読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

別府→湯平湯けむり紀行(その2) お楽しみの別府呑み歩き、そして久しぶりの亀川温泉

2020-02-29 16:27:00 | 旅のお噂
浜脇温泉をあとにして、再び別府の中心街へと戻ってまいりました。わたしは、別府での宿泊先である「別府ステーションホテル」にチェックインしました。
名前の通り、別府駅の目と鼻の先に位置していて、繁華街にも極めて近いという、立地良好で値段はリーズナブルなホテルであります。で、ここの玄関脇にもしっかり〝手湯〟があったりいたします。

チェックインをすませて部屋に入ると、さっそく大浴場に移動して、この日5回目となる(笑)入浴を。むろん大浴場も天然温泉であります。別府では、ハイクラスの旅館やホテルはもちろんのこと、リーズナブルなビジネス系ホテルも天然温泉装備というのが嬉しいですねえ。

さあ、いよいよお楽しみの別府呑み歩きがやってまいりました。・・・ですがその前に、路地裏の名湯として知られる共同浴場「梅園温泉」に立ち寄って、またもひとっ風呂浴びました。
大正5(1916)年にできて以来、100年近くの歴史を持つ共同浴場ですが、2016年4月の熊本・大分地震のときに旧建物が被害を受け(本震のとき、別府でも震度5〜6に及ぶ強い揺れがありました)、一度は取り壊され更地となってしまいました。ですが、地元のみならず全国からの支援を受けて、2年後の2018年12月に見事再開の運びとなりました。
たくさんの飲食店が立ち並ぶ繁華街にある「梅園通り」の中ほどから伸びている、クルマも通れない細〜い路地に沿って立つ「梅園温泉」。真新しくなった建物の横には足湯も設けられております。


入り口におられるはずの係りの人に挨拶して入ろうと思ったら・・・見回りのため留守、とのことだったので、お金入れに入浴料の300円を入れて中へ。浴室に入ると、地元のご常連と思しき方が「こんにちは〜」と挨拶してくださいましたので、わたしも慌てて挨拶を返し、お湯に浸かりました。浴槽はこじんまりとしていますが、それほど熱々でもないお湯がなみなみとたたえられていて、ゆったり気持ちよく浸かれます。ふ〜〜〜〜〜っ、これは極楽じゃ、極楽じゃ。
「遠くから来なすったんですか?」
先客のおじさんが話しかけてこられたので、宮崎からやってきたことを伝えながら、ここのお湯はちょうどいいくらいの温度ですねえ、などと申し上げると、おじさんはこうおっしゃいます。
「そうですか。でもワタシらにはちょっとぬるいくらい、ですかねえ。ここ5日ほどはずっと、ぬるい状態が続いちょりますね」
・・・ああそうか。わたしにとって入りやすい温度は、やはり地元のご常連からすれば、いささか物足りないようですねえ。聞けば、源泉の状態は日によって変わり、同じ浴場であっても熱いときもあれば、ぬるいときもあるのだとか。
別府はこうやって街のあちこちに温泉があって羨ましいですね、と申し上げると、おじさんは言いました。
「そうですねえ。・・・でも、どこも維持するのはけっこう大変なんですわ。ここも再建するのに寄付だけでは足りないから借金してますし、係りの人も掛け持ちのボランティアなんですわ。入浴料だけでやっていくのも大変じゃからですねえ」
・・・ああ、なるほど。入り口の係りの人が留守だったのはそういう理由だったのか。別府の温泉文化を支えている共同浴場も、なかなか大変なんだなあ。今年の秋から、入浴料金がいくらか値上げされるという話を聞きましたが、そういう大変な状況ではやむを得ないのかもしれません。
「今よりももっと多くの人が利用するようになればいいんだけど、若い人はなかなか利用したがらんですもんね」おじさんはそうおっしゃったあと、「どーれ・・・では、お先に失礼します」と浴室をあとにされました。
こういう居心地のいい空間はこれからもずーっと残ってほしいし、若い人たちがこういう共同浴場にもっと関心を向けてくれたら何より、だよなあ・・・わたしはそんなことを思いつつ、しばらくお湯に浸かっておりました。

梅園温泉でしっかり温まったあとは、いよいよ吞み屋街へと出陣であります。まず最初に、居酒屋「美乃里」に立ち寄りました。
8人がけのカウンターに、小上がりには4人ほどが座れるテーブル2台、というこじんまりしたお店で、客層の多くは地元のご常連さん。メニューには大分の郷土料理「とり天」や「りゅうきゅう」(魚の切り身をタレに漬け込んだもの)があるものの、ことさら郷土料理を売りにしているわけでもなく、ごく普通の家庭料理や居酒屋料理を美味しく、そしてリーズナブルに食べさせてくれるという、わたしの別府お気に入りのお店であります。
5時半のオープンとほぼ同時に入店し、まずはカウンターの上に並んださまざまな大皿料理をチェック。その中からポテトサラダとサバの煮付けを選んで、お昼に続いてこの日2回目となる湯上がりの生ビールを。

ポテサラには余計なものは一切なく、きゅうりや人参、玉ねぎ、玉子という定番の具のみですが、味つけがしっかりしていて、お酒のアテにも十分合います。サバの煮付けは、少し辛めの煮汁がサバの旨味を引き立てていて、これはお酒はもちろん、ご飯もぐいぐい進みそうであります。お湯上りのカラダにまたも、つめた〜い生ビールが染み渡っていって、これまた極楽じゃ、極楽じゃ〜。
生ビールをたちまち呑み干したあとは、大分麦焼酎のお湯割りを。スッキリした呑み口がまことに心地いいのであります。

開店から30分を過ぎる6時頃になると、すでに店内はお客さんでいっぱい。いずれも地元の馴染み客といった感じです。仕事を終えた勤め人のグループもあれば、子どもさんを含むご家族連れ、ご夫婦二人連れ、親しい友だち同士・・・それぞれが会話に花を咲かせながら、美味しいお酒と料理を楽しんでおられます。この雰囲気がいいんですよねえ。
わたしはさらに、カウンター正面に下がっている「本日のおすすめ」を記したホワイトボードから、手羽先の唐揚げを注文いたしました。

こちらもオーソドックスな味付けが鶏の旨さを引き立てていて、しっかり骨までしゃぶっていただきました。
もう1〜2品いただこうとも思ったのですが、ご主人をはじめとするお店の方々はかなり忙しそうでしたし、店内が満員で入れないお客さんもいたりしていて、あまり長居するのも気がひけました。ということで、今回は早めに切り上げることにいたしました。ほかにもいろいろと美味しそうなメニューがあるので、次に来るときはそれらもゆっくりと味わうことにしたいと思っております。

「美乃里」を出たあと、しばし別府の盛り場をぶらぶらと散策。別府の盛り場は、細くて味わいのある路地があちこちに伸びていて、そこを歩き回るのがまた楽しいんですよねえ。







盛り場はそれなりに賑わっているように見えましたが、週末にしてはいささか、人出が少なめのような感じもいたしました。もしかしたら、それも新型コロナ騒ぎの影響だったのでしょうか。

しばらくぶらぶらしたあと、こちらも別府お気に入りのお店であるバー「オードビー」へ。開業から40年となる老舗のバーで、店内は落ち着いた大人の雰囲気。開店当初からのものという使いこまれたカウンターが、歴史を感じさせてくれます。
とはいえ、熟練のバーテンダーであるマスターさんも、その娘さんであるママさんも実に気さくな方で、気取らずにくつろぐことができます。一年に1回しか来ないわたしのこともしっかり覚えてくださっていて、ありがたいのであります。
ここに来るとまず飲みたいのが、別府八湯(別府、浜脇、鉄輪、観海寺、明礬、亀川、柴石、堀田の8ヶ所)をイメージした、ご当地の麦焼酎がベースのオリジナルカクテル。翌日に亀川温泉へ行く予定でしたので、まずは「Kamegawa」を注文。ミントとライムの爽やかさが際立っていて、お口直しの一杯にも最適な美味しさです。

続いては、午後に訪れた浜脇温泉をイメージした「Hamawaki」を。こちらは、かつて遊郭もあった浜脇の歴史に想いが広がるような、まったりとしたオトナの味わいであります。そのあとは、スコッチウイスキーの水割りをちびちびと呑みながら、ゆっくりと過ごしました。
老舗のバーということもあって、こちらもお客さんの多くはご常連の方々。それらの皆さんと、ひょんなことから会話に花を咲かすことができるのも、このお店の楽しいところであります。この夜は、熊本から夫婦で来られていたお医者さんから、いろいろと楽しいお話を聞くことができました。
このお医者さん、かなりのウイスキー通のようで、バーボンをクラッシュアイスで飲むとなぜ美味しいのか、といったことから、スコッチは水割りで飲んでもあまり美味しくはない(・・・ギクッ)といったことなどを、実に熱く語っておられました。そして、「そういったことを全部心得ているので、ここのマスターは本当に信頼できるんですよ」とおっしゃるのです。もしかしたらこれは、バーテンダーとしては最高の褒め言葉かもしれないなあ・・・そう思いました。
お医者さんはさらに、昨今の新型コロナウイルスの流行についても、医学的な見地から冷静な説明をしてくださいました。過剰な反応による社会不安が蔓延していることもあり、これはまことにありがたいことでした。
お医者さんは帰りがけ、わたしに名刺を差し出した上で「熊本に来たらお声がけを」とおっしゃってくださいました。またお会いして、いろいろと教わりながら飲むというのも楽しいだろうなあ・・・と思いました。どうもありがとうございます。
新たな出会いがあったり、ママさんからは美味しそうなお蕎麦屋さんを教えてもらったり・・・と、今回も嬉しい収穫とともに、別府の夜を過ごすことができました。

もう長いこと、呑んだ後の締めのラーメンを封印してきたわたしですが、この夜はなんだか無性にラーメンが食べたくなりました。ということで、最後に「やなぎ屋ラーメン」に立ち寄りました。といっても、以前のようにたっぷり食べたわけではなく、注文したのは大・中・小とある中から控えめに「小」。あっさりしながらも旨味のあるスープと相まって、無理なくお腹に収まったのでありました。


旅行2日目、2月23日(日曜日)の朝。宿泊していたホテルで朝食を食べ、チェックアウトを済ませたあと、路線バスに乗り込んで亀川温泉に向かいました。
JR亀川駅で降り、道路をはさんで向かい側のほうに目を向けると、亀川温泉のアーチ型看板がかかっております。

別府市の北部、海に近い場所に位置している亀川温泉。かつては多くの旅館が立ち並び、大いに賑わっていたそうですが、現在は旅館が3軒あるほかは、いくつかの共同浴場が点在するのみで、全体に静かな住宅地といった感じです。別府八湯の中では地味な存在ではありますが、それだけに(初日に訪れた浜脇温泉同様)地元の方々の生活の息づかいが身近に感じられて、なかなか味わいのあるエリアであります。
わたしはまず、亀川温泉を代表する共同浴場「浜田温泉」で朝風呂ということにいたしました。

こちらも古い歴史を持つ温泉なのですが(発見されたのは明治30年ごろとか)、現在の建物は2002(平成14)年に建てられたわりと新しいもの。入り口にはスロープが設けられているなど、バリアフリーに配慮した設計になっています。
中に入ると天井が高く、浴槽も広めでなかなかの開放感。お湯に入ると最初は熱く感じられたものの、しばらく浸かっているとそれほどの熱さでもない、ちょうどいい温度に感じられるなりました。「ふ〜〜〜っ、いいわあ」と思わず声が漏れました。いやはやこれは、気持ちいい朝風呂になるなあ。
もっとも、一緒にお湯に浸かっておられた地元の常連さんたちは、「ああ、こりゃぬるい」「ここしばらくはずっとぬるいわ・・・いやーぬるい」などとしきりにおっしゃっていました。どうも、やはり地元の皆さんには物足りない温度のようでありました。
ここもまた、地元の皆さんの良き社交場となっているようで、「おはようございます」と挨拶を交わしたあと、思い思いに会話をしながらくつろいでおられました。

「浜田温泉」の真向かいにも、なかなか風格ある建物が立っています。「浜田温泉資料館」です。

1935(昭和10)年に建てられ、一度は取り壊された旧浜田温泉の建物を、篤志家の男性と、その遺志を継いだ妻からの寄付を得て当時のまま再現し、資料館としたものです。
外観はもちろんのこと、内部も当時のままに復元されています。そこには浴室だけでなく「むし湯」のあともあったりして、一昔前の温泉文化の一端が垣間見えます。
また、昔の別府八湯のようすを記録した写真の数々や、観光パンフレットなどの資料も展示されていて、往時の別府の繁栄ぶりに想いを馳せることができます。



入り口のところにおられたボランティアと思しき係りの女性は、内部構造の説明をしてくださったのみならず、お茶とお菓子をすすめてひと休みさせてくださいました。どうもありがとうございました。

浜田温泉から歩くことしばし、ちょっと懐かしい雰囲気の亀川商店街の中にある共同浴場「亀陽泉」(きようせん)で、この日2回目となる入浴を。ここも、明治時代から続く歴史のある温泉であります。
以前、亀川温泉を訪れたおり、この亀陽泉にも立ち寄ったことがありました。そのときの記憶を頼りに今回再訪してみたのですが・・・来てみるとビックリ。

2階建てで少々無骨さを感じさせた建物は一新され、バリアフリーで利用しやすくなっていて驚きました。受付におられた係りの女性に訊いてみたところ、「4年前に建て替えたんですよ」とのこと。
浴室に入ると、こちらも広くなっていて利用しやすい感じです。以前来たときは浴槽は一つで、それもかなり熱かった記憶があるのですが、新しくなった浴槽は〝あつ湯〟と〝ぬる湯〟に分けられておりました。
まずはぬる湯に入ってみると、気持ちよく浸かれるくらいのちょうどいい湯かげん。「く〜〜〜っ、いいねえ」と、またも思わず声が漏れてまいりました。で、ためしに隣のあつ湯に入ってみると・・・あちちちち、これは肌に食いつくような熱さであります。こちらのほうは、地元の方々も納得の熱さ、でありましょう。
わたしはすぐにぬる湯のほうに戻り、しばらくの間ゆっくりと浸かりながら、昔も今も、建物が新しくなっても変わらない温泉情緒を愉しんだのでありました。

「亀陽泉」を出たあと、歩いて海のほうへと向かうことにいたしました。
別府競輪場(入ったことはまだないのですが、この中にもしっかり共同浴場があるようです。さすがは泉都別府の競輪場)の脇を通って、国道10号線沿いの上人ヶ浜のほうに出てみると・・・そこからは別府湾のパノラマが広がっておりました。





申し分のない快晴の青空から、たっぷりと降り注ぐ陽光に照らされた、どこまでも真っ青な別府湾の眺め。わたしはしばらく岸壁に腰かけながら、その素晴らしい景色を楽しんだのでありました。

やがて時刻はお昼どきに。昼食は上人ヶ浜に立つ観光ホテル「潮騒の宿 晴海」の中にある海鮮料理レストラン「えいたろう」でいただきました。
注文したのは「天刺膳・海鮮釜飯付き」。新鮮なお刺身に、衣薄めで素材勝負といった感じの天ぷら、それにエビやホタテ、イカ、カニなどの魚介類がたっぷり入った釜飯のセットです。いずれもカラダとココロに嬉しさ広がる美味しさで、一緒に注文した生ビールをついついお代わりしてしまいました。窓から眺める別府湾の景色も相まって、目にも舌にも美味しい昼食となりました。





レストランで1500円以上のランチを食べると、館内にある温泉を無料で利用できるということで(天刺膳・海鮮釜飯付きは2800円)、食後さっそく入浴いたしました。この日3回目の温泉であります。
広々とした内湯もありますが、何より最高なのが、目と鼻の先に別府湾の光景が広がる半露天風呂。もう手を伸ばせば届きそうなくらい、すぐ目の前に広がる海を眺めながらの入浴は、もう極楽以上の気分の良さ。このままず〜〜っと浸かっていたい・・・もう帰りたくない・・・そんな気持ちにさせられたのでありました。
そんな気持ちをふり切ってお湯から上がると、脱衣場にこんな張り紙が。

半露天風呂のすぐそばに海があるということで、時にはフナムシさんが上がってきてしまうこともあるのでしょう。なんとも可愛らしくて和める張り紙で、見ているとフナムシさんたちを大切にしなくちゃいかんなあ・・・と思えてきたのでした。
どうか皆さまも、フナムシさんたちを可愛がってやってくださいませ。

毎年恒例の別府訪問は、ちょっと早いのですがここまでで終わり。再び中心街に戻ってお土産をいくつか買ったあと、別府駅から列車に乗って別府を離れ、次の目的地である湯平へと向かったのでありました。


(次回につづく)

別府→湯平湯けむり紀行(その1) 雨にも新型コロナにも負けず、別府の熱〜い温泉と美食を堪能

2020-02-25 23:05:00 | 旅のお噂
全般的に暖冬傾向となったこの冬ですが、それでもまだまだ、朝晩はひんやりとする日が続いております。
こんな時期にはやっぱり温泉!ということで、2月22日(土曜日)から24日(月曜日)にかけての三連休を使って、〝日本一のおんせん県〟である大分県を旅行しました。毎年出かけている別府温泉でまず一泊し、2日目には湯布院から少し大分市寄りの湯平温泉へと移動して一泊する・・・という行程でした。
折しも、新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる報道が連日、大々的に続いていたこともあり、おちおち旅行もできないような気にさせられる状況ではありました。しかし、それを過剰に不安視して旅行を取りやめるなんて、実につまらないことでしょう。新型コロナパニックには構うことなく出かけるぞ!と意気込みつつ、出発の日を迎えたのであります。

22日午前6時少し前。宮崎駅から特急列車に乗り込み、別府に向けて出発いたしました。外はまだ真っ暗でしたが、出発の日を迎えたことを祝すとともに、今回の旅が無事に終わることを願いながら、駅の隣で買った缶ビールをプチンと開けて、グビリと飲み干しました。嬉しいんだよなあ、この瞬間が。
午前9時20分ごろ、つつがなく別府駅に到着・・・したのですが、

別府駅を出ると、外は雨模様。駅の前に独特のポーズで立っている別府観光の父・油屋熊八さんの銅像も、雨にそぼ濡れておりました。ここ何年か、別府に出かけると初日は必ずといっていいくらい天気が崩れるのですが、またしても「♪は〜じまりは〜いつも雨〜〜」(byチャゲアス)な展開となったのであります。
とはいえ、雨の降り方はそれほどでもなかったことに加え、午後からは天気が持ち直すという予報も出ていたので、街を歩くのにはそれほど不都合はなさそうでした。雨にも新型コロナにも負けずに温泉を満喫するぞ!ということで、さっそく「別府高等温泉」に入り、今回最初の入浴をいたしました。

別府駅から伸びる駅前通りにあり、大正13(1924)年に建てられたレトロチックな洋館建築が映える、別府温泉を象徴する共同浴場の一つ。別府に来ると、まず最初に入ることにしております。
〝あつ湯〟と〝ぬる湯〟に分かれていて、わたしはあつ湯のほうに入りました。半地下型の浴室に降りると、半円型の浴槽に気持ち良さそうなお湯がなみなみ。さっそく浸かると、思わず「ふ〜〜〜っううう」と声が漏れます。
ここのお湯は、あつ湯とはいってもやたらに熱いわけでもないので、お湯に慣れるのにはうってつけなのです。なんせ、おしなべてお湯が熱〜いですからね、別府の共同浴場は。とはいっても、ずっと浸かっているとやはり熱さが身に染みてきますので、ときどき浴槽から出てひと休みしながら、ゆっくりと入りました。
あ〜〜、今年も別府にやって来たんだなあ・・・そんな実感が熱さとともに、カラダとココロに広がっていったのであります。

「駅前高等温泉」を出て、飲料水で水分補給をしたあと、次の共同浴場へと向かいました。こちらも駅からほど近い公園の隣にある「海門寺温泉」です。ここも以前、入ったことがございます。



建物の前には、ちょうど10年前に移転新築したときに立てられたという「お湯かけ地蔵」がおられます。が、このときはなぜか右の湧き口からはお湯が出ておらず、お湯溜まりにも冷たい水があるだけでした。少々気が引けましたが、仕方がないのでその水をかけながら、別府の湯の恵みを使わせてくださいませ・・・とお願いしておきました。
中に入ろうとすると、お風呂から上がった外国人のグループが出てきました。お国がどこなのかはわかりませんが、どことなく中東風のお顔立ちをした皆さんでした。観光に来られていたのか、はたまた地元別府にある立命館アジア太平洋大学(APU)に留学しておられる方々なのか・・・。いずれにせよ、新型コロナ新型コロナと騒々しい中にあっても、こうして日本の、そして別府の温泉文化に親しんでくださっているのは実に嬉しいことだなあ・・・と、しみじみ思いました。
まだ真新しさを感じる建物はバリアフリーで、浴室にもシャワーが完備されていたりしていて利用しやすい感じです。浴槽は〝あつ湯〟と〝ぬる湯〟に分けられていて、わたしはまずぬる湯に入ったのですが・・・これがけっこう熱いのでありまして、さっき入った「駅前高等温泉」のあつ湯と同じくらいの温度に感じました。
ならば、とあつ湯に入ってみたら・・・これはもう、わたしのような軟弱者は1分も浸かれないほどの熱々ぶり。やはり熱〜いお湯こそ、別府の共同浴場にとってのデフォルトなんだなあ・・・ということを、あらためて思い知らされたのであります。
というわけで、わたしはぬる湯のほうにゆっくり浸かってカラダを温めました。その横のあつ湯のほうには、地元のご常連さんが気分良さそうな表情をしながら、悠々と熱〜いお湯に浸かっておられたのでありました。

「海門寺温泉」から上がると、時刻はちょうどお昼どき。熱〜い温泉のあとは冷た〜い生ビールとともに美味しいものを食べるぞ!ということで、海門寺温泉のすぐ近くにある、焼肉と別府冷麺の老舗店「元祖 アリラン」に入りました。別府入りして最初の食事は必ずここで、と決めているお店であります。



牛カルビと豚トロ、ホルモンに焼き野菜の盛り合わせを注文し、生ビールとともにわしわしと摂取いたしました。ここ半年ほど、普段は健康のために呑み食いは控え目にしているわたしですが、もう旅行のときにはリミッター全面解除。柔らかくて脂も程良く入った牛カルビ、旨味たっぷりの豚トロ、そして甘みのある脂が絶品のホルモンの美味さにビールがぐいぐい進み、さらにハイボールまで呑んでしまいました。



仕上げはもちろん、ご当地グルメである別府冷麺。シコシコと歯ごたえのある麺と、さっぱりした旨味の魚介系スープの取り合わせは、ビールと焼肉の締めにピッタリ。熱〜い温泉のあとに旨い焼肉でスタミナと抵抗力をつければ、新型コロナも恐れるに足りませぬ(笑)。
食事を終えて「元祖 アリラン」を出ると、空には晴れ間が出て日も差しておりました。ありがたいことに、予報通りに天気が回復してきているようでした。

食後のデザートには、こちらも別府お気に入りのお店である「ジェノバ」のジェラートを。さまざまな種類のフレーバーが並ぶ中で、期間限定という〝あまおう苺のシンフォニー〟をチョイスいたしました。
甘酸っぱいあまおう苺のアイスと、ミルクの旨味が詰まったバニラアイスとの組み合わせは、もう頬っぺたが落ちてどっかに飛んでいきそうな、病みつき必至の美味しさでありました。




お口もお腹も満たされたわたしは、腹ごなしにしばらく街を歩き、別府の南に位置する浜脇温泉へと向かいました。
別府温泉発祥の地といわれ、かつては花街もあって大いに賑わった温泉地ですが、今は観光地というよりも、静かな住宅街といった雰囲気。でもそのぶん、地元の皆さんの暮らしの息づかいが感じられて、わりと気に入っているエリアでもあります。
浜脇に着いてまず入ったのが「湯都(ゆーと)ピア浜脇」です。

今回初めて立ち寄ったこちらは、大きな浴槽の温泉をはじめとして、ジェット風呂や気泡風呂、寝湯、うたせ湯、運動浴など、さまざまな湯船が揃ったスパ施設です。ヨーロッパのクアハウスをモデルとしていて、それぞれのお風呂を組み合わせて入浴することで、健康増進やストレス解消、美肌効果などに役立つという触れ込みであります。
大きな湯船に入ったお湯は少々熱めでしたが、そのほかの湯船はどれもぬるめで、誰でも安心して入れそうな感じがいたしました。ひととおり入った中では、浴槽の全体にボコボコとあぶくが湧き上がっている気泡風呂がなかなか気持良く、浸かっているとなんだか眠くなってきたのでありました。またジェットバスも、カラダにいい刺激を与えてくれました。
館内には、ランニングマシーンやバーベルなどの機器が揃ったトレーニングルームもありました。ここでカラダを鍛えて、そのあと温泉で汗を流してさっぱりするというのも良さそうですねえ。
さすがに共同浴場的な風情こそないものの、ゆっくりと健康的に過ごせそうな施設でありました。

次に立ち寄ったのは、「湯都ピア浜脇」の隣・・・というか、同じ建物の一角に位置している共同浴場「浜脇温泉」です。ここは以前にも立ち寄ったことがございます。

近代的なスパ施設である「湯都ピア浜脇」とは対照的に、こちらは古き良き銭湯の風情が色濃く漂います。・・・で、お湯もしっかりと熱い(笑)。ですが、浴室は広々としていて開放感もあり、実に気分良く入浴できます。
お客さんのほとんどはご近所の常連さん。お互いに挨拶を交わし、話に興じる常連さんたちの醸し出す空気感がまことに心地よく、いい感じで時間が流れていきます。
こういう憩いの場が、住んでいる場所の近くにあるというのは、なんとも羨ましいなあ・・・お湯に浸かりながら、あらためてそんなことを思ったのでありました。

「湯都ピア浜脇」と「浜脇温泉」を出るころには、もう天気はすっかり回復していて、空を見ると雲も消えていて、一面の青空が広がっておりました。
やったー!これからいい旅行ができそうだぞ・・・そんな嬉しさが湧き上がり、より一層ウキウキ気分となったわたしなのでありました。


(次回につづく)

『怪獣生物学入門』 クールな科学的視点と、ホットな怪獣愛に大拍手の快著

2020-02-20 22:43:00 | 本のお噂


『怪獣生物学入門』
倉谷滋著、集英社インターナショナル発行、集英社発売(インターナショナル新書)、2019年

ゴジラ、モスラ、キングギドラ、ガメラなどの銀幕のスター怪獣や、カネゴンやバルタン星人といったウルトラシリーズに登場する怪獣や宇宙人、さらには忍者怪獣ジッポウ(←あ。これはちとマイナー過ぎるか)・・・。日本のSF文化を牽引する役目を担い、海外にも熱心なファンを獲得している異形なる存在「怪獣」。それを、理化学研究所で形態進化生物学の研究に勤しむ著者が、科学的な視点からとことん考察していくのが、本書『怪獣生物学入門』です。
子どものときに見たウルトラシリーズで怪獣の魅力に取り憑かれて以来、こよなく怪獣を愛し続けている人間の端くれであるわたしにとって、本書は読んでいてまことに愉しく、かつ胸のすく一冊でありました。

などと言っても、「は?身長が何十メートルもあるような怪獣なんて存在できるわけでもないし、そもそも怪獣なんて〝子どもだまし〟なものを科学的に考察なんてバカバカしいだけだろ。へっ」という感じの、高尚な話題を好む良識ある向きからの嘲笑が聞こえてきそうであります。
しかし、本書の「はじめに」において、著者の倉谷滋さんは、人間の想像によって生み出される怪獣は「完璧に無根拠な空想」の産物とはならずに、なんらかの形で生物学的常識を反映させた形態となること(左右相称の身体を持つなど、現実の動物にありがちな構造の基本パターンをなぞる)を指摘した上で、次のように述べます。

「怪獣はつまるところ、我々の知る生物科学の基礎の上に立った動物のヴァリエーション、あり得たかもしれない架空の「新種」なのだ。ならば、それは想像の上で解剖することもできようし、その怪獣が進化してきた道筋を考えることもできようし、それを通じてゴジラのような動物がなぜ現実には存在しないのか、できないのかをも理解できるであろう。こういったことは科学的にちゃんとした思考実験なのである」

まさしく。本書は、怪獣という一見〝子どもだまし〟な題材を取り上げながら、科学的な思考実験の愉しさと知的刺激をたっぷりと味わせてくれる一冊なのです。
たとえば、本書のオビにもある「シン・ゴジラの乱杭歯」をめぐる考察。社会現象ともいえる大ヒットを記録した『シン・ゴジラ』(2016年)の中で、登場人物がゴジラの乱杭歯を見て「噛み合わせが悪そうな歯並びだ」「(何も)食べてないんだ」と話す場面に、倉谷さんは噛みつきます。動物の形を決めた「目的」や、「目的」をもって生物を作った者が存在しない以上、「何も食べない」から「乱杭歯」を持つという目的論的説明は「辻褄が合っている」という以上の意味を持たない。生物の適応的機能を理解するには、論理(ロジック)に基づいた目的論ではなく、それを獲得するに至った進化のプロセスによって説明される必要がある・・・と。
本書はこの考え方に基づいて、歯並びのよい個体が不揃いな歯を持つ個体へ至るまでには、何世代にもわたる世代交代が必要となることを、遺伝子の進化メカニズムで考察します。また、ゲノム操作という「エンジニアリング」による「一代限り」の個体を作るにしても、何も食べる必要がないから歯並びを悪くするということには意味がないことを論じた上で「あの台詞に居場所はない」とズバリ言い切ります。この鮮やかさ、実に見事だなあと思いましたね。ゴジラの歯並びを通して、生物進化を考える上でのプロセスの重要性がよくわかりました。

また、南の島に棲息する「マタンゴ」なるキノコを食した人間が、キノコ型の怪物に変貌していく恐怖を描いた異色作『マタンゴ』(1963年)を取り上げたくだり。ここでは、動物である人間が植物(菌類)であるマタンゴへと変貌していく過程において、そのアイデンティティは変わるのか、それとも維持されるのかといった問題を考えます。
そこで検討の対象となるのが、物質としての肉体と、霊的な精神を別の実体として捉えるという「心身二元論」。それについて倉谷さんは、「霊魂は不滅」という考え方と、一連の生物学的な常識(視覚が衰えたり、脳が損傷すると正常な思考ができなくなったり)とは矛盾していることを指摘。それを踏まえ、人間の精神活動に霊魂の存在を仮定する必要はないと結論し、このように述べるのです。

「「肉体と切り離された精神の絶対性」などという、想像にしか過ぎないお題目を謳ってみたところで何も解決したことにはならないのである」

・・・くう〜〜っ。すっごくカッコいいぞ、倉谷先生。クールだけど極めて真っ当な、科学的視点に基づく分析の数々には、もうシビれまくりでありました。

とはいえ本書は、理路整然としたクールさだけが売りではありません。これまたオビに記されている、映画監督の樋口真嗣さん(『シン・ゴジラ』の監督であり、目下製作中の『シン・ウルトラマン』も手がけておられます)が言うところの「汲めども尽きぬ」怪獣愛が溢れる熱い記述も、本書の読みどころであります。
それが最も顕著に現れているのが、『宇宙大怪獣ドゴラ』(1964年)を取り上げたパートでありましょう。宇宙から飛来し、地上の炭素を養分にして巨大化していくクラゲ型の怪獣なのですが、ゴジラやガメラ、キングギドラあたりならなんとかついてこれる一般人も、ドゴラと言われても何がなにやら、という感じでありましょう。そんな、東宝怪獣映画の中でもかなりマイナーな存在であろう「ドゴラ」について、27ページも費やして語り倒しているところに、尋常ではない高い熱量の怪獣愛がじんじんと伝わってまいります。
クラゲ型であるドゴラのデザインのルーツを探っていくくだりや、ドゴラが空に浮かぶメカニズムについての考察も興味深いものがあるのですが、わたしがとりわけ膝を打ったのは、ドゴラが空に浮かぶビジュアルによって、まるで街が深い海の底に沈んだかのような幻想的なイメージを覚えることを語ったくだりでした。
怪獣という異形の存在によって、われわれの住む世界と地続きであるはずの「現実世界がまるでいつもと違って見え」、「人間社会それ自体が異界に連れ去られてしまったような」感覚・・・それこそがまさしく怪獣映画を愉しむ醍醐味であり、さらにはSF的なセンス・オブ・ワンダーではないかと(漠然とではありますが)考えていたわたしにとって、倉谷さんの指摘には、強く肯くばかりでありました。

また別のところでは、シリーズを重ねていくごとに生物性やモンスター性が失われていき、「ゴジラの着ぐるみを着けた正義の味方」と化していった、60年代末期から70年代にかけてのゴジラについて、「物語の中での正義の在処を指し示す一種のカリカチュアとしてしか機能していない」と指摘した上で、こう述べます。

「「正義の味方」になったゴジラが揶揄されることはこれまで度々あったが、その多くはむしろこの怪獣のカリカチュアライズ、もしくは「童話化」に対する批判だったと思われる。それは、モンスター映画からSF性が剥ぎ取られることとほぼ等しい。これが、恐竜から派生したモンスターたちの末路だったのである」

怪獣たちは「童話」や「ファンタジー」の世界ではなく、あくまでも「SF」の世界の住人であってほしい・・・そんな熱い怪獣愛が根底にある、倉谷さんの厳しい指摘にも、ただただ肯くしかありませんでした
(・・・などと言いつつ、SF性もリアリティもへったくれもなく、野っ原だか造成地だかで怪獣やヒーローがどつき合うだけの、たとえば『ウルトラファイト』のようなチープな怪獣ものも決して嫌いではなかったりするところが、我ながら困ったものではありますが・・・

本書はほかにも、キングギドラの形態学的考察や、「平成ガメラ三部作」(1995年〜1999年)に登場したガメラの出自についての仮説、漫画『寄生獣』に登場するパラサイトの生物学などのトピックが盛り込まれております。なかでも平成ガメラについての仮説は、映画の世界観を豊かに拡げるような面白いもので、読んでいるとまた、三部作を通して観直したくなってきました。

クールで知的な科学的視点と、ホットで真っすぐな怪獣愛で綴られた『怪獣生物学入門』。怪獣好き、SF好きはもちろんのこと、何かを熱く愛する気持ちを大切にしているすべての人にお読みいただきたい快著であります。

『免疫力を強くする』 感染症から身を守るために必要な、免疫とワクチンへの正しい理解が深まる一冊

2020-02-11 22:16:00 | 本のお噂

『免疫力を強くする 最新科学が語るワクチンと免疫のしくみ』
宮坂昌之著、講談社(ブルーバックス )、2019年


ここしばらく、中国に端を発した新型コロナウイルスの世界的な感染拡大にまつわるニュースが連日、マスコミで大々的に報じられ続けております。が、いささか冷静さを欠いた報じられかたが幅をきかせていることもあり、それに影響されてマスクの品不足などといった、ちょっとしたパニック的な混乱が起こっていたりしています。一方では、新型コロナウイルスの陰に隠れたかたちになっているとはいえ、この時期はインフルエンザウイルスにも注意が必要です(アメリカではむしろインフルエンザが猛威をふるっていて、すでに1万人以上の人が亡くなっていたりします)。
感染症に対しては、科学的な知識を身につけて冷静に、しかし確実に対処することが肝心でしょう。今回取り上げる『免疫力を強くする』は、感染症とそれに対抗するための免疫やワクチンについての科学的な知見を、免疫学の第一人者がわかりやすく伝えてくれる優れモノの一冊です。

病原体の侵入・拡散を防ぐしくみについて解説した第1章はさっそく、感染症についてわれわれが抱いている不正確な思い込みを正してくれます。
今般の新型コロナウイルスを含め、ウイルスの感染防止策として言われることの多い「マスク・うがい・手洗い」。ですが、その有効性となるとなんとも心許ないということを、本書は明らかにします。
まずはマスク。ウイルスの直径に較べるとマスクの網目はとても大きく(インフルエンザウイルスの直径との比較では100倍以上!)、空気中に漂うウイルスを防ぐ役にはまるで立たない上、口と鼻を覆うことによる保温や加湿効果についても、感染予防にどの程度効果があるかは疑問、だとか。ただ、網目はウイルスを含んだ飛沫の大きさよりは小さいので、他人に対してウイルスをまき散らし、感染させる機会は減るとのこと。ここにきてようやく、新型コロナウイルスの感染予防に果たすマスクの役割に疑問を呈する報道が出てきているようですが、わたしはその前に本書でこのことを知ることができたおかげで、感染予防と称してマスクを買いに走るようなことを避けることができました。
また、うがいについても、うがい液は通常口腔内と喉の一部分にしか届かず、ウイルスが感染する上気道や下気道にはまったく届かないため、ウイルスを除去する効果には限りがあるといいます。これらに対して手洗いは、気道感染のリスクをある程度は下げるので、アルコールなどの殺菌剤で消毒をするなどの対策と併用しながらやるのがいい、とのこと。いやほんと、勉強になりました。

医学的に最も確実な感染症予防策にして免疫力を増強する方法となるのが、ワクチンの接種です。本書ではワクチンについての基礎知識から、さまざまな感染症(インフルエンザや子宮頸がん、はしか、水ぼうそう、おたふく風邪、B型肝炎、結核などなど)別のワクチンのメリットとデメリットを、懇切丁寧に解説しています。
感染症の予防に際してワクチン接種が有効なのは、個人が免疫を獲得して感染症になりにくくなることにとどまらず、接種する人が増えることでコミュニティの中に感染しない人の数も増え、その感染症に対する接触の機会が減り、コミュニティにいる人たち全体が感染症にかかりにくくなるという「集団免疫」が及ぶからであることが、本書では述べられています。ワクチンは自分と大切な人を感染の危険から守るだけではなく、社会全体をも守ることでもあるのです。
にもかかわらず、世にはワクチンを過大に危険視し、恐怖感を煽るような言説が持て囃されていたりします。本書は、そのような俗耳に入りやすい「ワクチン否定論」に対して、キチンとした反駁を加えます。
中でも特に問題視されているのは、多くの著書を持ち一般の人気も高い某医師の言説です(本書にはしっかり実名が挙げられておりますが)。この医師の著書にある「インフルエンザワクチンは、ただの風邪を予防するために打つには危険すぎ、無用です」との主張に対し、本書はインフルエンザの感染で起こる脳症はワクチン接種による発生よりもずっと頻度が高い上、その3割程度の患者が重い後遺症を残し、さらには1割程度の患者が死亡するという事実を挙げながら、その主張の非科学性を指摘しています(そもそも、インフルエンザを「ただの風邪」と言い切っちゃってること自体、医師としてちょっとどうなのかなあと、シロウトのわたしですら思わざるを得ないのですが・・・)。

著者の宮坂さんは、ワクチンについてはその害を過大に言いたてるような「ゼロリスク」信奉的な見方をするのではなく、ワクチン接種後に見られた不利益な反応の中身をしっかり分析して「副反応」(いわゆる副作用のこと)と「有害事象」(ワクチン接種との因果関係がはっきりしない付随的に起こった不利益)を区別して理解することで、ワクチン接種に対する過剰な恐怖心を抱かないようにすることの重要性を説きます。
その一方で、頻度が極めて低いとはいえ、接種によって副反応や有害事象を被ってしまった人の苦痛を無視することもまた、あってはならないことでしょう。著者は、接種後に健康被害が見られた場合の救済策についても言及し、現在の日本における救済策があまりにも厳しい判断基準を設定することで、健康被害を受けた人たちへの救済が十分には及んでいない実態を厳しく指摘します。その上で、「そもそも、ワクチンは健康な人に対して投与するものです。健康被害が見られたときには、私は『推定有罪』ぐらいの態度で救済制度を適用することが必要だと思います」としっかり主張しています。これもまた、実にまっとうで良心的な姿勢ではないかと、深い敬意を表する次第であります。

本書の最後では、書名にある「免疫力を強くする」ための方法論が述べられます。テレビの健康番組や新聞の広告欄には「免疫力アップ」を謳う健康食品やらサプリメントやらの紹介で溢れているのですが、それらは結局のところはプラセボ(偽薬)効果や暗示効果以上のものはなく、高額な出費に見合うだけの効果があるとは到底思えない、と言い切ります(考えてみると、ワクチンを危険視して接種しない一方で、ワケのわからない健康食品やらサプリやらには喜んでお金を使うというのも、フシギといえば実にフシギなことではありますが・・・)。
その上で、血液やリンパ系の循環を良くすることが、免疫力を高くすることを説明します。そして、そのためにやるべきことが列記されるのですが、これが至ってシンプル極まりないこと。すなわち、負担にならない程度の適度な運動をやり、暴飲暴食を控え、ストレスを溜め込みすぎない生活を心がける・・・。
拍子抜けするくらいに当たり前すぎることではありますが、真理というものはえてしてシンプルなものですし、シンプルであるがゆえに、時代が変わってもエビデンスと有効性が失われないのだ・・・ということを、あらためて肝に銘じることが肝心、なのかもしれません。

新型コロナウイルスの感染拡大はいつか収まるとしても、感染症全体に対する備えを怠ってはならないことに変わりはないでしょう。
著者は「まえがき」でこう述べています。

「科学的エビデンスに基づく正しい知識は「情報のワクチン」ともいうべきもので、確実に病気になるリスクを低下させてくれます」

まさしく、感染症が猛威を奮う中で肝心なのは「情報のワクチン」で冷静に、しかし確実な判断を心がけること、でありましょう。本書『免疫力を強くする』は、感染症とそれに対抗するための免疫とワクチンについて正しく知るために、大いに役立つ一冊ではないかと思いました。

『筒井康隆、自作を語る』 筒井さんと、日本SF黄金期への興味を呼び覚ましてくれた一冊

2020-02-03 06:45:00 | 本のお噂


『筒井康隆、自作を語る』
筒井康隆著、日下三蔵編、早川書房、2018年


小説・文学を読まなくなってしまって久しいわたしですが、熱心に本を読むようになった高校時代には、けっこうたくさんの小説も読んでおりました。
当時、とりわけ熱心に読んでいたジャンルはSFでしたが、その中でも大いにハマって読んでいたのが筒井康隆さんの作品でした。強いインパクトのあるエロ・グロ・ナンセンス描写と、そこから生まれる黒い笑い。小説の常識を覆す実験的・前衛的な試みの数々・・・。筒井さんが生み出す作品の面白さにすっかり取り憑かれ、中毒状態となったわたしは、一冊読んだら次の著作に手を伸ばし、それを読んだらまた別の作品へ・・・という具合に、筒井さんの著作を読み漁っていたものでした。ところが、だんだん小説よりもノンフィクション系の書物を好んで読むようになり、筒井さんの作品からも、いつしかずいぶん長いこと遠ざかってしまったままでした。
そんなわたしに再び、筒井さんへの関心を呼び覚ましてくれたのは、昨年の11月末にYahoo!ニュースが配信した筒井さんのインタビュー記事でした(2019年11月28日配信「「炎上を怖がっちゃいけない。電源を抜いたら消えてしまう世界です」――筒井康隆85歳が語る「表現の自由」」。現在はログインした上で読めるようになっております)。マスコミや世間一般が当たり前のようにみなしている「常識」や「良識」に逆らい、笑い飛ばすようなアグレッシブな姿勢が、85歳という年齢にあっても相変わらず健在であったことが、なんだか妙に嬉しく感じられ、大いに刺激にもなったのでした。
ふたたびツツイ熱がぶり返してきたわたしは、高校時代に読んでいた筒井さんの文庫本を取り出して再読したり、遠ざかっていた間に出版されていた著作を何冊か取り寄せ、購入したりいたしました。今回取り上げる『筒井康隆、自作を語る』も、新たに取り寄せて購入した中の一冊であります。

本書は、同人誌『NULL』に掲載された短篇「お助け」が江戸川乱歩に見出されて商業デビューを果たして以降の、ジャンルの垣根を越えた活躍や、波紋を投げかけた断筆宣言、そして「最後の長篇」と銘打った『モナドの領域』刊行に至るまでの半世紀のキャリアを、筒井さんが自らの言葉で語ったインタビュー集です。SFファンにより決定される第50回・星雲賞のノンフィクション部門を受賞しています。
前半は、2014年から2017年にかけて刊行された『筒井康隆コレクション』(全7巻、出版芸術社)の予約購入者に向けて開催されたトークイベントの採録。後半は、2002年〜03年に刊行されたテーマ別の自選短篇集(全6巻、徳間文庫。現在は残念ながら品切れ)の巻末に掲載された自作改題の再録です。いずれもインタビュアーを務めるのは、ミステリ・SFをメインとする評論家で編集者の日下三蔵さん。豊富で詳しい書誌的なデータの持ち主である、日下さんという絶好の聞き手を得て、これまであまり知られていなかった事実を含めた、各作品の成立事情や、その背後にあるSF界や文壇の裏話などがたくさん引き出されていて、まことに興味の尽きないインタビューとなっています。
さらに巻末には、本書が刊行された2018年9月までの、筒井さんの全著作リストも掲載されています。すべての異版が挙げられている上に、短篇集やエッセイ集については収録作品もすべて列記されていて、資料としてかなり重宝なものとなっています。

これまでたびたび、映画やテレビドラマとして映像化されている代表作「時をかける少女」。この作品が生み出された頃は、結婚後まもない時期、それも駆け出しの作家として上京したばかりということで、生活的には相当苦しかったといいます。
そこへ学研から持ちかけられたのが「時かけ」の執筆でした。中学生、高校生向きに本格的なSFを書くのは初めてだった上、相当長い連載になりそうなのでがっちりした話にしなければ・・・ということで、「朝から新宿御苑に行って、アイデアを考えながらウロウロと歩き回った」りして、ずいぶん苦しんだといいます。そんな苦労があったからこそ、今に至るも愛され続ける〝孝行娘〟になったんだなあ・・・ということがわかり、感慨深いものがありました。

また、小松左京さんのメガヒット作『日本沈没』をパロディにした快作「日本以外全部沈没」。これは、SF作家で集まってわあわあしゃべっているとき、星新一さんから「どうだ『日本以外全部沈没』というものを書かんか」と言われ、そのときすぐにアイデアが出てきたんだとか。大物SF作家たちの交友から奔放なアイデアが生まれ、結実していった、日本SF黄金時代の空気感が感じられるようなエピソードであります。
驚かされたのが、長篇『大いなる助走』をめぐるエピソード。文学賞を落とされて鬱憤の溜まった作家が、賞の選考委員を殺して回る・・・というセンセーショナルな問題作だけに、実際の文学賞の選考委員から文句が来たりと、いろいろなリアクションがあったとか。そして極めつけは、筒井さんを良く思っていなかったという版元の出版部長が初版だけで刊行を止めてしまったため、単行本はあまり売れなかったという話であります。文庫になってからはよく売れたとのことですが・・・そこまであからさまに敵意を示して冷遇する人物が版元にいたとは。

各作品の成立事情もさることながら、それぞれの時期のSF界や文壇をめぐる裏話が、また興味深いエピソードの連続でした。
デビューまもない頃、あまりにも注文がいっぱい来て原稿が間に合わないので、弟さんが書いたものを流用して、自分の名義で発表することもあったのだとか(「もちろんことわったうえで、原稿料はみんなやりました」とのことですが)。その一方で、筒井さんの書いた作品が他の作家の名義で掲載されることもあったそうで、昔はそんなことが当たり前のようにあったのだそうな。実に鷹揚な時代というかなんというか・・・。
1980年に創設以来、現在も続いている日本SF大賞(日本SF作家クラブ主催)。そのキッカケをつくったのも筒井さんでした。大江健三郎さんの『同時代ゲーム』を高く評価する一方で、作品自体の世評が良くなかったことに腹を立てた筒井さんは、なんとかこの作品をショーアップする方法はないかと考えて思いついたのが、日本SF大賞の創設でした。もっとも、いざ賞ができると『同時代ゲーム』云々は「どっかへ行っちゃった」挙句、別の作品が受賞することになってしまったのですが・・・。
星新一さんの書くショート・ショートが長くなっていった事情に関する話も、興味を惹きました。星さんが、ショート・ショート一本の値段を「いくら短くても三十万」と決め、出版社がそれに「右へ倣え」したことで、筒井さんたちは原稿料が上がって助かった一方、出版社のほうも「じゃあ三十枚書いてください」ということになり、星さんのショート・ショートはだんだん長くなっていった・・・と。
実はわたしも、星さんの後期の作品がショート・ショートというには長めになっていたことが気になっていたりもしたので、その背後にある事情を本書で知ることができ、納得したのでありました。

筒井さんの創作姿勢が垣間見える言葉も、インタビューの随所に散りばめられています。
挟まりあった二つの家族を描いた短篇「融合家族」。この作品のときには二つの家族がちゃんとわかるよう、設計図まで書いて執筆したのだとか。これについて、筒井さんはこう語ります。

「めちゃくちゃだからというので、どうでもいいように書いたら、それはだめですよ。(中略)こういうものこそ細かいところをちゃんとしておかないといけない。「これなら何でもできる」と思わせないようにしないと」

面白おかしいことで軽く扱われがちなドタバタ、コメディ作品。でも、そういう作品だからこそ細部を疎かにせず、緻密に組み立てていくことで、受け手を心から納得させ、楽しませることができるのだということを再認識させられて、まことに胸のすく思いがいたしました。
胸のすく思いといえば、2002年の紫綬褒章受章について、「一部には体制を笑い飛ばしてきた作家・筒井康隆が勲章をもらうとは、という発言をする人もいますが」と問われた筒井さんがこうお答えになっていたのも、また痛快でありました。

「あ、それは完全に誤解ですね。あまり僕の作品を読んだことのない人じゃないかな。確かに体制は笑い飛ばしてるけど、僕の場合は同時に反体制も笑い飛ばしているわけで(笑)。その意味では体制派・反体制派という区分自体がナンセンスですね」

まことにおっしゃる通り。そもそも、筒井さんの作品をいくらかでも読んでいれば、筒井さんの毒と笑いの餌食に体制も反体制も上下左右もないことぐらい、よくわかりそうなものだと思うのですが・・・。

日本SF黄金期の熱気を受け、その熱気を綺羅星のごとき才能たちとともに高めていった筒井さん。しかし、創作の舵を純文学方面へと切ったことで、濃密な付き合いだったSF作家たちとも疎遠になっていったことも、本書では語られております。高校時代に遅まきながら、SF黄金期の熱気に触れることができたわたしとしては、いささか淋しさを覚えずにはいられませんでした。
しかし、80歳を越えて今もなお、アグレッシブに創作活動を続けておられる筒井さんの根っこは、間違いなく熱気が溢れていたSF黄金期にあるということを、本書から感じ取ることができました。
長いこと影を潜めていたツツイ熱のみならず、日本SF黄金期に対する興味をも呼び覚ましてくれた一冊であります。