読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

第21回宮崎映画祭観覧記(その1)黒木和雄監督の2作品が静かに問いかけた、戦争と平和の意味

2015-09-25 06:55:03 | 映画のお噂
今年で第21回目となる宮崎映画祭が、19日(土曜日)に開幕いたしました。
これまで夏の時期に開催されることが多かった宮崎映画祭ですが、今年は秋のシルバーウイークに合わせる形での開催となり、まさに「芸術の秋」を実感するような催しとなっております。




初日のオープニングを飾ったのは、今回の映画祭の目玉となるプレミア上映作品『地獄の黙示録』でした。フランシス・フォード・コッポラ監督が手がけた映画史に残る作品ですが、わたくしは土曜のお昼までは仕事ということで観られませんでした。でもこれは26日にも、アニメーション映画監督の原恵一さんを招いての「映画塾」のときにも上映されるということで、その時にしっかり観ようということでお預け。
初日に上映された5作品のうち、わたくしは午後から上映された宮崎県出身の故・黒木和雄監督が手がけた2作品をじっくり鑑賞いたしました。今回の映画祭の目玉企画の一つが、黒木監督の作品の特集上映でした。戦後70年、そして黒木監督の没後10年を意識しての企画でした。
まずは数多くの映画賞を総なめにした『美しい夏キリシマ』です。

『美しい夏キリシマ』(2003年、日本)
監督=黒木和雄
脚本=松田正隆・黒木和雄
撮影=田村正毅
音楽=松村禎三
出演=柄本佑、原田芳雄、石田えり、香川照之、小田エリカ

1945年夏、霧島を眺める宮崎県西部。動員先の工場で空襲に遭い、友人を亡くしてしまった15歳の少年、日高康夫。空襲のショックと、友人を助けることができなかったことへの罪悪感から肺浸潤を患い、満州で暮らす両親と離れて祖父の重徳のもとで療養しながら日々を過ごしていた。なぜ自分が生き残り、友が死ななければならなかったのかと、聖書と宗教画を見ながら悶々としている康夫に、厳格な重徳は苛立ちを募らせ、非国民と罵倒する。重徳宅に奉公している娘・なつは、そんな康夫に頼りなさを感じつつも親近感を抱いている。ある日康夫は、死んだ友人の妹・波のもとを訪れるが、波からは冷たく拒絶されてしまう。
康夫たちが住む村には兵士たちが駐屯していて、上陸が噂されるアメリカ軍を迎え撃つべく訓練に余念がない。そんな厳しい訓練から逃れた一等兵は、なつの母であるイネのもとにやってきては密会を重ねている。
それぞれの人びとの暮らしが流れていく中で、日本の敗色は増していくのであった・・・。

戦争と人間を映画で描くことをライフワークとしていた黒木監督。長崎の原爆をテーマとした『TOMORROW/明日』(1988年)や、広島の原爆がテーマの『父と暮せば』(2004年)とともに「戦争レクイエム三部作」に数えられる本作『美しい夏キリシマ』は、黒木監督自身の空襲体験を色濃く反映させた作品となりました。
黒木監督自身を投影した主人公・康夫を演じたのは、柄本明さんの息子さんでもある柄本佑さん。これが映画デビュー作にして初主演とのことですが、一見存在感がないようでいて、観ていくうちに実に不思議な存在感を残すようなキャラクターをしっかりと演じきっていました。
康夫の祖父・重徳役は、黒木監督の作品では常連だった原田芳雄さん。厳格だけれども時に滑稽さも感じさせる芝居は、さすが原田さんと思える達者ぶりでした。また、密会を重ねるイネ役の石田えりさんと、一等兵役の香川照之さんも、強烈で忘れがたい印象を残してくれました。
黒木監督の出身地である、宮崎県えびの市でロケーションを行い製作された本作。タイトル通り、霧島連山の風景がしばしば登場するほか、セリフの大部分も南九州のことばがふんだんに使われていて、とても身近な感じがいたしました。それだけに、自分が住んでいるところからも近い南九州の田舎も、否応なしに戦争の時代に押し流され、影響を受けていたのだということが、よりリアルに感じられてきました。
静かなトーンの中から、戦争がいかに人びとの生活や生き方を狂わせてしまうのかということが、じんじんと伝わってくる作品でありました。

『美しい夏キリシマ』に引き続き上映されたのは、黒木監督の遺作となった『紙屋悦子の青春』でした。

『紙屋悦子の青春』(2006年、日本)
監督=黒木和雄
脚本=黒木和雄・山田英樹
原作=松田正隆
撮影=川上皓市
音楽=松村禎三
出演=原田知世、永瀬正敏、小林薫、本上まなみ、松岡俊介

昭和20年春、鹿児島。兄夫婦のもとで暮らしている紙屋悦子に、兄の後輩である海軍少尉・明石から縁談が持ち込まれる。相手は明石の親友でもある同僚の少尉・長与であった。秘かに明石に想いを寄せていた悦子は逡巡しつつ見合いの席に臨むが、不器用ながらも誠実な長与に惹かれ、縁談を受け入れることに。実は明石は沖縄への出撃を控えていて、悦子のことを長与に託そうとしていたのだった。明石の思いを知り、それを受け入れようとする悦子と長与。そして桜が散る頃、明石が沖縄へと出撃する日がやってきたのであった・・・。

松田正隆さんによる舞台劇(松田さんは、先の『美しい夏キリシマ』で、黒木監督とともに脚本を手がけた方でもあります)を映画化した『紙屋悦子の青春』。ときおり挿入される、現在の年老いた悦子と長与が語り合っている病院の屋上のシーン以外は、すべて昭和20年に悦子が暮らしていた兄夫婦の家の中だけで物語が進んでいきます。そして登場人物は悦子と兄夫婦、長与と明石の5人のみです。
しかし、映画にはまったく単調さはありませんでした。聡明な悦子を好演した原田知世さん。ちょっととぼけたところはあっても頼りがいのありそうな兄を演じた小林薫さん。それを支えるしっかり者の兄嫁(にして悦子の幼なじみ)を演じた本上まなみさん。不器用だけど朴訥で誠実な長与を演じた永瀬正敏さん。長与の不器用さにやきもきしながらも、悦子への想いを断ち切って出撃していく明石を演じた松岡俊介さん。この芸達者な5人による、ユーモラスでほのぼのとした掛け合いはまことに見事で、笑いとともに一気に物語へと引き込まれました。そこには、戦争をテーマにした作品にありがちな重苦しさもありませんでした。
しかし、それだからこそ、戦争によって失われた者への哀惜の念、そして失われた者たちの想いを受け継いで生きていこうとする者たちの決意が、自然に胸を打ってきました。悦子が、胸のうちでこらえていた思いを表出させる場面では、涙を抑えることができませんでした。
これから先、何度でも観直してみたい、と思えるような素晴らしい作品を、黒木監督は最後に遺してくれました。

戦後70年の今年は、安保法制をめぐる問題で戦争と平和についての議論が巻き起こった年にもなりました。ですがそれらの「議論」には、いささか声高でヒステリックなものが目立っていたことも事実でしょう。
そのようなあり方に疲れ、嫌悪感すら抱いていたわたくしに、黒木監督の2作品は静かに、しかししっかりと、戦争と平和の意味を問いかけてくれました。

❇︎第21回宮崎映画祭は27日(日曜日)まで開催されます。詳しいことは、下記の映画祭公式サイトをどうぞ。
http://www.bunkahonpo.or.jp/mff/

(次回につづく)

2015年9月現在の「わたくしの10冊」

2015-09-09 20:43:46 | 本のお噂
おととい(7日)、ツイッターで「本棚の10冊で自分を表現する」というハッシュタグのついた投稿のまとめがタイムラインにシェアされてきました。→ 「#本棚の10冊で自分を表現する」
「ハッシュタグ」とは、頭に「#」がつけられているタグのことで、これをつけて投稿することで、あるテーマに基づいた投稿を一つのまとまりとして表示することができるのです。
まとめられた投稿を見てみると、それぞれの方々の個性や好奇心のありようが、セレクトされた10冊から滲み出てくるようで、まことに興味の尽きないものがありました。
わたくしも、タイムラインで興味をそそられるハッシュタグを見つけたときには時々、参加させていただくことがあるのですが、大なり小なり本が好きであるヒトの気持ちをくすぐるような、「本棚の10冊で自分を表現する」というテーマ設定に、これは参加せずにはおれまい!と思い、さっそく10冊選んでみることにいたしました。
とはいえ、本が好きとはいってもそこまで読書量が多いというわけではないわたくしですら、10冊だけ選ぶというのはなかなかの難事業でありました。小一時間ほど、これまで読んできた本の記憶を思い返してみたり、本棚を眺め回したりした挙句、なんとかかんとか以下の10冊をエイヤッと選び、タグをつけてツイッターに投稿いたしました(ちなみに上記のまとめにも、その投稿を加えていただいております)。
その後1日経って、やはり他にも入れておきたい本が出てきたりいたしましたので、2冊入れ替えた上であらためてここに「わたくしの10冊」を挙げておきたいと思います。どれも、読んだときに大きな影響を受け、これからもことあるごとに開いていくことになるであろう10冊であります。



『幸福論』(バートランド・ラッセル著、安藤貞雄訳、岩波文庫)
『摘録 断腸亭日乗』上・下(永井荷風著、磯田光一編、岩波文庫)
『私家版 日本語文法』(井上ひさし著、新潮文庫)
『発作的座談会』(椎名誠・沢野ひとし・木村晋介・目黒考二著、本の雑誌社および角川文庫。いずれも品切れ)
『完本・居酒屋大全』(太田和彦著、小学館文庫。現在は品切れ)
『無人島に生きる十六人』(須川邦彦著、新潮文庫)
『つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方』(ウイリアム・パワーズ著、有賀裕子訳、プレジデント社)
『21世紀の自由論 「優しいリアリズム」の時代へ』(佐々木俊尚著、NHK出版新書)
『知ろうとすること。』(早野龍五・糸井重里著、新潮文庫)
『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子著、早川書房)

哲学者であり数学者でもあったバートランド・ラッセルの『幸福論』。「幸福論」を謳う書物は多々ありますが、本書は説教くさかったりもってまわったような言い回しのわりには、さほど参考にはならない類いのものではなく、あくまでも「合理的・実用主義的(プラグマティック)な幸福論」(文庫本の解説より)であるところに、国や時代を超えるような普遍性があります。ゆえに現代の日本人にも有益な知恵をたっぷりと与えてくれる名著であり、わたくしにとっても欠かせない座右の書となっております。この本はすごくオススメしたい一冊でもありますので、またあらためて紹介記事を綴ってみたいと思います。

38歳であった大正6年(1917)から、昭和34年(1959)に亡くなる直前までの42年間にわたって綴られた永井荷風の日録『断腸亭日乗』。文筆生活の裏表、情婦との交情、東京の世相風俗の記録、時局に対する姿勢などなど、読むたびに何かしらの発見があって面白く興味が尽きません。なお、文庫版は「摘録」とあるように完全版ではなく、いわばダイジェスト版であります。ここはぜひとも、あらためて完全版での文庫化を切望したいところです。

文学作品はもちろんのこと、法律文や新聞の見出し、広告文、歌謡曲の歌詞、はたまた野球場でのヤジなどといった意表を突く例文を引きながら、井上ひさしさんならではのユーモアで日本語の文法や表記を腑分けしていく快著が『私家版 日本語文法』。わたくしは高校時代、本書を繰り返し読んだおかげで日本語の豊かさ面白さを知ることができました。まさしく恩人ならぬ「恩書」といえる一冊であります。でもそのわりにはオマエの書く文章は大したことないなあ、と言われると、いやあメンボクないとアタマ掻きつつ退場するしかございませんけれども。

「寝る前に読む本」「茶わん蒸しはおつゆかおかずか」「コタツとストーブ、どっちがエライか」などなど、どうでもいいといえばどうでもいいような話題を俎上に口角泡飛ばして語り尽くすのが『発作的座談会』。自分の信奉する「正義」を振りかざして政治やら社会やらを語るよりも、たわいないバカばなしを真剣にやれるほうがよほどマシだしニンゲンとしての魅力もある、ということを、読み返すたびに笑いとともに教えてくれるありがたい一冊です。気持ちが塞いでいるときの特効薬でもあります。

太田和彦さんが「居酒屋評論家」としての地位を確立させた記念碑的なデビュー作の完全版が『完本・居酒屋大全』。トリビアと遊びごころいっぱいに、居酒屋と酒と肴の楽しみ方を伝授してくれる本書は、これまたわたくしにとっての「恩書」であります。なので、現在は品切れとなっているのは誠に残念です。ぜひ、情報を新しくした上で再刊して欲しいものだと切に願います。

そして続く5冊は、当ブログでも紹介させていただいている本であります。
明治時代、太平洋上にて座礁した船から脱出した16人の乗組員が、漂着した小さな無人島で助け合いながら生き抜き、祖国日本に帰還するまでを描いた漂流記の傑作にして名著が『無人島に生きる十六人』。どんなに困難な状況下であっても、前向きな気持ちを失うことなく知恵を出して助け合うことの大切さを、爽快な感動とともに教えてくれる一冊です。
当ブログの紹介記事→ 【閑古堂アーカイブス】『無人島に生きる十六人』 知恵と工夫で助け合い、前向きに生き抜いた男たち

わたくしたちに大きな恩恵を与えてくれる一方で、時としてその押しつけがましいまでの騒々しさで、精神をくたびれさせもする「ネット世間」との距離の取り方を、プラトンやグーテンベルク、フランクリン、マクルーハンなどの賢人たちの知恵から探るのが『つながらない生活』。ネットと上手く付き合っていく上で欠かせない知恵と思索が詰まっていて、やはり座右の書として欠かせない本です。
当ブログの紹介記事→ 【読了本】『つながらない生活』 「つながり過ぎ」で見失った自分を取り戻す、思索と知恵に満ちた一冊

佐々木俊尚さんの『21世紀の自由論』はつい最近読んだばかりですが、既存の「リベラル」や「保守」のあり方に徹底した批判を加え、「優しいリアリズム」という新しい可能性を打ち出した内容が、深い共感と希望を与えてくれたこともありますので、ぜひこの10冊に加えておきたいと思います。
この本を紹介させていただいた記事が、当ブログの中でもよく読まれているということは嬉しいことであります。
当ブログの紹介記事→ 【読了本】『21世紀の自由論』 ウンザリしていた政治への思いを変えた「優しいリアリズム」の哲学

『知ろうとすること。』は、東京大学教授・早野龍五さんと糸井重里さんが、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故と、それ以後の状況を見据えながら、未来に向けて必要となる考え方を、平易な語り口で探っている対談本です。これからも本書を指針にしながら、常に正確な情報や知識を更新して冷静にものごとを考え、的確な判断に結びつける習慣をつけていこうと思っております。
本書を紹介した記事もまた、当ブログではよく読まれているということで、これも嬉しい限りです。
当ブログの紹介記事→ 【読了本】『知ろうとすること。』 震災と原発事故後を生きる上で大切なことを教えてくれる良書

東日本大震災による津波で甚大な被害を受けた宮城県の日本製紙石巻工場の人びとが、日本の出版物を命運を左右する紙の供給を途切れさせないために半年での復興を宣言、困難を乗り越えながらそれを達成していく過程を追った佐々涼子さんの秀作ノンフィクションが『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』です。後世に伝えるべき震災の記録と記憶として価値があるにとどまらず、本好きな人間として、そして本に関わる仕事をやっている身として、多くの人に手渡していきたい大切な「たすき」でもある一冊です。
当ブログの紹介記事→ 【読了本】『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』 苦難を乗り越え、つながったものの重さと大切さ

・・・それにしても、10冊に絞り込むというのは難しいものだなあ、とあらためて思います。文庫編、新書編、四六版編、事典編・・・と部門ごとに10冊ずつ挙げてみたい気にもなりましたが、キリがなくなりますのでこのあたりで。あれもこれもと入れてみたい本が出てきますし、まだまだ読むべき本、読まねばならぬ本も山のごとくございますし。なのでこの先、「わたくしの10冊」も入れ替わっていくことになるのかもしれません。
これはあくまでも、2015年9月時点での「わたくしの10冊」ということで。