読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【きまぐれ名画座スペシャル】閑古堂の年またぎ映画祭(その1) 『タワーリング・インフェルノ』『ダイ・ハード』『雨に唄えば』

2022-12-31 09:10:00 | 映画のお噂
1年前にも開催した、年末年始の個人的映画祭「閑古堂の年またぎ映画祭」、今年もやることにいたしました。
前回は、SFものや怪獣ものといった特定のジャンルに偏っておりましたが、今回はジャンルを問わず、映画の醍醐味を味わえる大作や名作、そして元気と勇気が湧いてくるような作品をチョイスしていきたいと思っております。
オープニングはハデな「お祭り映画」からスタートしたいということで、まずは『タワーリング・インフェルノ』を。1970年代に流行した、オールスター・キャストと大仕掛けによるディザスター(災害)パニック映画の大ヒット作であり、決定版といえる映画であります。

年またぎ映画祭1本目『タワーリング・インフェルノ』The Towering Inferno(1974年 アメリカ)
監督=ジョン・ギラーミン
製作・アクション場面監督=アーウィン・アレン
脚本=スターリング・シリファント
原作=リチャード・マーティン・スターン『そびえたつ地獄』、トーマス・N・スコーティア&フランク・M・ロビンソン『タワーリング・インフェルノ』
撮影=フレッド・コーネカンプ、ジョゼフ・バイロック
音楽=ジョン・ウィリアムズ
出演=スティーブ・マックイーン、ポール・ニューマン、ウィリアム・ホールデン、フェイ・ダナウェイ、フレッド・アステア、スーザン・ブレイクリー、リチャード・チェンバレン、ジェニファー・ジョーンズ、O・J・シンプソン、ロバート・ヴォーン、ロバート・ワグナー
Blu-ray発売元=ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

サンフランシスコの新名所として、鳴り物入りで建設された138階建ての超高層ビル「グラスタワー」。その竣工式が最上階で行われているとき、電気系統の異常により81階の物置室から出火。炎は徐々にビルの上階へと燃え広がっていき、華やかだった竣工式の会場はたちまち、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していく。切迫していく状況の中で、ビルの設計者であるダグ(ポール・ニューマン)と、駆けつけた消防隊のチーフ、オハラハン(スティーブ・マックイーン)は協力して、人々の避難誘導と消火にあたっていく・・・。

ハリウッドのメジャー映画会社である20世紀フォックスとワーナー・ブラザースが、それぞれ別の小説をもとに進めていたビル火災映画の企画を統合させ、共同で製作・配給にあたったのが本作でした。『タイタニック』(1997年)以降、メジャー映画会社が共同で製作・配給にあたることが多くなっておりますが、この当時にはかなり異例のことであり、そのこと自体がちょっとした話題となりました。
製作にあたったのは、『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)などでパニック映画のヒットメイカーとして鳴らした大物プロデューサー、アーウィン・アレン。本作ではアクション場面の演出も兼任しております。メインとなるドラマ部分の監督は、リメイク版『キングコング』(1976年)も手がけたジョン・ギラーミン。

ヒーロー性を遺憾なく発揮するスティーブ・マックイーンとポール・ニューマンをはじめ、ウィリアム・ホールデン、フェイ・ダナウェイ、フレッド・アステアなどといった、豪華キャストの共演に魅了されます。登場人物が多いものの、それぞれのキャラクターの描き分けがしっかりなされているところも見事です。
とりわけ、消防チーフ役を快演したマックイーンの好漢ぶりにはあらためてシビれましたねえ。本作は、人命を救うために危険な任務に赴く、消防士たちへの讃歌にもなっていて、そこもまたよかったと思います。

そして何よりも圧巻なのが、超高層ビルのミニチュア(といっても20メートルを超える巨大さ!)を駆使した特撮と、火だるまになったり大量の水に押し流されたりといった危険なスタントによる、スペクタクルな見せ場の数々であります。それらが醸し出すスリルと迫力は、CG全盛の現在では得られない、リアルな驚きと興奮を覚える素晴らしいものでした。
いろいろな意味で「お祭り映画」と呼ぶにふさわしい、娯楽大作映画の傑作であります。


年またぎ映画祭2本目『ダイ・ハード』Die Hard(1988年 アメリカ)
監督=ジョン・マクティアナン
製作=ローレンス・ゴードン、ジョエル・シルバー
製作総指揮=チャールズ・ゴードン
脚本=ジェブ・スチュアート、スティーブン・E・デ・スーザ
原作=ロデリック・ソープ
撮影=ヤン・デ・ボン
音楽=マイケル・ケイメン
出演=ブルース・ウィリス、アラン・リックマン、アレクサンダー・ゴドノフ、ボニー・べデリア、レジナルド・ヴェルジョンソン
Blu-ray発売元=20世紀フォックス ホームエンターテイメント

1本目の『タワーリング・インフェルノ』同様、高層ビルが舞台ということで、2本目は『ダイ・ハード』をチョイス。己の運の悪さを嘆きつつ、大車輪の活躍を繰り広げる主人公を好演したブルース・ウィリスが一躍大スターとなった、もはや説明不要の80年代アクション映画を代表する一本です。監督はアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『プレデター』(1987年)で知られるアクション派のジョン・マクティアナン。撮影はのちに『スピード』(1994年)で監督業に進出したヤン・デ・ボン。
すでに何度も観てきた作品ですが、久しぶりに観てもやっぱり面白かった!ハラハラさせられる見せ場のつるべ打ちはもちろん、高層ビル内をうまく活かした巧みな作劇と、練られたセリフのやりとりが実に良くできていて、あらためて唸らされました。主演のブルース・ウィリスはもちろん、冷酷なテロリストのリーダーを演じた名優アラン・リックマンや、主人公をサポートする人情味ある警官役のレジナルド・ヴェルジョンソンも素晴らしいですねえ。
今年、失語症を公表して俳優業から引退することになった主演のブルース・ウィリスには、本当にお疲れ様でしたと言いたいです。

年またぎ映画祭3本目『雨に唄えば』Singin’ in the Rain(1952年アメリカ)
監督=ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン
製作=アーサー・フリード
脚本=アドルフ・グリーン、ベティ・コムデン
撮影=ハロルド・ロッソン
音楽=ナシオ・ハーブ・ブラウン、レニー・ヘイトン
出演=ジーン・ケリー、ドナルド・オコーナー、デビー・レイノルズ、ジーン・ヘイゲン
Blu-ray発売元=ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

かつて隆盛を誇ったMGMミュージカル映画の中でも、特に名作として有名で、今もなお多くの人に愛されている作品です。監督は主演のジーン・ケリーと、オードリー・ヘプバーンの『パリの恋人』(1957年)や『シャレード』(1963年)でも知られるスタンリー・ドーネンが共同で手がけています。
かくも有名な作品でありながら、実は恥ずかしながら今回初めて観たのですが(大汗)、これほど楽しくて明るく、小粋な映画をなんでもっと早く観ておかなかったのか、激しく後悔するくらいに魅了されました。歌も踊りも笑いも、すべてがもう最高!
主演のジーン・ケリーが雨の中で表題曲を歌い踊る場面もさることながら、共演のドナルド・オコナーとデビー・レイノルズと3人で歌う「グッドモーニング」の場面も、高揚感に溢れていて最高でした。また、サイレント(無声映画)からトーキー(発声映画)へと移り変わる、ハリウッド映画史の転機を知る上でも興味深い一本でした。
これからもまた何度でも観たいと思わせてくれる、まさしく名作と呼ばれるにふさわしい作品です。

余談ながら、なぜ『ダイ・ハード』の次に『雨に唄えば』を選んだかというと、前者の作中に後者の表題曲「Singin’ in the Rain」が使われていたから。この曲を作中に使った映画では、キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』(1971年)も名高いのですが、年末年始に観るにはいささかヘビー過ぎるように思えたので(笑)、そちらはまた別の機会に。


3年ぶりの熊本がまだせ旅(最終回)水前寺成趣園と上江津湖の散策で実感した、水の都・熊本の豊かさと情緒

2022-12-18 20:58:00 | 旅のお噂
3年ぶりの熊本旅行も、とうとう最終日となりました。
10月10日(月曜日)の朝。宿泊していた熊本市中心街のホテルをチェックアウトしたわたしは市電に乗り込み、水前寺成趣園(水前寺公園)へ向かいました。初代熊本藩主・細川忠利から三代にわたって作庭された回遊式の庭園で、国の名勝・史跡にも指定されている名園であります。
時刻は午前8時少し前。まだクルマも少ない道路の上を、市電でゆるゆると移動すること20分ほど、水前寺成趣園に到着いたしました。

到着したものの、まだ開園時間の前ということで入り口は閉ざされたまま。ちょいと来るのが早かったようで、そのあたりをぶらぶらしながら開園を待ちました。入り口の前に並ぶ土産物店や飲食店も多くは開店前で、一部のお店が開店の準備を始めておりました。
そうこうするうち、開園時間の8時半となりました。拝観料を払って中に入り、しばし朝の散策を楽しみました。




富士山を模して造られた築山をはじめとした、さまざまな趣向を凝らした庭園は、散策の醍醐味をたっぷりと味わうことができます。広々とした池にたたえられた阿蘇の伏流水はどこまでも澄んでいて、水の都熊本の豊かさと、そこから生まれてくる情緒をつくづく実感することができます。
園内にある出水(いずみ)神社には、歴代の藩主たちと二代目忠興の妻、細川ガラシャが祭神として祀られています。

境内には、やはり阿蘇の伏流水である「神水 長寿の水」が湧き出しています。手ですくって飲むと冷たくて実に美味しく、なんだか長生きができそうな気がしてまいります。
そばに立つ説明板を見ると、「水飲会の方々は毎朝五合以上の水を飲んで健康法としています」との記述が。うーむ、やはり手ですくって飲む程度ではあまり効果はないんだろうなあ。オレも「水飲会」に入って毎朝飲んでみたいもんだのう。
しばしの散策のあと、やはり園内にある「古今伝授の間」で一休み。古今和歌集の解釈などの学説を伝授するために建てられたもので、大正元(1912)年に京都御所からこちらへ移築されました。


室内では、お抹茶(もしくはコーヒー)とお菓子を味わいながら、庭園の眺めを楽しむことができます。2種類あるお菓子から選んだのは「加勢以多」(かせいた)。かつて幕府への献上品であった細川家秘伝のお菓子だそうで、軽い口当たりと上品な甘みが魅力の一品であります。
「古今伝授の間」の室内から庭園を眺めていると、実に静かで穏やかに時間が流れていくのを感じます。熊本の繁華街からもほど近い都市の中にあることを、思わず忘れそうになるほどの静かさに包まれていると、このまま横になってひと眠りしたい気分になってきたのでありました・・・。

庭園内の散策を終えて外に出ると、立ち並ぶお土産屋さんの多くが営業を始めておりました。わたしはその中の一軒に立ち寄って、熊本の名物甘味である「いきなり団子」を買い食いいたしました。蒸し立てアツアツのやつであります。


薄皮の団子の中には、厚くスライスしたさつまいもと餡がぎっしり。ほくほくのさつまいもはもちろん、甘さ控えめの餡も美味しくて、散策のあとのおやつにピッタリでありました。

水前寺成趣園の前に伸びている、市電の通る広い道路を跨いだところにある熊本県立図書館を訪ねました。ここの館内にある、熊本ゆかりの文学者たちに関する資料を集めた「くまもと文学・歴史館」を見学するのが目的でした。

ところが、館内のほとんどが「展示替え」ということで、見学ができない状態になっておりました。この週の終わりから開催された、萩原朔太郎についての企画展に伴う展示替えということだったのでありましょう。まことに残念ではありましたが、仕方がございません。
わたしは予定を変更して、図書館のすぐそばを流れる川に沿った遊歩道を辿りながら、江津湖方面を散策することにいたしました。


この川を流れる水も、やはり阿蘇からの伏流水。澄み切った流れを眺めながらの散策もまた、目を楽しませてくれました。
川に沿うように続く遊歩道では、ウォーキングやランニングに興じている人たちがそこかしこにおられました。なかには、のんびりと釣り糸を垂れているおじさんも。何が釣れるのかなあ。

象のすべり台が真ん中に立っている広々とした池は、夏の時期にはプールとして使われているようです。こういうきれいな水での水遊びも、さぞかし気持ちがいいことだろうなあ。

そのまま遊歩道を進み、上江津湖へ。対岸にはボート乗り場が見えました。

かつてこのあたりでは、夏目漱石や徳冨蘆花、与謝野寛・晶子夫妻などといった文人たちが、船遊びや散策に興じていたといいます。文人たちにも愛された豊かな自然と、日常的に接することができるこの周辺の人たちが、なんだか羨ましく思えたのでありました。
ここからさらに進んでいくと下江津湖へとつながり、そのそばにある熊本市動植物園にも行くこともできますが、今回はこのあたりで切り上げることにいたしました。次の機会には、もっと時間をとってこのあたりを散策してみようかなあ・・・そう思ったのでありました。

市電に揺られて、再び繁華な熊本の中心部へと戻ってまいりました。
そろそろお昼時ということで、昼食は何にしようかとしばし迷ったのですが、もうだいぶ旅費が少なくなってきたこともあり(苦笑)、結局は最後も熊本ラーメンで締めることにいたしました。ということで、上通りのアーケード街にある、熊本ラーメン元祖として名高いお店「こむらさき」さんに立ち寄りました。


まずは、焼き餃子と瓶ビールの黄金コンビに舌鼓を打ったあと、創業当時からの人気メニューという「王様ラーメン」を堪能いたしました。それほど濃厚というわけでもないあっさりした豚骨スープに、ローストしたにんにくがいいアクセントとなっておりました。まさに「昔ながらの正統派ラーメン」といった感じの、懐かしい美味しさでありましたねえ。


昼食のあと、上通りアーケード街を抜けた並木坂通りに立つ古書店「舒文堂(じょぶんどう)河島書店」さんに立ち寄りました。

創業がなんと明治10(1877)年という老舗の古本屋さんで、明治29年には当時の第五高等学校(熊本大学の前身)の英語教師として赴任していた夏目漱石も立ち寄ったという、まさに貴重な文化財といってもいい存在のお店なのであります。一般書も扱っているものの、メインとなるのは熊本をはじめとする九州各県の郷土誌や、歴史、文学関係の書物。奥のほうには古文書や書画もあったりして、お宝物件もかなりあるのではないかと思われます。
棚を見ていると気になる書物がいろいろとありましたが、使えるお金はごくごく限られておりましたので(涙)、昭和56(1981)年刊の『熊本の風土とこころ第二集 23 熊本の味』(熊本日日新聞社)のみ購入いたしました。上質の用紙に写真がたくさん掲載されている、ビニールのカバーがかかった文庫版サイズの本というところに、かつて保育社から出されていた「カラーブックス」を思わせるものがあります。熊本の出版物にもこういうシリーズがあったんだねえ。

購入したとき、お店の方から10月の末に開催される古書籍販売会のチラシをいただきました。残念ながら行くことはできなかったものの、そういう催しが成立できる文化的な風土を持つ熊本が、またしても羨ましく思えたのでありました(こういうことは、わが宮崎ではまず成り立たないからなあ・・・)。
そうそう、ここ並木坂通りには舒文堂さんのほかにも2軒の古本屋さんがあり、それらのお店にもいろいろと、お宝がありそうな感じがいたします。次の機会にはもっと予算を増やして、古本屋さんめぐりをするというのも楽しいだろうなあ。

このあたりでもう一品だけ、何か甘いものでも・・・と思い、こちらも上通りアーケード街にある「お茶の堀野園」さんの日本茶販売店&カフェ「茶以香」(ちゃいこう)に入り、抹茶フロートをいただきました。コクと甘みがある抹茶とソフトクリームがよく合っていて、ホッとする美味しさでした。


今回の熊本旅行で最後に訪問したのは「小泉八雲旧居」。繁華街のど真ん中にある「鶴屋百貨店」のすぐ裏手に位置する、こじんまりとした日本家屋で、室内には八雲の足跡と文学を辿る資料などが展示されております。


この建物も、6年前の熊本地震により被害を受けており、その年の秋に訪れた時には入り口のあたりまでしか入ることはできませんでした。しかし翌年の秋には復旧が完了し、一般公開も再開されました。室内には地震による被害と、その復旧の過程を記録した写真パネルも展示されております。


夏目漱石よりも少し前の明治24(1891)年に、やはり第五高等中学校の英語教師として熊本に赴任した八雲は、当時の校長だった嘉納治五郎などとの交流の中で熊本と日本の精神性に触れ、そこから大きな影響を受けたようです。その作品にも、熊本を舞台としたものがいくつかあるといいます。
恥ずかしながら、まだ『怪談』くらいしか八雲の作品を読んでいなかったわたしですが、ここの展示を見ていくうちに、もっときちんと八雲の作品に向き合いたいという気持ちが湧いてまいりました。
すでに3年近くに及ぶコロナ莫迦騒ぎ禍を通して、「安心」「安全」「便利」という価値観を当然のように見做してきた今の日本人の精神が、いかに退化、衰弱してしまっているのかを、つくづく思い知らされました。それだけに、八雲に影響を与えたかつての日本人の高い精神性をきちんと見直し、再評価する必要があるのではないか・・・そう思ったのであります。
開け放たれた窓からはそよそよと、心地良い風が吹き抜けておりました。


いよいよ、熊本を離れるときがやってまいりました。わたしは通町筋からもう一度、熊本城のほうを見遣りました。

そして今度は、下通りのアーケード街のほうへ目を向けました。連休最終日の下通りもまた、多くの人で賑わっておりました。

ささやかながらも、地震からの復興を応援したいという気持ちから続けている熊本旅行ですが、むしろこちらのほうが元気をいただいてきたように思います。今回の訪問でもまた、たくさんの楽しさと元気をいただきました。
ありがとう熊本!そしてあらためて・・・がまだせ熊本!

                                 (おしまい)






3年ぶりの熊本がまだせ旅(第5回) シェリーの美味しい気さくなバーと、人吉球磨の情報誌『どぅぎゃん』に出会えた、熊本夜歩き第2ラウンド

2022-12-07 19:52:00 | 旅のお噂
山鹿散策を終え、ふたたび熊本市の繁華街へと戻ったわたしは、この日の宿泊先である「東横INN熊本新市街」にチェックインいたしました。
東横INNに泊まるのも久しぶりのことでしたが、フロントで渡された部屋のカギはやはりカードキー。ビックリいたしましたが、前日のこともあってまごつくことなく使えました。どうやらコロナ莫迦騒ぎを機に、多くのホテルでカードキーが導入されたということなのでありましょう。いやはや、世の中もいろいろと変わったもんですなあ。
なにはともあれ、シャワーを浴びてひと息ついたあと、お楽しみの熊本夜歩き第2ラウンドに出陣したのであります。

この日は、ぜひ一度立ち寄ってみたいと思っていたお店がありました。なんでもおでん屋台からスタートしたという、熊本では老舗の居酒屋「瓢六」さんであります。前回の熊本訪問のときに立ち寄った姉妹店「天草」さんがなかなかいい感じだったので、今度はぜひとも「瓢六」さんのほうに・・・と目論んでいたのです。
ところがいざ行ってみると、あるべきハズの場所にお店がありません。それならと、背中合わせに立っていた「天草」のほうに行くと、そちらにもお店がありませんでした。
なんだなんだどうしたというのだ・・・と、ローバイしつつ手元のタブレットでネット検索をかけてみると、つい最近2つのお店を統合させた「天草瓢六」としてリニューアルし、近くに移転したということがわかりました。おおそれならよかったよかった・・・と一安心しながら、そちらのほうに行ってみると、まだ建って間もない感じのビルの1階にお店がありました。

居酒屋というより、どこか高級感が漂う割烹店かなにかのような店先ですが、入り口にはたしかに「天草瓢六」と記された小さい看板があります。ああここで間違いなさそうだのう・・・と思いながら、いささか緊張しつつ店内に入り、あのう一人なんですけど空いてますか?と尋ねますと、
「予約が入ってていっぱいなんだけど・・・4〜50分くらいでよろしければカウンターにどうぞ」
とのお答えが。そういえば、前回「天草」さんに入ったときも、同じような展開だったのを思い出し、今もなお高い人気を誇っていることを認識させられました。ああこれはやはり、予約して来るべきだったなあ・・・と思いましたが、まあ少しでも呑み食いできればいいか、と思い直し、カウンターに座りました。
真新しい店内もどことなく高級感があり、いささか気圧されてしまっておりましたが、名物であるおでんを筆頭に、お寿司や刺身などの海鮮料理が並ぶメニュー構成は以前と変わらないようであります。ちょっと安心しつつ、生ビールとともにおでんを注文いたしました。突き出しに出てきたのはカツオのたたき。いいねえ。


たまごに大根、タコといった定番のおでんタネとともに注文したのが、牛ならぬ馬のスジ肉と「くんせい」。牛よりもさっぱりした馬のスジ肉と、かまぼこの燻製を煮込んだ「くんせい」はいずれも美味しく、ビールが進みました。さればお次は日本酒を!ということで、熊本市の蔵元「瑞鷹」の「芳醇純米酒」を注文いたしました。

スッキリした飲み口の中から、米の旨味がじわじわと口に広がってきて、まことにいいお酒であります。黒のラベルもかっこいいねえ。
ここはせめてもう一品食べておきたいということで、ホタテ貝柱のバター焼きも注文。プリプリした貝柱がバターと良く合って、こちらも美味しくいただきました。

呑み食いを楽しんでいるあいだ、お店には次々にお客さんが入ってきておりました。その多くが以前からのお馴染みさんのようで、カウンターの中にいるお店の方々に向かって「お久しぶりです〜」などと声をかけておられました。こうやってお馴染みさんに愛され続けているところに、老舗居酒屋の良さが感じられていいですねえ。
短い時間しかいられなかったのは残念でしたが、立ち寄ることができてよかったです。今度はぜひとも、予約した上で行かなければな。

もう一軒どこか居酒屋に立ち寄ろうかなあ・・・とも考えたのですが、前日からの美食続きのためなのか、少々胃が疲れ気味のようでしたので、しばし街を散策することにいたしました。

上通りのアーケード街に入ると、まだまだ多くの人たちで賑わっておりました。この中にある、2軒の老舗書店に立ち寄ってみることにいたしました。まずは「金龍堂まるぶん店」さんへ。

街中の本屋さんとしてはかなり広い売り場を持ち、豊富な品揃えを特徴とする、創業102年のお店です。6年前の熊本地震で大きな被害を受け、しばらく休業を余儀なくされるという困難を乗り越え、その年の秋には見事に再開を果たしました。久しぶりに中を覗いたのですが、幅広いニーズをカバーする品揃えの豊富さに、あらためて感心させられました。
このお店のシンボルとなっているのが、入り口に鎮座する3体のカッパ像。10月ということで、ハロウィン仕様の飾り付けがされているのが、なんとも微笑ましいのでありました。


上通りにあるもう一軒の老舗書店は「長崎書店」さん。こちらも、明治22年の創業から133年になるという歴史あるお店であります。

こちらも、いわゆる「街の本屋さん」的な幅広い商品構成でありながら、売り場のところどころに独特のこだわりも感じられて、本好きの琴線をくすぐってくれます。とりわけ、ノンフィクションや思想書、美術関連の品揃えには唸らされるものがあります。入り口近くの熊本関連書コーナーも見逃せません。
その熊本関連書コーナーを覗いていたとき、一冊の雑誌の表紙が目に止まりました。人吉市で発行されている情報誌『どぅぎゃん』(発行=ぷらんどぅデザイン工房)であります。

人吉・球磨地区のさまざまな話題を取り上げている、月刊のローカル情報誌。その存在は、前日熊本城の近くで開催されていた、人吉・球磨地区を支援する写真パネル展で知りました(第2回で触れました)。被災当時の状況を伝える写真とともに展示されていた、復興に向けて進んでいこうとする地元の方々の写真の中に、『どぅぎゃん』の編集室と、そのスタッフを紹介した写真パネルがあったのです。
(↑前日に観覧した写真パネル展より)
人吉・球磨の歴史や文化、産業、グルメ、そしてそこに暮らす「人」を丁寧に取り上げている・・・というこの雑誌。創刊されたのが2000年とのことなので、もう20年あまりにわたって、しかも月刊ペースで発行が続いているということに驚きました。一地方のローカル誌としては、なかなかの健闘ぶりといえましょう。
いったいどんな雑誌なんだろう・・・と気になっていたところに、「長崎書店」さんの熊本関連書のコーナーに、その『どぅぎゃん』が置かれていたのですから、これはもう買うしかない!ということで、さっそく購入いたしました。

旅から帰ったあとに読んでみると、これがなかなか面白いのです。地元のアマチュア天文カメラマンによる星空写真や、全国大会に出場した運動系・文化系の部活高校生たちの紹介、そしてホルモン料理の美味しい飲食店の紹介・・・といった特集企画をはじめ、歴史や風土を深掘りしたコーナー、ファッション系のショップ情報、生後まもない子どもたちの愛らしい表情を集めたページ、法律相談に占いコーナー・・・などなど、多彩な切り口で人吉・球磨の「いま」を伝えてくれます。もちろん、誌面に掲載されている広告もすべて、地元の企業やお店のもので占められております。
人吉・球磨の「いま」の中には、2年前の豪雨災害から立ち直ろうとする皆さんの姿もあります。豪雨災害で被災しながらも、修理を経て再生された小学校とお寺のピアノによる演奏会のレポートに加え、自宅を飲み込んだ川のそばに、あえて新しい自宅を再建された方を取り上げたページも。そこからは、これからも川とともに地元で生きていこうとする、人吉の皆さんの静かなる決意のようなものが伝わってくるようでした。
驚いたのは、俳優の中原丈雄さんがエッセイを連載されていること。中原さん、人吉のご出身だったんですねえ。数多くの映画やドラマ、舞台でご活躍の役者さんなのですが、個人的には『ゴジラ2000ミレニアム』以降のいわゆる「ミレニアムゴジラシリーズ」の常連出演者として馴染み深いんだよねえ。なんにせよ、これはちょっと嬉しい発見でありました。
『どぅぎゃん』を読んでいると、なんだか無性に人吉・球磨へ出かけたくなってまいりました。次の熊本旅行の機会には、人吉にもぜひ立ち寄ってみたいと思うのであります。
(『どぅぎゃん』についての詳しいことは、こちらのサイトをご参照くださいませ。→ http://dougyan.com/dougyan.html )

・・・このあたりで再び、お話を熊本呑み歩き2日目に戻すことにいたしましょう。
すでに熊本でお気に入りのバーを持っているわたしですが、実はまだまだ、熊本には気になるバーがございました。そのうちの一軒である「STATES」(ステイツ)さんに立ち寄ってみることにいたしました。開業から40年近い本格派のバーということで、ちょっと気になるお店だったのです。

雑居ビルの4階に上がってお店の前に来ると、開け放たれた扉からお店の中が見えました。
一人呑みが大好きとはいえ、やはり初めてのお店に入ろうとするときには緊張するものであります。いささか身を縮こませるようにしつつ店内に入り、「こんばんは・・・えーとひとりなんですけどよろしいでしょうか」と尋ねると、若いバーテンダーの方が愛想よく出迎えつつ、カウンター席をすすめてくださいました。カウンターの中にはもう一人、口ひげを生やした男性がおられて、やはり愛想よく話しかけてくださいました。この方がマスター氏であります。お二人が気さくに迎えてくださったおかげで、緊張していた気持ちがだいぶ和みました。
ホッとひと息ついたところで、「おすすめ」のところに記されていた白桃とスパークリングワインのカクテル「ベリーニ」を注文いたしました。爽快にしてフルーティな味わいが口の中いっぱいに広がって、お口直しには最高の一杯であります。

あらためてメニューを拝見すると、豊富なカクテルやウイスキーと並んで、さまざまなシェリー酒がラインナップされています。そういえば、シェリー酒はまだ飲んだことはなかったなあ・・・ということで、その中のひとつを選んで注文いたしました。なんというのか、取っ手の長い柄杓のような道具(後で知ったのですが、「ベネンシア」という名前の道具だとか)にシェリーを入れ、そこからグラスに注ぐマスター氏の所作が、なんともキマっていていいですねえ。

出てきたシェリーを口に含むと、華やかな芳香とキリッとした切れ味でなかなかの美味しさ。生まれて初めて味わうシェリーの芳醇さに、しばし陶然となりました。これはいいぞ!ということでもう一杯、別の銘柄のシェリーを注文。そちらのほうも、深みのある色と味わいが魅力的でありました。
(どちらも銘柄の名前を失念してしまいました・・・。ああ、ちゃんとメモっておけばよかったのう)

シェリーを飲みながらつまんだのが、見た目も楽しいオイルサーディンのカナッペ。これがまた、おつまみにうってつけの美味しさで、お酒がさらに進んだのでありました。
ふと、酒瓶がずらりと並ぶ後ろの棚を見ていると、そこには映画『007』シリーズのボンドカーとして知られる、アストンマーチンDB5のミニカーが。その話をマスター氏に向けると、「おお、よくお気づきですねえ」とのお答え。それからしばし、『007』映画談義に興じました。
「ウチの妻は(5代目ジェームズ・ボンド役者の)ピアース・ブロスナンのファンなんですよ」というマスター氏のお言葉に合わせるように、カウンターの奥からチャーミングな女性が姿をお見せになりました。おおそうか、ご夫妻で切り盛りされているんだねえ。
お店に入ったときには、お客さんはカウンターに2人おられるだけでしたが、それから次々にご常連とおぼしき方々が入ってきて、いつのまにか店内は満席に近い賑やかな状態になっておりました。ここもまた、多くの方々に愛されているお店なんだなあ・・・そう思いつつ、ひとまずこのあたりでお暇することにいたしました。
熊本に来たらまた寄りたいと思えるお店が、もう一店増えたのでありました・・・。

「STATES」さんをあとにして外に出てみると、下通のアーケード街は夜9時を過ぎてもなお、たくさんの人たちで賑わいを見せておりました。

熊本の盛り場の夜はまだまだ終わりそうにはありませんでしたが、わたしはひとまずお開きということで、前夜に続いて熊本ラーメンで締めることにいたしました。
この夜に立ち寄ったのは、ご当地でも人気のあるラーメン店「黒亭」さんの下通店。胃が少々くたびれ気味だったのを考慮して、玉子ラーメンのハーフサイズである「ちびたまラーメン」を注文いたしました。

コクと旨味が詰まったスープが絡んだ麺が実に美味しく、あっという間に完食。ふと隣を見ると、女性の一人客が普通サイズのラーメンを注文し、しっかりと完食しておられるではありませんか。
ああ、やっぱりオレも普通サイズのラーメンにしときゃよかったかなあ・・・そんな後悔の念が、湯気とともにアタマの後ろをかすめていったのでありました・・・。

                              (最終回につづく)