読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

別府→湯平湯けむり紀行(その4・最終回) やって来て良かった・・・と心から思えた、湯平温泉との別れ

2020-03-08 07:03:00 | 旅のお噂
旅行最終日である2月24日(日曜日)。湯平温泉の旅館「つるや隠宅」の客室で眠っていたわたしは枕もとのスマホのアラームで目覚め、起床いたしました。
せっかく旅先の旅館でゆっくり過ごしてるのに、なんでわざわざそんな早起きをするのか、と思われた向きもおられましょう。実は、温泉街の中にある共同浴場で朝湯に入ることにしていたのです。
湯平温泉には、全部で5ヶ所の共同浴場があります。いずれも古い歴史があるところなのですが、残念ながらそのうちの3ヶ所は、温泉湧出量の調整をしているため休業中でした。なので、この日の午前中に、残りの2ヶ所には入っておきたいと考えていたのであります。
最低限の身じたくをしたあと、旅館から外へ。まだ真っ暗な中でしたが、そこから歩いて1分もかからない近さの場所にある「銀の湯」に入りました。かつて川の中にあったときに、銀粉のような白い結晶物が湯の中に混じっていたことが、その名の由来だとか。

係の人はいないので、入口のところにある料金箱に入浴料200円を入れてから中へ入ると、すでに先客が一人。どうやら地元の人ではなく、旅行客のようでありました。
お湯に入ってみるとさほど熱くはなく、ゆったりと浸かれる感じです。建物自体は新しいものの、質素な浴室と、浴槽の縁が木でできている湯船が、いかにも山のいで湯という雰囲気。わたしは木でできた浴槽の縁に頭を乗っけて、のんびり早朝の湯を愉しんだのでありました。

宿に戻ると、館内いっぱいにいい匂いが漂っておりました。そう、こちらもお楽しみの朝食のお時間であります。



旅館ならではの正統派和朝食、という感じのこちらも、また品数十分。温泉卵もついているというのが、また嬉しいのであります。ほうれんそうのお浸しは青臭さがなく、噛みしめると口いっぱいに甘味が広がる感激の美味しさでした。
昨夜の夕食で、はち切れるくらいお腹いっぱいになったにもかかわらず、お腹がすきまくっていたわたしは、お櫃の中にあったご飯も含めてすべて完食。デザートのヨーグルトや、添えられていたヤ◯ルト似の乳酸菌飲料も美味しくいただきました。この乳酸菌飲料、容器に記されていた製造所の住所は湯布院町。これもご当地産、なのでありました。

朝食のあと、また旅館内の温泉に入りたくなり、2度目の朝風呂ということにいたしました。前日入ったときにはけっこう熱かった、信楽焼の陶器風呂に張られていたお湯は、だいぶ入りやすい温度になっておりました。
裏手を流れる花合野川の瀬音を聞きながらの入浴も、ひとまずこれが最後。わたしはしばし、愛おしむような気持ちで、お湯に浸かっておりました。
入浴を終えて部屋に戻り、荷物をまとめて出る準備を済ませると、最後にまたベランダに立って、そこから見える景色を眺めました。



朝の光に包まれた、旅情をかき立てる花合野川沿いの風景。この居心地のいい部屋から見る景色とも、しばらくお別れなんだなあ・・・そう思うと、ちょっと寂しさが湧いてまいりました。できればもうしばらく、ここに滞在していたい気もいたしましたが、そうもいきません。チェックアウトしなければ。
玄関では女将さんとともに、女将さんのお母さまでしょうか、おばあちゃんも見送りに出てきてくださいました。「よかったらまた、来てくださいね」という女将さんに、はい!ぜひまたお邪魔いたします!といって、宿をあとにいたしました。
「つるや隠宅」さん、本当にいいお宿でした。また必ず帰ってまいります!

お昼まで、温泉街とその周辺を散策することにいたしました。
まずは、高台にある「菊畑公園」へ。かつて、この地一帯に野菊の花が咲き誇っていたことから、この名がついたそうで、てっぺんからの見晴らしが最高なのだとか。
公園に向かう途中、桜の木にちらほらと、花が咲いているのを見かけました。この山里にも少しずつ、春の足音が聞こえているようでありました。


さらに道を進んでいくと、道端の小屋の中にこんなモノを発見。

昭和初期に別府ー湯布院間を走っていたという、昔のバスのレプリカ。車体の横腹に〝九州自動車歴史館〟とありましたので、湯布院にある古い自動車の博物館・九州自動車歴史館に展示されていたものと思われますが・・・それがなぜ、ここでこうして眠っているのでありましょうか。
温泉街から20分ほど坂道を歩いて、菊畑公園のてっぺんに到着。天気が良かったこともあり、遠くまでよく見通すことができました。

見晴らし台のそばには、昭和9年に詩人の野口雨情とこの地を訪れた小説家・菊池幽芳の歌碑が。湯平は、数々の文人墨客に愛された場所でもあるのです。
                      〝山ぎりは深く立ち込め
                            水の音はいよいよ高し雨の湯平〟

この日の湯平は快晴でありましたが、雨の湯平もなかなか、風情があるかもしれませんねえ。
湯平を訪れた文人といえば、俳人の種田山頭火。ここには、劇作家の宮本研(熊本県の出身ですが、大分県で高校の教諭をしていたこともあったとか)が山頭火を題材にした演劇の、大分公演を記念した碑もございました。刻まれていたのは、山頭火を代表するこの名句。
                 〝うしろ姿のしぐれてゆくか〟

この有名な句を、かつて山頭火が歩いた湯平で味わうと、感慨もひとしおというものでありますね。
歌碑や句碑のあるところのすぐそばには、十三仏を中心にしてさまざまな仏像が固まって立っている場所が。







素朴な造形と色彩の仏像の数々。それらを見ていると、のどかな湯平の山里の雰囲気とよく合っているなあ、としみじみ思ったのでありました。
菊畑公園を散策中、犬を連れた地元の方お2人とすれ違いました。連れている犬をガードレールにつないで芝刈りをしておられたのですが、その犬がまことに愛嬌たっぷりでして、つながれたままこちらに寄ってこようとして二本足で立ち上がりながら、前足でしきりと〝揉み手〟のような動作を繰り返すのです。それはあたかもテツandトモの「♪なんでだろ〜〜」を彷彿とさせるようで、見ていてものすごく和みましたねえ。

えらく人懐っこいワンちゃんですねえ、とわたしが言うと、飼い主さんは「はあ。コレでは番犬の役には立ちませんわ」と、嬉しそうな表情をしながらおっしゃいました。それにもなんだか、ホンワカと和んだのでありました。

菊畑公園をあとにして、再び温泉街へ。わたしはもう1カ所、共同浴場で入浴することにいたしました。「中の湯」であります。

湯船は一つしかなく、奇数日が女性専用、偶数日は男性専用になるという温泉。この日は偶数日の24日ということで、入ることができました。
ここも係りの人のいない無人の浴場で、入り口の料金箱に200円を入れて中へ。やはり木でできた縁で囲まれた浴槽に浸かってみると、お湯はちょっとだけ熱めでした。ですが、ここ数日で熱めのお湯に慣れていたためか、けっこう気持ちよく浸かることができました。
考えてみれば、これが今回の旅では最後となる温泉でした。ほかに誰もいない湯船を独り占めしてじっくりとお湯に浸かりながら、ああ今回の旅もたくさんのいい湯に恵まれたなあ・・・と、しばし感慨にふけったのでありました。

お湯から上がったあと、「中の湯」のお隣にあるお土産屋さん「花川堂」で〝ゆのひらんアイス〟を買って食べました。
ご当地の旅館の女将さんを中心にして立ち上げた工房「ゆのひら石畳屋」が、地元の素材を使って作ったアイスが〝ゆのひらんアイス〟。イチゴやはちみつ、ゆず、かぼちゃ、ブルーベリーなどの味が揃う中から、大分ならではの味である〝かぼす〟のシャーベットを選びました。ジューシーで爽やかな風味が、湯上がりのカラダに優しく染みわたりました。


アイスをいただいたあと、やはり温泉街の中にある「山頭火ミュージアム 時雨館」へ。無人のこじんまりとしたミュージアムで、こちらも入り口の料金箱に〝お気持ち〟の金額でお金を入れて入ります。

中には、山頭火の大分での足跡をたどるマップや写真、山頭火の句や文章を題材とした書や墨絵などが展示されておりました。こちらも名句として知られる、
     しぐるるや人のなさけに涙ぐむ
も、ここ湯平で生み出されているんですよね。
展示の中でとりわけ惹きつけられたのが、山頭火が湯平で宿泊したという宿「大分屋」を捉えた、石松健男氏撮影の写真でした。すでに廃屋となり、取り壊される少し前に撮影されたもので、そのうらぶれた雰囲気が、なんだか山頭火に似つかわしい感じがするなあ・・・と思ったのでありました。
ミュージアムの一角には、記念に一句したためられるように文机や墨、筆なども置かれていました。わたしも何か一句したためたいところではありましたが、筆で字を書くことからずいぶん遠ざかってしまっていることもあり、やめておきました。・・・というより、アタマが温泉ボケしていて、俳句のていをなすようなものが何も浮かばなかった、というわけなのですが。

やがて時刻はお昼どき。湯平での、そして今回の旅での最後の食事を「嬉し乃食堂」さんでとることにいたしました。うなぎや鯉、鮎といった川魚料理をメインとするお店であります。
冬場限定という〝いのしし鍋〟も気になったのですが、こちらは2人以上からということで、セットメニューのひとつであるうな丼と鯉こくのセットを、またも(笑)生ビールとともにいただきました。かなり久しぶりに食したうなぎの美味しさはもちろんのこと、鯉の出汁がしっかり出ている鯉こくにも大満足。いいお昼ごはんとなりました。



お料理を運んできてくださったおかみさんに「どこから来られたんですか?」と訊かれ、宮崎からです、と答えると、「まあ・・・けっこう遠くから。なんにもないところでしょ、湯平は」とおっしゃいました。
いやいやどうして、すごくいいところでありましたよ、湯平は。懐かしい雰囲気も素敵でしたし、こういう美味しいものも食べられましたから。

湯平を離れるときが近づいておりました。わたしは昼食のあと、湯平を離れる時間まで、目に入るさまざまな湯平の風景を撮っていきました。










わずか1日弱の滞在だったけど、居心地よくて安らげる場所で、ほんとに来てよかったなあ・・・湯平は。またぜひ、この風景に会いに湯平へ帰ってこなくっちゃ・・・そんな思いでいっぱいでした。
名残惜しい気持ちを振り切って、わたしは湯平をあとにして、宮崎への帰路についたのでありました。

毎年来ているけど、やはり楽しい思いをさせてくれた別府。初めてながらも、極上の安らぎを与えてくれた湯平。いずれもやっぱり、いい場所でありました。
別府と湯平へ再訪できる機会を楽しみにしつつ、また次に控えている旅に向け、思いをめぐらることにいたします。
・・・ということで、次に予定している旅の行き先は熊本、であります。こちらも楽しみだなあ。

(おわり)


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2 コメント

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Unknown (まき)
2024-05-03 15:03:25
初めまして!湯平温泉のブログ拝見させて頂き、私も是非伺ってみたいと思いました(*ˊ˘ˋ*)。♪:*°
Unknown (miyazaki8007kankodo)
2024-05-06 08:03:44
はじめまして!コメントいただきありがとうございます!
このところブログ更新をサボっているわたくしですが(苦笑)、こうして4年前の拙文をお読みいただき、コメントしてくださる方がおられるということ、素直に嬉しく思います。

この旅行から半年もしないうちに、湯平温泉は豪雨によって大きな被害を受け、わたくしが泊まった旅館「つるや隠宅」の皆さまも、増水した川に飲まれて帰らぬ人となってしまったことは、とても悲しいことでした。
それだけに、その「つるや隠宅」さんの建物が、この春から観光案内と交流の場として活用されることになったというニュースには、嬉しい気持ちになりました。

まきさんもぜひ一度、湯平温泉を訪ねていただければ幸いです。わたくしもまた、機会を作って湯平を再訪したいと思っております。

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