読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

2019年・個人的ベスト本5冊

2019-12-26 21:35:00 | 本のお噂
気がつけば、「令和」の幕開けとなった2019年もあとわずか。ということで、今年読んだ本の中から個人的なベスト本を選んでみました。
読みたかった本、読むべき本を山ほど読み逃し、積み残してしまっている中での、はなはだ不十分なベストではございますが、いずれの本も豊かな視点と、生きるための智慧をわたしに与えてくれました。
以下、今年刊行された中から選んだ個人的ベスト5冊を、刊行された順に挙げることにいたします。


『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』
ハンス・ロスリングほか著、上杉周作&関美和訳、日経BP社

ここで挙げた中では一番早く刊行された本であり、わたしの中での2019年ベスト1でもある一冊です。
世の中に蔓延している、世界と社会は悪くなる一方という思い込みと、それを招いている「ネガティブ本能」や「単純化本能」「犯人探し本能」などの10の本能。それらに囚われることなく、データと客観的事実で世界の姿を正しく見ることが、真に世の中を良くすることにつながるという本書の主張は、強い説得力を持って気持ちに響きました。世界と社会を見るにあたっては、これからも繰り返し本書に立ち戻ることになるでしょう。
この本が100万部を越えるベストセラーになったという事実は、日本もまだまだ捨てたものではない、という希望を与えてくれました。


『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』
アダム・オルター著、上原裕美子訳、ダイヤモンド社

スマートフォン、フェイスブックやツイッターなどのSNS、ネットフリックスなどの動画配信サイト、ゲームといったテクノロジーによって引き起こされる、新しいタイプの依存症「行動嗜癖」。それを引き起こす巧妙なテクニックに迫るとともに、行動嗜癖に立ち向かうための解決策を探っていく一冊です。
使う人の誰もががハマらずにはいられなくなるよう、巧妙にデザインされるSNSやゲームの実態と、それにより人生を狂わされた人びとの体験談。それらを読むと、われわれに薬物依存の芸能人らを嗤う資格があるのだろうか・・・と思わずにはいられません。
巻末に示される解決策も、テクノロジーの存在自体を否定するのではなく、うまく共存していこうという前提で示されていて、地に足がついたものになっていると感じました。


『Think CIVILITY(シンク・シビリティ)「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』
クリスティーン・ポラス著、夏目大訳、東洋経済新報社

他人に対する不機嫌さや無礼さが及ぼすマイナスの影響と、礼儀正しさがもたらすプラスの効果。それらを、ありがちな精神的道徳論ではなく、調査によるデータや科学的研究から明らかにした一冊です。
基本的には、職場における無礼な人物への対処法や、礼節ある人となるためのメソッドが具体的に解説された実務的なビジネス書です。が、他者に対する傍若無人な無礼さが、さまざまな場においても横行していることを考えると(モンスター化したクレーマーや、SNSにおける中傷など)、ビジネス以外の面においても幅広く読まれていい内容を持っているように思えました。
わたし自身、感情に振り回されて不機嫌になってしまうことがしばしばあったりいたしますので、本書を自己点検として役立てていきたいと思っております。


『哲学と宗教全史』
出口治明著、ダイヤモンド社

世界史を背景に置きながら、哲学と宗教の流れを一気に辿っていく本書。哲学と宗教というとっつきにくい2大テーマを扱いながらも、著者ならではの明解な語り口とポイントを押さえた説明で読みものとしても十分面白く、465ページを一気読みさせられました。
哲学と宗教を同時に通覧していくことで、それぞれが影響を与え合いながら、あるものは発展し、またあるものは衰えていくという流れが手にとるようにわかりました。陰陽五行説とアリストテレスの4性質説との共通点についての話や、イスラーム教におけるスンナ派とシーア派との関係、フランシス・ベーコンが唱えた人間の偏見や先入観を指す「イドラ」についての話などなど、目からウロコの知見が満載。いかにも難しそうなカントの哲学も明快にまとめられていて、理解の助けになりそうでした。
さらに学びたいときの参考となる書物の紹介も充実していて、座右の書としてうってつけの一冊です。


『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』
カル・ニューポート著、池田真紀子訳、早川書房

スマホやSNSに依存し、そこに溢れる他人のアウトプットで時間とエネルギーを浪費してしまっている現代人。そこから抜け出して自分の時間と精神を取り戻し、大事なことに集中するための「デジタル・ミニマリズム」の哲学と方法論を語った一冊です。
他人に振り回されることなく、自分のやりたいことを優先させるための戦略的なテクノロジーとの関わりがもたらす効用を教えてくれる良書でした。わたしも、本書の考え方を取り入れるようになってからは、読書量が増えてきたように思います。先に挙げた『僕らはそれに抵抗できない』が取り上げた「行動嗜癖」への対策としても、実に有益な視座を提供してくれることでしょう。
余談ながら、Twitterに投稿した推薦コメントが、今月できた本書の全面オビの一角に掲載されるというありがたい展開があったことでも、思い出深い一冊となりました(下の写真にある「@1969KANKODO 」というのが、わたしのTwitterにおけるハンドルネームです)。





お気に入りの本の拡販に、自分の拙いコメントを使っていただけるというのは、実に嬉しいことであります。

『デジタル・ミニマリスト』のおかげで読書量が上向いてきておりますので、2020年はもっといろいろな書物を読んで、アウトプットの量もマメに増やしていけたら・・・と思っております。

【わしだって絵本を読む】考え続けることの大切さと楽しさを教えてくれる『なんだろう なんだろう』

2019-12-15 22:25:00 | 本のお噂

『なんだろう なんだろう』
ヨシタケシンスケ著、光村図書出版、2019年


「がっこう」「たのしい」「うそ」「友だち」「しあわせ」「自分」「正義」「ゆるす」「自立」「立場」「ふつう」「夢」・・・。人気絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新作は、生きていく中で誰もが直面する、12のテーマにまつわる「なんだろう」という疑問をゆるゆると考えます。光村図書の平成31年度版中学校、および令和2年度版小学校の道徳教科書に掲載されているイラストコラムに、描き下ろしを加えて一冊にまとめたものです。

われわれオトナにとっても、的確な答えを出すことが難しい12のテーマを、ヨシタケさんは持ち前のしなやかな発想とユーモアにくるんで提示します。
たとえば「しあわせ」について。しあわせとは、外からそのまま入ってくるのではなくて、「いくつかの材料がくみあわさって、自分のからだの中でつくられるものだと思う」と語り、たとえその材料が少なくても「自分の考え方しだいで、いつでもつくることができるんじゃないかしら」という考え方を提示します。これはとても大事な考え方だなあ、と共感することしきりでした。

「正義」のところでは、人によって異なるいろんな立場の正義があり、「みんなのしあわせのための正義が、みんなを不幸にすることだってある」と語ります。そして「立場」については、人にはいろんな立場があり、それによってできることとできないことがあることを語った上で、「イラッとしたり、話がうまく伝わらないときは、自分と相手の立場について考えてみるといいかもしれない」と、お互いの立場の違いについて考えてみることを提案します。
自らの「立場」に固執した「正義」の押しつけが、個人レベルにおいても国レベルにおいても、さまざまな軋轢や争いのタネになっていたりします。それだけに、ここで語られていることは、われわれ「オトナ」こそ、しっかりと考えなければいけないことではないのか、と痛感いたしました。

とはいえ、いずれのテーマにおいても結論や答えは示さずに、読む人がそれぞれ考え続けることを促すような終わり方になっています。そもそも、そんなに易々と答えが出せる事柄でもない以上、一人ひとりが自分なりに考え、答えを見つけ出していくしかないのですから。
ヨシタケさんは絵本の最後で、「考える」ことの大切さを語ります。たしかに「考える」というのはめんどくさいことでもあるし、すぐには答えが出ないときもあるけれど、それでも「いつもちょっとずつ いろんなことを考えたほうがいいと思う」。なぜなら「そのほうが おもしろいことが増えるから」と。
そうなんですよね。考えることって「おもしろいこと」でもありますし、考えることを楽しめることは、生きていく上での心強い知恵にもなるというもの。答えが出ようと出まいと、あれこれ考えながら生きていきたいと、本書を読んで思った次第であります。

疑問を持ち、考え続けることの大切さと楽しさを教えてくれる『なんだろう なんだろう』。ヨシタケさんの作品群にまた一冊、素敵な良書が加わりました。


【関連オススメ本】
『なんだろう なんだろう』のテーマに関連すると思われるヨシタケシンスケさんの作品を、以下に3冊ご紹介しておきます。


『それしか ないわけ ないでしょう』
ヨシタケシンスケ著、白泉社(MOEのえほん)、2018年

「しあわせ」「正義」「立場」に関わる内容なのがこちら。悲観的な未来ばかりを唱える「オトナ」たちの物言いを、「それしか ないわけ ないでしょう」と軽やかに吹き飛ばしてくれるこの本作は、ヨシタケさんの作品の中でもとりわけお気に入りであります。当ブログのご紹介記事はこちらを。→ 【わしだって絵本を読む】悲観論と二元論を吹っ飛ばして、未来を楽しく考えさせてくれる快作『それしか ないわけ ないでしょう』



『みえるとかみえないとか』
ヨシタケシンスケ(さく)伊藤亜紗(そうだん)、アリス館、2018年

「ふつう」に関連すると思われるのはこちら。さまざまな身体的・性格的な違いを持つ人たちのものの見えかたや感じかたを探りながら、それぞれの違いを面白がりながら尊重し、活かし合うことの大切さを伝えます。「違い」を考えることで「ふつう」ってなんだろう、ということにも考えを拡げてくれる一冊です。上のリンクの記事に、この作品の紹介も綴っております。



『ころべばいいのに』
ヨシタケシンスケ著、ブロンズ新社、2019年

「しあわせ」「ゆるす」「立場」に関するのがこちら。イヤなことを言ったりやったりする嫌いな人なんて、石につまずいてころべばいいのに・・・という女の子を主人公にして、自分と異なる人たちとの関わりかたや気持ちの切り替えかたのヒントを伝えてくれる作品です。こちらもまた、子どものみならずわれわれ「オトナ」にとっても効き目のある一冊であります。

【読了本メモ的レビュー】『老人の美学』 「孤独に耐えること」の大切さを痛感させられた、筒井流老年論

2019-12-08 23:00:00 | 本のお噂


『老人の美学』
筒井康隆著、新潮社(新潮新書)、2019年

御年85歳の筒井康隆さんが、周囲や社会と付き合っていく上での己の律しかたや、死と向き合う心構えを、『敵』や『わたしのグランパ』などの自作を引き合いにしつつ語っていく老年論です。

本書の中でとりわけ気持ちに響いたのは、ひとりでできることを無心に行うことの必要性を説いているところでした。
筒井さんは、かなり以前に付き合いがあったものの、その後長らく会うこともなかった出版社の編集者が、退職後になって突然、筒井さんと話したいというだけの理由で一方的に、朗読劇の楽屋へと押しかけてきた・・・というエピソードを語ります。そして、仕事がなく、何もすることがなく、誰も訪ねてこないまま、一日中家の中で過ごす境遇のつらさは想像に余りある、としつつも、このように述べます。

「寂しさのあまり毎晩のように居酒屋へ行ったり、暇を持てあましてパチンコなどに通ったりして老後の蓄えを次第に失っていく愚かしさは、自らを律している老人とは無縁のものである」

「仕事をしなくてもすむ境遇になった人の仕事は、孤独に耐えることである」


確かに、社会的なつながりを保つことも、生きていく上では大事ではありますが、それを当たり前だと思い込み、依存することは危険なことでもあります。それらの社会的なつながりにしても、未来永劫変わらず続くわけではありませんし、人間はいずれ、一人で死んでいかなければならないのですから。
これからは、社会的なつながりをできるだけ保ちつつも、一人で過ごす時間を楽しく、充実したものにするための知恵と工夫を見出していくことが大切だなあ、とつくづく思った次第であります。
死との向き合い方について述べた章にあった以下の言葉も、すごく気持ちに響きました。

「死への向き合い方は人によって千差万別であり、人生の最晩年を不機嫌に過ごすか、楽しく陽気に迎えるかもあなた次第なのである」

死を前にしたときどのような精神状態となるのか、今のわたしにはまったく想像がつきません。ですが、そのときになってもなるべくなら、不機嫌に過ごすよりも楽しくありたい、という思いはあります。そのためにも、一人でいる時間を充実させるための知恵を身につけておきたい、そう思うのです。

「老人」と言われるような年齢までは長い時間がありますし、まだまだ若いつもりでいるわたしではございますが、月日の経つのは早いもの。今から少しずつではあっても、「老人」となったときに向けての心構えを持つようにしなければ・・・と思わせてくれる一冊でありました。