消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(161) 道州制(3) 橋下大阪府政と関西州(3)

2009-05-20 07:02:22 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 そこに、大阪府がWTCの買収を突如打ち上げた。これは、WTCには致命的な打撃となった。新たなテナントの募集ができなくなってしまったからである。

 また売却するにも、大阪府はWTCの価値を九五億円と鑑定したが、大阪市は一五三億円と両者で五八億円もの差が出ている。不動産の鑑定はことほどさように、買い手と売り手の鑑定、つまり、雇われた不動産鑑定士の判断が大きく食い違うのである。

 橋下知事は、意図していたのか否かは定かではないが、WTC買収話を突然に持ち出すことによって、そして、経済団体のお墨付きをもらうことによって、大阪市からすべての交渉手段を奪ってしまったのである。ここからも、関西州に向かう橋下府政の強引な手法を見て取ることができる。

 WTCビルは、一九九五年に総事業費一一九三億円も投じて完成されたものである(『朝日新聞』二〇〇八年一二月二六日付)。これが、〇八年八月の橋下知事の構想によって、わずか一〇%の一〇〇億円前後で売却されてしまうのである。そして、こうした状況下では、大阪府が買収しなければ、それこそ、WTCビルは二束三文で、買い叩かれてしまうことになる。

 橋下知事が提出した議案は、WTCビル購入費一〇三億四二〇〇万円を盛り込んだ〇九年度一般会計補正予算案と、移転条例案の二つ。一般会計補正予算案は、出席議員の過半数、移転条例案は三分の二の賛成が必要である。

 府議会の会派は、知事与党である「自民党」が四九人、同じく与党の「公明」が二三人である。野党は、「民主」二四人、「共産」一〇人、「府民ネットおおさか」三人、「豊中ネット」一人、「社会民主党クラブ」一人、「フロンティア大阪狭山」一人である。つまり、知事与党が七二人、野党が三九人である。この配置では、与党全員が賛成しても、三分の二には届かない。

 『讀賣新聞』(二〇〇九年三月一〇日夕刊)が、WTC移転に関する大阪府議の賛否を、〇九年二月一九日~三月一〇日までに実施した聞き取り調査の結果を報告した。それによると、「自民」四九人のうち、賛成の意思を表明したのは、半数以下の二二人しかなかった。そして、与党のはずの「公明」は二三人中、わずか一名しか賛成していなかった。「民主」からは一名の賛成表明があった。

 反対は、「自民」一三人、「民主」一六人、「共産」一〇人(全員)と、三九人であった。三九人というのは、府議の三分の一を超える。この反対票が切り崩されないかぎり、WTC移転は不可能となる。態度未定と回答拒否は四三人であったが、この層が全員賛成に回っても移転法案は成立しないことになる。最終的な決定は、〇九年三月二三日の本会議でおこなわれる。

 「民主党」は、平松・大阪市長の与党であり、府によるWTC移転によって、大阪市が最悪の状態から脱することができるとの受け取り方をすれば、本会議では賛成に回る可能性も強かった。

 〇九年三月一六日時点では、橋下知事は、WTCへの移転を白紙撤回する可能性も見せていた。

 府議会では「府庁移転は遷都に匹敵するような重要な問題だ」などという意見があり、この府議会で早急に結論を出すべきでないとの声もあがってきた。大阪市長側も結論を大阪府が早期に出すことを要請し、府への売却にためらいが生じていた。大阪市長が結論を急ぐ背景にはWTCの処理を急ぐからである。「大阪市特定団体再建検討委員会」が〇八年二月にまとめた案によると、現状では二〇一〇年度には資金ショートする恐れがあり、法的整理や民間への売却、大阪市による買い取り策などが示された。既述のように、〇四年の「株式会社大阪ワールドトレードセンタービルディング」、大阪市、債権者(金融機関)の間で特定調停による合意があり、再建が進められていたが結局、ふたたび破綻する危機を迎えている。

 〇九年三月五日に配信された知事のメールマガジン「維新通信」では「大阪の将来像をどう描いていくかという非常に大きな問題です。各会派の代表質問では、議員の皆さんから様々な鋭いご指摘を受けました」、「大阪市との連携はもちろん、経済界や国をうまく巻き込みながら、大阪全体が発展できるよう、府民の皆さんにとってベストな結論が導き出されればと思います」などと意欲をのぞかせたが、現実には移転決定に必要な府議会の三分の二以上の賛成を得られるかは混沌としていた。大阪市にとっては結論を急ぐ必要があるが、府の立場では今府議会でどうしても決着をつけなければならないというわけではない(山本ケイ、〇九年三月七日、http://www.news.janjan.jp/government/0903/0903078879/1.php)。


 


(1) WTCと一口に表現されているが、厳密には、「大阪ワールドトレードセンタービルディング」のことを指す。大阪市住之江区南港北にある高さ二五六メートル、地上五五階・地下三階建ての超高層ビルで、愛称は「コスモタワー」。World Trade Centerの頭文字から取った略称「WTC」または、愛称とあわせて「WTCコスモタワー」と呼ばれることも多い(ウィキペディアより、詳しくは後述)。

(2) 大阪市の第三セクター、WTCを大阪府が買い取り、府庁機能を移転するという橋下徹知事の構想。WTCは二〇〇九年度中に二次破綻するのが確実で、府が移転するには必要などハードルが多い。WTCには、大阪市の本庁機能を移す構想はあったが、府庁移転構想が本格的に検討されるのは初めて。府庁が市の第三セクター所有のビルに移るというアイデアは唐突なイメージがあるが、将来の関西州を見据えた州都庁舎にしようというのが、橋下知事の構想である。二〇〇九年現在、WTCの七割は市関連部局が占めるが、この引越し先も、隣にある同じく大阪市の第三セクター、「アジア太平洋トレードセンター」(ATC)の空きスペースの利用も可能でベイエリアに行政機能を集約することもできるというのが、推進派の考え方である。

 市はWTCが二次破綻した場合、金融機関の債権に五〇五億円の損失補償(後述)をしており、一〇〇億円前後の売却など焼け石に水である。さらに府が買い取った場合、現在WTCから入っている年間五億四七〇〇万円(〇七年度)の固定資産税収入がなくなることも問題である(http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080805/lcl0808050130000-n2.htm)。