読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

NHKスペシャル『知床 ヒグマ運命の旅』

2014-08-03 23:32:14 | ドキュメンタリーのお噂

NHKスペシャル『知床 ヒグマ運命の旅』
初回放送=2014年8月3日(日)午後9時00分~9時49分
語り=國村隼
製作=NHK札幌放送局


世界自然遺産となっている北海道、知床。その中でも特別保護区に指定されている「ルシャ」という場所は、多くのヒグマが暮らす楽園のような場所です。
そこで取材班が出会った、生後間もない2頭の子グマの兄弟を4年間にわたって追跡、記録し、彼らがたどった過酷な「運命」を正面から描き出したのが、この『知床 ヒグマ運命の旅』です。

海に面して豊かな森が広がり、さらには2本の川が流れ込んでいるルシャは食料にも恵まれ、ヒグマたちが子育てを営むのにも好都合な場所です。
2010年。ここで取材班は生後間もない2頭のオスの子グマと、その母グマに出会います。母グマは胸に白い線が横に1本走っていることから「イチコ」と名付けられます。そして兄弟子グマのうち、上半身が白い毛に覆われたほうが「シロ」、胸に母親譲りの白い1本線があるほかは黒っぽい毛に覆われたほうが「クロ」と呼ばれることに。
時はちょうど、川にサケやマスが遡上してくる時期。イチコは遡上してくる魚をいとも簡単に獲ります。まだ川を渡ることすら覚束ないシロとクロは魚を獲ることもままならず、イチコから魚を与えてもらうばかりです。
しかし、メスがずっと同じ場所にとどまるのとは対照的に、オスはやがては独り立ちしていかねばなりません。それは、シロとクロの兄弟も逃れることのできない自然の「掟」であり「運命」なのです。

2011年9月。イチコとともに取材班の前に現れたシロとクロは、見違えるほどたくましい体格となっていました。
川で狩りを始める3頭。狩りがだいぶ上達したクロに比べ、シロはまだ狩りが苦手なようすです。
そんな3頭の前に、1頭のオスのヒグマが現れます。研究者によって、耳にオレンジ色の標識をつけられた「オレンジ」。30歳を越えて年老いてはいますが、5歳までに生き延びられるのは半数に満たないというオスにあって、多くの子孫を持つ存在となって君臨しているオレンジは、ヒグマたちの「王者」でした。
あたりを睥睨するかのように歩いていくオレンジを、イチコと兄弟グマは刺激しないようにやり過ごしていくのでした。

2012年7月。イチコのそばにいるのはシロだけでした。クロはすでに独り立ちを果たしていました。
シロの姿はひどく痩せこけていました。夏の時期はヒグマたちにとって厳しい環境で、餌となる葉が硬くなってしまったり、川を遡上してくる魚も減ってしまうのです。
イチコが沖へと泳いでいきます。しばらくしてイチコが引っ張ってきたのはイルカの死骸でした。ようやく食事にありつけたかに思えたイチコとシロでしたが、イルカの匂いを嗅ぎつけた、やはり飢えに苦しんでいたほかのヒグマの親子たちがゾロゾロやってきて、激しい餌の奪い合いとなってしまいます。
そこへやってきたのが「王者」オレンジでした。オレンジがやってきたのを知って、群がっていたほかのヒグマたちは退散し、オレンジはイルカを独占してしまいました。
結局、シロは満足に飢えをしのぐことはできなかったのでした。
8月。いつもの年なら川にマスが遡上してくる時期なのですが、この年は海水温が異常に高く、マスがやってきたのはひと月も遅れてのこととなりました。
飢えに苦しんだヒグマたちの中には、死んでしまったほかのヒグマの死骸を食べて飢えをしのぐものまで現れていました。この夏、ルシャのヒグマの3分の1にあたる9頭が飢え死にすることに。
そんな中、イチコとシロはルシャから15km離れた海岸で生き延びていました。同じ頃、独り立ちを果たしたクロも別の場所で生き延びていたのが確認されたのでした。

それまで、ルシャの森の「王者」として君臨していたオレンジ。しかし、年老いた身となった彼はいつしか群れの中で下位におかれてしまい、ルシャから離れた斜里町ウトロの人里近くへと追いやられてしまいました。
人里近くへとやってくるということは、ヒグマにとっても大変に危険な状態となることを意味します。人に危害を加える恐れがあると判断されると、やむなく「駆除」の対象とされてしまうからです。知床では、毎年20頭ほどが駆除されてしまうといいます。
人里に出没してからひと月後、オレンジは再びルシャに姿を見せました。しかし、ほかのオスとの争いで尻の皮が破れ、めくれ上がっているという無残な姿でした。それが、カメラの前に現れたオレンジの最後の姿となったのでした。

2013年4月。独り立ちしたはずのクロが、羅臼の町中に現れてしまいました。ほかのオスとの生存競争に弾かれた結果なのでしょうか。
複数回にわたって町中に現れたクロは、「危険なヒグマ」と認識されることになりました。数日後、クロは「駆除」されるに至ったのでした。
そして6月上旬。ルシャから離れた場所の国道そばの海岸で、シロが1頭だけでいるのが発見されます。独り立ちはしたものの森にいられず、その姿はやせ衰えていました。
海岸からなかなか離れようとせず、ずっと砂を掘り返し続けるシロ。その姿を見ていた、ヒグマたちの観察を続けている団体の男性は「生まれ育ったルシャの海岸を思い出しているかのようだ」と言います。
なかなか立ち去らないシロを男性が威嚇します。その時は退散したかに思えたシロでしたが、その後も何度となく町へと現れたのでした。そしてついに、シロも「駆除」されたのでした。

兄弟グマの死から1年後となった今年の春。冬を越すことができたイチコの足元には、生まれて間もない小さな子グマの姿があったのでした•••。

過酷な自然の中で展開される、ヒグマたちの生存競争。そして、ヒグマと人間とが遭遇することにより生み出されてしまう悲劇•••。そんな厳しくも辛い現実が胸を強く打ちました。
いくら厳しく過酷とはいえ、自然における「掟」や「運命」はどうすることもできません。しかし、そのことで回り回って生み出される人間との摩擦で、非業の死を遂げる兄弟グマに、なんだかやりきれない悲しさを覚えずにはいられませんでした。
なんとかヒグマたちの命を奪うことなく共存することを目指しながらも、それが思うようにはいかない現実に「なかなか難しいというか悔しいところ」と語る、ヒグマたちの観察を続けている男性の苦渋の表情も印象に残りました。
雄大でありながら、同時にとてつもなく厳しく過酷な自然の現実を、真正面からしっかりと描いた秀作だったと思います。