読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

別府→湯平湯けむり紀行(その3) 初上陸!湯平温泉の情緒あふれる雰囲気に魅了

2020-03-01 20:41:00 | 旅のお噂
旅行2日目の2月23日(日曜日)の午後。別府をあとにしたわたしは、大分駅から久大本線に乗り込みました。
郊外の住宅街から、のどかな山里へと移り変わっていく窓からの景色を眺めつつ、由布院行き各駅停車の列車に揺られること1時間。周囲を山に囲まれた湯平駅に到着いたしました。
降りたのはわたしのほかに男性が一人。駅の周りにはいくらかの住宅が見えるくらいで、あたりには静けさが漂っておりました。

小さな無人の駅舎を出ると、一台のワンボックスカーが止まっていて、その横に作務衣姿の男性が立っていて、わたしを迎えてくださいました。この日泊まる湯平温泉の宿「旅館 つるや隠宅」さんの方です。駅から温泉街までは歩くと1時間かかるということで、送迎に来てくださったのでありました。
わたしを乗せたワンボックスカーは、ところどころ曲がりくねった山道を通りながら、目的地である湯平温泉へと向かったのであります。ちなみに、わたしと一緒に降りたもう一人は、駅前で一台だけ待っていたタクシーに乗りこんで移動していったようでした。

湯平温泉は、温泉リゾート観光地として絶大な人気を誇る由布院から少し大分市寄りにある、静かでこじんまりとした山あいの温泉地であります。
およそ800年前の鎌倉時代に開湯されたといわれる長い歴史を持ち、江戸時代には温泉街として確立したという湯平温泉。かつては湯治場として全国的にその名が知れわたり、多くの湯治客で賑わいを見せていたといいます。昔の温泉番付においても、九州の温泉では別府に次いで第2位の入湯客を誇る〝西の横綱〟に位したこともあったほどの人気ぶりだったとか。また、俳人の種田山頭火や、漫画家のつげ義春さんが立ち寄ったこともあるほか、映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982年)のロケ地にもなっております。
現在では昔の賑わいこそ影をひそめたものの、約300年前に村民たちによって敷設された石畳の坂道や、温泉街を縫って流れる花合野(かごの)川が醸し出す風情が、旅好き温泉好きを惹きつけております。つい最近(2019年末)発表された、旅行雑誌『じゃらん』が運営するサイトの会員の投票による「全国温泉地満足度ランキング」の秘湯部門では、湯平温泉は堂々1位に輝いていて、訪れた人たちの満足度も高いようであります。
これまでわたしは、別府に毎年のように出かけているほかは、由布院や日田、日田のちょっと手前にある天ヶ瀬温泉には行ったことがあるものの、湯平にはまだ立ち寄ったことがございませんでした。今回、湯平初上陸ということで、期待に胸がふくらんでおりました。

今回湯平で宿泊する旅館「つるや隠宅」さんは、家族で営む全5室の小さなお宿。創業が明治時代という古い歴史を持つ一方で、ちょっと「萌え」系の公式キャラクター「電脳女将 千鶴」さんを前面に押し出し、Twitterアカウントで積極的に発信したり、ゲームなどとのコラボレーションを行なったりしているという、新しくチャレンジングな面もある面白いお宿だったりいたします。
温泉街に向かう車の中で、若旦那さんに「千鶴」さんの取り組みについて伺うと、このようなことをおっしゃいました。
「旅館はどこも、経営する側が高齢化していってますし、お客さんも高齢の方が多くなったりしてきてますから、歴史が古いというだけでは先が厳しいところもありまして・・・。なので、もっと若い人にも旅館に興味を持って泊まってもらえたら・・・ということで、やっているところなんですよ」
・・・ああ、たしかにそういう面はあるかもしれないなあ。今は旅館もいろいろ試行錯誤しながら、生き残りに向けて模索しているということなのでしょうね。
でも、湯平温泉は『じゃらん』の秘湯ランキングで1位でしたし、行った人たちの満足度は高いみたいですねえ、というと、こうおっしゃいました。
「ああ、あれは『じゃらん』さんが気を遣って分けてくれたんですよ。別府とか由布院あたりの有名なところと比べると、湯平の得票数はずーっと少ないですから(笑)」
・・・ナルホド、そういうことだったのか。まあいずれにせよ、小さくともキラリと光る温泉地にスポットが当たるのは、実にいいことではありますまいか。

湯平駅から10分ほど走って、車は湯平の温泉街へと入ってまいりました。両側に旅館などが立ち並ぶ石畳の坂道は、車一台がやっと通れるくらいの細さ。その坂道沿いに「つるや隠宅」さんがありました。

玄関に入ると、電脳女将・・・ではなく、正真正銘の女将さんが出迎えてくださいました。受付票に記したわたしの年齢を見た女将さん、「あら、わたしと同じくらい・・・かも」とおっしゃいました。おお、なんだかいきなり親近感。
通されたお部屋は、一人旅にもちょうどいい広さの6畳の和室。窓からベランダに出て見ると、そこには花合野川の流れが。「ザーッ」という瀬音も、耳に心地よく響いてきます。
いつもの旅行では、街場にあるビジネス系のホテルに泊まって、飲食は外でやるというパターンなので、ちゃんとした旅館に泊まるのはかなり久しぶりのこと。ああ、やっぱり旅館は落ち着くなあ・・・と、花合野川の流れに見とれつつ思ったのでありました。

しばし部屋でくつろいだあと、お風呂をいただくことにいたしました。こちらのお風呂は、ほかのお客さまが入っていないのを見届けた上で、30〜40分ほどの時間で貸切というかたちで利用することができます。
2種類あるお風呂から、まずは信楽焼の陶器風呂へ。浴室の壁の一角に窓が開いていて、そこからも花合野川の流れを目にすることができます。

頭と体を洗ったあと、陶器いっぱいに張られたお湯に入ってみると・・・あちちちちち。これはけっこうな熱さです。どうやらこの日最初の入浴がわたしだったようで、お湯は湧きたてといった感じでした。少しだけ水でうめ、ゆっくりと体を沈めます。・・・ああ、これは大丈夫。少し熱いくらいで支障なく浸かれます。花合野川の瀬音を耳にしながら、信楽焼浴槽で浸かる温泉・・・実にオツでいいものであります。
ふ〜〜〜っ、いまオレは湯平にいるんだなあ・・・そんな感慨が、お湯の温かさとともに体に染みわたっていったのでありました。
お風呂へ出入りするとき、ふと階段の踊り場にあたるところに目を向けると、ちょっと異色の空間が。

そこには、当旅館の公式キャラ「電脳女将 千鶴」さんのキャラクターデザインを手がけたゲームイラストレーター・有葉(あるふぁ)さんの色紙のほか、湯平温泉や「つるや隠宅」さんも登場する漫画『今日どこさん行くと?』(KADOKAWA)の作者である鹿子木灯さんの色紙(および、同漫画の単行本)などが展示されておりました。これらの作家さんや作品のファンにとっては、見逃せない空間といえましょう。
(実はわたしも『今日どこさん行くと?』を読んだのですが、なかなか楽しい作品でしたので、近々当ブログでも紹介記事を書く予定であります)
そういえば。「つるや隠宅」さんの玄関には、こういうものもございました。

全国各地の温泉で展開されている、温泉地域活性化のプロジェクト「温泉むすめ」。その一環として昨年(2019年)に誕生した湯平温泉のキャラクター「湯平燈華」(ゆのひらとうか)さんの等身大パネル、であります。個人的には黒いストッキングに惹きつけられますけれども(←そんなことは別に言わなくてよし)。

夕食までにはまだ時間があったので、湯平の温泉街を散策してみることにいたしました。
時刻は5時をまわったところ。温泉街に張り巡らされた提灯には明かりがついておりました。その下の石畳を、すでに入浴を済ませた泊まり客が浴衣姿で散歩したりしていて、まことにいい雰囲気を醸し出しております。
歩いて縦断しても10分もかからないような、こじんまりとした温泉街ではありますが、目にする光景の一つ一つがまことに味わい深いのです。古きよき温泉街ならではの情緒に、わたしはすっかり魅了されていました。
この石畳を、山頭火やつげ義春さんも歩いたんだなあ・・・そう思いつつ、坂道をゆっくりと行ったり来たりしながら、散策を楽しみました。





温泉街の中にある小さなギャラリーのような場所に入ると、そこには往時の湯平を写した写真の数々とともに、きれいなひな飾りが。それらがまた、興趣を誘ってくれました。



石畳の道からは、さらに細い路地がいくつか伸びていて、そこもまた味わいがありました。そんな路地の一角に、ネコさんたちが固まっているのを発見。こういう温泉町には、やっぱりネコがよく合いますねえ。

近づいて撫でてみようとしたのですが、3匹ともどことなくこちらを警戒しているようす。真ん中にいた子ネコさんに至っては、あきらかにこちらを避けるかのように後ろに退いてしまいました。
すまぬすまぬ、余計なコトはしないから、どうか幸せに暮らしておくれ・・・わたしは少々未練をいだきつつも、そーっとネコたちから離れたのでありました。

散策を終えて宿に戻ると、時刻は6時。さあ、お楽しみの夕食時間がやってまいりました。
1階の食事どころの個室に案内されると、テーブルの上には美味しそうなお料理がズラリ。どれもこれも美味しそうで、何から食べようか大いに迷いましたが、とにかくまずはグラスのビールを注文して、それを呑みつついただくことにいたしました。







大分のブランド牛・豊後牛のステーキ。地獲れの海の幸を使ったお刺身や天ぷら、お寿司。里芋のあんかけまんじゅう。鶏肉とゴボウの煮物。揚げた白身魚と野菜の甘酢ソースがけ。胡麻豆腐にサラダなど、全部で11品。それらをゆっくりと味わっていきました。
脂がほどよく入った豊後牛や、お刺身などの海鮮料理の美味しさもさることながら、ほくほくのお芋にトロッとしたあんがからむ里芋まんじゅうや、口に入れると香ばしさが広がる胡麻豆腐にも、大いに舌が唸りました。
注文したビールはたちまちなくなり、さらに麦焼酎を追加いたしました。日田市の蔵元がつくる琥珀色の麦焼酎で(銘柄を失念してしまいました・・・メンボクナイ)、豊かな味と香りに酔わされました。

このあとさらに、ご飯とお吸い物、そしてデザートのコーヒーゼリーまで出てきて、もうお腹もココロも大満足。正統派旅館の夕食の実力を、思う存分味わったのでありました。

夕食のあと、夜の湯平をふたたび歩いてみることにいたしました。
宿から外に出てみると、そこには思わずため息が漏れるような、素敵な光景がありました。






提灯のあかりと、宿の窓から漏れるあかりで、ほのかに照らし出れた石畳の坂道・・・。実際に目にした光景は、ここに上げた画像よりもはるかに美しく、幻想的なものでした。わたしは浮かされたように、温泉街をぶらぶらと歩きました。
夜の散歩のとき、温泉街にあるカフェ&バーか、午前中はパン屋で夜は味噌ホルモンと焼酎の呑み屋になるというお店のいずれかに寄るつもりでした。しかし、この夜はどちらも営業を終えていて、残念ながら立ち寄ることはできませんでした。仕方がありません。ここは散策に集中するといたしましょう。
石畳の道には、わたしのほかにも夜の散歩をしている方々がちらほらと。記念写真を撮っている親子連れあり、親しく語りあいながら歩いているカップルあり・・・みんなそれぞれに、この光景を楽しんでいるようでした。
この光景の中を歩くことができること自体、すごく幸せだなあ・・・そんなことを思いながら、坂道を幾度も行ったり来たりして、もう夢中で温泉街を歩き回りました。

その最中に、ちょっと嬉しい出会いが。坂道を登り切ったところにかかる「明治橋」という小さな橋のあたりで、一匹のネコさんがたむろしておりました。



(暗かったこともあって、上の画像ではあまりハッキリとは写っていないのが残念なのですが・・・)
このネコさんがとにかく人懐っこいヤツで、散歩する旅行客にしきりに近寄っては、愛嬌を振りまいているのです。
わたしも試しに呼び寄せてみると、さっそくすっ飛んできては体をすり寄せてくるもんだから、もうネコ好きのわたしはしばらく、そこから離れることができませんでした。・・・とはいえ、人懐っこいあまりときどき脚を噛んだりするのには閉口しましたけれども。首には首輪がはめられていたので、この近くで飼われているネコさんでしょうか。
こちらが立ち上がって行こうとすると、ちょこちょことついて来たりするのがまた可愛かったのですが、いつまでも構ってあげるわけにもいかず、名残惜しいのですがネコさんと別れることにいたしました。
ネコさんはしばし、戸惑ったかのようにウロウロしていましたが、そこに通りかかった別の旅行客に近づいていっては、また愛嬌を振りまいていたのでありました。

夢中で夜の湯平を歩きまわっていたので、少々脚が痛くなってまいりました。わたしは宿に戻り、もう一度お風呂に浸かることにしました。
今度は、少し広々とした岩風呂のほうへ。お湯の中で伸ばした脚をもみほぐしつつ、散策の疲れをゆっくりと癒しました。

畳敷きの部屋に敷かれていた布団にくるまって横になると、外を流れる花合野川の瀬音が、子守唄のように耳に入ってきます。
ああ・・・いまオレはたしかに湯平にいるんだなあ・・・。そんな感慨があらためて湧き上がってくる中で、わたしは気持ちよく眠りに落ちたのでありました・・・。


(最終回につづく)



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2 コメント

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Unknown (sy_banya ばん屋)
2020-03-01 23:20:46
こんにちは( ´ω`)ノ

湯平温泉へようこそ♨️
深く濃ゆい旅ができた様で私も嬉しい限りです。
お泊まりいただいた旅館の若旦那とは世代が違いますが仲良くさせていただいています。なかなかの好青年ですよね。
また機会がございましたらお待ちしております。
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Unknown (miyazaki8007kankodo)
2020-03-02 06:49:21
ばん屋さん、お読みいただきどうもありがとうございます!
宿泊したのが別の旅館で恐縮なのですが(汗)、湯平温泉は本当に居心地のいい場所でしたし、これならもっと早く行っておけばよかった・・・と後悔しております。
ぜひ、また機会をつくってお邪魔させてくださいませ!
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