消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

見えざる占領 05[医療篇] 狙われる医療保険制度(2)

2006-09-11 01:42:30 | 時事

 そして、彼、レイクは、医療保険の必要性を切り出す。
 「消費者サイドからしますと、将来に対する不安が需要を抑えているのではないでしょうか。たとえば、最近の調査では、介護・年金・医療、すべてを含めてですが、『高齢化社会の中では公的保障だけではまかなえない』と思っている人が、60%から70%もいるのが現状です。そのような状況だからこそ民間の医療保険のニーズが出てくるのかもしれません。将来への不安を抱えているから自分のお金を使 わない、消費が伸びないということだと思います」。


 高齢化社会に入るので、民間の医療保険が必要であるというのは、論理のすり替えである。高齢化社会になれば、収入のない老人は大変なことになってしまう。病気にもなれない。だからこそ、公的な医療保険制度を充実させるべく、社会の資金の分配方法を変えることを探るべきであるというのが、素直な考え方ではないのか。そうではなく、レイクは、公的保障が不十分になるので、民間保険の必要性を訴えているのである。本音は、公的保障を小さくして、民間保険の領域を広げる政策を日本政府は取るべきだといいたいのであろう。

 「私たちはがん保険や医療保険のいわゆる第3分野に特化しています。将来の不安に備えて、個人として絶対にキープしないといけない保障のニーズがそこにあり、それは景気の影響を必ずしも受けないのかもしれません。 むしろ、将来に不安があるほど、ニーズが強くなる商品です」。


 (2002年時点で日本にきて28年になるアフラックの)「法人申告所得は、日本で活動している外資系企業の中で、日本IBMに次いで2番目に大きい額となりました。また、保有契約数は1500万件を突破し、日本生命に次いで2位になりました。日本国民の4世帯に一世帯が、アメリカンファミリー生命の保険に入っていることになります」。


 「私は小泉総理がおっしゃっているように、『民間にできることは民間に任せる』ということが大事だと考えています。 医療の世界でも、いろいろなデータを分析した上で、もっとも安い保険料で最大の保障を提供することをつねに目指している当社のような企業活動が、新たな価値の創造、イノベーションにつながっていくのではないかと思います。また、医療制度改革の中でも、民間のやれることはかなりあると思っています。そして、それを逆にビジネスチャンスにするのが私どもの責任だと考えています」。

 

 日本での収入はアフラック全体の70%を超えていると説明したレイクは、
 「私だけがアメリカンファミリー生命の日本社では米国籍の社員でして、郷に入りては郷に従うというか、日本市場で成功するにはなにをしたらいいのかはローカルのマネージメントに任せる、という考え方を当社はもっています。本社はジョージアという南部の州にあり、トップのCEOをはじめ本社の経営者は、信頼関係や長期の交流を大事にするというジェントルマンの文化をもっていますし、いろいろな意味で日本の文化と似ている部分が多くあります。すべて米国中心的に考え、行動するのではなく、日本と同様に、思いやりの気持ちをベースとした南部の会社のカルチャーもプラスになっているかもしれません」。


 そうであろうか。子ブッシュ政権を動かし、日本市場をこじ開けてきた手法が、米国中心主義ではないというのであろうか。

 

 米国人を父とし、日本人を母として、1962年、米国サウスカロライナ州に生まれたレイクは、3歳から日本で育ち、日本の学校に通っていた。中学2年生(14歳)の時に、父親を心臓病でなくした。日本の中学を卒業後、ハワイの大学で学んでいた姉を頼ってハワイにわたり、高校と大学をハワイで卒業した。大学では政治学と東洋学を学んだといわれている。1990年、ジョージ・ワシントン大学院ロースクール卒、法学博士号(J.D.)を取得、その間、東大大学院に留学、1990年、USTR特別補佐官に採用され、USTR日本部長、次席通商代表付法律顧問を歴任し、1995年、デューイ・バレンタイン法律事務所に弁護士として勤務、1999年、アフラック・ジャパン入社、執行役員、法律顧問、副社長などを経て、2003年同社日本代表、社長に就任、2005年、副会長に就任、2006年時点で、「在日米国商工会議所」(ACCJ)会頭、東京証券取引所社外取締役


 まさに、レイクは、日米の橋渡し役として垂涎の人材であることに間違いはない。そうした華麗な経歴をもつ彼は、当然ながら、子ブッシュ政権の内情にも通じている。


 「そのようなバックグラウンドですから、日米関係がいつも良好であることを願っています。ブッシュ大統領が来日して首脳会談が開かれ、日本の国会で演説することになりますが(注:この対談は大統領訪日前に収録された)、ブッシュ政権は、小泉首相ができるだけいろいろな形で前に進むことができるようにと考えております。もっとも頼りになる親友としての米国、またブッシュ大統領が、何をしたら総理のためにプラスになるとお考えになるのか、教えて頂きたいと思います。実は、なぜこんなことを伺うかと言うと、アメリカ政府関係者の中でもいろいろな意見がありまして、『歌舞伎のように、セレモニー-的な舞台が日本では大切であって、外圧をかけないとやりたいこともやれない状況にあるのかもしれない。だからそれはセレモニーとしての外圧を目に見える形でかけなければならないのだ』といっている人もいます。もちろん、近年の政治環境を考えた場合、それは違うと私は否定したのですが、米国の関係者の中でもいろいろな意見があり、ブッシュ大統領が訪日される際にどのようなメッセージを伝えるべきなのか、ということをまさに今悩んでいます」。


 確かに、ここには、同氏の真摯さが表現されている。善意の人であることが示されている。それにしても、「セレモニーとしての外圧」という用語は言い得て妙である。


 1992年7月31日の『朝日新聞』の社説では、「生活大国も米国頼りなのか」というタイトルの下、「貧しい生活環境を多少でもよするために、政府・自民党のしりをたたく役割を、米政府が果たしている」という趣旨が記された。レイクはこの社説に非常に勇気づけられたと述懐している。自分が日本にかけている外圧が、日本の生活環境をよする方向に作用しているのだとレイクは思い込もうとしていたことがここから分かる。

 医療問題に進もう。



 米国では、多くの医師の反対を押し切って病院の生産性を高めてきた。病院経営を効率化させてきた。ただし、その恩恵が全国民に行き渡っているかどうかは不安な点もあり、米国の医療制度改革がすべて正しいかどうかは不明であるが、米国の病院の経営者のほとんどはMBAをもっているとレイクはいう。


 「日本のように経営者は医者でなければならないということではありません。医者の倫理規定、倫理観をすべて忘れて病院経営をするのも困りますが、医療ビジネスをどうやって経営していくかは、逆に経営のプロがやった方がいいかもしれません。アメリカ のシステムの中でうまくいったのは、病院の効率化であったり、医療に必要なリソースを適切に提供するようなシステムだったと思うのです」。


 「日本ほどではないにしても、高齢化が進む中でいろいろな問題を抱えている米国ですが、日本ほど医療システムに対して抜本的な不安を国民が抱えているということはないように思います。それはいろいろな理由があり、投資信託が広く使われており、自分の老後がある程度 保障されていると考えているかもしれませんが、自主的に民間のシステムを活用し、自分で老後に備えて準備しています」。


 彼のような真摯な人でも、自分の領域になると我田引水の強引な論理が展開される。米国人は、老後に備えて投資信託などの財産形成にいそしんでいるので、日本人ほど医療制度に不安感をもつ人はいない。そうであろうか。健康保険制度に入ることのできない貧乏人が病気を極端に怖がっている現状、病気になれば簡単に解雇されてしまう理不尽、健康保険の負担を「リーガシー・コスト」、つまり、過去の強かった労働組合のご機嫌を取って導入された健康保険制度が、米国の古いメーカーを脅かせているということを平気でいう企業社会の冷酷さ、こうしたもろもろの不安に米国人は怯えていないというのだろうか。



 日本では、最新の治療が、健康保険制度の存在のゆえにできない。必要なことは、すべての人に一定の医療を施し、さらに余裕のある人には高度の民間医療を併用させるという制度、つまり、混合医療制度の認可である。



 山崎拓の事務所で、レイクはこのように語った。どちらが、日本のリーダーとしての格を発揮しているかがここではあまりにも明白であろう。米国政府の威光を傘に、素直に承る政府高官に対して、一民間企業のトップが、おごそかに命令している図がここには如実に示された。