具体的なシンセティックCDOの仕組みについて、日本格付研究所(JCR=Japan Credit Rating Agency)が格付けをした「Cypher Limited シンセティックCDO」について見よう(http://www.jcr.co.jp/release/pdf/06d511.pdf?PHPSESSID=99a38d664bb8b207c92758e7ae208915)。
①このシンセティックCDOの名称は、「債券シリーズ一〇債券」である。
②その格付けは、ダブルAマイナス(AA-)。
③発行金額は、一〇億円。
④裏付け資産は、本邦企業一〇〇社を参照プールとするクレジットデフォルトスワップ、金利スワップならびに日本国債(第二三五回一〇年債)。
⑤信用補完措置は、優先劣後構造。
⑥発行日は、二〇〇六年九月二八日。
⑦予定償還期日は、二〇一一年一二月二九日。
⑧金利支払い方式は、クーポン・タイプ変動型。
⑨利払日は、毎年六月二九日・一二月二九日。
⑩元本償還方法は、満期一括償還。
⑪発行会社は、サイファー(Cypher Limited)。
⑫スワップカウンターパーティは、野村證券式会社。
⑬トラスティーは、HSBC Trustee(C.I)Limited。
⑭計算代理人は、ルクセンブルグ・ノムラ・バンク(Nomura Bank(Luxembourg)S.A)。
⑮サイファーは、ケイマンのSPC。債券の種類は、スタティック型のシンセティックCDO。
⑯サイファーは、参照プールに係るCDS及び担保債券からの固定金利を変動金利に変換する金利スワップ(IRS)を含む、スワップ契約を野村證券株式会社と締結する。
⑰本スワップ契約によって得られるキャッシュフローが、本債券の利払い(年二回)の原資となる。
⑱本債券の信用補完は、参照プールに対する優先劣後構造である。
⑲サイファーが野村證券と締結しているスワップ契約は、二〇〇三年ISDA定義集に準拠している。スワップ契約の中で定義されているクレジット・イベントは、倒産(Bankruptcy)、支払い停止(Failure to Pay)、リストラクチュアリング(Restructuring)の三種類であり、そのうちリストラクチュアリングについては、いわゆる「オールド・リストラクチュアリング」(Old Restructuring)によるものである。
⑳クレジット・イベントの発生の認識は、野村證券からの通知(Credit Event Notice)、または公開情報(Publicly Available Information:二つ以上の公開情報源による情報を含む)を充足するものとする。
21、本件のCDSに係る参照プールは、本邦法人一〇〇社を対象としたスタティックなプールである。一社あたりの想定元本は一〇億円、合計一〇〇〇億円となる。
上記①~④までは説明の必要はないであろう。⑤の優先劣後構造という信用補完措置について説明する。優先劣後構造とは、対象資産から生じるキャッシュ・フローを優先的に受け取ることができる部分と、劣後して(優先順位が低く、後回しになる)受け取る部分にとに分けて、優先順位を設けることをいう。予想通りにキャッシュ・フローが生じなかった場合のリスクを劣後部分が吸収することによって、優先部分の元利払の確実性が高まるという仕組みである(24)。
⑤⑥からシンセティックCDOの期限が五年間程度であることが分かる。⑦~⑨から利払いが変動性であることが分かる。クーポンとは利息のことであり、利付きであるという意味である(25)。利息は半年ごとに支払われるという契約であることが分かる。償還は一括方式である。⑩は、プロテクション(CDS)の売り手にしてシンセティックCDOの組成者でもあるサイファーは、日本の金融当局が十分監督ができないタックス・ヘイブン(Tax Haven=税金逃避地)で登記されたSPVであることが示される。もうこの段階から、日本の金融当局は詳細な資金の流れが掴めない構造になっている。⑪はカウンターパーティが証券会社であることを示している。カウンターパーティとはスワップの相方を指す。シンセティックCDOの組成者であるサファーは、CDS(プロテクション)を野村證券に売る(プロテクションをスワップする)。ただし、野村證券はCDS(プロテクション)の対象である債券をもっているわけではない。
しかし、CDSが対象としている企業の返済支払いが困難になったときに、対象債券がないのに、CDSを組成者から買った野村證券は支払い保証を受ける。その代わり、野村證券はサイファーにプレミアムを支払わなければならない。サイファーは、野村から支払ってもらえるプレミアムをクーポン型の変動金利に変えてもらう(スワップする)。その相手が野村證券である。これは、カウンターパーティが、図抜けて信用度の高い企業に集中しがちであることを示している。野村が、プロテクションを実行したもらうために、CDSを買ったのではないだろう。野村がカウンターパーティであるという信用度の高さから、サイファーは、シンセティックCDOの組成面で有利になる。保証を支払う信用度が十分に高くないCDSの売り手が、信用度の高い企業にカウンターパーティを集中させてしまえば、一つ二つの少数のカウンターパーティの経営破綻が、一挙に世界を破滅させかなない可能性を大きくしてしまうのである。
おわりに
米国発の金融危機は、バフェットのいう「金融版大量破壊兵器」が使用された結果でもある。金融当局が、投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻を黙認する一方で、AIGの救済に踏み切った背景には、デリバティブの急成長分野、CDSに原因があった。AIGのCDS契約残高は四五〇〇億ドル(四五兆円)に上っていた。そのため、当局は、AIGが破綻すると、CDSを通じて無数に広がる取引相手に影響が及び、金融恐慌につながりかねないと判断されたためである。 AIGはCDS市場では保険の売り手として目立った存在であった。保険の買い手である取引相手は、サブプライム・ローンを積極的に拡大してきた銀行になるはずであったが、銀行の多くはサブプライム・ローンをひとまとめにしたうえで証券化し、それを投資家へ転売することでリスクを回避していた。証券化されたサブプライム・ローンを購入した投資家は、CDSという保険を買うことで、リスクをAIGなどの第三者へ転嫁していた。第三者は「保険の売り手」としてリスクを引き受け、デフォルトのさいには元本を補填しなければならない。しかし、本来ならばリスクを回避する手段であるはずのデリバティブが、逆にリスクを助長する結果を招いてしまった。他人の資産に保険をかける行為が一般化してしまったからである(牧野洋「他人の資産に勝手に保険をかけた綻び、『金融版大量破壊兵器』を拡大させた米国」、http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20081015/173935/?P=2)。
怪しげな金融商品が、金融危機の進行中にも台頭してきている。CFD(Contract For Difference=差益決済取引)といわれるものである。証券取引所などの市場を通さない店頭デリバティブ(金融派性商品)の一種である。証券会社は、株式、株式指数、債券、商品先物などの各種金融商品を顧客に売りつける。この売りつけられた金融商品は、顧客から見れば原資産である。CFDの場合、原資産なく取引される。値動きそのものが投資対象になっている。