読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

9月刊行予定文庫新刊、超個人的注目本6冊+気になる8月刊行予定の単行本5冊

2014-08-11 21:57:55 | 本のお噂
まだまだしばらくは暑い夏が続くのですが、手元にはもう9月刊行予定の文庫新刊の一覧が届きました。
その中から例によって、個人的に気になる書目をピックアップしてご紹介していこうと思うのですが、9月刊行予定にはあまり気になる本が見当たりませんでした。なので、今回は8月に刊行される文庫以外の気になる単行本も、いくつかご紹介させていただくことにいたします。
9月刊行予定の文庫にはあまり気になる本が見当たらなかった、と申しましても、それはあくまでもノンフィクションを主たる関心事にしているわたくし個人にとっては、という意味にすぎません。9月にも、各社から多彩な新刊が刊行されますので、本屋さんの店頭や出版社のHPで、ラインナップをご確認いただくことをお勧めしたいと思います。
刊行データについては、書店向けに取次会社が発行している情報誌『日販速報』の8月11日号の付録である、9月刊行の文庫新刊ラインナップ一覧などに準拠いたしました。発売日は首都圏基準ですので、地方では1~2日程度のタイムラグがあります。また、書名や発売予定は変更になることもあります。内容紹介については、「『BOOK』データベース」などを参考にさせていただきました。


『ロッパ食談 完全版』 (古川緑波著、河出文庫、4日発売)
エノケンこと榎本健一とともに「エノケン・ロッパ」の一時代を築いた名喜劇役者にして、エッセイストとしても健筆をふるった古川緑波が、1951年創刊の食冊子『あまカラ』に連載した「ロッパ食談」を完全収録。この連載が本にまとまるのは1955年の単行本以来、しかも完全収録ということで、今回の文庫化はなかなか貴重な機会なのではないでしょうか。

『古代エジプト 失われた世界の解読』 (笈川博一著、講談社学術文庫、10日発売)
ヒエログリフ(神聖文字)、スフィンクス、死者の書•••。どのような国土にどのような人々が、どのように暮らしていたのか。2700年余り、31王朝の歴史を数少ない資料を丹念に解読することでひもとき、その死生観、宗教、言語と文字、文化などを概観する。
もっとも知られている古代文明でありながら、その実よくわかっていないことも多い古代エジプトのことを、いろいろと教えてくれる一冊のようですね。

『ワケありな映画』 (沢辺有司著、彩図社文庫、中旬)
爆破予告があり上映中止になった『ブラック・サンデー』、戸塚ヨットスクール事件で関係者が逮捕されオクラ入りになった『スパルタの海』、公開直後に監督の妻と子供が殺された『ローズマリーの赤ちゃん』などなど、映画そのものよりも裏側のトラブルが目を引く、古今東西の「ワケありな映画」を46本紹介。
映画そのものを観る上で知る必要があることではないのかもしれませんが、さまざまなトラブルやスキャンダルを通して、映画と人間、そして社会との関わりが見えてくる•••かもしれない、そんな一冊のようであります。

『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』 (角幡唯介著、集英社文庫、19日発売)
1845年、ジョン・フランクリン率いる129人の北西航路探検隊がイギリスから出港するが、その後消息を絶ち全員が死亡したものとされていた。しかしその中に、アグルーカと呼ばれる生き残りがいたという話が。著者は探検隊の足跡を追うべく、1600キロに及ぶ壮絶なる徒歩行へ•••。
大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した『空白の五マイル』や、『雪男は向こうからやってきた』(ともに集英社文庫)などで知られる探検ノンフィクションの旗手が放った力作。これもかなり面白そうですね。

『ポアンカレ予想を解いた数学者』 (ドナル・オシア著、糸川洋訳、新潮文庫、27日発売)
位相幾何学における難問であった「ポアンカレ予想」。それを解いていったのは、数多の数学者たちにより連綿と続けられた数学研究によって成し遂げられていった•••。位相幾何学の歴史的側面とポアンカレ予想の解決の道程を平易な語り口で綴った数学ノンフィクション。
新潮文庫で好評刊行中のシリーズ「サイエンス&ヒストリーコレクション」の1点としての文庫化と思われます。同シリーズの『フェルマーの最終定理』(サイモン・シン著)や『ケプラー予想』(ジョージ・G・スピーロ著)と共に読むのも面白いかも、ですね。

『江戸の温泉三昧』 (鈴木一夫著、中公文庫、20日発売)
百姓、町人から大名まで、さまざまな階層の人びとがレジャーとしての温泉旅行や湯治を楽しめるようになった江戸時代。温泉旅行の費用はいくらかかったのか、旅館の施設やサービスの実態はどうだったのか、湯治場とはどんな場所だったのか、などの豊富な実例を当時の温泉旅行者の書いた文章から引きつつ、江戸の温泉三昧の世界を描いた一冊。これはなかなか興味深そうで、9月刊行予定の文庫ではこれが一番楽しみであります。


9月刊行予定の文庫新刊からのピックアップは以上です。以下は、8月刊行予定の単行本から、これまた個人的に気になるものを5冊ピックアップしてご紹介いたします。内容紹介は、主に『日販速報』から引用いたしました。

『禁忌習俗事典』 (柳田国男著、河出書房新社、11日発売)
「タブーに関する言葉をジャンル別に網羅し、徹底解説。全集未収録の超貴重な本を、新字新仮名の読みやすい形で復刊。秀逸な日本人論」という本書、そのテーマゆえに全集に未収録だったのでありましょうか。いずれにせよ、なんだか面白そうな一冊でありますね。タブーに関する言葉から、日本と日本人の真の姿が垣間見えるのでしょうか。そしてそれは、現代にも通じるものがあるのでしょうか。

『宮本常一 写真を撮る民俗学者』 (石川直樹・須藤功ほか著、平凡社コロナ・ブックス、8月20日発売)
こちらもまた民俗学がらみの本でありますが•••。「宮本の撮った写真を記録としての意義とともに優れた写真表現として捉えなおし、旅をそして日本を“写真に撮る”ことの意味を探る」とのこと。宮本常一が数多くの写真を撮っていたことは存じておりましたが、それらを「写真表現」として見直してみるという試みは面白いものがありそうですね。

『笑劇全集』 (井上ひさし著、河出書房新社、8月22日発売)
演芸ブームの一翼を担い活躍していた、三波伸介、戸塚睦夫、そして伊東四朗の3人による「てんぷくトリオ」。彼らのために井上ひさしさんが書いたコント台本、156本をすべて網羅し収録した決定版です。
てんぷくトリオに書いた井上さんの台本は、1976年に講談社文庫で『井上ひさし笑劇全集』上・下として刊行されたことがあります(これはわたくしの手元にあります)。そちらの収録本数は80本でしたが、今回はその2倍近くの156本。井上ひさし流の「笑い」の原点が詰まった保存版、これもまた手元に置きたいですねえ。

『浮浪児1945 戦争が生んだ子供たち』 (石井光太著、新潮社、8月12日発売)
「終戦直後、焼け跡となった東京は、身寄りのない子供たちで溢れていたーー歴史から“消え去った”彼らを資料と証言から追う、問題作」。これは雑誌『新潮45』連載中から、ぜひ単行本でまとめて読みたいと思っていたノンフィクションであります。これは買いですね。

『文化昆虫学事始め』 (三橋淳・小西正泰編、創森社、8月21日発売)
「ヒトと虫の関わりの深さを民俗、文芸、美術工芸、昆虫食、音楽、映画などの領域から興味深く解説。文化昆虫学の意義を紹介」とのこと。生物学、生態学的な側面のほかに、近年は「昆虫食」の側面からも注目を浴びている虫たちですが、幅広い文化的な側面から昆虫との関わりを繙いていくということで、かなり惹きつけられるものがある本ですね。

コクのある甘みが絶品の福島県須賀川市「阿部農縁」産の桃に溺れる

2014-08-10 10:41:06 | 美味しいお酒と食べもの、そして食文化本のお噂
お米、キュウリ、梨、サクランボなどなど、美味しいものに恵まれている福島県ですが、桃の産地としてもつとに知られています。その桃がちょうどいま、最盛期を迎えております。
ここ1ヶ月ほど、ツイッターにおけるわたくしのタイムラインでも、福島の桃についてのツイートがいかにも美味しそうな写真とともに流れてきて、それらを指をくわえて悔しがりながら(笑)眺める日々が続いておりました。
そんなわたくしのもとにも、ついに福島の桃が!桃をはじめとして、梨や野菜なども生産しておられる須賀川市の農園「阿部農縁」さんに予約していた「あかつき」大玉7個が、先週の8日に届いたのです。

2年前に注文して食した阿部農縁さんの桃があまりにも美味しかったので、これは絶対また注文しなければ!と思っていました。にもかかわらず昨年は注文しそびれておりましたので、今年は忘れずに予約を入れて、到着を楽しみに待ちわびていたというわけなのです。
箱を開けたとたん、桃の甘い芳香があたりにふんわりと漂ってきました。これこれ、この香り!と、早くもわたくしは食欲をそそられましたね。
箱の中には挨拶文や取り扱い品の案内とともに、放射性物質の検査報告書も添えられておりました。

もちろん放射性物質は不検出。これはもう、当然すぎるくらい当然のことなんですよね。福島県で生産される農林水産物の検査体制には全幅の信頼をおいていますし、何かに汚染されたものが出荷されることなど、まずあり得ないことなのですからね。なので、気にするようなことなど何ひとつありません。
(現に福島県のHPでは、農林水産物のモニタリング検査がマメに実施され、その結果も随時更新されていたりします。にもかかわらず、福島県というだけでその産品を忌避するような向きがいまだにあるようで、正直なところ理解に苦しむのでありますが•••)

届いた日の夜、さっそく1個いただいてみました。

皮を剥いて切り分けている最中にも、果汁が溢れてくるほどのジューシーっぷり(こぼれた果汁がもったいなかった!)。口にすると、サクッとした歯ざわりとともに、コクのある甘みが口いっぱいに広がり、爽快感ある香りが鼻腔をやさしく刺激してくれました。
太陽の光をたっぷりと受けて育ったであろう、旨み溢れる阿部農縁さんの桃、やはりこれは絶品です!
それから数日、わたくしはこの絶品桃に溺れる日々を送っております。昨夜と今朝は、桃にヨーグルトをかけて食してみました。

コクのある桃の甘みと、ヨーグルトの酸味がマッチして、これまた美味しゅうございましたよ。これを「口福」といわずして何というのでしょうか。

桃に添えられていた挨拶文には、このように記されておりました。

「震災から三年 就農から七年の時が過ぎました。
おかげ様でご縁が深まり 今年も多くの皆様に桃をお届け出来ますことを感謝申し上げます。
親子で母の味 漬物と加工品 畑の恵み 桃 野菜を心をこめて責任をもってお届け致します。
農と食と人で幸せ時間を贈ります。」


そう。阿部農縁さんをはじめとした福島の生産者の皆さまは、その生産物を「心をこめて責任をもって」送り出しておられるのだと思うのです。
阿部農縁さんの桃は、間違いなくわたくしに幸せな時間をもたらしてくれています。わたくしのほうこそ、そのことに大いに感謝したい気持ちでおります。
そしてこれからも、自分の出来るささやかな範囲ではありますが、福島の生産者の皆さまを応援し続けていきたいと、あらためて思っております。

阿部農縁さんのHPはこちらであります。→ http://abe-nouen.com/ 桃のほかにもいろいろと販売しておられますので、どうぞ覗いてみてくださいませ。
余談ながら、なぜ数ある福島の桃農家の中から阿部農縁さんを選んだのかといえば、須賀川市は尊敬する特撮の神様・円谷英二さんを生んだ、わたくしにとって「聖地」といえる場所であり、ゆえにいの一番に、何らかの形で応援したいと思っていた場所だったからなのです。いつかは須賀川に「聖地巡礼」に行くのが、わたくしの夢であります。
須賀川はキュウリの名産地でもあり、やはりキュウリを使う宮崎の郷土料理「冷汁」とのコラボ料理もあるというふうに伺っております。須賀川に行く機会ができたら、ぜひそちらも味わってみたいものですね。
これからは徐々に、須賀川以外の場所にも応援の対象を広げていけたら、と考えております。

閑古堂の酔眼亭日乗、八月四日及八月五日

2014-08-06 23:54:19 | 美味しいお酒と食べもの、そして食文化本のお噂
八月四日。陰一時雨。二日前の土曜日に開催が予定されるも、台風の影響による雨で順延となっていた宮崎市の納涼花火大会がようやく開催の運びとなれり。午後、一時雨が降るも夕刻にはやみ、無事開催に至ったことは喜ばしいことなりけり。
会場となった市中心部を流れる大淀川河川敷の周辺では露店が軒を並べ、平日夜にもかかわらず多くの人で賑わいし。
露店の一軒で地鶏炭火焼を購い、「盆地男」と「かあちゃん」と落ち合う。この日は1歳半になる「かあちゃん」の孫とその母も一緒なり。
会場とは川を挟んだ対岸の堤防上にて缶ビールを開け、「かあちゃん」が用意した唐揚や冷奴、サラダなどの酒肴、それに余が購いし地鶏炭火焼を広げて酒盛りを始める。それとともに花火の打ち上げが盛大に始まれり。





ほぼ真下にて眺める花火の華麗さと、臓腑に響く炸裂音の迫力に、余も思わず小児の如く歓声を挙げし。今回初めて花火を間近に見物したという「かあちゃん」の孫は大きな炸裂音に驚いた様子なれど、それでも時々ちらと花火を覗こうとする仕草が実に愛らしいものあり。
見物客の歓声に包まれる中、一時間後に花火大会は終了となれり。周囲を見渡せば、酒盛りをしながら見物していたのはただ我々の一団のみ。よくよく野外での飲食が好きな己が一団の習性を顧みて思わず苦笑せり。其の後は堤防の近くにある「かあちゃん」の自宅に移り、焼酎を飲みながら歓談せり。
「盆地男」も「かあちゃん」も、同じ職場に勤めし頃から数えるにもう20年近く、何かにつけて親しくしてくれる無二の存在なり。余はこの二人との知遇を得しことを改めて喜ぶなり。


八月五日。陰一時雨。前日同様、湿度の高き空気に包まれた蒸し暑さに閉口せり。
仕事を終え、百貨店にて知人への中元を選んだのち帰宅。すると、もう十数年の付き合いになる別の知人から余に宛てた中元あり。開けて見るに山形県の日本酒「出羽桜」の吟醸酒と、同じく山形産で牛蒡を牛肉で巻いて煮付けた酒肴「八幡巻」との組み合わせ。早速晩酌で味えり。

「出羽桜」吟醸酒は、清涼なる芳香と風味が実に暑気払いに最適な佳吟なり。「八幡巻」も牛蒡の中まで染みた味が格別で酒を進ませし。
贈り主の知人も、何かにつけて世話になっている好人物なりし。余はつくづく、人に恵まれているということを喜ぶばかりなり。

【閑古堂アーカイブス】この時期に読みなおす、2冊の原爆記録写真集

2014-08-06 21:36:15 | 本のお噂
きょう8月6日は広島原爆の日。そして3日後の9日は長崎原爆の日です。あの悲劇から、もう69年の歳月が流れました。
この時期になると、必ずといっていいほど読みなおす2冊の原爆記録写真集があります。一冊は『原子爆弾の記録 広島・長崎』です。

『原子爆弾の記録 広島・長崎』
子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会・平和博物館を創る会=編、平和のアトリエ、1984年

1970年代後半から80年代にかけて、原爆関連の写真や絵画を収集するとともに、アメリカの国立公文書館や国防総省に眠っていた記録写真やフィルムを発掘し、それらをもとにした原爆記録映画を製作・上映する「10フィート運動」を展開していた団体により編纂、発行されたのが、この写真集です(ちなみに「10フィート運動」により、3本の原爆記録映画が製作・上映されました)。1978年に発行され、何度か版を重ねたのち、1984年に装いを新たに刊行されて以来のロングセラーとなっております。
本写真集の特長は、なんといってもその網羅性の広さにあるでしょう。
当時中国新聞のカメラマンであった松重美人氏によって撮影された、8月6日当日の広島市内の状況を捉えた数少ない写真をはじめ、陸軍報道班員として原爆投下翌日の長崎市内の惨状をつぶさに記録した山端庸介氏の写真群、さらには戦後になって丹念に記録された広島・長崎両市の破壊の状況など、原爆による被害の実態を記録した重要な写真のほとんどが、この写真集に収められているといってもいいでしょう。
また、被爆した方々の手によって描かれた絵画の数々も、すべてカラーで収録されています(おそらくそのほとんどは、1970年代半ばに描かれ、収集されたものと思われます)。さらに、山端庸介氏とともに原爆投下翌日の長崎を記録した山田栄二氏によるスケッチも収められています。
写真や映像のほとんどが、原爆投下後いくらかの日時が経ってからの(それも可視化された範囲のみの)記録であるのに比べ、それらが記録し得なかった被爆当日の生々しい状況を描いた絵画の数々は、原爆がもたらした恐ろしい惨状を我々に強く訴えかけてくるものがあります。
税込みで9000円を超える大判の写真集ですが、原爆による被害の全体像をしっかりと伝えてくれる得難い写真集だと思います。
ちなみにわたくしは、この写真集を20数年前に広島の原爆資料館に併設されている売店にて購入いたしました。帰りの荷物が若干重くはなったものの、やはり買っておいてよかったと思っております。
なお、1980年には本写真集の姉妹編ともいえる『原子爆弾の記録 ヒロシマ・ナガサキ』が刊行されております。日本人により撮影された写真や絵画をまとめた『広島・長崎 原子爆弾の記録』とは対照的に、こちらは戦後に米軍によって記録された写真を中心に編纂されたものです。

『原子爆弾の記録 ヒロシマ・ナガサキ』
子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会=編、三省堂、1980年

徹頭徹尾、調査と記録のために撮影された写真群から、その破壊の大きさが伝わってくるものとなっていますが、こちらのほうはすでに品切れとなっているのが残念です。

もう一冊、この時期に読みなおす原爆記録写真集は『写真集 原爆をみつめる』です。

『写真集 原爆をみつめる 1945年 広島・長崎』
飯島宗一・相原秀次=編、岩波書店、1981年

こちらは、先に触れた松重美人氏や山端庸介氏の写真を含め、23人の日本人カメラマンによる記録写真300枚を収録した写真集です。
本書の特長は記録性・資料性の高さでしょう。収録された写真のすべての撮影地点が地図上に示されるとともに、撮影したカメラマンたちの証言も豊富に織り込まれていることで、撮影された当時の状況をカメラマンたちの視点から辿ることができます。そのことで、原爆による被害の実態がリアルに伝わってきます。
解説文には、被爆した人びとによる手記や記録も適宜引用されていますが、総じて記述は客観的に被害の状況を伝えることに徹していて、写真に添えられたキャプションも簡潔です。そのことが、記録としての本書の価値を高めているように思います。
残念ながら、本書は現在品切れとなっております。版元には、可能な限り入手できるようにしていただけたらと願いたいところです。

これらの写真集には、正視することが辛い写真も多数収められております。ですが、原爆投下から69年の歳月が流れ、被爆した方々の高齢化が進む現状を思うと、おりに触れてこれらの記録に接することの重要性は、これからさらに増していくのではないかと思います。
機会があれば、ぜひこれらの記録写真集をお手にとってご覧になっていただけたら、と願います。

NHKスペシャル『知床 ヒグマ運命の旅』

2014-08-03 23:32:14 | ドキュメンタリーのお噂

NHKスペシャル『知床 ヒグマ運命の旅』
初回放送=2014年8月3日(日)午後9時00分~9時49分
語り=國村隼
製作=NHK札幌放送局


世界自然遺産となっている北海道、知床。その中でも特別保護区に指定されている「ルシャ」という場所は、多くのヒグマが暮らす楽園のような場所です。
そこで取材班が出会った、生後間もない2頭の子グマの兄弟を4年間にわたって追跡、記録し、彼らがたどった過酷な「運命」を正面から描き出したのが、この『知床 ヒグマ運命の旅』です。

海に面して豊かな森が広がり、さらには2本の川が流れ込んでいるルシャは食料にも恵まれ、ヒグマたちが子育てを営むのにも好都合な場所です。
2010年。ここで取材班は生後間もない2頭のオスの子グマと、その母グマに出会います。母グマは胸に白い線が横に1本走っていることから「イチコ」と名付けられます。そして兄弟子グマのうち、上半身が白い毛に覆われたほうが「シロ」、胸に母親譲りの白い1本線があるほかは黒っぽい毛に覆われたほうが「クロ」と呼ばれることに。
時はちょうど、川にサケやマスが遡上してくる時期。イチコは遡上してくる魚をいとも簡単に獲ります。まだ川を渡ることすら覚束ないシロとクロは魚を獲ることもままならず、イチコから魚を与えてもらうばかりです。
しかし、メスがずっと同じ場所にとどまるのとは対照的に、オスはやがては独り立ちしていかねばなりません。それは、シロとクロの兄弟も逃れることのできない自然の「掟」であり「運命」なのです。

2011年9月。イチコとともに取材班の前に現れたシロとクロは、見違えるほどたくましい体格となっていました。
川で狩りを始める3頭。狩りがだいぶ上達したクロに比べ、シロはまだ狩りが苦手なようすです。
そんな3頭の前に、1頭のオスのヒグマが現れます。研究者によって、耳にオレンジ色の標識をつけられた「オレンジ」。30歳を越えて年老いてはいますが、5歳までに生き延びられるのは半数に満たないというオスにあって、多くの子孫を持つ存在となって君臨しているオレンジは、ヒグマたちの「王者」でした。
あたりを睥睨するかのように歩いていくオレンジを、イチコと兄弟グマは刺激しないようにやり過ごしていくのでした。

2012年7月。イチコのそばにいるのはシロだけでした。クロはすでに独り立ちを果たしていました。
シロの姿はひどく痩せこけていました。夏の時期はヒグマたちにとって厳しい環境で、餌となる葉が硬くなってしまったり、川を遡上してくる魚も減ってしまうのです。
イチコが沖へと泳いでいきます。しばらくしてイチコが引っ張ってきたのはイルカの死骸でした。ようやく食事にありつけたかに思えたイチコとシロでしたが、イルカの匂いを嗅ぎつけた、やはり飢えに苦しんでいたほかのヒグマの親子たちがゾロゾロやってきて、激しい餌の奪い合いとなってしまいます。
そこへやってきたのが「王者」オレンジでした。オレンジがやってきたのを知って、群がっていたほかのヒグマたちは退散し、オレンジはイルカを独占してしまいました。
結局、シロは満足に飢えをしのぐことはできなかったのでした。
8月。いつもの年なら川にマスが遡上してくる時期なのですが、この年は海水温が異常に高く、マスがやってきたのはひと月も遅れてのこととなりました。
飢えに苦しんだヒグマたちの中には、死んでしまったほかのヒグマの死骸を食べて飢えをしのぐものまで現れていました。この夏、ルシャのヒグマの3分の1にあたる9頭が飢え死にすることに。
そんな中、イチコとシロはルシャから15km離れた海岸で生き延びていました。同じ頃、独り立ちを果たしたクロも別の場所で生き延びていたのが確認されたのでした。

それまで、ルシャの森の「王者」として君臨していたオレンジ。しかし、年老いた身となった彼はいつしか群れの中で下位におかれてしまい、ルシャから離れた斜里町ウトロの人里近くへと追いやられてしまいました。
人里近くへとやってくるということは、ヒグマにとっても大変に危険な状態となることを意味します。人に危害を加える恐れがあると判断されると、やむなく「駆除」の対象とされてしまうからです。知床では、毎年20頭ほどが駆除されてしまうといいます。
人里に出没してからひと月後、オレンジは再びルシャに姿を見せました。しかし、ほかのオスとの争いで尻の皮が破れ、めくれ上がっているという無残な姿でした。それが、カメラの前に現れたオレンジの最後の姿となったのでした。

2013年4月。独り立ちしたはずのクロが、羅臼の町中に現れてしまいました。ほかのオスとの生存競争に弾かれた結果なのでしょうか。
複数回にわたって町中に現れたクロは、「危険なヒグマ」と認識されることになりました。数日後、クロは「駆除」されるに至ったのでした。
そして6月上旬。ルシャから離れた場所の国道そばの海岸で、シロが1頭だけでいるのが発見されます。独り立ちはしたものの森にいられず、その姿はやせ衰えていました。
海岸からなかなか離れようとせず、ずっと砂を掘り返し続けるシロ。その姿を見ていた、ヒグマたちの観察を続けている団体の男性は「生まれ育ったルシャの海岸を思い出しているかのようだ」と言います。
なかなか立ち去らないシロを男性が威嚇します。その時は退散したかに思えたシロでしたが、その後も何度となく町へと現れたのでした。そしてついに、シロも「駆除」されたのでした。

兄弟グマの死から1年後となった今年の春。冬を越すことができたイチコの足元には、生まれて間もない小さな子グマの姿があったのでした•••。

過酷な自然の中で展開される、ヒグマたちの生存競争。そして、ヒグマと人間とが遭遇することにより生み出されてしまう悲劇•••。そんな厳しくも辛い現実が胸を強く打ちました。
いくら厳しく過酷とはいえ、自然における「掟」や「運命」はどうすることもできません。しかし、そのことで回り回って生み出される人間との摩擦で、非業の死を遂げる兄弟グマに、なんだかやりきれない悲しさを覚えずにはいられませんでした。
なんとかヒグマたちの命を奪うことなく共存することを目指しながらも、それが思うようにはいかない現実に「なかなか難しいというか悔しいところ」と語る、ヒグマたちの観察を続けている男性の苦渋の表情も印象に残りました。
雄大でありながら、同時にとてつもなく厳しく過酷な自然の現実を、真正面からしっかりと描いた秀作だったと思います。