消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

見えざる占領 01[序説] 「安全な貿易」という怖いテーマ――米国に併合される日本経済

2006-09-03 18:24:19 | 時事

 日本と米国は経済的に統合されるべきであり、その中心に「安全な貿易」が位置すると、衝撃的な発言をしたのは、在日米国大使館経済担当公使・ジェームス. P. ズムワルトである。2006年6月23日、「日本経団連アメリカ委員会」において、同氏は、「日米経済統合」というタイトルで講演した。それは、同氏が、4年間の日本勤務を終えて帰国する直前の講演であった。


 講演では、進められるべき日米間の経済統合を阻害している最大の問題として、同氏は、日本の農業保護政策のあり方を挙げた。 「私は、国内価格をつり上げる貿易障壁の保護ではなく、直接補助金による農業従事者支援へと重点を移行する政策議論が日本で行われていることに勇気づけられています」、(そうした政策を)「導入すれば、(日米間の)包括的FTA(自由貿易協定)についての交渉を始める用意ができるようになるでしょう」。

 この点は重要である。同氏は、農業保護そのものを否定しているのではない。実際、EUにしろ、米国にしろ、農業保護の程度は、日本より高い。米国は、自国の事情もあって、農業保護そのものを批判しているのではない。輸入関税を高くして輸入農産物の国内価格をつり上げ、高い国内の農産物価格を維持するというシステムを、米国は、批判しているのである。関税ではなく、政府補助金を使って農民に直接補助するということなら許されるというのである。


 同氏の講演は次第に核心に入っていく。「安全な貿易」(secure trade)と、同氏が呼ぶ、安全保障と結びついた貿易体制の構築がそれである。日米両国は、ともに国際テロリズムに対して脆弱である。 「今こそ国境警備を強化しながら、貿易コストを削減できるような方法を検討する時が来たと確信しています。ひとつの例としては、コンテナを追跡し、その中身をモニターするために、ICタグを利用することです。このようなシステムがあれば、両国の取り締まり当局はリスク評価に必要な情報を入手することができるでしょうし、国境での検査の必要性を軽減できます」。


 ICタグとは、米国防省とウォールマート、MITが連携して開発している進化したバーコードである。ICの書き込み、読み込み面で国際標準になれるかどうかが、これからの国際競争力に決定的に重要なことである。日本の坂村健方式とMIT方式がぶつかっている分野がこのICタグである。同氏は怖い内容をさりげなく語った。


 「日米は大いなる友人であり同盟国です。非常に機密度の高い軍事技術や情報を共有しています。両国が協力すれば、セキュリティーを強化しつつもコストを削減する、さらに安全かつ効率的な貿易システムを作り出すことができると私は確信しています」。 今後の企業の死命を制するICタグは、米国式のものでなくてはならないことを、同氏は、日米安全保障体制とのからみで説明したのである。


  さらに、金融サービスが統合されるべき分野とされる。日本は世界の金融ハブになるべきである。ただし、そのためには、日本は多国籍金融会社を東京に地域拠点として誘致しなければならない。日本の金融機関がハブになるのではない。明らかに、米国の金融機関との統合が主張されているのである。


 そして、国境を越えたM&Aに論点が移された。 「現状では、日本の買い主が日本の売り主から現金の代わりに株式を受け取った場合、その株式を売却するまで課税繰り延べを受けることができます。しかし日本の買い主が外国の売り主から株式を受け取った場合には、これと同様のルールは適用されません。われわれは、国境を越えた合併についても、国内合併にすでに与えられているものと同様の扱いがされるよう求めています」。


 ここには、日本勢が主体のような表現がなされている。実際には、米国勢が日本企業を買収するのであって、日本勢が米国企業を買収する例は少ない。日本人の恐怖感を逸らす意図がここには見受けられる。


 日米の民間航空関係も、規制を撤廃しろと言う。航空に関する1998年の「日米覚書」によれば、2年以内に両国の民間航空関係を「完全に自由化」することが約束されていた。 「しかしながら、ここ8年間、この約束の達成に何の進展もありません。たとえわずかな自由化でも、米国および日本の航空会社に貿易に関する政府の規制を受けずにもっと自由に運行させることで、二国間の観光および貿易はさらに促進されるでしょう」。 講演は、「食品安全性と食糧安全保障」問題に触れ、日本には糧生産の自給ができないのだから、安全基準・供給保証は米国との緊密な連携の下で進められるべきであると、日本の厳しい安全基準を暗に批判した。


 見られるように、「経済統合」とは、米国のイニシアティブの下、米国の対日要求をそのまま受け入れ、日本経済を米国経済に併合されることを意味しているのである。

(以下、「時事」カテゴリーにて続く。なお、年内に発行される次著『姿なき占領』をもとにしています