消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(306) オバマ現象の解剖(51) サブリミナル(2)

2010-04-08 21:59:08 | 野崎日記(新しい世界秩序)


一 米国国璽のピラミッド


 一九七〇年代の「ニューエイジ・ミュージック」(New Age Music)の騎手で、ジョン・デンバー(John Denver)(1)というシンガー・ソング・ライターがいた。ニューエイジ・ミュージックとは、ニューエイジ哲学を音楽化したものである。これは、イージー・リスニングや瞑想的でスピリチュアルな音楽を基本にしている。ニューエイジのミュージシャンたちは、現代のハイペースな生活に疲れた人々を癒すような抑制ぎみのサウンドを作り出した。そして彼らは、精神的なヒーリング効果や優越感を得るために、ノン・ウェスタン・ミュージックの音楽的要素を拝借することが多かった。

 この音楽で一世を風靡したデンバーが、一九七六年コロラド州(Colorado: CO)スノーマス(Snowmass)近郊の田舎に「ウィンドスター」(Windstar)という瞑想修行用の広大な道場を建設した。そこでは、ピラミッドがシンボルとして配置された。

 NAMは、このピラミッドの建設から始まったといえなくもない。このピラミッドが、その後、「ジオデジック・ドーム」(geodesic domes)(2)として、全米にNAMの象徴として建設されていった。

 ここに、NAMの象徴的性格を読み取ることができる。ピラミッドは、エジプトの専売特許ではない。ピラミッドは古代から世界各地で建設されている。米国では、ピラミッドは、建国精神を象徴するものである。NAMのポピュリスト的性格は、米国人の古い(もちろん、相対的な意味においてであるが、ほんの二〇〇年前でも米国人の脳裏には古いものと映る)記憶に訴えたことにすでに現れている。

 個人には「花押」がある。家族には「家紋」ないしは「紋章」(heraldic emblem)がある。同様に国家にもそれに匹敵するものがある。それが、「国璽」(こくじ)(Great Seal)である。米国の国璽には白鷲(White Eagle)とピラミッドが描かれている。この点について、在日米国大使館がそのウェブサイトに解説を掲載している。少し長くなるが、なかなか興味深い内容なので、さわりを紹介しておこう。ただし、このサイトに載っている文章は、日本語としてあまりできのよいものではないので、文体や助詞の使い方を変えてある。

 一七七六年の大陸会議(Continental Congress)は、ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin、一七〇六~九〇年)、トーマス・ジェファーソン(Thomas Jeferson、一七四三~一八二六年)、ジョン・アダムズ(John Adams、一七三五~一八二六年)の三人に米国の国璽を決めるように指示した。この委員会と、さらに二つの委員会がデザインの作成に六年以上の年月を費やした。三番目の委員会がフィラデルフィア監督教会(Philadelphia Episcopal Church)の聖職者の息子であり、紋章学(heraldry)の権威であったウイリアム・バートン(William Burton)の協力を取り付けた。バートンは二つのデザインを考え出し、その一つをチャールズ・トムソン(Charles Thompon)が簡素化した。

 鷲は米国の国鳥である。翼を広げ、爪を伸ばした鷲の頭上には、一三個の星を戴く栄光がデザインされている。一三の数は最初の十三州を意味している。右の爪は、平和を象徴する一三枚の葉がついたオリーブの枝を掴み、左の爪は、戦争を象徴する一三本の矢を掴んでいる。オリーブの枝の方に向けられた白頭は、平和を願うことを意味している。鷲の胸を保護する一三本の縞が入った楯は、国家を象徴している。楯の上部は議会を、白頭は行政府を、そして尻尾の九枚の羽は最高裁を表している。鷲の嘴(くちばし)のリボンは、十三文字のラテン語のモットー、"E Pluribus Unum" 、つまり『多くの中から選ばれた一つ 』という意味である。


 国璽の裏側には、ピラミッドが描かれている。ピラミッドは、強さと忍耐力を象徴している。そして、ピラミッドは未完成である。それは、成長と完璧さを求めて、たゆまなく努力する姿勢を象徴している。ピラミッドの頭上には、栄光に輝く三角形の眼(All-Seeing Eye)がある。それは、永遠の神の眼であり、神聖なる神の導きを象徴している。そして、物質の上に精神が置かれるべきことを意味している。ピラミッドの頂点には、一三の文字から成る、ラテン語のモットー、"Annuit Coeptis" が書かれている。それは、『神はわれわれとの約束を歓ばれ給う』という意味である。ピラミッドの底部には、ローマ数字で独立した年の一七七六(MDCCLXXVI)が記されている。その下に、"Novus Ordo Seclorum"、つまり、『新しい世界の秩序』(A new order of the ages)というモットーが書かれている」。  米国の通貨にも、神と国璽のデザインが記されている。

「米国のコインには神のご加護が書かれるべきだという多数の市民の請願を受けて、当時の財務長官、ソロモン・P・チェイス(Salmon Chase, 一八〇八~七三年)が、一八六四年、二セント・コインに、初めて'"In God We Trust"'(われら神を信ずるものなり)という標語を使うことを許可した。一九五五年に議会はすべての紙幣とコインにこの標語を使うよう指示した。一九六三年以降、すべての額面の紙幣にこの標語が使われている。

 デザインの一部として米国の国璽を使った最初の紙幣は、一九三五年発行の一ドル紙幣である。以来、国璽は一ドル紙幣の裏側、つまりグリーン色の側に使われるようになった」
http://usembassy.state.gov/posts/ja3/wwwh3money.html)(3)。

 見られるように、米国の国璽には、現代米国の性格を象徴づけているキーワードが散りばめられている。

 ここには、現代の米国の好戦派たちが多用する"new"、"order"、"ages" がすでに使われていた。一九七〇年代末の米国で流行した"New Age"、"Emerging Order" は、一九七〇年代になって初めて流布した標語ではなく、米国が、建国以来、一貫して目指してきた理想である。イスラム原理主義者たちだけが古代のイスラム社会への復帰を唱えているのではない。米国のキリスト教右派もまた米国を建国時の精神に戻そうとしている。つまり、「新しい世界の秩序」の建設が、「米国民を強く」成長させる必須の条件である。権力者たちは、米国民につねに「神に選ばれた国」の国民であることを意識させるべく、様々なメディアを通じて一種のマインド・コントロールをおこなっている。

 ここまで書けば理解していただけるであろう。オバマ(Barack Hussein Obama)もまた建国の父たちは偉大であったという米国民に刷り込まれた神話を最大限利用したのである。

 そうしたイメージの刷り込みに大きな貢献をしたのがハリウッドであったことはいうまでもない。たとえば、映画制作者のジェリー・ブラッカイマー(Jerry Bruckheimer)は、米国政府が対外戦争をする決意をした節目節目に、映像で米国民の戦意高揚に貢献してきた。

 二〇〇一年の九・一一テロの直前には、奇襲攻撃を受けた米国民の怒りを喚起すべく、日本軍による真珠湾攻撃の非道さを(たとえば、日本の戦闘機による病院爆撃。実際にはなかった)執拗に描いた『パール・ハーバー』(真珠湾=Pearl Harbor)がブラッカイマーによってリリースされた。それは、まるで、九・一一テロを予め予想していたかのようなタイミングのよさであった。

 一九九二年、米国はソマリア(Somalia)の内戦に介入した。この武力介入にソマリア民衆は反発、紛争はかえって激化した。焦った米軍は九三年一〇月、敵対勢力幹部の拘束を狙って首都モガディシュ(Mogadishu)に特殊部隊を突入させた。だが、作戦はソマリア民兵の激しい反攻を受け、米兵一九名が死亡(ソマリア人の死者は五〇〇~一〇〇〇名)。米兵の遺体が群衆に市中を引きずりまわされるテレビ映像を目の当たりにして、米国内の撤退要求世論は一気に高まった。結局、米国政府はソマリアからの撤退を余儀なくされた。このように、ソマリアの失敗は国連を利用した米国の軍事介入戦略を破綻に追い込み、米国民にとっても忌まわしい記憶となっていた。

 こうした米国民の厭戦気分を吹き払うべく、同じく二〇〇一年に『ブラック・ホーク・ダウン』(Black Hawk Down)が同氏によって制作された。ブラック・ホークとは、ソマリア兵によって撃墜された米軍爆撃ヘリコプターである。そこでは、米兵の勇敢な戦いが賛美され、ソマリア兵士たちが、残虐行為を働く悪魔として描かれていた。

 そして、ブラッカイマーは、明らかに子ブッシュの大統領選を応援する映画、『ナショナル・トレジャー』(National Treasure)をウォルト・ディズニー映画(Walt Disney Pictures)で制作し、大統領選挙年(presidential year)の二〇〇四年五月三日に、全米で封切った(日本では、二〇〇五年四月にリリース)。

 ストーリー自体は、テンプル騎士団の財宝を、フリーメーソンであった建国の父たち(Founding Fathers of America)が、個人のものではなく、国民全体のもの(National Treasure)にすべく、ウォール街(Wall Street)にある「トリニティ・チャーチ」(Trinity Church)に隠し、それを歴史学者の仲間と投資家の一味とが捜索争いをするという、たわいないものであるが、そこには、米国を神格化する様々なコード(暗号=code)が埋め込まれている。映画の観客は、神に守られた栄光の米国を賛美するように仕向けられている。

 まず、一ドル紙幣の裏面のピラミッドは、建国の父たちの理念を込めた国璽の紋章であり、それは、フリーメーソンの紋章でもあったことがさりげなく語られ、映画ではその後に「独立宣言」(Declaration of Independence)の条文が読まれる。これは子ブッシュのイラク侵攻が米国建国の理念の発露であると観客に思わせる効果がある。読まれた該当の節は、以下のものである。

 「すべての人間は平等に作られている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている」。

 「いかなる形態であれ政府がこれらの目的にとって破壊的となるときには、それを改めまたは廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのにもっともふさわしいと思える仕方でその政府の基礎を据え、その権力を組織することは、人民の権利である」。

 「しかし,つねに一貫して同じ目標を追求してきたのに、権力乱用と権利侵害がたび重なり、人民を絶対専制のもとに帰せしめようとする企図が明らかとなるとき、そのような政府を投げ打ち、自らの将来の安全を守る新たな備えをすることは、人民にとっての権利であり、義務である」。


 つまり、人民を抑圧してきたフセインの専制政府を倒した子ブッシュの行為は正しいと観客に印象づけようとしている。

 映画では、主人公が盗んだ『独立宣言書』の裏面に、「三位一体」(Trinity)の紋章が、拡大鏡で見なければならないほど極小に描かれている。いうまでもなく、建国の父たちが眠っているトリニティ・チャーチの紋章である。トリニティ・チャーチのあるウォール街とブロードウェイ(Broad Way)の交差点は、英国植民地時代には、「ヘーレ街」(Heere Street)と呼ばれていたこと、『独立宣言書』の裏面の暗号、「壁」とは、独立後に「ヘーレ街」から改名された「ウォール街」のことであること(4)、そして、『独立宣言書』を窃盗した主人公の罪を許すFBI(米連邦捜査局=Federal Bureau of Investigation)捜査官が章、「フリーメーソンのコンパスと定規」から成る「山」と「谷」の組み合わせを象った指輪をしていること、つまり、建国の父たちはフリーメーソンのメンバーであったし、その流れが現在の米国の権力機構にも綿々と連なっていること、等々が暗示される。それはまたイスラエルの国旗のイメージと重ねられている。

 伝説を象徴化(=コード化)して、コードの謎解きに人々の興味を掻き立て、人々を一定の方向に誘導するという手法は、かなり、成功度の高いものである。これは、超ベストセラーになった、『ダヴィンチ・コード』(Brown[2003])の人気が長期間持続したことからも明らかであろう。権力は、自己に有利な考え方をコード化し、人々の脳裏の奥底にそれを植え付けることに成功すれば、とてつもなく大きい政治的成果を得ることができるのである。映画、『ナショナル・トレジャー』では、伝説上の「聖なるもの」に連なる人脈によって、米国は建国され、現在の権力者もその正統な継承者であることが語られたのである。