読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【わしだって絵本を読む】『まっくろ』 子どもたちの想像力と個性の大切さを訴える、名作CMの絵本化

2021-11-28 07:33:00 | 本のお噂


『まっくろ』
高崎卓馬・作、黒井健・絵、講談社(講談社の創作絵本)、2021年


図工の時間。クラスのみんなが普通の絵を描く中で、一心不乱に画用紙全体を黒く塗りつぶしている男の子が。戸惑い、心配する周囲の大人たちをよそに、男の子は来る日も来る日も「まっくろ」な絵を描き続ける。やがてそれらが集められたとき、見えてきたのは・・・。

公共広告機構(現・ACジャパン)創立30周年CMとして製作され、2001年から翌年にかけて放映されるや大反響を呼び、内外から高く評価された秀作「IMAGINATION/WHALE」を、CMを手がけたクリエイティブ・ディレクターである高崎卓馬さんご自身が絵本化したものです。
(元となったCM自体も素晴らしい作品ですので、ぜひこちらでご覧になってみてください。→ https://youtu.be/SNv4hBbu8K4
絵を手がけたのは、数多くの絵本で人気のある黒井健さん。CMにおけるインパクトある表現とは異なった、どこか静謐なトーンで描かれた絵が魅力的です。
そして、子どもの想像力が世界を豊かなものにする、ということを示してくれる、 CMとはちょっと違うラストには、なんだか目頭と胸が熱くなってきました。

CMを見たときと同様に、この『まっくろ』を読んでいるときにも、わたしは主人公の男の子に激しく感情移入しておりました。子どものときから、他者に意思や感情を伝えるのがあまり得意ではなかったわたしも、自分の考えや思いが誰にも理解されないまま、もどかしさと孤独感を覚えたことが、もう何度も何度もありましたから。
しかし、それとともにある種の罪悪感のような思いも湧いてまいりました。大人の貧弱な想像力ではとてもかなわないほど、スケールの大きな想像力と豊かな個性を持っている子どもたち。なのに、それを理解できないまま(あるいはハナから理解しようともせずに)自分たちの狭い視野の考え方や常識を押しつけては、知らず知らずのうちに子どもたちの想像力と個性を押しつぶしてしまっているのではないか・・・と。

「自分の思いを好きなように出していっていいんだよ」と、子どもたちの背中を押してくれるとともに、その子どもたちのスケールの大きな想像力と豊かな個性を尊重し、それらをのびのびと伸ばしていくことの大切さを、わたしたち大人の心にも訴えかけてくる、力のある絵本です。



『言論統制というビジネス』 語られざる新聞の黒歴史から見えてくる、戦時中と変わるところのない日本メディアの本質

2021-11-26 06:44:00 | 本のお噂

『言論統制というビジネス 新聞社史から消された「戦争」』
里見脩著、新潮社(新潮選書)、2021年


これまでずっと「軍部による言論弾圧の被害者」として語られることの多かった新聞メディア。しかし、実は新聞業界が自ら積極的に戦時統制を推し進めて言論の自由を狭め、一致して戦争を煽ることで利益を上げて生き残ってきた・・・という事実を発掘し、検証した一冊です。
時事新報社の記者からメディア史の研究者に転じた著者・里見脩さんは、数多くの史料や証言にあたりながら、「上からの統制と下からの参加」によって進んでいった言論統制の実態を、丹念にあぶり出していきます。

本書の軸として取り上げられているのが、戦時中の国策通信社「同盟通信社」の社長だった、古野伊之助という人物です。古野は内閣情報局から補助金を受け、国策遂行のためのニュース配信を進めるかたわら、新聞業界のみならず通信社、さらには映画業界の統合、統制にも深く関わったりするなど、戦時のメディア統制に深く関わりました。
その古野を軸として、本書は戦時中の新聞メディアが辿った言論統制の過程を、興味深いエピソードを織り込みながらも抑えた語り口で提示していきます。古野が推し進める新聞の統合に反発した読売新聞の正力松太郎との対立劇。「満州国」における新聞統制の経験が、日本における言論統制にも活かされたという事実。各都道府県の新聞社が統合され「一県一紙」という現在の形になるまでの紆余曲折・・・。
この本に盛り込まれた新聞の黒歴史の数々には、読んでいてあぜんとさせられるばかりでありました。たとえば朝日新聞は自らの社機で陸軍の索敵行動に参加したり、兵器の献納運動を「真っ先に、且つ大規模に展開した」り・・・。かくもあからさまな形で戦争に協力しておきながら、よくぞ戦後になって「平和を愛する良心的新聞」みたいなスタンスをとれるもんだなあ、と呆れるばかりであります。
戦意高揚を煽ることにより、新聞は部数を伸ばして多大なる利益を得ることとなりました。朝日新聞や毎日新聞はもとより、後発だった読売新聞も大躍進しましたし、統制によって全国紙の地方進出が抑えられたことで地方紙もまた、「統制特需」ともいえる恩恵を受けることとなりました。まさしく「戦争は新聞を肥らせる」(本書のプロローグより)のです。

戦時中の言論統制の産物として生み出されたさまざまなものが、現在の新聞業界にそっくり繋がっているということも、本書で知ることができました。記者クラブ制度もそのひとつです。
もともと記者クラブは明治期に、日清・日露両戦争において戦争支持の世論形成のために新聞の利用を意識した政府側と、「情報の仕入先」の開設を望んだ新聞側との「利害の一致」のもとで始まったといいます。そして太平洋戦争時、新聞メディア自身による統制団体「日本新聞会」によって行われた記者クラブの再編により、記者たちは自ら動くこともなく「ただ発表を待つ」だけの横着な存在に堕してしまうことになります。現在もことあるごとに指摘されている記者クラブ制度の弊害は、すでにこの時から始まっていたというわけです。
現在も続いている新聞社の多くもまた、「一県一紙」を目指した戦時統制のもとで統合されたことによって生み出されました。日本経済新聞や産経新聞、東京新聞、さらには中日新聞や北海道新聞、西日本新聞などの大半の地方紙・・・。
とりわけ地方紙は、統合によって資本力が強化されて経営基盤を確立できた上、用紙やインクも安定供与されるなどの「特権」を享受することもできました。にもかかわらず、多くの地方紙の社史は「特権」享受の事実には言及せずに、自らを言論統制の「被害者」の立場に置いて、圧迫だけを強調する記述にとどまっているのだとか。これもまた、実にいい気なもんだなあと呆れざるを得ません。
今の新聞メディアの構造と病理は戦時体制から生み出され、現在へ繋がってきているのだということが、本書を読むことでよくわかりました。

進んで国家と結び、「もたれ合う」関係を形成し、それによって特権を享受し、組織の維持、拡大を図ろうという意識・・・。そのことを緒方竹虎(朝日新聞の副社長から内閣情報局の総裁に収まり、古野とも親しい仲だった)は戦後になって「新聞資本主義」という言葉で表現しました。本書の著者である里見さんは、この「新聞資本主義」が「現在においても五輪報道やコロナ禍報道などで繰り返されていると感じる」と指摘します。
思えば、朝から晩まで新型コロナがらみの報道一色となった、昨年から今年にかけての新聞やテレビ(いうまでもなく、ほとんどのテレビ局は新聞とも資本関係で繋がっています)の状況は、なんとも異様かつ異常としか言いようのないものでありましょう。「新規感染者数」が毎日毎日、それこそ大本営発表のごとくいまだに繰り返し報じられ、「自粛」や「新しい生活様式」による「コロナとの戦い」も声高に叫ばれ続けています。
あたかも、戦って殲滅すべき敵を「鬼畜米英」から「新型コロナ」に変えたかのように思える、新聞やテレビの異様な過熱気味の報道ぶりも、「新聞資本主義」意識に基づく戦時体制下のメディアの延長線上にあると考えれば、さもありなん、と頷かざるを得ません。
五輪報道も然り。開催前はさんざん、コロナ騒ぎを理由に五輪開催を批判的・否定的に報じておきながら、いざ開催されるや「感動をありがとう」的な五輪報道一色。かくも節操の欠けたメディアが、ジャーナリズムがこうの「言論の自由」がこうのと、よくぞ言えるものだと呆れるばかりです。
本書のエピローグで、里見さんはこう記しています。

「戦時期は異常で特異な状態にあった。しかし、その極限状態で行われたことは、現代と無縁ではなく、むしろそこに現代の日本メディアの体質が凝縮されていると見るべきではないか。歴史は、終戦を境に断絶しているのではなく、継続しているのである」

戦時期のような異常で特異な状態が断絶することなく、現在の日本メディアの体質として凝縮されている・・・。そうであるならば、そのようなメディアが流すニュースを無批判なまま鵜呑みにしていいのかどうかを、受け手であるわたしたち一人一人が冷静になって考える必要があるのではないか・・・そう思うのです。

語られざる新聞の歴史を発掘し、事実を提示して検証することで、現在のメディアの本質と報道姿勢、そしてその受け手であるわたしたちのメディアとの向き合い方をも鋭く問いかける、労作にして良書だと申し上げていい一冊でありました。
とはいえ、自分たちに都合の悪いことは言わない書かない載せない新聞メディアが、このような本を取り上げることは、まず期待できないことでありましょう。なのでせめて、こういう場で一人でも多くの方々に広まってほしいと願います。

【第27回宮崎映画祭観覧記】(といっても観たのは3本だけだったけど・・・)

2021-11-24 19:21:00 | 映画のお噂
11月19日の夜から3日間にわたり、宮崎市の宮崎キネマ館を会場にして開催された、第27回宮崎映画祭。上映された全11作品のうち、わたしは20日夜から翌21日にかけて(3本だけですが・・・)鑑賞してまいりました。


宮崎の熱心な映画ファンの皆さんの尽力により、1995年の第1回から、毎年欠かすことなく開催されてきた宮崎映画祭。ですが、昨年(2020年)はコロナ騒ぎのせいで開催されず、今年の1月に開催できた第26回のときには、「感染者」数の増加を理由にした宮崎県独自の「緊急事態宣言」とやらが出されたことにより、開催こそされたもののごくごく限られた入場者数で終わってしまう結果となってしまいました。
今回の宮崎映画祭は、これまで9日間にわたっていた会期を3日間に絞り、移転してリニューアルした宮崎キネマ館が会場・・・と、まさしく仕切り直しの映画祭となりました。
会期中上映されたのは、以下の11作品です。

『スパイの妻《劇場版》』(2020年 日本)
 監督=黒沢清 脚本=濱口竜介・野原位・黒沢清 出演=蒼井優・高橋一生・東出昌大
『蛇の道』(1997年 日本)
 監督=黒沢清 脚本=高橋洋 出演=哀川翔・香川照之
『蜘蛛の瞳』(1998年 日本)
 監督・脚本=黒沢清 出演=哀川翔・ダンカン・大杉漣
『地獄の警備員 デジタルリマスター版』(1992・2020年 日本)
 監督=黒沢清 脚本=富岡邦彦・黒沢清 出演=久野真紀子・松重豊・長谷川初範・大杉漣
『親密さ』(2012年 日本)
 監督・脚本=濱口竜介 出演=平野鈴・佐藤亮・伊藤綾子・田山幹雄
『残菊物語』(1939年 日本)
 監督=溝口健二 脚本=依田義賢 構成=川口松太郎 出演=花柳章太郎・森赫子・高田浩吉
『雨月物語』(1953年 日本)
 監督=溝口健二 脚本=川口松太郎・依田義賢 出演=京マチ子・森雅之・田中絹代
『近松物語』(1954年 日本
 監督=溝口健二 脚本=依田義賢 出演=長谷川一夫・香川京子・南田洋子
『白い肌に狂う鞭』(1963年 イタリア・フランス)
 監督=マリオ・バーヴァ(ジョン・M・オールド名義) 脚本=ロベール・ユーゴーほか 出演=クリストファー・リー、ダリア・ラヴィ
『呪いの館』(1966年 イタリア)
 監督=マリオ・バーヴァ 脚本=マリオ・バーヴァほか 出演=ジャコモ・ロッシ=スチュワート、エリカ・ブラン
『ウィッカーマン final cut』(1973・2013年 イギリス)
 監督=ロビン・ハーディ 脚本=アンソニー・シェーファー 出演=エドワード・ウッドワード、クリストファー・リー

19日夜のプログラムは、世界的にも高い評価を得ている映画監督で、つい最近紫綬褒章も受章された黒沢清監督をお迎えしての「黒沢清の映画塾」第一夜でした。上映されたのは、イタリア怪奇映画の巨匠、マリオ・バーヴァ監督の代表作である『白い肌に狂う鞭』。
残虐な性格ゆえ、城主一族から忌み嫌われている男。彼は何者かに刺し殺されるものの、やがて幽霊となって、かつて愛し合いながらも今は弟の妻となった女のもとに現れ、その肌に鞭をふるう・・・という、恐ろしいゴシックホラーにして妖しいラブストーリー。稀代の怪奇映画役者、クリストファー・リーの名演と、光と影を効果的に使った映像構成で、一気に物語の世界に引き込まれました。
上映後のトークでは、黒沢監督が小学校4年にして(!)この映画の虜となったときの思い出話をはじめ、1960年代の世界的なホラー映画ブームの中におけるこの映画の位置付けなどが語られました。同じ時期に日本で製作された東宝の特撮怪奇映画『マタンゴ』(1963年)についても触れた黒沢監督は、恐怖映画のセオリーに沿った演出に徹した本多猪四郎監督の手腕はもっと評価されるべき、と力説されました。
このお話を聞いたわたしはあらためて『マタンゴ』が観たくなり、後日久しぶりにDVDで再見いたしました。孤立した無人島に閉じ込められ、人間不信になって諍い合いながら、一人また一人、人ならぬキノコ生物と化していくストーリーは、まさにコロナ騒ぎで人心が荒み、壊れていく現在の世の中とも重なって、すごくリアリティを感じました。この作品もまた、いま観直されるべき映画だと言えるでしょう。


黒沢監督のお話は実に興味深く、また愉しく聞くことができました。海外の映画祭でも注目される、現代日本を代表する映画監督でありながら、こういう地方の小規模な映画祭に(それも何度も)足を運んでくださる黒沢監督には、もう敬意と感謝しかございません。
映画が終わったあとは、繁華街にある馴染みのバーに立ち寄り、映画の余韻とこのお店自慢のビーフシチューとともに、ゆっくりグラスを傾けました。


この夜の宮崎市の繁華街は多くの人で賑わっていて、このお店もカウンターいっぱいのお客さんが憩っておられました。良きこと良きこと。

そして21日は午前中から、黒沢清監督の作品を2本、立て続けに鑑賞いたしました。
まずは『地獄の警備員』。兄弟子とその愛人を殺害しながら、精神鑑定で無罪放免となった元力士の警備員が、配属されたばかりの総合商社のビル内で、次々と残虐な殺戮を重ねていく・・・というホラー映画の秀作です。製作したディレクターズ・カンパニーが休眠会社になったことに伴い、長らく「封印」状態だったものの、昨年29年ぶりにデジタルリマスター版として蘇り、再公開されました(今回、入場特典としてポストカードをいただきました)。




殺人鬼の警備員を演じるのは、これが本格的な映画デビューとなった松重豊さん。大きな体にマントを羽織り、のっしのっしと歩きながら無表情かつ無慈悲に、一人また一人と血祭りあげていくさまが大迫力で圧倒されました。また、久野真紀子(現・クノ真紀子)さん演じるヒロインの上司役で登場する大杉漣さんの怪演ぶりも、まことにお見事でありました。
長谷川初範さんの役どころは、会社の実力者然とした人事部の人間。はじめはどことなく嫌味ったらしい感じだったのが、終盤では実にヒロイックな活躍を見せてくれます。さすがは僕らの矢的先生!(←わかる人にはわかりますよね)

そしてもう1本の黒沢監督の作品は『蛇の道』。誘拐され無惨に殺された娘の復讐に取り憑かれた男と、それに手を貸す謎の男が真犯人を追っていく・・・という復讐劇で、大映(現・KADOKAWA)のVシネマとして製作された作品です。
娘の復讐に取り憑かれた男を演じるのは香川照之さん、そしてそれに手を貸す謎の男を演じるのは哀川翔さん。名優お二人の演技と、単純な復讐劇では終わらない意表を突いたストーリーで、大いに楽しみながら観ることができました。
本作と、続いて上映された姉妹篇『蜘蛛の瞳』は、デジタル上映が当たり前となった現在ではほとんど見られなくなってしまった、35ミリフィルムでの上映でした。開映前に映画祭スタッフの計らいで、フィルムのテスト風景を拝見することができました(撮影OKということだったので、しっかり撮らせていただきました)。


フィルム技師は福岡からやって来られた方とのことで、映画祭スタッフの紹介を受けて観客から拍手が上がると、ちょっと照れくさそうにお辞儀をなさっておられました。お疲れ様でした!

映画を観る環境としては決して恵まれているとは言い難いわが宮崎県。そんな中でもこの宮崎映画祭は、普段あまり観ることのないジャンルの作品や、存在は知っていても観る機会がなかった作品と出会える貴重な場となってくれています。
ですが、昨年から今年にかけてはコロナ騒動による混乱もあって、映画祭の開催には何かと困難さも伴ったこととお察しします。そういった困難を乗り越えて、開催を続けてくださっている映画祭スタッフの皆さんにもまた、敬意と感謝の念しかございません。本当にありがとうございます。
次回以降の映画祭にも、時間の許す限り足を運びたいと思っております。

【ブログ再起動の弁】生きにくい世の中を、少しでも賢く、そして楽しく生きていくために・・・。

2021-11-23 21:06:00 | お知らせ・PR
前回ブログをアップしたのが5月9日。それから随分長いこと、当ブログから遠ざかってしまっておりました。
今回、およぞ半年以上更新しなかった当ブログを「再起動」するにあたり、思うところをお話することにいたします。

半年以上にわたってブログを更新しなかった理由のひとつは、文章を綴って他者に何かを伝えることに、やりがいと意味を見いだせなくなっていたこと、です。
この2年近く、日本社会は新型コロナに対して過剰なまでに反応し、冷静さを失った錯乱状態がずっと続いてきました。「感染者」の増加がマスコミなどでセンセーショナルに伝えられるたび、「緊急事態宣言」やらによる「自粛」が政府や自治体から発せられ、旅行やレジャー、映画館での映画鑑賞、そして酒場で美味しいお酒と食べものを味わうといった、人間らしい豊かな楽しみと潤いを精神にもたらしてくれる機会は、「感染拡大防止」という大義名分のもとでことごとく、問答無用に奪われました。
そして、コロナの脅威と恐怖が過剰に煽られるなかで人びとは疑心暗鬼に陥り、人と人とのつながりや「絆」の多くが失われることとなりました。この2年近くのあいだに、日本の社会はすっかり壊れ、息苦しいものとなり果てました。
このような社会のありように加え、コロナ騒ぎによって直接間接に影響を受けることとなった自分自身の仕事の現状が、わたしの精神にも知らず知らずのうちに、負の影響を及ぼしていたように思います。
このような世の中でなにかを発信したところで、たいして意味はないのではないか・・・そんな思いがだんだん強くなっていき、まとまった文章を綴っていく気力と自信がすっかり失われてしまっておりました。それが、半年以上ブログを更新しなかった理由のひとつです。
そしてもうひとつの理由は、長く更新しなかったためにブログにログインできなくなり、そのことが再開する上での心理的なハードルとなってしまっていた・・・という、まことにくだらない理由であります。くだらない理由ではありますが、どちらかというと第一の理由よりもファクターとしては大きいかもしれません(苦笑)。

そんなわたしが、またあらためてブログを「再起動」することにしたのか。これは三つの理由からです。
まずは、長いあいだまとまった文章を綴っていなかったことで、もともとたいしたものでもなかったオノレの文章力が確実に衰えてきたのを感じ「これはマズい・・・」と思ったことがひとつ。
ふたつめは、気力と自信こそ失ってはいたものの、文章を綴りたいという思いだけはどこかにあった、ということです。されば、ことさら他者になにかを伝えようとするよりも、自分自身がこの世の中で少しでも賢く、そして楽しく生きていくための手段のひとつとして、ブログを綴っていけばいいのではないか・・・そう考えたのです。
そして最後の理由は、ログインできなかったブログにログインできるようになった、というもの。これもまた実にくだらない理由なのですが、再開する理由としては決して小さくないものがありました(またも苦笑)。

なにはともあれ、あまり肩肘張ってまたも更新できなくなってはなんですので、これまでよりも肩の力を抜いて、自分のペースで続けていければと思っております。生きにくい世の中を、少しでも賢く、そして楽しく生きていくために。
こんなふつつか者のわたしではございますが、お付き合いいただける皆さま、あらためてどうぞよろしくお願い申し上げます。