読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『動物たちのしあわせの瞬間』 厳しい自然の中でも確実に訪れる、充実した幸せな時間

2016-05-02 23:09:05 | 本のお噂

『動物たちのしあわせの瞬間 BORN TO BE HAPPY』
福田幸広著、発行=日経ナショナル ジオグラフィック社、発売=日経BPマーケティング


満ち足りた食事のひととき、遊びに興じる子どもたち、親子のふれあい、恋模様、穏やかな眠り・・・。そんな、動物たちが「しあわせ」を感じているであろう光景を世界中で取材し、切り取った写真の数々を収めたのが、この『動物たちのしあわせの瞬間』という写真集です。
著者の福田さんは、『ナショナル ジオグラフィック』誌に写真を提供したり、英BBCの「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」でも作品が高く評価されるなど、世界的に活躍している動物写真家です。
プロフィールに記されている福田さんの肩書きは、単なる「動物写真家」ではなく「しあわせ動物写真家」。そういえばお名前にも「福」と「幸」の2文字が。そういう意味でもこの写真集は、まさに “名は体を表す” といえるような仕事の結晶、でもあるのです。

木の穴からちょこんと顔を出している、北海道のエゾモモンガ。本来は夜行性でありながら、恋のためには昼夜を問わず行動するというその目の模様は、しっかりハート型です。
3匹並んで昼寝している、瀬戸内海の大久野島に住むウサギたち。そこはちょっと斜めの場所で、上に位置している2匹のウサギに寄りかかられる形となっている一番下のウサギの表情は、どことなく迷惑顔だったりしています。
面長で彫りの深い整った顔立ちをしている、インドネシアはスラウェシ島のクロザルたち。カメラを向けると、あたかもモデルか何かのようにポーズをキメているようなのもいたりして、まさに「イケメン猿」の面目躍如といったところです。その一方で、発情期を迎えて真っ赤に膨れ上がっているメスのお尻に、なんだかスケベったらしい目線を送っているのがいたりするのもご愛嬌です。
水中でカメラを構えていた福田さんに近づき、大きな唇を動かして「変顔」をしてみせているのは、フロリダのマナティー。福田さんいわく、「マナティーはベロベロバーやあっぷっぷなどの得意技をたくさんもっているので、にらめっこをしても到底勝ち目はない」とか。
標高4000メートルの断崖絶壁の頂上あたりにある岩の端から足を投げ出しながら、呑気そうな表情で昼寝しているのは、米国コロラド州のシロイワヤギ。その眼下には、雪をまとった山々が連なる高山地帯の絶景が広がっているのでした・・・。
などなどなど、動物たちが見せる「しあわせ」感たっぷりの表情や仕草の数々がたっぷりと詰まっていて、ページをめくるたびに顔がほころんだり魅せられたりと、実に楽しい気持ちにさせてくれます。

一つの場所にじっくりと腰を据えて、そこに生きる動物たちの営みをつぶさに捉えた写真の数々も、実に見応えがありました。
アラスカに生息する羊の仲間・ドールシープや、長野県の地獄谷に暮らすニホンザルが見せる恋の駆け引きを追った一連の写真には、「ああ動物たちの恋愛模様っていうのも一筋縄ではいかんのね」と、なんだかちょっと身につまされるところがございました。また、クリスマス島の鳥たちを取材した一連の写真は、鳥たちと島の風景(濃いブルーの空と、白い砂浜の向こうに広がるエメラルドグリーンの海の美しいこと!)が相まって、大いに魅せられました。
目を見張らされたのが、フォークランド諸島に生息するイワトビペンギンたちの上陸場面。海から泳いできたペンギンたちが天敵を避けて上陸する場所は、荒波が打ち寄せる断崖絶壁。ペンギンたちは荒波の勢いを利用しつつ崖に取り付き、よじ登っていくのです。愛嬌者というイメージのペンギンたちが、白く泡だつ荒波に揉まれながら、果敢に上陸を試みる姿を捉えた写真は、実に感動的でした。
宮崎県南端にある都井岬の野生馬・ミサキウマを取材した写真がけっこう多かったのも、宮崎人としては嬉しいところでした。中でもお気に入りは、草の上に横たわって眠る子馬を鼻先から撮ったユーモラスな写真。これは何度見ても笑えます。一方で、満点の星空の下で草を食むミサキウマのシルエットを捉えた一枚の美しさには息を飲みました。
巻末の「メイキング」の中で、福田さんがそれぞれの動物たちの注目すべき点を表現する手段として「本がいちばん適している」と、本づくりへの熱意を語っておられるところも、また嬉しいものがありました。

熊本や大分に大きな被害をもたらした上、宮崎にも揺れを及ぼした大地震に加え、身辺で持ち上がった頭の痛い難題があったりもして、ここしばらくのわたしはまともに本を読む気になれずにおりました。そんな折、勤務先の書店から地震前に取り寄せていた本書が地震の数日後に届きました。
報道によって知った、地震による大きな被害を目の当たりにしたショックと、また余震に見舞われるのではないかという不安で、気持ちが不安定だったときに入ってきた本書のページを、わたしはすがるような思いでめくったのでした。
本書の「はじめに」で、福田さんはこのように語ります。ちょっと長いのですが、引かせていただきたいと思います。

「野生動物の世界は、弱肉強食の世界といわれる。確かに捕食者の恐怖にさらされる時もある。どれだけ歩いても一口の食べ物さえ見つけられない時や、固く身を寄せ合っても耐えられないほどの寒い夜もある。強いものが生き残り、弱いものは死んでいく。明日わが身がどうなっているのか、彼らに想像する余裕などない。だからこそ、その瞬間を精一杯生き抜く。それ以外に明日を迎えるすべはない。」
「(撮影のために訪れた)どの場所も、生身の人間がたやすく生きていけるかといえば、『イエス』ではない。しかし、そこに暮らす動物たちは、実に生き生きとしていた。(中略)膨大な時間をフィールドで過ごしたことで、彼らは懸命に生きている証しを私に見せてくれた。」


生きていく上での困難さに満ちている、弱肉強食の自然の中で生きる動物たちにも、「しあわせ」を感じることのできる時間は確実に訪れる・・・そのことを伝えてくれる本書には、本当に気持ちが和らぎ、救われるような思いがいたしました。
買うにはちょっと高い値段ではありましたが(本体3200円)、購入して良かったとつくづく思います。

地震で被害を受け、今は困難な状況に置かれている方々にも、これからきっと幸せがもたらされることと信じます。その日が少しでも早くやってくることを、ただただ願うばかりです。