読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

犬たちの和みイラストとジョーク混じりの短文で笑わせつつ、図鑑としても役立ちそうな『ゆる犬図鑑』

2017-11-25 22:49:25 | 本のお噂

『ゆる犬図鑑』
フェネラ・スミス&マクラウド兄弟著、梶山あゆみ訳、飛鳥新社、2015年


誰もがよく知る犬種から、めったに名前を目にすることもない知る人ぞ知る犬種、さらにはキツネやコヨーテなどの「野生の犬」まで、148種の犬とその仲間たちをイラストと短文で紹介しているのが、この『ゆる犬図鑑』です。
子どもの時からさまざまな動物たちと一緒に大きくなったという、イングランド生まれの3人きょうだい(妹と2人の兄)の共著である本書。独特のデフォルメによる線画で描かれた一種一種のイラストが実に愛嬌たっぷりで、見ていると顔がほころんでくるような気分になってきます。

たとえば、おなじみダックスフント。「この犬をドアの下に置くと、すきま風が絶妙に防げる」という文章に添えられたイラストには、ドアの前で腹ばいになっている、ちょっと困り顔したダックスの姿が。また、優美な長い毛が特徴であるアフガン・ハウンドは、頭にいっぱいカーラーを巻いた姿で描かれていたり、フランスではサーカスにも出演させていたというプードルは玉投げの曲芸をしている姿だったり。どちらかといえば犬よりも猫派、というわたしではありますが、本書で描かれる犬たちの愛らしい姿には和みまくりでした。
日本を代表する犬種である、秋田犬と柴犬も登場しています。正直なところ、この2種のイラストは似ているとは言いがたいのですが(笑)、それはそれで可愛らしくていい感じなのであります。

イラストに添えられた短い文章には、それぞれの犬種の持つ特徴が簡潔に記されるとともに、その特徴にひっかけた気の利いたジョークが織り込まれていて、これがまた読んでいてニンマリとさせられるのです。
古代エジプトの墓にも彫刻として描かれているファラオ・ハウンドの紹介文には、「象形文字がすらすら読める特技を活かして、忘れられた言葉を学校で教えている」とあり、イラストには指示棒片手に象形文字を教えているファラオ先生の姿が。また、フランス生まれでチョウを思わせるふさふさ耳がチャームポイントのパピヨンを紹介した文章には「晴れた日には、パピヨンがエッフェル塔のまわりを飛びまわっているのが見える」と書かれていたりします。それぞれの犬たちの個性や特徴がジョークによって一層引き立つ形になっていて、まことに上手いなあと感心しきりでした。
そして、本書には犬の仲間ではないヤツが2種、さりげなく紛れ込んでいたりします。そのうちの1つである猫のイラストに添えられた一言もまた、実に愉快なのであります。

可愛らしくてニンマリ笑える絵本としても楽しめる本書ですが、いろいろな情報がしっかり盛り込まれているのもありがたいところです。
ドーベルマンはもともと、ドイツの税金徴収官が税金を滞納されないようにしたいと考えてつくりだした品種であったということや、ポメラニアンはかつては北極地方でソリを引いていた大型犬で、品種改良により今のような小型の愛玩犬になったということを、本書で初めて知ることができました。図鑑としても思いのほか勉強になり、役にも立ちそうな一冊です。
なにより、犬にはこれほど多くの種類があって、それぞれが実に個性的で愛すべき存在なのだ、ということがよくわかったのは、大きな収穫でありました。

そうそう。ちょっと早いのですが、来たる2018年は戌年。犬好きの方はもちろん、わたしのような猫派の方も、特にどちら派でもないという方も、本書で楽しく幸せな戌年をお過ごしになってみてはいかがでしょうか。


*勤務先である書店のブログにアップした記事に、一部手直しした上で再掲させていただきました。

『人間をお休みしてヤギになってみた結果』 たとえ一見バカバカしいことでも、本気で取り組もうとする姿勢に痛快さを覚える一冊

2017-11-13 00:00:59 | 本のお噂

『人間をお休みしてヤギになってみた結果』
トーマス・トウェイツ著、村井理子訳、新潮社(新潮文庫 サイエンス&ヒストリーコレクション)、2017年


トースターを構成する部品の原料である、鉄鉱石や銅、ニッケルなどを集めるところからスタートするという、文字通りゼロからトースターを作り上げるプロジェクトに挑んだイギリスのデザイナー、トーマス・トウェイツくん。その過程を綴った著書『ゼロからトースターを作ってみた結果』(こちらも村井理子訳、新潮文庫)は各国のメディアでも取り上げられ、話題となりました。
そのトーマスくんが次に挑んだのは、人間を「お休み」してヤギになりきってみようという、前回に負けず劣らずのキテレツなプロジェクトでした。その過程をユーモアたっぷりに書き上げたのが、本書『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(原題は “GOATMAN” = “ヤギ男” )であります。

「トースター・プロジェクト」で大いに話題となり、ゼロから作り上げたトースターが博物館のパーマネントコレクション(買い上げられ、永久に展示される美術品)になるという栄誉に浴したトーマスくん。しかしその後の彼は定職に就けずにヒマを持て余し、そんな状況を見かねたガールフレンドから長々とお説教されたり・・・といった不遇をかこっておりました。
そんな状況の中で、トーマスくんは考えました。・・・人間に特有のあれやこれやの悩みから解放されるべく、しばらくの間は動物になりきって、人間を「お休み」したら楽しいのではないか?というわけで、人間を「お休み」して動物になりきるという、トーマスくんの新たなるプロジェクトが動き始めたのです。
トーマスくんが当初、なりきる動物として選んだのは象でした。が、トーマスくんは早々に、象になりきることをあきらめてしまいます。その理由の一つが、実際に目の前で見た象が想像以上に大きかった、ということ・・・って、そんなコト最初っから気づいてもよさそうなもんなのですが(笑)。もう一つの理由は、象が人間とも共通するような、ある種の「道徳」を持ち合わせているから、ということでした(死にゆく運命にある他の象の介抱をしたりもするんだとか)。
早々に行き詰ってしまったトーマスくんは、デザインの仕事のために赴いたデンマークのコペンハーゲンで女性のシャーマンを尋ね、自分にはどの動物がぴったり合うのかと教えを請います。シャーマンがトーマスくんをじろじろ見て出した結論は・・・ヤギ!!
というわけで、トーマスくんは「人間をお休みして象になってみるプロジェクト」改メ「人間をお休みしてヤギになってみるプロジェクト」をスタートさせるのでした・・・。

・・・と、のっけからなんだか冗談としか思えないような展開を辿るのでありますが、いったん決まってからのトーマスくんの取り組みっぷりは、とことん、徹底的に、どこまでもマジなのです。
まずはヤギの知覚や思考を知るべく動物行動学者に話を聞き、ヤギのグループ内には厳格な階級序列があり、支配的な個体が重要な役割を果たすということを学びます。さらには、一時的に言語の感覚を断ち切り「ヤギ的心理状態」に近づけないかと、言語神経科学の研究者に頼みこんで、磁気を使って脳を刺激するという、ちょいとヤバめの体当たり実験に臨んだりします。
次は、ヤギの身体構造を解明しようと病気で死んだヤギの身体を解剖。トーマスくんはヤギを解剖するにあたって、死んだ家畜を運ぶために必要な運送業者としての免許まで取得するのです(伝染性の病原菌が死因である可能性もあるとの理由で、死んだ家畜を運ぶには厳しい制限があるため)。
ヤギの解剖を通して、トーマスくんは四足歩行を可能にするヤギの身体構造を知るとともに、食べた草を微生物によって分解し、栄養に変えるヤギの消化プロセスを理解します。・・・そう、トーマスくんは四足歩行のみならず、草を食べて栄養に変える点においても、ヤギになりきろうとしたのです!
トーマスくんは解剖で得た知見も活かしつつ、義肢装具士に人口の前脚と後脚の製作を依頼。すったもんだの挙句に、草を栄養に変えるための独自の方法も見出します。

かくしてついに、トーマスくんは一頭のヤギとしてスイスのアルプスの大地に立ちます。ヤギの早い動きについていけず、ところどころで躓きながらも、トーマスくんはヤギたちとともに草原の草を食み、さらには氷河を登ってアルプス越えに臨むのです。その様子が、たっぷりのカラー写真とともに綴られていきます。
四苦八苦しつつ、なんとかヤギたちについて行こうとするトーマスくんの奮闘ぶり。そして、アルプスの山々を望む高台に四本足ですっくと立つトーマスくんの勇姿・・・。一見バカバカしい絵面でありながら、それまでのマジな探求の積み重ねの結果であることを思うと、大笑いしつつもなんだか胸熱な気持ちになってきたのでありました・・・いや、ホントに。

バカバカしいけれどとてもマジ、マジだけれどもやっぱりバカバカしい(あ。ここでの「バカバカしい」というコトバは、けっこう好意的なイミを込めて使ってます)ドキュメントである本書ですが、ヤギになっていく過程においてところどころで、興味深い知見や考察も織り込まれていて、笑えるという意味での面白さに加えて、知的刺激を伴った面白さも味わわせてくれます。
たとえば、ヤギの思考について研究する章では、気が荒く攻撃性が強かった野生のヤギが、人間によって飼い馴らされ家畜化されるのと似たようなプロセスを、人間たちもまた辿っているという「自己家畜化」について考察します。さらに、ヤギの身体構造を探究する章では、異なる種の動物が独自の進化による違いを持つ一方で、共通する進化の歴史からくる共通の解剖学的構造も持つという「相同構造」についての話が展開されていきます。
これらの知見や考察を通して、読んでいるこちらも「動物たちとわれわれ人間とを分けるものとは一体なんなのか?」「われわれはどこからが動物であり、どこからが人間であるのか?」といったことに、思いをめぐらせることができました。

そしてなにより、本書を読んでいて感じられたのは、たとえ他人からはバカバカしく思えるようなことであっても、とことん本気になって取り組み、探究することで、人生を切り開いていくことができる・・・かもしれないのだ!ということでした。なにしろトーマスくんはこのプロジェクトで見事、昨年のイグノーベル賞の生物学賞を受賞して、またも世界中で話題の人となったのですから。
・・・とはいえ、人間として生きていく以上は、人間特有の「悩み」の数々から解放されるということは難しいことではあります。それでも、物事にとことん本気で取り組む姿勢を持つことで、「悩み」を軽くしたり、あるいは解決に導いたりすることはできるかもしれません。そう考えると、なんだかじわじわと勇気が湧いてくるように思えました。

大いに笑って、ちょっぴり考えながら読むうちに、じわじわと勇気が湧いてくる痛快な本でした。大なり小なり、なんらかの「悩み」を抱えて生きるすべての人にオススメしたい一冊であります。


【関連オススメ本】

『ゼロからトースターを作ってみた結果』
トーマス・トウェイツ著、村井理子訳、新潮社(新潮文庫 サイエンス&ヒストリーコレクション)、2015年(親本は2012年に飛鳥新社より刊行)

原材料を集めるところから始めるという、文字通り「ゼロから」のトースター製作プロジェクトの過程を綴った、トーマスくんの衝&笑撃のデビュー作であります。この本も大いに笑わせつつ、われわれの生きる大量消費文明のあり方についての考察と問いかけを、押し付けがましくない形で提示していく一冊となっています。


『三びきのやぎのがらがらどん ノルウェーの昔話』
マーシャ・ブラウン絵、せたていじ(瀬田貞二)訳、福音館書店(世界傑作絵本シリーズ)、1965年

ノルウェーに伝わる昔話をもとに、アメリカ人絵本作家が奔放で魅力的な画風で描き出した名作絵本。日本でも1965年の初版刊行以来、今に至るも版を重ね続けているロングセラーとなっています。
『〜ヤギになってみた結果』の中で、磁気による言語停止実験の効き目を確認しようとするくだりで、トーマスくんがよく知っている話として、この絵本の内容を読み上げようとする場面が出てきます。どうやら、トーマスくんのお気に入りの絵本でもあるようです(笑)。

【わしだって絵本を読む】『月刊たくさんのふしぎ』12月号「昭和十年の女の子 大阪のまちで」 豊富な写真とともに蘇る戦前大阪のモダン都市文化

2017-11-12 08:36:04 | 本のお噂

『月刊たくさんのふしぎ』2017年12月号「昭和十年の女の子 大阪のまちで」
牧野夏子・文、鴨居杏・絵、福音館書店、2017年


『こどものとも』シリーズや『かがくのとも』など、福音館書店が発行している月刊絵本雑誌の中でも、とりわけ異彩を放つ存在といえそうなのが『月刊たくさんのふしぎ』でしょう。
「自然や環境、人間の生活・歴史・文化から、数学・哲学まで。あらゆるふしぎを小学生向きにお届けする科学雑誌」(版元サイトの紹介文より)という触れ込みの『たくさんのふしぎ』。小学生向きと謳ってはいるものの、しばしば「これは子ども以上にオトナのほうが面白く思えるんじゃね?」というようなテーマを扱ったりしていて、なかなか油断がならないのです。以前、当ブログでもご紹介しましたが、美術家・村上慧さんが発泡スチロール製の小さな「家」を背負って全国を旅した記録も、まさにそういう一編でありました(昨年3月の記事、【雑誌閲読】『月刊たくさんのふしぎ』2016年3月号「家をせおって歩く」
今月発売の12月号「昭和十年の女の子 大阪のまちで」(牧野夏子・文、鴨居杏・絵)もまた、子ども以上にオトナが楽しめそうな内容の一冊であります。

大阪の小学4年の女の子・モモちゃんが、ひいおばあちゃんのスミ子さんから古いアルバムを見せてもらいます。モモちゃんと同じ10歳だった頃のスミ子さんとその家族を写した写真は、どれも白黒。でも、スミ子さんが語る昭和十年の大阪のまちには、華やかな色が溢れていたのです・・・。
本作「昭和十年の女の子」は、スミ子さんの思い出ばなしという形を借りながら、昭和初期に大阪で花開いていた華やかな戦前のモダン都市文化を、当時を物語る豊富な写真とともに再現していきます。
大阪で地下鉄が初めて開通したのが昭和8年。梅田と心斎橋を5分で結んだという「高速地下鉄」のことが、今も保存されている当時の車両や、絵はがきなどの写真で紹介されています。景品としてつくられたという紙製のメリーゴーラウンドは、地上の街と地下鉄、さらには空を飛ぶ飛行機が立体的に表現されていて、なかなか楽しそうです。
その地下鉄の駅から地下通路で繋がっていたのが、心斎橋の大丸デパート。大丸が出していたおもちゃの新聞広告や、年末年始用の品物や催し物を列挙した商品カタログからは、生活を楽しむことを覚えはじめたのであろう、当時の人びとのウキウキ感が伝わってくるかのようです。

昭和初期の子どもたちを楽しませた娯楽の筆頭だったのが、映画。本作には、当時人気子役だったシャーリー・テンプルの主演作や、「ポパイ」や「ベティ・ブープ」といったアニメ映画(いや、ここはやはり「漫画映画」と呼んでおきましょう)、さらには特撮怪獣映画の古典『キング・コング』といった作品の広告が載せられています。
『キング・コング』の雑誌広告に記されている宣伝文句は、なかなかの力の入りようで読んでいて楽しくなってきます。当時の仮名遣いと字体のまんまで引いておきましょう。

「前世紀の巨獣が生きてゐた!そ奴がもし東京や大阪に現れたらどんなことになるでせう。急行列車など彼の輕い拳骨でブッ倒れますゾ!
飛行機を知っても、キング・コングを見てなければ廿世紀前期に生きてゐた證據(しょうこ)にはならない!」


雑誌文化も花盛りでした。女の子向けの『少女の友』に付いていた、ケース入り栞セットや花のカードゲームは、カラー印刷がまことに美しくて惹かれるものがありました。また、小学館の学習雑誌『小学◯年生』も、すでにこの時代には出ておりました。
そして、子どもたちの舌を満足させていたお菓子の数々。そこには、「明治ミルクチョコレート」や「グリコ」「森永ミルクキャラメル」、そして鹿児島生まれの「ボンタンアメ」といった、現在でもおなじみのお菓子がいろいろと見受けられて、その息の長さにしみじみ感慨を覚えます。
豊富に織り込まれた資料写真の数々もさることながら、鴨居杏さんによる淡い色彩の絵もまた、昭和初期の雰囲気に良く合っていていい感じでありました。鴨居さんの絵で再現された、当時の女の子たちの服装は、今でも十分通用しそうなオシャレで可愛らしいものでした。

モダン都市文化といえば、東京の銀座あたりがすぐに思い浮かぶのですが、大阪にも実に豊かで華やかな都市文化がしっかりと存在していたということを、本作で知ることができました。
それから数年後には戦争の時代となり、華やかなモダン都市文化も「ぜいたくは敵だ」や「欲しがりません勝つまでは」といったスローガンとともに影を潜め、途切れてしまうこととなります。そう考えると、豊かで華やかな都市文化を楽しむことができる、平和な時代のありがたさも、本作を読んで感じることができました。

子どものみならず、オトナの好奇心もそそってくれる『月刊たくさんのふしぎ』。これからもしっかり、チェックしていきたいと思います。