読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『苔とあるく』 コケを通して「知らないことを知るたのしさ」を伝えてくれる一冊

2020-10-25 22:21:00 | 本のお噂


『苔とあるく』
田中美穂著(伊沢正名・写真)、WAVE出版、2007年


昔ながらの蔵や町屋が立ち並ぶ風情ある景色が、国内外から多くの観光客を引き寄せている、岡山県倉敷市の美観地区。そのはずれに店を構えているのが、古書店「蟲(むし)文庫」です。
明治中期に建てられたという町屋を改装した、10坪に満たない広さの「蟲文庫」。そこには、文学や自然科学を中心に揃えられた古書をはじめ、こだわりの本づくりが光る小出版社の新刊書、さらにはCDやオリジナルのグッズ類、サボテンや化石の標本なども置かれていて、正統派の古本屋でありながらも、ちょっと独特の空気感もあったりいたします。わたしも一昨年と昨年の秋に倉敷を訪れたときに立ち寄り、その独特の空気感(それはある意味、倉敷という街が持つ空気感とも、どこか相通じるように感じられたのですが)を愉しんだものであります。
その「蟲文庫」を営む女性店主・田中美穂さんがこよなく愛するのが、コケ(苔)。そう、庭の片隅や道端などの目立たないところに群生している、あのコケです。田中さんのコケへの熱意と愛がめいっぱい詰め込まれた本書『苔とあるく』は、コケの探しかたから観察、採集の方法、さまざまなコケの楽しみかたを、美しいカラー写真や可愛らしいイラストとともに教えてくれる一冊です。田中さんの初の著書でもあります。

門外漢には一見、どれも同じように見えてしまうコケなのですが、世界にはなんと20000種類、日本だけでも2000種類ものコケが生育しているということに、まずは驚かされます。
本書には、そのうちのごくごく一部が写真とともに紹介されています。「エゾスナゴケ」は、先っぽだけが透明になった薄黄緑の葉が四方八方に伸びていて、金平糖か星を思わせるような美しさ。その名の通り、日本では鹿児島県の屋久島でしか見られないという「ヤクシマゴケ」は、コケには珍しい濃い赤色が目を惹きます。そして、田中さんが好きなコケのひとつという「タマゴケ」は、いわく「目玉のオヤジ」みたいな真ん丸い朔(さく)が一面についていて、なんともいえない愛嬌を感じさせてくれます。
一方で、素人目にはコケ(蘚苔類)のように見えても、コケではない〝こけ〟(緑藻類や地衣類、シダ植物など)があったりもいたします。本書では、そんな両者の簡単な見分け方も記されています。葉緑素があって緑色で、小さいながらもはっきりした茎や葉があるコケに対して、コケではない〝こけ〟は黄色や白、灰緑色をしていてカビやワカメみたい、とのこと。

コケ探しのポイントは「コケの気持ちになってみること」。もし自分がコケだとしたら、どんなところが暮らしやすいかを想像しながら探していると、どんどん目についてくるそうで、これはコケに限らず自然観察の基本だ、と田中さんはいいます。
小さなコケを観察するのに欠かせない道具が、ルーペ。一見すると地味なコケも、ルーペで見るとまるで違う姿を見せてくれます。繁殖力が旺盛なために、庭の嫌われ者として有名という「ゼニゴケ」も、ルーペで見ると胞子を弾き飛ばす黄色い弾子(だんし)が、まるでチアガールが手に持つポンポンか何かのようで、微笑ましさを覚えます。本書は、ルーペをはじめとした、コケの観察や採集に必要な道具とその扱い方についても、わかりやすく説明してくれます。

本書でユニークなのが、コケの楽しさを「啓蒙」する活動について記されているところ。ここでは、田中さんが気の合うお友達に向けて、コケの魅力を啓蒙するために活用しているという「蒔きゴケセット」(コケや土、石などをセットにして、蒔き方を記したメモを添えたもの)の紹介や、友人を「コケ散歩」に誘う方法などが語られています。たしかに、これぞという人と自分の「好き」を分かち合い、共に楽しむということもまた、この上ない喜びとなりそうであります。
さらにビックリするのが、コケを「食べてみる」という項です。コケ観察に訪れた屋久島でミズゴケを採集し、それを天ぷらにして食べてみたところ、「ふわふわした食感のやさしいお味。ヨモギの天ぷらなどよりも、ずっと食べやすいくらい」の美味しさだったとか。本書に収められた写真では、盛りつけられたミズゴケの天ぷらの向こうに屋久島産の芋焼酎「三岳」のボトルが見えるのですが・・・焼酎との相性がどうだったか、大いに気になるところであります。
本書の巻末には、全国のコケ観察おすすめポイントが列挙されています。わが宮崎県の児湯郡都農町にある「尾鈴山瀑布群」もそのひとつ。身近な自然の中でゆっくりとコケ観察を楽しむというのも、なかなか楽しいかもしれませんねえ。

小さくて地味に見えるコケという存在。しかし、ルーペを覗きながら「コケの目」になって見るということは、「普段わたしたちが暮らしている世界とは違う、もうひとつの世界を見るということでもあるのです」と、田中さんはいいます。
言われてみれば、わたしたちは普段暮らしている世界に規定されている狭い視野や、凝り固まった〝常識〟で物事を見てしまいがちになります。なので、時にはわたしたちとは異なる「コケの目」になって世界を捉えてみることも、意味深いことなのかもしれません。
本書には、コケに夢中になっている田中さんを見た知人から言われたという、実に印象深いことばが記されています。

「知らないことを知るのはいつもたのしい」

本書もまた、コケという存在を通して「知らないことを知る」楽しさを伝えてくれる一冊といえましょう。

コロナ騒動に加えて仕事の都合もあったりして、今年の倉敷訪問は叶わないこととなってしまいましたが、来年はぜひとも時間を確保して倉敷へ出かけたいと思っております。もちろん「蟲文庫」にもお邪魔するつもりです。
その時は、ミズゴケの天ぷらと焼酎「三岳」との相性がどうだったのか、田中さんに伺ってみたいなあ。

コロナパニックを乗り越えるための読書(その1) コロナパニックから心と命を守るための必携書『「コロナうつ」かな?』

2020-10-22 06:44:00 | 本のお噂


『「コロナうつ」かな? そのブルーを鬱にしないで』
和田秀樹著、ワック(WAC  BUNKO)、2020年


今もなお世界の、そして日本の上に重苦しくのしかかっている、新型コロナウイルスをめぐるパニック状況。それはウイルス感染による健康被害以上にわたしたちの精神を蝕み、計り知れない害を与えているように思えます。
「未知の殺人ウイルスの脅威」を日夜煽り続けるマスコミによって植え付けられた、終わりのない感染への不安や恐怖心。「感染拡大防止」の名のもとに、移動や娯楽の自由を制限され続けたことによるフラストレーション。「自粛」という名の同調圧力による強請がもたらした経済的な苦境・・・。それに追い打ちをかけるように、著名な芸能人が自ら命を断つ事件も立て続けに起こっています。
多くの人が大なり小なり、気持ちが参ってしまっているように思われる目下の現状にあっては、気持ちへのダメージが新型コロナ以上に、命の危機へとつながる要因となり得ることを認識する必要があるでしょう。近年ずっと減少傾向だった自殺者数も、7月以降は3ヶ月連続で、前年同月と比べて増加に転じています。新型コロナの感染を防ぐこと以上に、新型コロナパニックから心を守ることが、命を守ることにもつながるのではないでしょうか。
本職である精神科についての著作をはじめ、さまざまなジャンルの執筆活動を続けている和田秀樹さんによる本書『「コロナうつ」かな?』は、コロナパニックがもたらす「コロナうつ」などの精神的被害への対処法を、実際の症例に基づきながらわかりやすく説いていく一冊です。チェックシートも随所に入っていて実用性もあり、コロナパニックから心を守るための必携書といえましょう。

本書では、何でも悪いほうに考えてしまい、うつ病を招き寄せてしまう12の思考パターンが挙げられています。
たとえば「二分割思考」。白か黒か、善か悪か・・・などと物事や人物を二分割して、中間のグレーゾーンは認められないという思考パターンです。この思考だと、グレーゾーンを許容して「多少のことはいいよね」などという考え方ができないためストレスが溜まり、自分の心を追い詰めてしまうことがあるといいます。
また「破局視」は、すでに起きてしまったことや、近い将来に起こりそうなことが、極端に悲惨になり、自分には耐えられないと考えてしまう、というもの。「新型コロナウイルスで、世界は破滅するんじゃないか」などと、破滅的な考えに捉われてしまった向きも少なくはないと思われますが、これもエスカレートすると、うつ状態から抜け出せない可能性があるといいますから、要注意です。
そして「「〜すべき」という言い方」。「〜すべき」「〜しなければならない」という考え方の強い「かくあるべし」思考の持ち主も、真面目で一生懸命であるがゆえに自分を追い込み、うつにつながっていくことがあるといいます。
和田さんによれば、うつ病とはほど遠いと思われるような、いわゆる「自粛警察」と呼ばれる人たちほど、うつ病のリスクを抱えている可能性がある、とか。こういった人たちは「かくあるべし」という思考が強いために自分の価値観や理想像にこだわり、そこから外れていると不安や苦しさや怒りを募らせてしまうというのが、その理由です。一見すると居丈高で傲慢な「自粛警察」諸氏も、実は「コロナうつ」の犠牲者ということかもしれませんね(だからといって、他者を攻撃して抑圧するような行為が許されていいとは思いませんが)。

コロナパニックにより気持ちがブルーになり、さらには「コロナうつ」といえるような状態にまでなってしまう人が増えていることについて和田さんは、感染症学者たちが繰り返し「とにかく外に出ないで、家にいてください」と〝ステイ・ホーム〟を呼びかけたことが背景となっていることを指摘します。
過度な外出自粛は神経伝達物質の減少をもたらし、心にとっては毒となる上に、運動不足が生活習慣病の原因となることで体にも毒となります。それなのに、政府もマスコミも感染症学者の主張しかとりあげなかったことに、和田さんは強く疑問を呈します。たしかに、感染症学者は専門的な知見に基づいて「最良」といえる主張を述べていたのでしょうが、一方で全体への影響を俯瞰的に捉える視点には欠けていたように思われてなりません。せめて政府やマスコミが、感染症学者とは異なる見方による視点や意見も取り入れることで、事態を俯瞰的に捉える努力をしてくれていたら・・・と悔やまれてなりません。
毎日毎日コロナのニュースばかりを伝え、怖さを煽るようなテレビ報道の問題点についても、和田さんは指摘しています。少なくとも日本においては、インフルエンザなど他の病気との死亡率の比較において、それほど怖い病気というわけではないにもかかわらず、「怖い」というイメージを必要以上につくりだすテレビの情報に日々接することで、ブルーな気持ちが強まっていった人も少なくないはず・・・と。
わたしはけっこう早い段階から、コロナパニックを助長するかのような煽り報道をやり続けていたテレビをはじめとするマスコミにうんざりして、それらが発する情報は極力目にしないようにする、という方針を立てて生活しておりました。おかげで比較的こころ穏やかに過ごすことができた上、読書量が増えたりもしていいことづくめではありましたが、そんなわたしでも「コロナ自粛」によって旅行や飲食の自由が制限されたり、コロナパニックによってさまざまな立場の方が深刻な影響を受けている様子を知ることが、大いにストレスとなっておりました。
なので、毎日毎日テレビでコロナの「怖さ」を必要以上に強調する報道に接していた方々のストレスたるや、とても計り知れないものがあるのではないかとお察しいたします。テレビをはじめとするマスコミの罪深さを、あらためて噛みしめざるを得ません。

和田さんは、うつ病とは心が強いとか弱いとかには関係なく、誰もがなり得る病気であることを指摘します。とりわけ、加齢によって神経伝達物質の働きが衰える高齢者は、誰もがうつ病になり得る、とも。
その一方で、うつ病は「早めに治療すれば治る可能性が高い病気」でもあると、和田さんはいいます。なので、自分自身や家族、友人が「コロナうつ」ではないかと感じたら、すぐに精神科や心療内科へ受診するよう、本書は呼びかけます。それは決して「不要不急」なことではなく必要なことで、急いで行くべきだ、と。
ブルーな気分を「コロナうつ」に悪化させないための「心の免疫力」を高める生活習慣についても、いろいろと参考になりそうなアドバイスがなされています。適度に外に出て遊び、趣味や会話を楽しみ、未知の分野の読書に挑戦する・・・などなど。
中でも強く肯けたのは、あまりにも真面目かつ従順に「お上の言うことは絶対だ。お上には従わなければならない」という思いが強い人ほどうつ病になりやすい、ということを指摘した節に記されている、このことばでした。

「従順に従うよりも、少しくらい反発心を持ったほうが、心の健康にはかえっていいくらいです。「政府の言うことは絶対だ」という思考ではなく、「政府の言うことは正しいかもしれないけど、他の考え方もあるんじゃないの?」というくらいに、視点を広げて柔軟に考えられる人のほうが、うつにはなりにくいと言えます」

思えばここ一年ほどのあいだ、わたしたちはコロナへの恐怖や不安に振り回され続けたことで、視点の広さや心の柔軟さをすっかり失ってしまったように思われてなりません。これからは少しずつであっても、視点の広さと心の柔軟さを取り戻して(あるいは身につけて)いかなければならないのではないか・・・そう強く感じます。
そして和田さんは、つらいときには一人で抱え込まず、周囲に甘えて助けを求めることが一番大事だ、と述べます。コロナパニックですっかり断ち切られてしまったように見える、人と人との関係性を取り戻し、結び直すことこそが、自分と大切な人の心と命を守る上でもっとも必要なのかもしれません。

コロナパニックによる精神的な被害は、今後もさらに広がりを見せていくのではないかと懸念されます。負の連鎖を少しでも食い止めるためにも、本書のアドバイスが多くの人に届くことを、願わずにはいられません。