読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【閑古堂のきまぐれ名画座】椎名誠監督×ホネ・フィルム作品特集 〜野田知佑さんを偲びながら〜 (後篇)

2022-04-30 07:03:00 | 映画のお噂

『あひるのうたがきこえてくるよ。』(1993年 日本)
監督=椎名誠
製作=岩切靖治・野田隆一 原案=野田知佑 原作=椎名誠「三羽のあひる」
脚本=椎名誠・田部俊行・白木芳弘 撮影監督=高間賢治 音楽=高橋幸宏
出演=柄本明・高橋惠子・荻野純一・黒田福美・上田耕一・余貴美子・竹下景子・織本順吉・加藤武・小沢昭一

教師の職を捨て、折りたたんだカヌーと大きなザックを担いで山あいの村にやってきた主人公は、ひょんなことから3羽のあひるのヒナと出会う。〝刷り込み〟により彼を〝親〟だと勘違いしたあひるたちは、彼の後をピタリとついてきて離れなくなってしまう。かくして、あひるたちを〝親〟がわりに育てることになった主人公と村の人びととの、のどかでちょっと不思議な交流が始まる・・・。

椎名誠さんの監督第3作となる本作『あひるのうたがきこえてくるよ。』では、前作『うみ・そら・さんごのいいつたえ』(1991年)以上に、本格的な映画作りへの志向が打ち出されました。撮影監督として、金子修介監督の『1999年の夏休み』(1988年)や、三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』(1997年)などの撮影を手がけた高間賢治さんを迎え、16:9のシネマスコープへ大型化した画面にドルビーステレオ音響と、技術的にも高スペックな映画となりました。
なにより目を見張らされるのはキャストの豪華さ。主人公を演じる柄本明さんを筆頭に、高橋惠子さんや黒田福美さん、竹下景子さん、さらには重鎮の小沢昭一さんに加藤武さんと、錚々たるベテラン陣が顔を揃えております。
メインのキャスト以外にも、織本順吉さんや上田耕一さん、螢雪次朗さん、ベンガルさん、六平直政さんなどといった個性派バイプレイヤーが多く出演しているのも見逃せません。前作『うみ・そら〜』に出演した余貴美子さんと本名陽子さんも(違う役柄で)登場しています。多彩なキャスト陣を得て、人間ドラマの方もユーモアとペーソスが溢れる意欲的な内容となっています。

錚々たるプロの役者陣はもちろんのこと、椎名さんの仲間たちが多数カメオ出演しているのも楽しいところです。作家仲間である嵐山光三郎さんや北方謙三さん、立松和平さんに、「あやしい探検隊」の盟友である木村晋介さんや中村征夫さん、さらには音楽を手がけた高橋幸宏さんといった面々がちょっとしたシーンで顔を見せていて、ニンマリさせられます。
そうそう、主人公に育てられる3羽を演じたあひるたちの「名演」ぶりもまた最高。ロケ地となった、福島県の奥会津にある金山町と沼沢湖の自然と山村風景とともに、映画のユーモアとペーソスを盛り上げてくれるのです。
映画のもととなったのは、実際に3羽のあひるを育てたエピソードを綴った野田知佑さんのエッセイと、それをモチーフにした椎名さんの短篇小説「三羽のあひる」。すなわち、この映画の主人公のモデルとなったのもまた、野田さんその人に他ならないのであります(ちなみに野田さんご本人も、相棒のガクとともにワンカットだけ登場しています)。

『白い馬』(1995年 日本)
監督=椎名誠
製作総指揮=黒木利夫 製作=岩切靖治 脚本=岸田理生・山上梨香・椎名誠
原作=椎名誠『草の海』・大塚勇三再話『スーホの白い馬』 撮影監督=高間賢治
音楽=木村勝英・伊藤幸毅 メイン・テーマ曲=アンドレ・ギャニオン
出演=ガンボルディン・バーサンフー、アディルビシーン・ダシビルジェ、ナムジルパンサンギーン・サラントヤー、ゾンドイン・ガルサンダンザン、ミャグマリン・レンツェンハンド

夏の時期を迎えたモンゴルの草原。町にある学校の寄宿舎から帰省してきた少年ナランは、久々に家族、そして同じ日に生まれたという白い馬との再会を喜ぶ。季節ごとに移動しながら生活する遊牧民のナラン一家は、夏営地として移動した場所で新たな暮らしを営み始める。病気で寝込んでいた3番目の兄の死、馬たちを襲う伝染病の流行・・・さまざまな経験を重ねる中で、ナランは白い馬とともに、モンゴルの大きな行事である「ナーダム」で行われる少年競馬に参加することを決意する・・・。

椎名誠さんの映画監督4作目となる『白い馬』は、モンゴルでのオールロケとモンゴル人キャストという条件のもとで製作された野心作となりました。監督4作目にして、しかも大手の映画会社が関わっているわけでもない製作体制を考えれば、まことに大胆なチャレンジといえますが、にもかかわらずなかなか堂々とした、素晴らしい仕上がりの映画となっています。
とりわけ優れているのは、草原とともに生きるモンゴルの遊牧民が営む伝統的な暮らしぶりが、実に丹念にすくい取られているところ。そのことを通して、家族の絆と遊牧民としての誇りを大切にする、モンゴルの人びとの精神性の高さが伝わってきます。
モンゴル人キャストの演技も実に自然で、違和感がまったくありません。特に、主人公であるナランを演じたバーサンフー少年の存在感は素晴らしいものがありました。カナダ人作曲家、アンドレ・ギャニオンが手がけたピアノによるメインテーマ曲も、作品の雰囲気を盛り上げてくれます。
日本でも絵本を通して広く知られているモンゴルの伝説「スーホの白い馬」が、モンゴルの伝統楽器である馬頭琴弾きの老人の語り、という形で作中に織り込まれています。馬頭琴の音色とともに語られる「スーホの白い馬」も、絵本とはまた違った物悲しさと美しさで心に響いてまいりました。
『うみ・そら・さんごのいいつたえ』と並ぶ、シーナ的叙事詩映画の秀作です。


『しずかなあやしい午後に』(1996年 日本)
製作=黒木利夫・岩切靖治 企画=椎名誠
「スイカを買った」 監督・脚本=太田和彦 演出=吉永尚之 原作・絵=沢野ひとし 撮影監督=玉川芳行 音楽=高野ふじお
「遠灘鮫腹海岸」(とおのなださめはらかいがん) 監督・脚本=椎名誠 原作=椎名誠『地下生活者』・林政明『林さんチャーハンの秘密』 撮影=中村征夫 音楽=高橋幸宏 出演=林政明
「ガクの絵本」 監督=和田誠 脚本=和田誠・足立公良 原案=佐藤秀明・椎名誠 撮影=佐藤秀明 音楽=道下和彦 出演=ガク・野田知佑・高樹澪・白石加代子・内藤陳・沼沢渡・柄本明(声)・吉田日出子(声)

それぞれに趣きの異なる、3本の短篇作品からなるオムニバス映画です。
「スイカを買った」は、椎名誠さんの盟友であるイラストレーター、沢野ひとしさんの絵物語をもとに、道端の露店でスイカを買った少年の夏の一日を描き出した、10分間の短篇アニメーションです。監督と脚本を手がけたのは、「あやしい探検隊」のメンバーであり、居酒屋評論家としても広く知られるグラフィックデザイナー・太田和彦さん。
「ワニ眼」と称される独特の目つきをした、沢野さん描くところのキャラクターがアニメ化されて動いているのを見ると、最初は笑いを誘われるのですが、記憶の底にある過ぎ去った夏の一日がノスタルジックに描かれていて、観ていくうちに心地よさを感じてきます。遠くから聞こえてくる鳥の声や虫の声など、音響設計の細やかさも見事です。
疲れたときにリピートしながら観たくなるような、愛すべき小品であります。

海辺に車を乗り入れた男が、突如車ごと砂の中に飲み込まれてしまう。脱出することが難しいと知った男は仕方なく、持っていた道具と食材でチャーハンを作って食べる。すると、その様子を穴の上からじーっと見つめる怪しげな人間たちが・・・という「遠灘鮫腹海岸」は、椎名誠さんが自作の小説を映画化した作品です。
これまで手がけたリアル志向の映画から一転、ありえないシチュエーションの中で展開する超常的ホラ話といった感じの作品で、多少の物足りなさはあるものの肩の力を抜いて楽しめる仕上がりとなっています。
主演をつとめるのは、「あやしい探検隊」の料理担当である林政明さん。作中でも、得意料理である「林(リン)さんチャーハン」を作る過程が妙に細かく描写されているのが楽しいのであります(これがシンプルなんだけどすっごく旨そうなんだよなあ)。

「ガクの絵本」は、カヌーイストの野田知佑さんと、その良き相棒であった犬のガクを再び主演に据えた、椎名さんの監督第1作『ガクの冒険』(1990年)の姉妹篇です。監督は、イラストやデザインなどで幅広く活躍し、映画監督としても『麻雀放浪記』(1984年)などの作品を手がけた和田誠さん。
〝とうちゃん〟とともにカヌーで川を旅するガクが、夢の中でハラハラするような冒険を繰り広げる・・・というファンタジー作品。30分の短篇とはいえ、高樹澪さんや白石加代子さん、内藤陳さんなど、多彩なキャストが顔を見せています。ガクの声を演じたのは、『あひるのうたがきこえてくるよ。』で主演をつとめた柄本明さん。道下和彦さんによるギターの音楽も、作品の雰囲気にぴったりでいい感じでした。
この作品を撮影したとき、ガクはすでにかなりの老犬となっていて、体も弱っていたといいます。しかし、撮影に入る頃になると奇跡的に回復し、動けるようになったのだとか。本作はまさに、ガクの最後の輝きを映し出すものとなったのです。
今ごろはきっと、天国で野田さんはガクと再会を果たしているのかなあ・・・そんな思いが頭をかすめて、最後にまたしてもしんみりしてしまったのありました・・・。

【閑古堂のきまぐれ名画座】椎名誠監督×ホネ・フィルム作品特集 〜野田知佑さんを偲びながら〜 (前篇)

2022-04-17 21:02:00 | 映画のお噂
小説にエッセイにと、今もなお精力的に執筆活動を続けておられる作家の椎名誠さんは、1990年代には「ホネ・フィルム」という制作会社を立ち上げ、映画監督として全部で5本の映画を送り出しました。作品は通常の劇場公開に加え、全国各地のホールなどを巡回しての「コンバットツアー」という形式で上映されました。
本職の映画人ではない、いわゆる「異業種監督」の椎名さんでしたが、若いときには8ミリによる小型映画を撮ったりもしていた映画好きであり、その監督作はどれもしっかりと腰を据えて作られたものとなっていて、大いに驚かされたものでした。
それら90年代の椎名さんとホネ・フィルムの映画作品をまとめたDVD–BOXが、『ホネ・フィルム式活動寫眞全記録』というタイトルで2004年に発売されました(発売元は角川映画、販売元はハピネット・ピクチャーズ)。初回限定発売ということで既に品切れとなっていて、現在ではいくらかプレミアもついているようです。


先日、このBOXに収録されたDVDで、椎名さんとホネ・フィルムの映画5作品を久しぶりに観直しました。
きっかけとなったのは、カヌーイストでエッセイストの野田知佑さんの訃報でした(3月27日に84歳で逝去)。椎名さんと親しかった野田さんは、ホネ・フィルムが製作した5本のうちの3本にも、出演などの形で関わっています。今回のホネ・フィルム作品の再見には、その野田さんを偲ぶという意味もありました。


『ガクの冒険』(1990年 日本)
監督=椎名誠
製作=岩切靖治・谷浩志 プロデューサー=沢田康彦 原作=佐藤秀明『ガクの冒険』
脚本=椎名誠・沢田康彦 撮影=佐藤秀明 音楽=高橋幸宏
出演=ガク、野田知佑

〝とうちゃん〟が漕ぐカヌーに乗って、のんびりと川を旅している犬のガク。あるとき、雨の中を進んでいたカヌーが急流で「沈」(転覆)してしまい、ガクは〝とうちゃん〟とはぐれてしまう。〝とうちゃん〟を見つけ出すための、ガクの冒険行が始まった・・・。
野田知佑さんと、そのカヌー旅の良き相棒であった犬のガクを主演に据えた、椎名さんの映画監督デビュー作です。撮影を担当した写真家・佐藤秀明さんによる同名の写真集を原案として、日本有数の清流として名高い高知県の四万十川で撮影が行われました。

YMOの一員であった高橋幸宏さんが音楽を手がけ、のちに北野武監督や三池崇史監督の作品で撮影を担当することになる山本英夫さんが撮影助手として参加したりもしていますが、スタッフとキャストの多くは「あやしい探検隊」メンバーをはじめとする、椎名さんの友人知人。時間も60分足らずという短い作品で、映画としては未熟な面が目立つことは否めませんが、舞台となった四万十川流域ののどかな雰囲気と相まって、微笑ましい仕上がりの一本となっております。弁護士の木村晋介さんや、水中写真家の中村征夫さんなど、「あやしい探検隊」のメンバーがそこかしこで出演しているのも見逃せません。
ラスト、はくれてしまった〝とうちゃん〟とガクが再会を果たすところでは、ああいまごろ野田さんとガクはこんな感じで天国で再会してるのかなあ・・・などという思いが頭に浮かんで、ちょっぴり目頭が熱くなってしまいました。



『うみ・そら・さんごのいいつたえ』(1991年 日本)
監督=椎名誠
製作=岩切靖治 プロデューサー=沢田康彦 脚本=椎名誠・沢田康彦・白木芳弘
原案=中村征夫写真集『白保ーSHIRAHO』 撮影=中村征夫 音楽=高橋幸宏
出演=余貴美子、本名陽子、仲本昌司、平良進、平良とみ、浜田晃、紺野美沙子

美しいサンゴ礁の海が広がる、夏真っ盛りの石垣島・白保に、島を出て東京で暮らしていた悦子と、その娘かおりが帰省してくる。複雑な家庭環境で育ったためか、周囲の人たちに対して心を閉ざしていたかおりであったが、白保の海とそこで生きる人びととの触れ合いの中で、少しずつ気持ちを開いていく・・・。
仲間うちによる自主映画の延長、という感じだった前作『ガクの冒険』から一転、プロの役者やスタッフを多く起用し、沖縄県石垣島・白保での全面ロケのもと、どっしりと本腰を入れて作った椎名さんの監督第2作目です。
悦子役で主演したのは、のちに多くの映画やテレビドラマで活躍することになる余貴美子さん。その娘かおりの役は、声優として『耳をすませば』(1995年)などのアニメ作品や、外国映画・ドラマの吹き替えなどで活躍している本名陽子さん。そして、温かみのある地元のおばあを演じたのは、NHKの連続テレビ小説『ちゅらさん』(2001年)で全国的に有名となった沖縄の女優、平良とみさん。また出番は少ないものの、島の女教師役で紺野美沙子さんも顔を見せています。

映画のもとになったのは、「あやしい探検隊」の一人にして水中写真家である中村征夫さんの写真集『白保ーSHIRAHO』で、本作では映画全体の撮影も手がけております。中村さんのカメラが捉えた白保の海、とりわけサンゴの群落とそこに生きる魚たちを映し出した美しい映像が、本作の最大の見どころ。『ガクの冒険』に続いて音楽を手がけている高橋幸宏さんも、素晴らしいスコアで作品を盛り上げてくれます。
この映画が製作された背景には、当時の石垣島を揺るがせていた新空港の建設問題がありました。世界でも有数といわれるサンゴ礁が広がる白保地区の海に、新しい石垣空港を建設する計画が持ち上がったことで、石垣島の内外でそれに対する賛否両論が戦わされていたのです。そんな中で作られた本作は、白保の海が持つ大きな価値と、それを守ることの重要性が大きなテーマとなっています(のちに新石垣空港は内陸のほうに建設地を変更し、2013年に開港)。
とはいえ、本作は新空港の建設問題をことさら強調するような、声高なメッセージを前面に出す説教臭い映画にはなっていません(空港建設の問題は、作中では内地の業者によるリゾート開発に置き換えられています)。かわりに本作では白保の海と、島に生きる人びととの関わりがじっくりと描き出されます。
サバニと呼ばれる小さな舟で海に出て、素潜りで漁をする海人(うみんちゅ)たち。恵みをもたらす神へ感謝を捧げる集落の豊年祭。その形から「亀甲墓」と呼ばれるお墓での慰霊のようす。月明かりのもと、浜辺で焚き火を囲みながら踊り、酒宴に興じる人びと・・・。映画はセミドキュメンタリー的な描写を交えながら、島の人びととサンゴの海との関わりを丹念に描いていきます。
海は人びとに恵みをもたらすだけではありません。時には人びとに牙を剥き、その命を奪ってしまう存在でもあります。本作では、荒れる海へ出ていったまま帰らぬ人となった海人のエピソードや、海へ漕ぎ出して遊んでいた子どもたちが遠くへ流されてしまうシークエンスを通して、海の恐ろしい面にも目を向けます。
本作の中でかおりが口にする次の台詞に、本作のテーマが凝縮されています。

「(海は好きか、と問われ)好き。こわいけど好きになった」

美しく魅力的で、人びとに恵みをもたらす一方で、時には危険で恐ろしい存在でもある海。それでも海と関わり、海とともに生きることの大切さを、美しい映像とともに謳いあげた叙事詩的な映画として、本作は実に良くできているのではないかとあらためて思いました。
椎名さんが監督した映画の中でも、わたしがとりわけ好きな一本であります。


                              (後篇につづく)