

 ③古代から、ピラミッドは宇宙のシンボルであった。それは、地球上の東西南北という方位(four cardinal points of the earth)を示し、万物を象形し、人間の体の四つの部位構造(頭、胴、手、足)を象徴する。

 ④各面は三角形から成り、神性の三位一体を象徴する。生・成長・死といった人生の三つの局面も表現する。

 ⑤米国建国の父たちが、ピラミッドを国璽の裏側に表現した。

 ⑥当センターのスローガンである、「健康」(health)、「福祉」(well-being)、「精神」(mind & spirit)の三目標をも三角形は示している。

 ピラミッドは、NAM運動の「シンボル」(象徴)であり、「コード」(記号)である。

 民衆のエネルギーに時代の進展を委ねるという指向を持つNAMの出発点は、「対抗文化」であり、既成権力の否定であった。にもかかわらず、その運動は、ポピュリズムに傾斜するにつれて、ネオコンサーバティブ的な、むき出しの暴力に支えられる新たな権力を生み出してしまった。こうした、宗教の転生の経緯は分析されるべき重要な課題である。事実として、NAMの人脈が、米国社会の右傾化に強力な貢献をした。