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【閑古堂の映画千本ノック】16本目『東京物語』 「いやなことばっかり」な世の中で生きることの意味を問いかける、小津安二郎監督の代表作

2023-12-24 21:14:00 | 映画のお噂

『東京物語』(1953年 日本)
監督:小津安二郎
製作:山本武
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
音楽:斎藤高順
出演者:笠智衆、東山千栄子、原節子、杉村春子、山村聡、三宅邦子、香川京子、東野英治郎、中村伸郎、大坂志郎、十朱久雄、長岡輝子
DVD発売・販売元:松竹


尾道で暮らす平山周吉(笠智衆)ととみ(東山千栄子)の老夫婦は、離れて暮らしている長男の幸一(山村聰)や長女の志げ(杉村春子)らに会うため、20年ぶりに東京を訪れる。迎える幸一や志げは最初こそ歓待するものの、それぞれの仕事や生活を優先させたい彼らはだんだん、周吉ととみに対して冷淡な態度をとるようになっていく。そんな中、戦死した次男の嫁である紀子(原節子)だけが、老夫婦に対して親身になって世話をするのだった。やりきれない思いとともに尾道へと帰る老夫婦だったが、その途中でとみが体調を崩し、その後危篤状態となってしまう・・・。

巨匠・小津安二郎監督の代表作であり、日本映画を代表する名作として、国内外の多くの映画ファンに愛されるとともに、ヴィム・ヴェンダース監督や周防正行監督などのクリエイターにも多大なる影響を与えた、映画史に輝く金字塔的な作品であります。
にもかかわらず、まことに恥ずかしながらわたしはこれまでずっと、本作をきちんとした形で観てはおりませんでした。普段から観ているジャンル(SFや特撮もの、アクションもの等々)からするとひどく「地味」に思えた上に、インテリ諸氏によって熱心に語られる小津監督とその作品に、どこか近寄り難い印象を持ち続けていたことが、その理由でした。
しかし、小津安二郎生誕120年・没後60年(小津監督は生誕日も没日も12月12日)の節目を迎える中で、やはり代表作ぐらいは観ておかねば・・・ということで、ようやく本作『東京物語』をDVDで鑑賞したという次第。なるほど確かに素晴らしい映画であり、またも「もっと早く観ておくべきだった!」と後悔することしきりでありました。

家族関係や人の心が変わっていく中で、老いていくことの寂しさと無常感を抱く老夫婦の姿・・・。描きようによってはいくらでも湿っぽくなりそうな題材でありながら、本作は感情や情緒に溺れることなく、むしろ冷徹なまでに淡々としたタッチで、変わりゆく家族のありようを見つめていきます。そのような本作の作風に、強く惹かれるものがありました。小津監督独特の、ローアングルで固定された画面構成や、抑制された音楽の使い方もまた、作品の淡々としたタッチに貢献しているように思えました。
押し付けがましさのない抑制された作風であるからこそ、主人公である老夫婦の切ない境遇や、老いていくことの寂しさが、笠智衆さんと東山千栄子さんの名演とともに効果的に伝わってきます。妻を失ってがらんとした家の中で、笠さん演じる周吉がぽつねんと座りこんでいるラストシーンは、深く長い余韻を心に残します。

笠さんと東山さん以外の出演者による名演も見応えたっぷりでした。
とりわけ、長女志げを演じる杉村春子さんの「悪意のない酷薄さ」を表した演技(とみ危篤の報を受けて尾道に向かおうとする折、兄の幸一に「喪服どうなさる?」などと訊いたり、とみが亡くなった直後にずけずけと「形見分け」の話をはじめたり)は見事というほかありません。また、周吉の旧友・沼田を演じた初代黄門さま・東野英治郎さんのとぼけた味わいもさすがでありました。
そして何より惹きつけられるのが、原節子さん演じる紀子のキャラクターです。物語の終盤、兄や姉たちの身勝手さに憤る次女の京子(演じるのは初々しい香川京子さん)に理解を示しつつも、紀子は兄や姉たちにもそれぞれ事情があるということを説き聞かせます。
それでも納得できずに「そんなふうになりたくない」という京子に、紀子はこう語りかけます。
「でも、みんなそうなってくんじゃないかしら。だんだんそうなるのよ」「なりたかないけど、やっぱりそうなっていくわよ」
それを受けて、「いやあねえ、世の中って」と嘆く京子に、紀子は笑顔とともにこう返します。
「そう。いやなことばっかり」
邪険にされる老夫婦をいたわる心優しさとともに、「いやなことばっかり」な世の中に対して、どこか達観した視線を持った紀子というキャラクターは、原さんの美しさと相まってとても魅力的でありました。

時代とともに否応なく変わっていく、家族のありようや人の心は、この映画が作られてから70年経った現在、さらに大きく変わりました。いくら「昔はよかった」などと嘆いてみたところで、かつてのような家族の姿を取り戻すことは難しいでしょう。
家族や人の心が変わっていく「いやなことばっかり」な世の中で、それでも人間らしく生きていくことの意味を、本作『東京物語』は静かに問いかけているように、わたしには思えました。


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