読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【閑古堂アーカイブスより】尊敬に値する知的遊戯の達人・南伸坊さんの傑作顔マネ本『本人の人々』『本人伝説』

2020-06-30 23:25:00 | 本のお噂


『本人の人々』
南伸坊著、マガジンハウス、2003年

『本人伝説』
南伸坊著、文藝春秋、2012年(2014年に文春文庫に収録)

※現在はいずれも品切。


最近読んだ別の本についてのレビューを用意していたのですが、本日6月30日が南伸坊さんのお誕生日ということを知り、急遽手元にあったこの2冊を紹介することにいたしました。
イラストレーター、デザイナー、エッセイスト、そして路上観察学会員と、多彩な活動をされている南さんの代表的な持ち芸として知られているのが「顔マネ」。今回紹介する『本人の人々』(以下『人々』)と『本人伝説』(以下『伝説』)は、南さんが内外の著名人や、ニュースを騒がせた人たち「本人」になりきった顔マネ作品を集めています。いずれもかなり久しぶりに開いたのですが、その完成度の高さにところどころで爆笑させられました。

ロマンスグレーのカツラをかぶった「養老孟司」(『人々』)は、右手を後頭部に回して寄りかかっている格好が「本人」の雰囲気たっぷり。「椎名誠」(『人々』)は、目を細めて笑ってるところがいかにも椎名さんっぽい感じです。また「荒木経惟」(『伝説』)も、丸メガネに下唇を突き出した顔面部はもちろんのこと、似顔絵をあしらったシャツが一層「本人」らしさを引き立てております。
この2冊でひときわ完成度が高いのが「スティーブ・ジョブズ」(『伝説』)。メガネの奥からスルドイ視線を放ちながら、顎に手をやっているポーズがもうジョブズそのもので、これがジョブズの伝記の表紙に使われていてもおかしくないくらい(・・・とまでいうのはちょいと言い過ぎか)。口ひげと顎ひげをびっしりと手描きした努力(笑)を含めて、惜しみない拍手を贈りたいのであります。

完成度の高い作品が多い一方で、「安倍晋三」「土井たか子」「梅宮アンナ」「デヴィ夫人」(以上『人々』)や「ヨーコ・オノ」「澤穂希」「宮里藍」「タイガー・ウッズ」(以上『伝説』)などといった、力技・・・というより若干の強引さやムリヤリ感のある作品もあったりいたしますが、それはそれでなんだか味があって笑えてしまいます。なかでも「浅田真央」(『伝説』)は、髪の毛を手描きしたバレバレのカツラと、片脚を持ち上げたビールマンスピン(をかたどった小道具)で真央ちゃん「本人」を表現した「強引すぎる傑作」といってもいい作品になっております。
そのときどきのニュースな人たちが多く取り上げられていることもあって、今ではすっかり忘れ去られてしまったヒトも見受けられます。「大神源太」「アニータ」「タマちゃん」(以上『人々』)という面々を久しぶりに思い出して、「ああ今ごろ元気でいるのかねえこのヒトたちは・・・」と、時の経過の早さに思いを馳せたりいたしました(というか、タマちゃんはそもそもヒトですらないんだけど)。「水嶋ヒロ」(『伝説』)もひと頃はすごく人気者だったけど、最近はとんと見なくなったなあ。『KAGEROU』以降小説を発表したという話も聞かないし。
というわけでこの2冊は、顔マネを楽しめるのみならず、2000年から2010年代はじめにかけてのニュース人名録という側面もあったりいたします。

この2冊には顔マネ写真とともに、それぞれの人物の文体や発言を模写した短文も添えられております。こちらもけっこう笑えるのですが、とりわけ傑作なのが「鈴木宗男」(『人々』)。顔マネのほうはまずまずなのですが、発言の模写がもういかにもムネオっぽいのです。試しに一節を引いておきますと・・・

「あるいはマタ私のカオを、ですね。攻撃するマスコミもありました。私の顔はアホの坂田だと、こーいう一方的なですね、きめつけをしておいて証拠は一円も出さない。私の顔のどこが、ドコとドコとドコが一体アホですか、具体的にですね、何平方センチ、ここからここまでアホだと明確にしてもらわないとですね、私は困ります」

もうこのくだりを読んでると、ムネオ氏のあの声と口調が頭の中いっぱいに響いてくるようなリアル感があって、ひたすら爆笑でありました。

こういうのを「バカバカしい」と軽視することは容易いでしょう。ですが、バカバカしいことを手抜きすることなく、とことん突き詰めてやるということは、しっかりとした知性の持ち主でなければなし得ないことではないでしょうか。その意味でも、シンボーさんは尊敬に値する知的遊戯の達人だと、あらためて思います。
シンボーさんはこの2冊のほかにも顔マネ本を何冊か出しておられる(註)のですが、今回紹介した2冊を含めてすべて品切、および絶版となっていることが実に残念、かつ遺憾であります。
どこか奇特な出版社が、シンボーさんの顔マネを集大成した全集を出してくれないものかなあ。出してくれればちょっとぐらい高くても買うぞ。


(註)
以下、刊行順に列挙しておきますと・・・
『みなみしんぼうのそっくりアルバム』(白夜書房、1996年)
『歴史上の本人』(日本交通公社、1997年。2000年に朝日文庫に収録)
『本人遺産』(文藝春秋、2016年)


『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼』 どんぶり物の誕生から発展までのエピソードを、どんぶり物のごとくてんこ盛りにした一冊

2020-06-22 20:37:00 | 美味しいお酒と食べもの、そして食文化本のお噂


『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼  日本五大どんぶりの誕生』
飯野亮一著、筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2019年


なんだか食堂のお品書きのような(笑)書名がついている、本書『天丼 かつ丼 牛丼 うな丼 親子丼』は、日本料理を象徴する存在として定着している「どんぶり物」の代表である五大どんぶり料理がいかにして生み出され、広く食されるようになったのかを探究していく一冊です。
本書の著者である食文化史研究家・飯野亮一さんが、同じちくま学芸文庫で出している『居酒屋の誕生』(当ブログの紹介記事はこちらを)と『すし 天ぷら 蕎麦 うなぎ』(この本も、当ブログのこの記事にて紹介しております)同様、本書も膨大な文献から見出された、興味深くも美味しいエピソードがてんこ盛りでした。

おかずをご飯の上に乗っけて、一緒に食するという「どんぶり物」。その歴史はそれほど古いというわけではなく、今からおよそ200年前の文化年間(1804〜18)に始まったといいます。それゆえ、本書の記述も江戸時代以降の近代になってからのものが中心となっています。
まず最初に登場したのが、うな丼。江戸時代、芝居小屋の金主(スポンサー)をしていた鰻好きの男が、ウナギが冷めないように丼飯の間に蒲焼を挟ませた「鰻飯」が、そのルーツです。
その後、「鰻飯」は江戸っ子の間で人気のメニューとなっていくのですが、その理由の一つが長さ三、四寸(約9ミリ〜1.2センチ)という小さなウナギを使ったこと。現在のような養殖技術がなかった江戸時代、捕れるウナギの大きさは大小まちまちで、商品価値が高かった大きなウナギは蒲焼として売り出し、小ウナギのほうは鰻飯として割安な値段で提供したことで、ウナギが江戸の市民にとって身近な食べものとなったのだとか。また、鰻飯に使った箸はタレが染みて汚れが落ちにくいので、使い捨ての割り箸をサービスして清潔感を持たせたことも、鰻飯の普及に一役買っていたといいます。
明治に入ると、鰻飯は「鰻丼」と呼ばれるようになり、養殖ウナギが普及していったこともあって大衆化していくのですが、食糧不足となり飲食店での米の提供が禁止された戦時中にはなんと、デパートの食堂でうどんの上に蒲焼が乗っかった「鰻うどん、略して鰻どん」というシロモノが出されたりしたそうな。味のほうがどうだったのかは残念ながら書かれてはいないのですが・・・ウナギの蒲焼と麺類という取り合わせは、さすがに合わないような気がするなあ。

うな丼の次に現れたのが、天丼です。天ぷらと蕎麦の屋台が隣り合っていたことがキッカケとなって天ぷらそばが誕生し(その経緯は『すし 天ぷら 蕎麦 うなぎ』にも書かれております)、蕎麦屋が天ぷらをメニューに加えたのに続いて、江戸時代に流行していた茶漬店も天ぷらをメニューに加えるようになり、天ぷらとともに茶漬を味わったり、天ぷら茶漬(天茶)として食したりして、油っこい天ぷらをさっぱりと味わう食べかたが、まず江戸っ子の間で人気を博します。
その後明治に入り、東京の神田鍛冶町にあった天ぷら専門店で天丼が売り出され、これが大当たりとなります。当時の鍛冶町は、商人や職人の多い町だったそうで、一日の仕事を終えた店員や職人たちが、安くて、うまくて、ボリュームのある天丼で空腹を満たしていたのだとか。やがて、多くの蕎麦屋が天丼をメニューに加えることにより、天丼が日常食として定着し、普及することになります。
本書には、昭和の初期に刊行された『天麩羅通』なる書物の一節が引用されているのですが、これがなんとも美味しそうな記述で食欲をそそります。

「まずは天つゆとご飯の湯気でちょっとクタっとなったてんぷらにかぶりつき、その下を掘り返すようにして、天つゆがしみたご飯をかきこむ。天つゆにてんぷらの油がほんのり混ざっているところが、またコクがあっていい」

ううう。こういう文章を読んでるだけで、もう無性に天丼をかきこみたくなってくるじゃありませぬか。

残るどんぶり料理の三品、親子丼と牛丼、かつ丼が誕生し、受け入れられるようになるまでの歴史は極めて浅いもので、そもそも動物の肉が広く食べられるようになるまでに、長い長い道のりがありました。
まずは、親子丼の材料である鶏肉。江戸時代以前の日本人は、白鳥やキジ、鴨などの野鳥を好んで食べていた一方で、鶏肉は「不浄なもの」とみなされ、食べられることはほとんどありませんでした。室町時代になると鶏卵が食べられるようになり、江戸時代になるとようやく、鶏肉も食材として認識されるようになりますが、鶏卵が食材の格付けで「上」にランクされる一方で、鶏肉は「下」にランクされるという「身分違い」の関係となり、鶏卵と鶏肉が一緒に料理されることもありませんでした。当時の蕎麦屋にあった「親子南蛮」も、鴨肉を鶏卵でとじて作られていたのだとか。いわば、実の親子ではない〝義理の親子〟南蛮といったところでしょうか。
それが変わったのは明治維新以降のこと。士農工商による身分制社会から、「四民平等」の社会になったことで食材に対する差別意識も薄れ、それが親子丼を生み出す素地になったのだとか。「身分差」による差別意識が食材にまで及んでいたことや、それが「四民平等」の世に変わったことでなくなっていったということを本書で初めて知り、ちょっと驚きました。

牛肉も、キリシタンとともに禁止の憂き目にあったり、「牛肉を食べることは穢れである」という考え方が定着していたこともあって、長らく食べられることはありませんでした。明治に入って、文明開化の象徴的な存在として「牛鍋」が流行し、やがて牛肉の煮込みをご飯の上にかけた牛丼のルーツ「牛飯」が登場しますが、それほど上等の肉を使わない安価な代物も多く、下層階級の食べるものというイメージだったといいます。
それを一気に変えるきっかけとなったのが、大正12年(1923)の関東大震災でした。震災から間もない時期に、トタン板葺や屋台といったにわか仕立ての牛丼屋が多数出現し、それは丸の内から芝までの5キロメートル位の範囲に「千五六百軒」も立ち並んだとか。それらの店で売られた牛丼は、労働者階級はもとより上流階級の人たちにも受け入れられ、普及していくことになったといいます。
牛丼の原料となる牛肉を供給する屠場が、早くも震災の3日後から次々と作業を再開したことに加え、米も全国各地から送られてきて「大洪水」といわれるほど確保しやすい状況にあったこともあり、牛丼は被災者にとって「救世主」の役割を果たしていたのだとか。牛丼が身近になった背後にあるこのような歴史も本書で初めて知り、ちょっと感慨深いものがありました。

そしてかつ丼の出現は、西洋から伝わったカツレツにより、豚肉食が一般的となった明治時代からしばらく経った、大正時代の終わりごろのこと。カツレツそのものも厚みが増して「とんかつ」という形で和食化していく中で、かつ丼も誕生したのです。カツレツをとんかつとして和食に取り込んだ上、それをさらにどんぶり物にして完璧に和食化した先人たちのアレンジ能力は、やはりたいしたものだなあと感心させられるばかりです。

そう。一体化させたご飯とおかずを、どんぶりというパッケージに入れて提供するというどんぶり物は、まさしく日本ならではの誇るべき食文化といえましょう。
そんなどんぶり物が誕生し、発展、定着していくまでの歴史とエピソードを、それこそどんぶり物のごとくてんこ盛りにした本書は、どんぶり物の美味しさをさらに引き立て、味わい深いものにしてくれる一冊であります。

【閑古堂のきまぐれ名画座】 デジタルリマスター化によって、歴史の息づかいがより一層リアルに感じられる大作ドキュメンタリー『東京裁判』

2020-06-21 13:59:00 | ドキュメンタリーのお噂


『東京裁判 デジタルリマスター版』(1983年、日本。デジタルリマスター版は2018年)
総プロデューサー=足澤禎吉・須藤博 エクゼクティブプロデューサー=杉山捷三 監督=小林正樹 原案=稲垣俊 脚本=小林正樹・小笠原清 編集=浦岡敬一 音楽=武満徹 ナレーター=佐藤慶 企画・製作=講談社
DVD発売・販売元=キングレコード

満州事変から太平洋戦争に至る戦争の歴史の責任者たちが、アメリカをはじめとする連合国側により裁かれ、戦後日本の歴史にも大きな影響を与えることとなった、極東国際軍事裁判=東京裁判。その審理の過程を記録したアメリカ側によるフィルムと、背景となる歴史を物語る国内外のニュースフィルムなどの膨大な映像を、『人間の条件』(1959〜1961年)や『怪談』(1965年)などの作品で知られる巨匠・小林正樹監督がまとめ上げた、4時間37分に及ぶ大長編ドキュメンタリー映画です。
ベルリン国際映画祭で国際映画批評家協会賞を受賞するなど、高く評価された本作は、東京裁判から70周年にあたる2018年に、製作当時のスタッフであった小笠原清氏(脚本・監督補佐)と杉山捷三氏(エグゼクティブプロデューサー)の監修によってデジタルリマスター化されました。昨年(2019年)にDVD化されたそれを、このほどようやく鑑賞いたしました。

劣化していたフィルムをデジタル技術により修復し、4Kスキャンによりブラッシュアップしたいう映像のクオリティは、想像以上の素晴らしさでした。フィルムの劣化によりボヤけ気味であった被写体も細部まで解像度が上がっていて、人物の表情もかなりリアルに捉えることができます。
とりわけ目を見張ったのは、字幕テロップの読み取りやすさでした。手元に旧版のDVDもあったので、見比べてみると一目瞭然。



(上は旧版DVDより。下はデジタルリマスター版DVDより)

旧版の映像では、白い背景と重なる部分の字幕テロップがいささか見えにくく感じられたのですが、デジタルリマスター版ではそれが解消されていて、どの字幕テロップもクリアに読み取ることができます。
また、昭和天皇による終戦の詔勅=玉音放送にも、画面の右端に新たに字幕テロップが挿入されています。現在では使われないような難解な語句が多く、耳で聞いただけでは意味が理解しにくい玉音放送も、文字で見ることによって幾分かは理解しやすいものになっているように思えました。
映像のみならず、音声もドルビーデジタル5.1ch化されていて、聞き取りにくかったフィルム中の人物の肉声も、だいぶハッキリと聞こえるようになっています。
1985年の8月に、TBS系列で前後編に分けられてテレビ放送されたとき(後編が放送された当日に発生した日航ジャンボ機墜落事故の速報により、放送が30分遅れとなったことも忘れられません)に初めて観て以来、ビデオソフトやレーザーディスク、DVDといったメディアで繰り返し観てきた本作ですが、映像と音声の両面にわたるクオリティの向上により、歴史の息づかいがより一層リアルに感じられ、またも一気に引き込まれて観ることができました。

4時間37分という長尺、しかも歴史上の出来事を題材にした重厚な内容にもかかわらず、本作は実に面白く観ることができます。その大きな理由はやはり、記録映像そのものが持つ迫力にあります。
検察側による起訴状の朗読中、後ろに座っていた大川周明から頭をピシャンと叩かれ、思わず苦笑いのような表情を浮かべる東條英機。広島への原爆投下を引き合いに出しながら、裁判の持つ根本的な矛盾を鋭い舌鋒で指摘するブレークニー弁護人(このくだりは、のちに発行された速記録では省かれているとか)。証人として出廷し、日本との積極的な関わりを否定するような証言をする元満洲国皇帝・愛新覚羅溥儀(のちに自伝の中で偽証したことを告白)。天皇の戦争責任問題などをめぐって展開される、東條とキーナン主席検事との論戦。そして裁判の最後に刑の宣告を受ける被告たち(絞首刑の宣告を受けたあと、傍聴席へ向かって会釈して去る元外相・広田弘毅の姿が印象的)・・・。文章による記述や、動かない写真だけでは伝わらない空気感がひしひしと感じられる映像の迫力は、実に圧倒的です。

教科書に記されるような大文字の歴史からは見えてこない、裁判をめぐるさまざまなドラマにも惹きつけられます。
たとえば、裁判の最初に行われた罪状認否(アレインメント)の場面。裁判長の問いに「有罪」なのか「無罪」なのかを答えるという、英米法特有のしきたりです。被告の中で一番最初にこれに答えた元陸軍大将・荒木貞夫は、その趣旨をよく理解していなかったのか「その件については弁護人よりお答えする」と答弁します。ウェッブ裁判長が改めて「あなた自身で返答を」と促すと、「起訴状を拝観いたしましたが、一番最初に書いてある平和・戦争・人道に関しての罪状には、荒木の二十年生涯における・・・」などと、なんだか演説めいた長広舌を始めてしまいます。
被告の弁護人が「いま被告の言われたことを通訳して頂けませんか」と要望すると、キーナン主席検事が「被告の発言のうち、無罪という以外の言葉はすべて記録から省いて頂きたく思います」と発言します。それが日本語に訳されたとたん、「なんだと?」という表情をする荒木・・・。この一連の場面には、不慣れな英米法の法廷常識に対する日本側被告の戸惑いと、そんな被告の戸惑いには頓着しない、有無を言わさぬ裁判の進行ぶりが凝縮されているように思えました。
また、証人に対する弁護側の尋問に際し、ウェッブ裁判長がしばしば介入したことに対して、弁護側から「不当なる介入」と言われたことに裁判長が反発したり、海軍の名誉にかけて奇襲などという汚い手段は用いていないと主張する元海軍大将・嶋田繁太郎と、海軍は真珠湾奇襲を意図していた上、嶋田らから「脅迫」されたと主張する元外相・東郷茂徳とが衝突したり・・・。「文明のための戦い」を標榜した裁判に垣間見られる、そういったある意味で「人間くさい」側面もまた、本作の面白さとなっています。
そんな東京裁判と戦争の歴史をめぐるドラマを引き立ててくれるのが、名優・佐藤慶さんによるナレーションです(テレビドキュメンタリー番組『知られざる世界』のナレーションも良かったなあ)。ことさら感情を出すことなく、淡々としていながらも歯切れのいい佐藤さんの語り口には格調が感じられ、本作の面白さと価値をさらに高めています。

デジタルリマスター化により、さらに歴史の息づかいがリアルに感じられるようになった映画『東京裁判』。これからも折を見て鑑賞したい、アーカイブドキュメンタリーの名作であります。

本好き必読!無茶苦茶だけど愛すべき読書ヤンキーたちの活躍が痛快な、ビブリオギャグ漫画の快作『どくヤン!』

2020-06-13 15:52:00 | 「本」についての本


『どくヤン!』(1巻)
左近洋一郎・原作、カミムラ晋作・漫画、講談社(モーニングKC)、2020年


ふだんは漫画をあまり読まず、ましてヤンキーものの漫画にはほとんど関心すらないというわたしを夢中にさせてくれたのが、この『どくヤン!』であります。
他校のヤンキーすら恐れおののく、筋金入りのヤンキーの巣窟である私立毘武輪凰(ビブリオ)高校。その生徒は全員が筋金入りのヤンキーであるとともに、本をこよなく愛する「読書ヤンキー」=どくヤンでもあった。そんなビブ高にひょんなことから転入してきた平凡な男子高校生・野辺は、好きなジャンルの本を偏愛する一癖も二癖もあるクラスメイトたちに戸惑い、翻弄される毎日を送ることに・・・。
本作は、見た目も行動もヤンキーそのものでありながら、異常なまでの読書好きという〝どくヤン〟たちが大いに暴れ回るという、痛快極まりないビブリオギャグ漫画の快作です。

ヤンキーと読書という異質すぎる要素が、奇跡の融合を遂げている(?)本作。読み始めるとのっけから大笑いさせられっぱなしで、もう顔の筋肉はすっかりフニャフニャに緩みきってしまいました。
まず、舞台となるビブ高の設定からしてもうムチャクチャ面白いのです。「本を読みさえすれば、どんな生徒も存在を許される」というビブ高の教育理念は「読書上等」。その時間割はすべて「読書」で占められていて、ヤンキーたちに夏目漱石の『こころ』を暗唱させたり、組体操しながら本を読ませたりしているのです。で、その創設者である理事長の名前は「鬼積読独覇」(笑)。
校内で横行する不良行為もまた本がらみです。カツアゲの対象はお金ではなく本という〝ブッカツ〟=ブックカツアゲも愉快ですが、シンナーではなく本を袋に入れて、そのインクや紙のにおいを嗅ぐという〝本パン〟=本アンパンというのは、もうツボにハマりすぎて大笑いさせられました。わたしもけっこう、本のインクや紙のにおいを愛でるクチだったりするもので・・・。

主人公である野辺のクラスメイトとなる、それぞれの好きなジャンルの本を偏愛する〝どくヤン〟連中の人物造形もいちいち傑作です。なかでも、野辺と最初に親しくなる私小説ヤンキー(私小説作家の生きざまに傾倒するあまり、自分も病弱になってるというのが笑えます)がこよなく愛する作家として、上林暁の名前が出てきたのには大いにウケました。妻と自らを襲った病魔と闘いながら、味のある作品を紡ぎ続けていた昭和の私小説作家、上林暁の名前を今どきの人で知っているのはどのくらいいるんだ、という感じで。あと、さまざまな名作絵本のアイコンを配した学ランを着ている〝絵本ヤンキー〟も最高に笑えました。
一癖や二癖どころか三癖も四癖もありそうな、無茶苦茶かつ破天荒な〝どくヤン〟の面々ですが、それでいてなんだか愛すべきところがあり、それぞれの好きなジャンルの本に寄せる偏愛ぶりには好感すら覚えます。この面々となら心ゆくまで本の話ができそうな気もいたします。・・・ヘタなことを口走ろうものなら、殴られたり蹴り入れられたりされそうだけど。

なんだかんだいってもくだらないだけのマンガだろ、とケーベツのマナコを向ける「正統派」読書人もおられるかもしれませんが、ゆめゆめ侮ることなかれ。本作に登場する書物の幅広さはなかなかのものです。夏目漱石や太宰治などの、いわゆる名作系の作品はもちろんのこと、SFやミステリー、時代小説、絵本、ビジネス書、官能小説、さらにはライトノベルといった多彩な書物が画面に書き込まれていたり、内容の一節が引用されたりしています。
中でも興味を惹かれたのは、国立国会図書館に納めるために作られたという、無作為な文字の羅列だけで綴られた書物『亞書』(あしょ)についての言及でした(この「亞書」の活かし方がまた面白い)。この奇妙な書物のことは本作で初めて知ったので、けっこう勉強になりました。
そして各回の最後には、ごていねいにも登場したすべての書物のリストとともに、取り上げた書物について作者が語るコラムまで載せられているというのも、実にニクいのであります。
ちなみに、第1巻のオビに推薦のことばを寄せておられるのは、破滅型の私小説で知られる小説家の西村賢太さん。西村さんの作品『小銭をかぞえる』も、本作の中でしっかり言及されております。

作家や本にまつわるエピソードや小ネタもまた、作中の至るところに織り込まれていて、その用いかたもまた絶妙。ハードボイルド小説から、『三国志』や『水滸伝』などの歴史的題材に舵を切った北方謙三さんの〝名言〟も、まことに効果的なカタチで(笑)使われております。また、本屋に入るとなぜか便意をもよおしてしまうという「青木まりこ現象」(椎名誠さんが編集長をつとめていた頃の『本の雑誌』に、この現象を報告した読者の方のお名前をとってこう呼ばれました)もセリフの中に出てきたりしていて、ちょっとオドロキでした。
このように、本作に盛り込まれた本とその周辺についての情報量は実に多く、それらの活かしかたも実に巧みであるあたりに、作者サイドの本に対する識見と愛着が感じられます。それゆえに、本作は至るところで本好きの琴線を思いっきりくすぐってくれるのです。

『どくヤン!』は現在も連載が続けられていて、今後の展開が大いに楽しみであります。また、単行本第2巻が今月(6月)の下旬に発売される予定とのことですので、出たらさっそく買って読まなければ、と思います。
・・・そうそう。『どくヤン!』を読んでたら、なんだか久しぶりに上林暁の短篇集が読みたくなってきたなあ。手元にある2冊を読み直してみるとするかな。




【わしだって絵本を読む】小さいけどしたたかでしぶとい、街のネズミたちに励まされる『月刊たくさんのふしぎ』7月号「街のネズミ」

2020-06-07 20:15:00 | 雑誌のお噂


『月刊たくさんのふしぎ』2020年7月号「街のネズミ」
原啓義 文・写真、福音館書店、2020年


福音館書店が出している絵本雑誌のひとつである『月刊たくさんのふしぎ』。その最新号として刊行された「街のネズミ」は、人間たちが活動する都会の片隅をすみかとしているネズミたち(おもにドブネズミ)の生態を活写した写真絵本です。
著者である原啓義さんは、巻末の紹介文によれば「会社員の傍ら、動物好きが高じて写真家として活動」しているという方だそうで、これまでに2回、街ネズミの写真展も開催しておられるとのこと。警戒心の強さから、めったに人間の前には姿を現さない「われわれのそばにいながら、どこか遠い存在」であるネズミたちの姿を、実にいきいきと捉えている本書の写真には、もう唸らされっぱなしでありました。

どちらかといえば夜行性というイメージのあった街ネズミたちですが、外が明るい時間帯にもさまざまな場所で活動しているようで、本書の写真の多くも日中に撮影されています。
エサを求めてゴミ箱のへりにぶら下がっていたり、すみかに運ぶつもりなのか大きめのサンマの頭を咥えていたり、2匹が後ろ足で立ち上がって小競り合いを演じていたり・・・。街のネズミたちはこれほどまで、いきいきと明るい日中にも活動しているのか、と驚かされました。

衛生上の理由に加え、電気のケーブルをかじったりすることで、「害獣」として自分たちを駆除の対象とするわれわれ人間に対して、ネズミたちは最大限に警戒をします。人間のことをいつも観察し、視線が自分たちの方に向いているときには動き出さず、別の方に注意が向いたことを確認してサッと移動するのだとか。
ネズミたちが警戒すべき相手はほかにもいます。エサ場をめぐって争うハトや、ネズミを襲って捕食するカラス、そしてネコ。本書には、エサを漁っているときにカラスにしっぽを突かれて、びっくりしてピョーンと飛び跳ねているネズミの写真もあって、よくぞこんな瞬間を捉えたものだと感心させられます。そして、2匹のネコに挟まれて窮地に陥っていたり、道路の真ん中でカラスの餌食となっている、哀れなネズミの姿も写し出されています。
とはいえ、ネズミもやられてばかりいるわけではありません。まだ狩りが上手ではない若いネコやハトに対して、強気な態度で威嚇しているネズミの姿も捉えられていて、ちょっと痛快な気分にさせてくれます。

「害獣」あつかいされて嫌われものとなっている街のネズミたちですが、狭い隙間から頭だけをちょこんと出して外を窺う姿や、両手で花を抱えながら食べている姿などは実に愛嬌があります。そういう姿を見ていると、「ああコイツらはコイツらなりに一生懸命、ガンバって生きているんだなあ・・・」といじましくなってきます。
思えば、街の中でさまざまな困難や難題に直面しながら日々を生きなければならないという点においては、街のネズミたちもわれわれ人間も同じではないでしょうか。そう思うと、「小さくてもしたたかで、しぶとい」街のネズミたちの姿に、なんだか励まされるような気がしてまいります。
そばにいながら遠い存在である隣人、街のネズミたちに対する見方が変わる写真絵本であります。