消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

見えざる占領 06[教育篇] 売り渡される日本の教育(1)

2006-09-13 00:00:30 | 時事

 「米国政府は、少子高齢化社会に進む日本において、今後、教育及び医療サービス分野が重要であり、米国企業がこれらの分野において質の高いサービスを提供できるとして、これらの分野にかかる対日直接投資環境を改善するよう要請した」。


 これは、20066月に出された『日米投資イニシアティブ報告書』で、米国政府側が日本政府に要望した文章である。



 少子高齢化社会に入れば、ますます増える病人の老人を、ますます減少する若者が介護しなければならなくなる。そのうち、家族だけで高齢の病人の面倒を見ることは困難になる。いずれ、介護を中心とする医療サービスへの依存が増えることになる。これは、老人医療サービスという市場が、営利企業にとって垂涎の的になることを意味する。米国企業が、拡大するであろう日本の医療市場を虎視眈々と狙っていることは当然予想される。ここまでは分かる。



 しかし、なぜ、それが教育なのであろうか。少子化とは、これまで拡大路線を突っ走ってきた大学を含めた教育機関にとって、急ブレーキがかかるどころか、学生争奪戦となって、かなり多くの教育機関が倒産の危機に見舞われることを意味する。つまり、常識的には、縮小する市場に、わざわざ米国の教育機関が名乗りを上げることは、考えられない、腑に落ちないことである。ここに、規制緩和の魔術がある。規制緩和とは、これまで「公」に属し、だからこそ、ほとんど無料であった分野を、「私」、つまり、民間に開放し、有料にすることである。いままでなかった市場が、規制緩和によって突然、出現することである。



 金儲けをしてはならなかった医療機関が、営利法人の傘下に入っていいという規制緩和によって、医療市場は爆発的に拡大するであろう。それよりも巨大な市場としての可能性があるのが、教育である。国や地方自治体が財政難になり、無料、ないしはそれに近かった公的教育機関が、株式会社に売り渡される。当然、とてつもなく高い授業料が取られるようになる。しかも、時は、「グローバルスタンダード」の世界である。英語が勝負である。古今東西のできごとに対しての深い知識や教養などまったく無用である。そんなものくそくらえ、英語による実務教育さえ受けることができ、しかも、米国の著名な大学のMBAをもらえば、それだけで人生にハクがつく。就職に有利になるとの幻想に多くの人は浸り、もはや、従来のステイタスのある大学は没落して行くであろう。英語で習い、ビジネスに成功した講師の授業を受け、実務上の資格を得ることさえできればよい。財政難に苦しむ国や自治体がこうした傾向に拍車をかける。



 そして、学問が確実に廃れて行く。知性がこの国からどんどんなくなってしまう。やせたソクラテスよりも、脂ぎった金満家が若者の憧れになってしまう。金を集めることができない教授は切り捨てられる。株式会社のCEOが大学の理事長になり、理事長が学長を選び、教授会自治はきっぱりと拒否される。ビジネスに疎い象牙の塔の学者たちに大学を任せておれば、ビジネス界のスターを招聘できないからである。人事は、ビジネスで成功した非常勤講師を主体とした人事委員会が決定する。これまでの、学問を基本とした研究者養成のシステムは完璧に破壊されるであろう。権力にとって、こうした事態の出来(しゅったい)そのものが都合がいい。権力に批判的な若者は、そうした指向をもつ教授から生み出されてきたが、大学がビジネス界の下僕になってしまへば、反権力の若者も出てこなくなるからである。この面でも米国の教育制度が日本の権力者層のお手本になる。ビジネス万歳。