読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【今週の箸休め本】『ふらり旅 いい酒いい肴 1』 じっくりと自分の足で歩く、大人の旅への誘い

2014-12-30 18:58:01 | 本のお噂

『ふらり旅 いい酒いい肴 1』
太田和彦著、主婦の友社、2014年


かっちりした本を読む合間などに「箸休め」的に読んだ本をご紹介する「今週の箸休め本」。•••なのですが、ここしばらくは年末に伴うバタバタなどで心身ともに余裕がなく、かっちりした本を読むこともままなりませんでした。よって、今回ご紹介する『ふらり旅 いい酒いい肴 1』は、忙しい日々の「箸休め」のような感じでつまみ読みした一冊であります。

先月(12月)、初めて新書のかたちで出版した『居酒屋を極める』(新潮新書。拙ブログで取り上げた記事はこちらです)に続く、わが酒と酒場の師(と勝手に慕っている)太田和彦さんの新刊であります。
太田さんが日本各地をじっくり訪ね歩いては、その土地に根づいた名酒場を紹介していくという、BS11で放送中の同名旅番組を、番組には入れられなかった情報を加えて書籍化したものです。第1弾となる本書に収録されているのは、倉敷、尾道、伊勢、小田原、鎌倉、勝浦、高知、松山、会津、松本、鹿児島、熊本、八丈島、浅草、秋田、鶴岡、神戸の17ヶ所。
酒と酒場の達人である太田さんが目と舌で味わう、その土地ならではの名酒と逸品料理にも、もちろんココロ惹かれるものがあるのですが、それ以上にいいなあと感じたのが、実は旅の達人でもある太田さんが提案する旅のスタイルでした。
「中高年の旅は駆け足よりも、気に入った所をゆっくり歩く、夜は地元の店でじっくり酒と料理」という「国内旅のモデルケースを見せる」のが、番組を始めた狙いだったという太田さん。いわゆる「観光名所」を、クルマなどの交通機関に乗ってせかせか回るのではなく、自分の足で歩ける狭い範囲をじっくりと歩いては、「その町の住人になったつもりで1日を過ごす」旅を実践し、提案するのです。
尾道では、昔からの個人商店が並ぶアーケード街をぶらぶら歩いては、手押し車で海産物を売る行商「ばんより」から「でべらがれい」という干物(名品らしいです)を買い、勝浦では海に生きる漁師たちに尊ばれている寺をめぐる。城下町・会津では武家屋敷とは違った魅力を発する大正モダンな建築の数々を見て歩き、熊本では賑やかな「新市街」を少し外れた「旧市街」を歩いて往時をしのぶ•••。
鎌倉で、観光客皆無ながら味わいのあるお店がいくつかあるという地元の商店街を歩いたくだりでの、この一節が印象的でした。

「表の観光地ではないこの通りは、下校した学童が帰ってゆくのがいい。観光地ではない日常の町を歩くのは旅の達人だ。」

太田さんは、いい酒といい肴だけではなく、その土地に生きる人たちとの交流も大切にし、キラリと光る「いい人」を見出します。中でも、鶴岡で亡夫のバーを継いで現役バーテンダーを続けておられる御年77歳の女性は、ストライプシャツに蝶ネクタイ姿も様になっていて、まことにいい感じです。

本書には、太田さんが訪ねた名所や名店が、アクセスなどのデータや地図とともに紹介されておりますので、実用的なガイドとしても使えそうです。とはいえ、太田さんも言うように「見るものも、味も、すべて個人の好み」でありますから、これをヒントにしつつも自分だけの名所や名店を見つけるというのが一番でしょう。
また、番組からのシーンや太田さん自写による写真も、オールカラーで多数掲載されていますので、すぐには出かけられないという方も、居ながらにして旅気分を味わうことができるのではないでしょうか。
じっくり町を歩いては、いい酒といい肴、そしていい人に出会う旅への誘いである本書を読んで、近々出かける予定の旅がさらに待ち遠しくなってきました。わたくしもじっくりたっぷり、歩く旅を満喫してきたいものだなあ。

【最近読んだ本から】『地方消滅』 衝撃的な予測に基づきつつも、楽観論にも悲観論にも立たない姿勢に好感

2014-12-30 18:57:48 | 本のお噂

『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』
増田寛也編著、中央公論新社(中公新書)、2014年


地方に住んでいる身としては、なんとも穏やかならぬ書名の本書。
本格的な人口減少社会に突入した日本において、特に地方は若年層のみならず高齢者すら減っていき、このまま何もしなければ全国各地の896自治体が“消滅”の危機に晒される•••という、衝撃的な未来予測を打ち出して、今年後半の話題をさらった一冊であります。

「政治や経済の予測と比べて著しく精度が高い」とされる人口予測。そこから導き出されたのは、若年層、とりわけ20~39歳の女性が減少することによる出生率の低下と、東京をはじめとする大都市圏への人口流出とが重なり、急速に人口が減ることによって“消滅”の危機にある、地方の深刻な実態でした。
一方、地方からの人口流入で成り立っている巨大都市・東京も安泰ではありません。結婚や子育てがしにくい環境が災いして出生率は低下、超高齢社会となり医療・介護における人材不足が生じ、その不足を補うべく地方から人材を吸い上げることで、地方の人口減少はさらに加速。かくて、地方からの人材供給で成り立っていた東京も活力を失っていく•••。そんな悪循環が進行しつつあるというのです。
本書の巻末に、全国すべての市町村(および東京特別区と12の政令指定都市)別の将来推計人口の一覧が掲載されています(福島県は市町村別ではなく県単位のみの推計)。それを見ると、キーとなる若年女性の人口変化率がプラスに転じる自治体はごくごくわずかで、ほとんどがマイナスに転じるという状況です。「すべての市区町村が人口を増やすことはもはや不可能であり、むしろ、すべての市区町村が人口を減らすと考えたほうがよい」という本書の認識が、いやでも現実味を帯びてきました。
わが宮崎県を見ても、若年女性人口の減少率推計が5割を超える“消滅可能性都市”は26市町村のうち10ヶ所。4割を超えているところも12ヶ所あって、“地方消滅”の危機がひときわリアルに迫ってきている地域の一つであることを、これまたいやでも認識せざるを得ませんでした。

豊富なデータから導き出された衝撃的な未来図をベースとしながらも、本書の姿勢はあくまでも冷静かつ建設的で、そこにとても好感が持てました。「根拠なき『楽観論』は危険である一方、『悲観論』は益にならない」という姿勢を冒頭からしっかりと打ち出し、先進的な事例を織り込みながら、人口減少社会に対処していくための具体案を提示していきます。
東京への人口一極集中を食い止める「防衛・反転線」として地方中核都市を位置づけ、そこを拠点に周辺地域の生活経済圏を結びつけ、支え合う「有機的な集積体」の構築。かつての「産めよ殖やせよ」のような押し付けがましいものではなく、子どもを産みたくても産めない阻害要因を取り除くことで出生率を高めていく少子化対策(とりわけ、農業における女性の役割についての指摘は、やはり農業県である宮崎にも参考になるかもしれません)。地域の強みを活かすことで、住民の雇用や定住を促す産業振興策、など。
後半には4人の識者との「対話篇」が3本収められています。中でも、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県女川町の復興、再建にあたって40回もの住民説明会を開いたり、状況の変化に合わせて復興計画を柔軟に見直したり、といった取り組みをされている、女川町長の須田善明さんのお話には、いろいろなヒントがあるように思いました。須田さんのお話から引用させていただきます。

「まずは『均衡ある国土の発展』という標語を捨てるところからスタートすべきだと思うんです。平等主義的均衡なんて成立しないんですから。さりとて『もともと特別なオンリーワン』とだけ唱えて、『ナンバーワンにならなくていいんだ』『頑張らなくったって大丈夫』という方向に流れてしまうのは問題です。あの歌の肝は、『その花を咲かせることだけに、一生懸命になればいい』にあると思うんですね。そこのところを政治の側が明確なメッセージとして打ち出すことが重要だ、と私は感じています。」

もちろん、本書の認識や提言に対してはさまざまな意見や異論があることでしょう(今月には本書に対する批判をまとめた山下祐介著『地方消滅の罠』がちくま新書から出されました)。また、地域にはそれぞれ異なる事情が存在しますので、本書における提言が唯一絶対の良策、ということもあり得ないでしょう。あくまで本書は、問題を共有し、単なる足の引っ張り合いではない有益な議論や、政策・対策を立案していくための「たたき台」として活用していくのがいいのでしょう。
大事なのは、まずは多くの人たちが問題を共有すること。そしてそれを元にした冷静かつ建設的な議論や提案を、立場の違いを越えて行い、対策を打っていくことなのではないか、と思うのです。

人口減少問題に限らず、社会には解決しなければならない問題が各方面に存在します。それらに対しても、きちんとしたデータと現状認識のもと、楽観論にも悲観論にも堕することのない、冷静かつ建設的な取り組みを積み上げていくことの大切さをも、本書は教えてくれたように思いました。

【最近読んだ本から】『酒場詩人の流儀』 とらわれない姿勢に理想の大人の生き方を見る

2014-12-28 23:32:11 | 本のお噂

『酒場詩人の流儀』
吉田類著、中央公論新社(中公新書)、2014年


ここしばらく読んだものの中から、きちんとしたレビューを書けないままだった本を、印象に残った一節とともに何冊か(短い記事ではありますが)ご紹介したいと思います。
まずは、日本各地の酒場飲み歩きをライフワークとしている吉田類さんの最新刊『酒場詩人の流儀』です。1年のほとんどを旅から旅への日々の中で過ごしているという類さんが、旅先での自然と人びととの出会いをすくい取った、地方紙連載の紀行エッセイをまとめたのが、本書です。
その書名と、テレビで目にする陽気に酔っぱらった類さんのイメージから、酒場でのエピソードを面白おかしく書いたものかと思いきや。選ばれた言葉でしっかりと綴られたエッセイの飲み口、もとい、読み口はまことにしみじみと、気持ちに沁み渡ってくるような滋味深さがあります。
人と自然、そして動物たちへと向けられる、類さんの暖かい視線はとても魅力的です。そこから紡ぎ出される言葉からは、自然と人間との望ましい共存のありかたが、押し付けがましさを伴うことなく読む者に伝わってくるように思いました。ネコ好きの端くれとしては、かつて飼っていたネコとのエピソードにホロリといたしましたねえ。
何より魅力的だったのは、しがらみや固定観念にとらわれることのない類さんの姿勢でした。そんな姿勢を表すようなこの文章が、とりわけ気持ちに沁みてきました。

「よく人生を登山になぞらえる。きっと、上り下りを繰り返しての道程がつきものだからだ。恒例となった高尾山ハイキングコースも、息苦しい樹林帯を抜けるとパノラマの視界となるピークへ立てる。周囲の峰々を一望すれば、高低さまざまなることに気付く。人の営みもしかり、勝ち組もあれば敗者もいる。自分の目指した頂きは、北アルプスのような華麗さなのか、それとも何の変哲もない里山だったのか。ま、それはどちらでもかまわないし、無理なルート変更などしなくていい。」

ついつい、ナニゴトかにとらわれながら、あくせくした生き方をしてしまいがちなわれわれオトナたちに、「理想の大人」としての生き方をさりげなく示してくれるような•••そんな一冊でありました。飲み歩くことだけではなく、そういう生き方も学びたいものだなあ。

慌ただしい今だからこそ噛み締めたい、二つのことば

2014-12-23 07:26:26 | よもやまのお噂
気持ちに余裕がなくなってきましたねえ、昨今のわたくしは。
暮れも押し詰まってくるとともに、心身ともに慌ただしさを増してきたように思います。当ブログの更新も思うようにいかずに滞りがちだったりいたします。
出版ギョーカイも年末年始は休みということで、今週いっぱいは怒涛のごとく雑誌が集中的に押し込まれてきますし、お得意先の多くも今週いっぱいで仕事納めだったりいたします。仕事のほうも忙しさのピークとなりそうな、勝負の週なのですよ、今週は。
きょうもこのあと出勤してお仕事をこなす予定ですし、あすあさっても当然、普段通りにお仕事であります。もう、祝日もクリスマスも「知らんがな」てな感じで(笑)。
あまりの慌ただしさに仕事で乗っている車への給油を忘れ、途中でガス欠起こしてスタンドから給油に来ていただいたりするという始末でありました(←掛け値なしの実話です。汗)。人生初ガス欠でしたわ。いやはや。

でも、そんな昨今だからこそ噛み締めたいのが、ツイッターで見かけた、この小池一夫さんのお言葉です。
https://twitter.com/koikekazuo/status/545111994387271682

「出来ない事ばかりを数えないで、出来る事を数える。やらないといけない事が山積みで、ついつい心の余裕を失いがちだけど、そういう時は、出来る事からどンどンこなしていく。出来る事をこなした後に、出来ないと思っていた事に手をつける余裕が出てくる。まあ年末は、悠々と急ぎましょう。」

ああ、これはほんと、励まされるお言葉ですね。
そう、いくら出来そうもないことで焦ったところで、出来ないことは出来はしないのですから、まずは出来ることを地道にこなしていくしかございませんよね。末尾の「年末は、悠々と急ぎましょう」ってお言葉も、いいなあ。

もう一つ、噛み締めておきたいことばは、やはりツイッターでさまざまなヒントを提供してくれている「ひらめきメモ」というアカウントからの、このことばです。
https://twitter.com/shh7/status/545718418981134339

「必要なのは、「楽しいことをする時間」を増やすことじゃない。「楽しいことを楽しみに待つ」時間を増やすことだ。」

これもまた、前向きになれるようなお言葉ですねえ。これから先に待っている「楽しいこと」を楽しみにすることで、今を乗り切る元気が湧いてくる•••。そのような循環を、意識的につくり出していくことが大切なんでしょうね。

というわけで、あと1週間ほどは慌ただしい日々が続くと思いますが、先に待っている楽しいことを思い浮かべつつ、前を向いて今週いっぱいを乗り切りたいと思います。
頑張れ、俺!年が明けたら温泉旅行が待っとるぞ(笑)。


別府の名大衆食堂にして名酒場だった「うれしや」の閉店を惜しむ

2014-12-21 23:11:29 | 旅のお噂
大分県の地元紙『大分合同新聞』のWebサイト。そこに掲載されていたこの記事をひょんなことから目にしたわたくしは、思わず「ええ~っ⁈」と声を上げてしまいました。

別府の食堂「うれしや」あす閉店 愛されて半世紀 - 大分合同新聞プレミアムオンライン(10月18日掲載の記事。リンク切れの節はどうぞご容赦を)

大分県の別府市、別府駅から程近い飲食店街の一角にあった、大衆食堂にして酒場でもあった「うれしや」というお店。開店からおよそ半世紀。地元の方々はもちろん、観光客からも親しまれ、愛されていた憩いの場であったその「うれしや」が、10月19日をもって閉店する、という内容でした。
今年3月の別府小旅行のおりに訪ね、大いに惚れ込んだ素敵なお店でありました。次に別府を訪ねるときにも絶対寄ろう、と思っていただけに、閉店のニュースはとてもショックでした。


わたくしがこのお店の存在を知ったのは、昨年のことでした。時代を感じさせる味わいのある外観と、ノスタルジックな店内風景の写真が、大衆酒場好きであるわたくしの琴線に触れました。その年の春に出かけた別府旅行の際に、ぜひとも立ち寄ろうと意気込んでいたのですが、あいにく店休日のため立ち寄ることはできませんでした。
そして、今年の3月。再び別府を訪れたわたくしは、ついに「うれしや」に立ち寄ることができました。


店の外からも見えるガラスケースの中には、刺身や煮物、サラダ、小鉢などのさまざまなおかずが並び、その中から取って食べた品はいずれも美味しいものでした。煮物は店員さんが温め直してくれたりもするという心遣いも、まことに嬉しく感じられました。
ガラスケースのおかず以外にも、壁やカウンターの上にずらりと張り出されたメニューがたくさんありました。大分名物「とり天」も、外はさくさく中はジューシーな逸品でありました。

料理の美味しさもさることながら、店内の雰囲気の良さにも魅了されました。
わたくしのような観光客はもちろん、地元の方々でほぼ満員状態だった店内は活気に満ちていましたが、そんな中で一人飲んでいる他所者のわたくしをも、暖かく包み込んでくれるような、実に居心地のよい極上の空間がそこにありました。
席を立ってお勘定をしてもらうと、けっこういろいろと飲み食いしたはずなのに2000円台の半ば程度で済んだので驚きました。こういうお店なら毎日でも通いたくなるだろうなあ、と大満足でありました。
「うまい、安い、居心地がいい」と三拍子揃った、まさしく名食堂にして名酒場だった「うれしや」。次の別府行きのときにも必ず立ち寄るつもりでいただけに、その閉店はまことに残念ですし、寂しいものがあります。

先の記事によれば、お店のご主人が今年で65歳になることから「区切りを付けようと」閉店することになったのだとか。「閉店当日まで別れを惜しむ常連客の予約でほぼいっぱいの状態」ともあって、最後の最後まで多くの人びとから愛されながらの閉店となったようです。そのことは、とても素晴らしいことのように思えました。
今はひとまず、「長い間お疲れさまでした。そして、嬉しい思い出をつくってくれて、どうもありがとうございました」と申し上げておきたいと思います。


何はともあれ、他所者のわたくしがいつまでも残念がっていても仕方がありません。
次に別府を訪ねるときには、またどこかで良いお店に巡り会えるよう、せっせと街を歩き回ることにいたしましょう。


(「うれしや」に立ち寄ったときのことは、拙ブログの「別府・オトナの遠足2014」第1回「老舗大衆酒場で惚れ酔い気分」という記事に詳しく記しました)