『ゴジラ−1.0』の紹介と感想を綴ったりしていて後先になってしまいましたが、第29回宮崎映画祭で観た作品のご紹介の続きであります。
第29回宮崎映画祭の初日であった11月3日、3時間超におよぶ『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』に続いて観たのは、往年の日活映画2作品でした。
いずれも、日本映画史上の傑作として高く評価され、語り草になっている作品でありますが、恥ずかしながらわたしは今回が初の鑑賞であり、これほどの傑作をいままでキチンと観ることなく馬齢を重ねるばかりだったオノレの不明を、深く深く恥じることとなりました。
『鴛鴦(おしどり)歌合戦』(1939年 日本)
モノクロ、70分
監督:マキノ正博(雅弘、雅裕)
脚本:マキノ正博(「江戸川浩二」名義)
撮影:宮川一夫
音楽:大久保徳二郎
出演:片岡千恵蔵、市川春代、志村喬、香川良介、服部富子、遠山満、深水藤子、ディック・ミネ
※2023年11月3日、第29回宮崎映画祭の上映作品として、宮崎キネマ館にて鑑賞
堅苦しい宮勤めはごめんだ、と長屋でのんびりと暮らしている浪人・浅井禮三郎(片岡千恵蔵)。その隣には、傘張りで得たお金で怪しげな骨董品を買っては悦にいっている志村狂斎(志村喬)と、それに困り果てている娘のお春(市川春代)が暮らしている。お春は浅井に想いを寄せているのだが、商人の香川屋(香川良介)の娘・お富(服部富子)も浅井に惚れこんでいる上、武士の遠山(遠山満)が娘の藤尾(深水藤子)と浅井を結婚させようとしたりしていて、お春は気が気ではない。そんな中、ひょんなことから志村の骨董好きを知った殿様・峯澤丹波守(ディック・ミネ)が志村の長屋を訪れ、お春に一目惚れしてしまう・・・。
江戸時代を舞台にした時代劇でありながら、登場人物が全篇にわたってジャズのメロディに乗って歌って踊るという、奇想天外なオペレッタ、ミュージカル映画の傑作であります。
冒頭から、お富(演じるのは、当時テイチクレコードに所属していた歌手の服部富子さん)と若者たちとが歌いながら掛け合いを演じ、続いて大歌手ディック・ミネさんが演じる殿様と家来が歌いながら登場。そして、主人公をめぐる恋の鞘当てが笑いとともに展開され、映画の最後には登場人物が勢揃いして歌い踊る「カーテンコール」で幕・・・。そんな斬新な構成は、今の眼で見てもまったく古さを感じさせませんでした。映画全体のトーンもきわめて明るく、観終わる頃には幸福感でいっぱいとなりました。
1939(昭和14)年といえば、2年前に始まった日中戦争に続き、2年後には太平洋戦争も始まろうという時期。そんな暗くて窮屈な時代に、よくもまあこのようなモダンで明るく楽しい、幸福感に溢れている映画がつくられたものだと、ただただ驚かされるばかりでした。
主人公の浪人・浅井を演じるのが、時代劇から現代劇まで多数の作品に出演して人気を得た大スター・片岡千恵蔵さん。とはいえ、撮影当時は急病により休養していたそうで、出番は意外に少なめ。
そのかわり、『生きる』(1952年)や『七人の侍』(1954年)などの黒澤明作品をはじめ、『ゴジラ』第1作(1954年)などで知られる名優・志村喬さんが、大いに存在感を発揮しております。この志村さんの歌がもう上手いのなんの。伸びやかな声で朗々と歌う、志村さんの歌声の素晴らしさにも、大いに驚かされました。志村さん演じる狂斎の娘・お春役の市川春代さんの可憐さも最高でしたねえ。
これからまた、何度でも観直したくなる映画の一本となった作品であります。
『幕末太陽傳』(1957年 日本)
モノクロ、110分
監督:川島雄三
製作:山本武
脚本:田中啓一、川島雄三、今村昌平
撮影:高村倉太郎
音楽:黛敏郎
撮影:高村倉太郎
音楽:黛敏郎
出演:フランキー堺、左幸子、南田洋子、石原裕次郎、芦川いづみ、梅野泰靖、金子信雄、山岡久乃、小沢昭一、岡田真澄、二谷英明、小林旭
※2023年11月3日、第29回宮崎映画祭の上映作品として、宮崎キネマ館にて鑑賞
時は幕末の品川。妓楼「相模屋」に仲間とともにやって来た佐平次(フランキー堺)は、芸者を呼び込み盛大にどんちゃん騒ぎを繰り広げるが、支払いの段になって金がないなどと言い出し、そのまま「相模屋」の“居残り”として、さまざまな雑用や難題を要領良くこなしていく。一方、同じ「相模屋」に身分を伏せて長逗留していた長州藩士・高杉晋作(石原裕次郎)は、同志とともに英国公使館の焼き討ちを計画していた。ひょんなことから高杉らの計画を知った佐平次は・・・。
古典落語の「居残り佐平次」や「品川心中」などをベースにした、楽しくもどこかシニカルな視点が光る喜劇映画の傑作です。2011年、日活100周年を記念して東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)との共同により製作された、デジタル修復版での上映でありました。
独特の作風による喜劇映画に才能を発揮し、45歳という若さで早逝した川島雄三監督の代表作にして、日本映画史上のベスト作品として挙げられることも多い名作にもかかわらず、わたしはこの宮崎映画祭で鑑賞するまで、まだキチンと観ておりませんでした(ああ、オレはなんと映画を観ていないことか・・・)。のちに大監督となる今村昌平さんも、共同脚本と助監督として参加しております。
なによりキャスト陣が秀逸です。“居残り”として要領良く振る舞いながら、実は重い肺病持ちという主人公・佐平次を演じたフランキー堺さんは、もうこの人以外考えられないというくらいのハマりっぷりで、大いに楽しませてくれました。肺病によってどこか死の影を漂わせながらも、それを吹き飛ばすかのように知恵と度胸でしたたかに立ち回り、最後には「地獄も極楽もあるもんか!」などと言いつつ突っ走っていく佐平次の姿は、新型コロナにただただ怯え、生きるエネルギーや活力を衰弱させるばかりだった、臆病で偽善的な令和ニッポン人へのアンチテーゼのように個人的には感じられて、実に痛快でありました。
攘夷の志士・高杉晋作に扮しているのが、若き日の石原裕次郎さん。当時すでに大スターでありながら、本作では脇に回った感のある裕次郎さんですが(そのこともあって、川島監督と製作会社の日活との間で軋轢が生じ、川島監督は日活を離れることになるのですが・・・)、颯爽としたカッコよさはさすがなのであります。
そして、わたしが大好きな役者さんである小沢昭一さん!本作では、左幸子さん扮する落ち目の女郎・おそめに心中を持ちかけられ、さんざんな目に遭ってしまう(いうまでもなく、落語「品川心中」から採られたエピソードです)お人好しの貸本屋・金蔵を、あざといまでのアバタだらけのメイクで快演していて、大笑いさせてくれました。こちらもまた、小沢さん以外には考えられないほどのハマりっぷりであります。そんな金蔵を翻弄するおそめと、南田洋子さん扮する売れっ子の遊女・こはるが、妓楼中を駆け回りながら取っ組み合いの大ゲンカを演じる場面も見ものでした。
『幕末太陽傳』もまた、これから何度でも観直したいと思える一本となりました。