『あさいち』
大石可久也=え、輪島・朝市の人びと=かたり、福音館書店(かがくのとも絵本)、1984年
平安時代から続く長い歴史をもつ、石川県輪島の朝市。地元の人たちの暮らしを支える台所にして社交の場であり、観光客にも人気のあるスポットでもありましたが、年明け早々に発生した能登半島地震に伴う火災によって、朝市のエリアだった区域のほとんどが焼失してしまいました。
その輪島朝市の活気ある情景を描いたのが、この『あさいち』という作品です。今から44年前の1980 年に、福音館書店の絵本雑誌『かがくのとも』の一冊として刊行され、4年後の1984年には単行本化されましたが、その後長らく品切れとなっていました。このほど、能登半島地震の復興支援の一環として復刊の運びとなり、売上によって得られた利益は、義援金として日本赤十字社に寄付するとのことです。
海産物や野菜、お花、お菓子など、さまざまな品物を道端で売っている人たちと、それを買う人たちとの間で交わされている会話が、温かみのある方言とともにいきいきと、ライブ感たっぷりに再現されています。たとえば、じねんじょ(自然薯)を売っているおばさんの売り文句は、こんな感じ。
「ほんとの じねんじょやぞ。
はたけに うえた いもやねえぞ。
やまで みつけて このながさ
ほるんださけ、たいへんだわ。
おつゆに してもええし、
ごはんに かけてもええし。」
どうです?なんだか無性に、売られているじねんじょが買いたくなってくるような気になってきませんか?
いわしを塩や糠などに漬け込んで作る、能登の保存食「こぬかいわし」を売っている人もいます。「だいこと にれば うめえげに」などと言われると、これも買って帰りたくなりますねえ。わたしはまだ食したことはないのですが、さぞかし「うめえ」ことでありましょう。
売り物の野菜の横に、「これはあげます」と書いた紙を貼った箱とともに2匹の子犬を置いている人も。5匹生まれたうちの3匹は貰われたものの2匹はあまってしまったそうで、「まごの おらんまに もってきたげ。がっこから けえってきたら なくだろな」なんて言っているのには、ちょっとクスッとさせられます。
いきいきとしていて、時に笑いを誘われる楽しい売り文句を読んでいると、まるで活気ある朝市の中に来ているような気持ちになってきます。どこか民話のような雰囲気を感じさせる絵も、実にいい感じがいたします。
輪島朝市は、単に物を売り買いするだけの場ではありません。地域の人びとの社交の場であり、人びとが助けあう場でもあるのです。
朝市の終わり近くの情景を描いた絵では、集まった人たちが会話を交わしている姿や、売れ残った品を互いに交換しあっている姿が描かれています。人びとの生きたつながりが感じられるそれらの情景には、心温まるものがあります。
会話の中にあった以下のことばからは、朝市に出ることが一種の「生きがい」ともなっている人がいるということが伝わってきて、とても印象的でした。
「よめは こんなさぶいひに
いちに でんでもええと
ゆうてくれるが、うちで
こたつのもりを しとっても
つまらんしねえ。」
人びとがつながり、「生きがい」を感じることができる場所でもあった輪島朝市。それが地震と火災の猛威によって失われてしまったことを思うと、なんともつらいものがあります。この先、能登の復興が進んでいって、輪島朝市が再開できるよう、ただただ願わずにはいられません。
活気と温かみにあふれた輪島朝市が、いつの日にかまた蘇りますように!
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