『復興グルメ旅』
復興グルメ旅取材班著、日経BP社、2013年
人間の根源的な欲求でもある飲食の持つ力というのは、実に大きなものがあるとつくづく思います。
どんなに辛い境遇に置かれているときであっても、人は美味しいものを食べたり飲んだりすることで元気を取り戻すことができますし、美味しく食べて飲んでくれる人の存在は、それを提供する側にも、大いに喜びをもたらしてくれるのですから。同じことは、東日本大震災で被災した地域においても言えることではないでしょうか。
本書『復興グルメ旅』は、震災によって大きなダメージを蒙りながらも、そこから立ち上がって美味しい料理を提供し続けている、宮城、岩手、福島3県の15地域(宮城県の石巻、気仙沼、南三陸、女川、松島、塩竈。岩手県の陸前高田、大船渡、釜石、大槌、宮古、一関。福島県の福島、郡山、会津)の飲食店50店舗を、それぞれのお店の看板メニューの写真とともに紹介した一冊です。
石巻市の「割烹 滝川」で人気なのが「とり釜飯膳」。大正3年の創業時から継ぎ足されつつ使われ、震災からも奇跡的に守られた伝統のタレが豊かな味わいの秘密とか。具もたっぷり入っているようで食欲がそそられます。
魚の町である南三陸町「季節料理 志のや」の名物「穴子天丼」は、穴子が一匹まるごと、丼からはみ出しながら鎮座しているというものすごさ。穴子といえば、南三陸町から南に少し下った女川町の「活魚 ニューこのり」の「活穴子天丼」も、一匹まるごとの穴子が3つに切り分けられて盛られているというボリュームっぷりです(切り分けられているとはいえ、丼からズン!とはみ出している部位があったりもするのですが)。
女性がのんびりとしゃべってくつろげるお店を、と7年前にオープンした陸前高田市の「クローバー」の一番人気は、メインのオムライスにハンバーグ、から揚げ、エビフライとの組み合わせを選べるという「選べるオムライスSET」。オムライスにかかったデミグラスソースの色がいい感じです。最初はまかないとして作られたという、大船渡市「百樹屋」のカレー南蛮は、秘伝の醤油だれが入ったピリッと辛い本格派だそうで、カレー好きとしては一度味わってみたいところです。
会津若松市の2大ソウルフードといえるソースかつ丼と会津ラーメンが食べられるのが、「會津めでたいや」。あっさりしたラーメンが主流だった中で、煮干しをベースに豚骨や地鶏などのだしも加えた濃厚なスープが売りの会津ラーメンは、こってりしたラーメンがメインの九州人にも美味しく頂けそうです。カツにたっぷりかかったソースの色が食欲をそそるソースかつ丼もまことに旨そうで、これはぜひとも両方食べてみたいですねえ。
酒好きには見逃せないお店も何ヶ所か紹介されています。気仙沼市の仮設横丁にある「大漁丸」は、名物のマグロ鍋をはじめとするマグロ料理が充実し、中には目玉のたたきなどの珍味も。気仙沼の地酒も幅広く揃えているという「左党にはたまらない一軒」だそうで、気になります。
名物駅弁「いちご弁当」の製造元でもある宮古市の炉端割烹「魚元」は、季節の地獲れ鮮魚はもちろんのこと、ドンコ(エゾエイナメ)の腹に甘味噌を詰めて豪快に焼いたオリジナル料理が絶品なんだとか。そして、その日の朝に締めた地鶏「伊達鶏」を提供する福島市の焼き鳥屋「鶏けん」には、福島には珍しい芋焼酎が30種類も揃っているそうで、これまた九州人には嬉しいお店のようですね。
•••と、いちいち挙げていけばキリがないくらい、気になるお店がいっぱい。看板メニューの写真も大いに食欲をそそってくれますし、食いしん坊にとってはたまらない一冊に仕上がっています。
震災により大きな被害を受け、試練に直面しながらも、そこから立ち上がった飲食店の方々。本書は、彼ら彼女らが営業再開、あるいは新規開業を決意するに至った思いにも触れていきます。
津波の被害を受けた店の様子に、一度は店を諦めながらも、「自分が無事で、頑張ろうとしていることを知ってもらうには、再開が一番だと」心を奮い立たせ、地区では最も早い再開を実現させた、石巻市の「串カツ ぼうず」。
「一度はあきらめた夢。何も今そんな冒険をしなくても、と妻にも反対された。でも、人間いつ死ぬかわからないと身をもって実感したから」と、高校生の頃から夢だった自分の店を作り上げたという、南三陸町の「創菜旬魚はしもと」。
「自分は被災者にはならない」と決意し、店を早く再開することが、地域の復興に対してできる最大の貢献、と被災からわずか32日目の再オープンに漕ぎ着けたという、宮古市の「富士乃屋」。
地震後、なんのためにやっているのかと疑問を持ったりする中、気仙沼からやってきた人に「時々来て慰められています」とお礼を言われ、「俺は今まで通り自分の仕事をやればいいのか、と」迷いが消えたという、一関市の「ジャズ喫茶 ベイシー」。
震災直後からやってきた多くのボランティアの人たちが食事できる場所を、とテント張りの食堂を運営するとともに、ボランティアと地元の子供たちが交流するツアーを企画しているという「おらが大槌復興食堂」の願いと目標は「魅力的な大槌町を作り上げ、子供たちが誇りを持って働ける町」にしていくこと•••。
それぞれのお店の方々の話からは、困難な状況にあっても自分のやるべきことで立ち上がっていこうとする気高さと、地元への強い想いが伝わってきて胸打たれるものがありました。津波で店と家、義母、そして最愛の妻を失いながらも、二人三脚で歩んできた妻の思いを受け継ぐかたちで店を再開させた、女川町の焼肉店「幸楽」のご主人のお話には、目頭が熱くなるのを抑えられませんでした。
また、福島市のイタリア料理店「トラットリア・ラ・ワサビ」に旬の食材を提供している地元生産者の方々の話を取り上げたコラムも、ぜひ目を通していただきたいところです。
20年前の阪神・淡路大震災を経験し、被災者のつらさを初めて知ったという、公益社団法人「助けあいジャパン」代表の佐藤尚之さんは、災害から時間が経つにつれて現地へ足を運ぶ人が減っていく中で、繰り返し「遊び」にきてくれる人のありがたさを感じたことを本書の前書きで述べ、こう続けます。
「遊びでいい。食べに行くだけでいい。『ごちそうさま!』となるべく大声で言って店を出る。そして笑顔でまわりを散歩する。それが現地の人をどれだけ勇気づけるか。それはきっとあなたの想像を大きく超えている。」
東日本大震災からもうすぐ4年となりますが、まだまだ「復興」からはほど遠い地域があるにもかかわらず、もう既に震災の記憶の風化が始まっているという、悲しい現実があります。
ですが、そんな中にあっても、味覚と胃袋が人を引きつける力には、やはり大きなものがあるように思います。東北の美味しいものを味わいに出かけ、東北のいいところとともに、今もなお抱えている現実を知ることで、東北への思いをつなげていく•••。そのことの大切さは、これからますます大きくなっていくのではないでしょうか。そのキッカケづくりとなる本書のような企画が、もっといろんな方面で出てきて欲しいなあ、と願います。
遠く離れたところに住んでいるゆえ、なかなか東北へ足を運ぶことができないでいるわたくしですが、いつの日か本書で取り上げられたお店のある場所を訪ねて、ゆっくりと過ごしてみたいなあ。
本書に使われている紙についても、ぜひ触れておきたいと思います。
本文に使用されているのは、津波の被害から半年での劇的な再生を果たした、石巻市にある日本製紙石巻工場で開発された「b7バルキー」です(石巻工場の再生劇を描いた佐々涼子さんのノンフィクション『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』の、拙ブログのご紹介記事はこちらです)。真っ白で色の再現性に優れた紙質の「b7バルキー」は、それぞれのお店の看板メニューの写真を、実に美味しそうに見せてくれていました。