読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『本の「使い方」』 あくまでも真っすぐで正統的な「知」の構築法に感銘

2014-09-28 22:45:20 | 「本」についての本

『本の「使い方」 1万冊を血肉にした方法』
出口治明著、KADOKAWA/角川書店(角川oneテーマ21)、2014年


ライフネット生命の会長兼CEOとして多忙な日々を送りながら、ビジネスの合間を縫って多くの本を読破し、書評家としても活躍されている出口治明さん。その出口さんがこれまでの読書遍歴を振り返りつつ、書物による「知」の構築法を披瀝したのが、『本の「使い方」』です。

これまで出口さんが読破してきた本は実に1万冊、そのうち半分の5000冊は、好きな分野である歴史の本なのだとか。これだけの本を読破したということは、さぞかし特別な読み方をなさってきたのでは•••と思ったりするのですが、本書で披瀝されている読書法はあくまでも真っ直ぐかつオーソドックスで、奇を衒うようなやり方はまったくありません。
「読書は著者との一対一の対話」であり「基本的にはいつも真剣勝負」という出口さんは、「極端なことを言えば、『きちんとネクタイを締め、正座をして本を読む』ぐらい」の気合いで本と向き合うと言います。
同時に何冊かの本を並行して読むようなこともなく、1冊に集中しながら「1文1文、1字1句納得できるまで」読むという、きわめて正統派の読書法。そこには、「速読」などという小賢しい手法の入り込む余地などありません。
出口さんは速読を「観光バスに乗って世界遺産の前で15分停車し、記念写真を撮って『はい、次に行きましょう』と言って次の世界遺産に向かう旅のようなもの」と喩えます。そして読んだ量の多さではなく、「どれだけの知識や情報が身についたか」という「残存率」のほうが大切だということを説くのです。
洪水のごとく情報が溢れ、次から次へと読みたい本、読まねばならぬ本が出てくるという目下の状況。やはり速読によってたくさんの本を読んでいったほうが積ん読本も減っていいのかなあ•••などと思うこともしばしばだった遅読派のわたくしですが、1冊1冊にしっかりと向き合う出口さんの読書への考え方に、目が覚めるような思いがいたしました。

そして、読むに値する本としてその意義が強調されているのが、古典です。
長い時間を越えても、なお残り続けている優れた著作は「残った理由も理屈もよくわからないとしても、確実に何らかの意味がある」のであり、「それは無条件で『正しい』と仮置きすべき」と出口さんは述べます。さらに、時代が変わっても変わることのない、人間の普遍的な喜怒哀楽や、生きた人間社会のケーススタディを学ぶこともできるのが古典なのだ、とも。
変化の激しい世の中にあって、「今」の状況を追っかけることに汲々とするあまり、ともすれば古典の持つ意義を忘れがちになったりもするのですが、そんなわたくしもあらためて、本書から古典の意義と魅力を教えられたように思いました。
とはいえ、決して文学や思想、哲学書だけにこだわっておられるわけでもありません。長谷川町子さんのマンガ『いじわるばあさん』を、ありのままの人間の内面を普遍的に描いているとして高く評価するといった柔軟性もあり、マンガをほとんど読まないわたくしとしては、そのあたりにも教えられるところがありました。

本の「使い方」について述べた章では、「数字」「ファクト(事実)」「ロジック(論理)」の3点から本の中の主張を検証し、考えることで、あらゆる問題について自分なりの答えを持ち、本の内容にいちいち振り回されることはなくなる、ということが語られています。
さまざまな立場からの「偏った」見解や意見があるというのは大切なことですし、本を読む上でも興味が湧くところではあるのですが、それらをすべて鵜呑みにしたり、逆に片っ端から否定するだけでは、読んでいるほうの考え方やものの見方まで偏り、歪んだものになってしまいます。
本の著者と自分の考えが違っていても、それをことさら非難はしない。しかし、相手が価値観を押し付けようとしてきたら、それには反対する、という出口さんの考え方は、自分なりのものの見方を育むためにとても重要なのではないかと思います。そしてそれは本にとどまらず、その他のメディアやネットにおけるさまざまな主張に接する上でも「使える」考え方なのではないでしょうか。

多くの本から得たことを血肉にしたからこそ語ることができる、読書や教養のあり方についての出口さんのお言葉の数々には、惹きつけられるものがたくさんありました。その中でも特に気持ちに響いたのは、教養を身につける上での「精神のあり方」について述べたくだりでした。
出口さんが大好きだというデザイナーのココ・シャネルは、功成り名を遂げてもなお、世界を知ることへの渇望があったといいます。

「私のように、年老いた、教育を受けていない、孤児院で育った無学な女でも、まだ1日にひとつぐらい花の名前を新しく覚えることはできる」

シャネルの残したこの言葉を引いたあと、出口さんはこのように述べています。

「ようするに、教養とは彼女のように『ひとつでも多くのことを知りたい』という精神のあり方のことではないか、と私は考えています。『ひとつでも多くのことを知りたい』という気持ちを持ち続けている限り、『何冊』と数えなくても、教養は、永遠に積み上がっていきます。」

たくさんの教養を身につけることは、一朝一夕にできるほど容易いものではないとはいえ、ひとつでも多くのことを知りたいという気持ちさえ忘れなければ、何もガツガツと焦る必要はないのだ•••。出口さんが語る教養を身につける上での「精神のあり方」のお話は、やはりたいした学歴も経歴もないわたくしのような人間にも、大きな勇気を与えてくれました。

実のところ、ここしばらく仕事がらみのことが忙しかったりで、ブログの更新のみならず読書のほうも、思うようには進んでいませんでした。ですが、本書から得ることのできた多くのヒントのおかげで、またインプットとアウトプットへの意欲が湧いてきたように思います。
「活字中毒者」はもちろんのことですが、本をあまり読まないという向きにも、人生を豊かにするための本の「使い方」へのヒントが得られる一冊だと思います。

【読了本】『ベスト珍書』 知らない世界をノゾキ見る好奇心と面白さに溢れた怪&快著

2014-09-21 11:47:17 | 「本」についての本

『ベスト珍書 このヘンな本がすごい!』
ハマザキカク著、中央公論新社(中公新書ラクレ)、2014年


1年に数万もの新刊書が刊行され続けている日本の出版業界。それら膨大な新刊書の中には、「こんなテーマをわざわざ本にまでしちゃったのかー」とか「一体どんなヒトが読むのかね、こういう本」などと首をひねらされたり、時にはボーゼンとさせられたりするような「ヘン」な物件、すなわち「珍書」も少なからずあったりいたします。
社会評論社という、名前からしてかなり硬派なイメージの出版社の編集者であるハマザキカクさんは、会社のイメージにはそぐわない(?)ユニークで意表を突く「珍書」の数々を生み出しておられる「珍書プロデューサー」。さらには、続々と刊行される膨大な新刊書を毎日チェックしては、キラリと光る面白そうな珍書をすくい上げ、ツイッターでの珍書速報や『本の雑誌』の連載などで紹介し続けておられる「珍書ソムリエ」でもあります。
まさしく「珍書の鉄人」といってもいいハマザキさんが、主に2000年以降に刊行された珍書の中から選りすぐった最強の珍書100冊を紹介したのが、本書『ベスト珍書』であります。
わたくしも、ハマザキさんによるツイッターの珍書速報や、『本の雑誌』の連載をチェックするのを楽しみにしている一人。それだけに、本書の刊行はものすごく待ち遠しいものがありました。

本書で取り上げられている選りすぐりの極上珍書ラインナップ、そのほんの一部を•••。

路上にぶちまけられた吐瀉物、すなわちゲ◯の写真集。さまざまな動物のう◯こを写真で網羅した児童向けの教育書。前年に執り行われた代表的な葬儀を、葬儀のデータとともにオールカラーで紹介した葬儀社向けの資料集。日本と世界各地に残る手押しポンプと、手押しポンプに関するグッズを集めまくった本。「逆立ちしても読める」ような日本語のロゴを集めた本。広げると全長8メートルにも及ぶ蛇腹式の本。植物標本に使われた古新聞から、埋れていた近代沖縄の歴史を浮かび上がらせた本。ヘンテコなケガの症例とその治療法をイラスト付きで詳述した本。戦後日本における「女装」を徹底的に研究した一冊、などなどなどなど。

読んでいて、「うわ~、こんな本があったのか!」という笑いとオドロキが連続で、大いに好奇心を刺激してくれる怪&快著でした。一応書店づとめの身であるわたくしなのですが、本書で取り上げられていた本のうち、知っていたのはわずか3冊のみ。あらためて、本の世界にはまだまだ未踏の分野があるということを痛感させられることになりました。
中には、まっとうに人生を送っておられるカタギの人たちが拒否反応を起こしそうな内容の物件もいくつか散見されたのですが、そういうちょっと近寄りがたいような世界をノゾキ見ることができるのもまた、本書の楽しみの一つだったりいたします。

本書で紹介されていた本の中で、特に読んでみたい気をそそられたのが、警察関連の本を専門に出版している立花書房から出ている『誰にでもできる職務質問 職質道を極める』(相良真一郎・神戸明編著)。書名、副題からしてなんだか味わい深いこの本、職質テクニックのコツにも興味が湧くのですが、本文の中に漏れに漏れているという、著者であるベテラン警察官の本音がやたら可笑しいのです。たとえば、こんな具合。

「慣れてくると、暴力団員を発見すると、『宝箱』に見えてしまいます。(中略)何が出てくるか、『蓋を開けてのお楽しみ』といった感じなのです。ましてや覚せい剤使用の症状の出ている顔をして歩いていれば、発見した瞬間、自分の身体が引きつけられてしまいます。『獲物を見つけたライオンの気持ちって、こんな感じだろうな。』と思うのです。」

生真面目に書かれているはずの実務書の中にチラリと垣間見える書き手の本音。それがまた、特定の業界向けに出版された専門書を読む楽しみ、かもしれませんな。ちなみに、『誰にでもできる職務質問』は警察官以外には購入不可。うう、かなり残念•••。
また、全く関係ないようなテーマを強引に一冊にした『写真と童話で訪れる 高尿酸血症と奇岩・奇石』(槇野博史著、メディカルレビュー社)という、書名からして強引感あふれる物件も、その強引さを確かめるために読んでみたい気になりました。しかもこれ、同じようなコンセプトの書目によるシリーズものになっているんだとか。うう、気になるのお。
日本語と音が似ている英語やラテン語を集めては、それらとの関連性を大マジメに論じているという、ちょっとヘンテコな「民間語源論」の珍書も2冊取り上げられております。清水義範さんのパスティーシュ短篇に「英語語源日本語説」なる珍説を唱える人物が書いた本の序文ばかりで構成された「序文」という、これまた珍作があって(ちくま文庫の『インパクトの瞬間 清水義範パスティーシュ100 二の巻』に収録)、こちらのほうは無論フィクションなのですが、それと似たようなことを実際に本に著しているヒトがいる、ということに、ミョーな感銘を受けたりいたしました。

めくるめく極上珍書ラインナップもさることながら、「珍コラム」という、声に出して読むといささか気恥ずかしいような(笑)タイトルのコラム10本も必読であります。珍書に強い出版社や書店、珍書ウォッチャーの紹介のほか、新刊の情報収集や図書館利用テクニックなどといったあたりは、珍書愛好家ならずとも役に立つアドバイスが詰まっていると思います。
図書館といえば、ハマザキさんが本書で紹介した珍書、ことに人目を憚るような画像が満載な本を図書館で閲覧した際のエピソードの一つ一つがまたやたら可笑しいのであります。そのあたりもどうぞお読み逃しなきよう。

本書を通読すると、世の中には実に多種多様な興味や関心、そして好奇心というものが存在していて、それにしっかり応えようという書き手や出版社があることがよくわかり、興趣の尽きないものがあります。そのことはわたくしにとって、ある種感動的ですらありました。
ちょっとヘンテコで変わっていても個性的な、多種多様な本が出ているということは、すごく豊かで楽しいことだと思うのです。実際に読むことはないとしても、それらの珍書から自分の知らない多種多様な興味関心の存在を知ることは、けっして無意味なことではないように、わたくしには思えます。
本好きや珍書愛好家はもちろんのことですが、ベストセラーや売れっ子作家の新刊くらいしか「本」との接点がないような方々も、本書から多種多様な「本」の面白さの一端を感じていただけたらと思います。


【関連オススメ本】

『世界珍本読本 キテレツ洋書ブックガイド』
どどいつ文庫著、社会評論社、2012年

ハマザキカクさんが編集者として手がけた、もう一つの珍書本がこちら。個人で妙ちきりんな洋書を輸入して販売している「どどいつ文庫」(HPはこちら。→ http://dobunko.jp/index.html )により選りすぐられた海外の珍書200冊をピックアップ。「野外に放置されたショッピングカート写真集」や「鉄条網完全図解カタログ」「ソ連共産党幹部たちが議事中の退屈しのぎに描いた似顔絵落書き集」「来日観光客の性風俗見物写真集」「悪趣味料理レシピ集」などなど、これまた常人の想像を超えるような物件が独特すぎる奔放な文体により紹介されていて、こちらも大いに楽しめます。

【DVD鑑賞】『大怪獣ガメラ』 明朗な娯楽性に満ちた、ガメラシリーズの原点

2014-09-12 23:14:52 | 映画のお噂

『大怪獣ガメラ』(1965年日本)
監督=湯浅憲明
脚本=高橋二三
音楽=山内正
特殊技術=築地米三郎
出演=船越英二、姿美千子、霧立はるみ、山下洵一郎、内田義郎、浜村淳


今月の2日、デアゴスティーニ・ジャパンから『隔週刊 大映特撮映画DVDコレクション』が創刊されました。2009年から数年間刊行された『東宝特撮映画DVDコレクション』や、現在刊行中の『東宝・新東宝戦争映画DVDコレクション』に続く、DVD付き特撮映画パートワークの第3弾であります。
多くの人に親しまれているガメラシリーズや大魔神シリーズをはじめ、SFや妖怪もの、怪談もの、史劇スペクタクルといった知る人ぞ知る作品まで、堂々全46本が刊行予定としてラインナップされています。

創刊号に収録されたのは、大映特撮を代表する人気キャラクター、ガメラが産声を上げた、1965年の『大怪獣ガメラ』であります。

北極海上空に現れた謎の国籍不明機が、米軍機の呼びかけを無視して飛行を続けたあげく攻撃の挙に出る。米軍機の反撃を受けて撃墜された国籍不明機に搭載されていた核兵器が炸裂し、その衝撃で氷の奥深くに眠っていた巨大な亀の怪獣が目覚めてしまう。ちょうどそのとき、北極のエスキモー集落を訪れて調査に当たっていた東大の生物学教授・日高は、その巨大な亀怪獣がアトランティス伝説に出てくる「ガメラ」であることを知る。
やがてガメラは灯台の光に誘われるように北海道の襟裳岬に出現、灯台を破壊するが、その灯台に取り残されていた少年・俊夫が落下した瞬間、手を差し伸べて救ったのであった。
その後、熱エネルギーを求めたガメラは地熱発電所を襲撃する。35万キロワットの高圧電流による攻撃にも怯まないガメラに、自衛隊は開発途上であった冷凍爆弾を撃ち込む。動きが鈍り、発破により仰向けにひっくり返るガメラ。あとは餓死するだけ、と喜ぶ人びとであったが、ガメラは手足を引っ込めてジェット噴射で宙に舞い、そのままどこかへ飛んでいってしまう。
世界各地の空に姿を見せた末、ついに東京へと飛来したガメラは破壊をほしいままにする。ついに万策尽きた人類は、最後の切り札として「Zプラン」に命運を託すのであった•••。

ライバルであるゴジラ同様、核兵器によって眠りを覚まされるという登場のしかたをするガメラですが、核兵器廃絶への重いメッセージ性に溢れた『ゴジラ』(1954)とは対照的に、本作は78分というコンパクトな時間にテンポ良く次々と見せ場を詰め込み、徹底した娯楽路線で勝負しています。
主役のガメラも出し惜しみすることなく、開始早々にその勇姿を披露。あらゆる攻撃をものともせず、地熱発電所や東京のビル群などを壊しまくるという、なかなかの大暴れっぷりを見せてくれます。
それでいて、子どもに対しては親愛の情を示したりするあたり、のちのシリーズで子どもたちの味方となって大活躍する性格設定の萌芽が見てとれたりもいたします。ガメラに助け出されたことで、ガメラを自分が育てていたカメの生まれ変わりだと信じ、ガメラを危険視する大人たちに抵抗する孤独な少年・俊夫の存在が、後半のドラマにおける柱の一つでもあります。
徹底した娯楽路線を敷いたことで、ドラマ部分に若干の物足りなさを覚えることも確かではあります。また、日本人にわりと似ているエスキモーはともかくとして、ソビエト代表の配役までが日本人というのにも、若干無茶ぶりを覚えたりしましたねえ。まあ、一応それっぽく見せてはおりましたが•••(笑)。
とはいえ、作風にはある種あっけらかんとした明朗快活さが感じられたりもして、これはこれで悪くないし楽しめるな、と思いました。

要所要所できっちりと作り込んでいた特撮にも、見るべきものがいろいろとありました。
中でも白眉だったのが、ガメラが吐く(あるいは吸い込む)炎の表現に、実際の火炎を使用していたことです。『大映特撮映画DVDコレクション』のマガジンにも、その場面のメイキングが出ておりましたが、プロパンガスとガソリンの混合物に点火しての撮影には、さぞかし危険がともなったことでしょう。
東宝特撮映画におけるゴジラの火炎放射の表現が、主に作画による合成だったことを考えれば、実際の火炎を使用しての表現には、東宝特撮に追いつけ追い越せという、当時の作り手たちの気合いを感じるような思いがいたしました。
また、冒頭の北極海での、ガメラによる観測船襲撃シーンでは、船から逃げていく船員たちをアニメによる合成で表現したりするなど、随所に小技を効かせたりしているのも心憎いものがありました。

明朗な娯楽性と、大技小技を組み合わせた特撮の妙を楽しめる『大怪獣ガメラ』、やはり一見する価値はありました。
『大映特撮映画DVDコレクション』、次回刊行の第2号に収録されるのは、こちらも大映を代表する名キャラクターのスクリーンデビュー作『大魔神』(1966)です。こちらもまた、大いに楽しみであります。

【映画鑑賞】『夢は牛のお医者さん』 ローカルメディアによる長期取材が生んだ珠玉の成果

2014-09-07 22:54:43 | ドキュメンタリーのお噂

『夢は牛のお医者さん』(2014年 日本)
監督=時田美昭
出演=丸山知美(旧姓・高橋)、高橋家のみなさん
ナレーション=横山由依(AKB48)
製作=TeNYテレビ新潟
2014年9月7日、宮崎キネマ館にて鑑賞


今から27年前。冬には雪深くなる山あいに位置する、新潟県の松代町。そこで生まれ育った高橋知美さんが通っていた小学校に、3頭の子牛が「入学」してきた。その年に新入生の入学がなかったことから、校長先生の計らいによって「クラスメート」としてやってきたのであった。
知美さんをはじめとする子どもたちは毎日せっせと3頭の子牛の世話を続けるが、牛たちは少々体が弱くて病気がちであった。そんな3頭の世話を続けるうち、知美さんの中に芽生えた夢があった。
「牛のお医者さんになって、自分が病気を治してあげたい」
時が流れ、親元を離れて下宿生活をしながら高校に通うようになった知美さんは、3年間はテレビを見ずに猛勉強することを決意する。獣医になる夢を叶えるべく、難関である国立岩手大学農学部の獣医学科を受験するためだった。
将来を案じる父親の反対、受験当時13.5倍という狭き門•••。厳しい状況を前に「合格しなかったら獣医を諦める」という不退転の決意で臨んだ入学試験に、知美さんは一発で合格。大学で6年間の研究と実習の日々を送る。
卒業後に臨んだ獣医師国家試験も一発で合格し、獣医師の夢を叶えることができた知美さん。しかし、牛の命を救いたいという思いと、経済動物としての効率性というジレンマに悩むこともあった。2004年の新潟県中越地震のときには、ボランティアで孤立した牛たちの救出に参加したりもした。
その後結婚し、二児の母となった知美さんは、子育てをしながら獣医の仕事を続けた。そして今ではその確かな診断と技術により、畜産家から頼られる存在となっているのであった•••。

小学生の時に抱いた夢を努力の末に叶え、その後も職業人としてしっかりと歩み続けている女性の姿を、27年という長期にわたる取材により描き出したドキュメンタリーです。
恥ずかしながら、「まさかこんなにも大泣きするとは•••」というほど強く胸打たれた作品でした。なんせ、まだ映画の序盤であった、知美さんの小学校での「牛の卒業式」のシーンから、もう滂沱の落涙でありました。
小学校にやってきていた3頭の子牛たちはあくまでも愛玩目的ではなく、成長したら市場へ出荷される「経済動物」という前提でやってきたのでした。出荷されるとき、子どもたちは悲しみの中で、牛たちが命と引き換えに果たしてくれる役目を、理屈ではなく心身をもって理解することができたのでしょう。そのことが、どんなに貴重で大きな経験だったことか。
そんな経験を経て、「牛のお医者さん」になることを決意し、それに向かって懸命の努力を重ねた知美さんの姿には、清々しいような感銘を受けました。
大学の入試直前、受かる自信はあるか、と取材者に問われ「自信がなかったら受けません」と即答するきりりとした表情。獣医になってから「(畜産家の皆さんが)頼りにしてくれることが嬉しい」と語る姿。それはいずれもすごくカッコいいものでした。
夢を叶えようとするひたむきな姿勢、そして職業人となってからの凛とした姿。知美さんの生き方は、もういいトシの「オトナ」となっているわたくしにも、たくさんの大切なことを教えてくれたように思います。

本作を製作したのは、新潟県の日本テレビ系列局であるTeNYテレビ新潟です。
知美さんの小学校時代から長期にわたって続けられた取材の成果は、地元新潟県向けローカルニュースの中で放送されただけでなく、日テレ系列の情報番組『ズームイン!!朝!』とその後継番組『ズームイン!!SUPER』でも継続的に取り上げられたのだとか。そして2003年には、やはり日テレ系列のドキュメンタリー枠『NNNドキュメント』で、本作の原型となったドキュメンタリーが放送されるに至ります。
その時々に発生する事件や話題を追いかけるのが主だった仕事のメディアにおいて、一つの事柄を長期間じっくりと取材するということはそう多いことではありません。しかし、一つの事柄を長期間取材することで、短期的なスパンだけで見ていてはわからなかった、事件や出来事の全体像がハッキリと見えてくるということは確かでしょう。
そしてこの『夢は牛のお医者さん』は、一人の人物とその生き方にスポットを当てた長期間の取材もまた、実に多くの収穫をもたらしてくれるのではないか、ということを感じさせてくれました。それを地方のローカルメディアがやり遂げた、ということにも、より一層意義深いものを感じます。
さらに言えば、そんな地方局の地道な仕事を全国ネットで紹介する場を設け、このたびの映画化に結びつけたキー局の日本テレビにも、なかなかやってくれるなあ、という思いを持ったりするのです。

ひたむきに夢に向かった女性の熱意と、それに寄り添い続けたローカルメディアの地道な仕事とが、最良の形で結実した珠玉の作品でした。未見の皆さまは、機会があればぜひご覧いただけたらと願います。

【映画鑑賞】『みつばちの大地』 目を見張る映像美で、人とミツバチとの関係を問いかける秀作

2014-09-07 22:54:30 | ドキュメンタリーのお噂

『みつばちの大地』(2012年ドイツ・オーストリア・スイス)
原題:MORE THAN HONEY
監督・脚本=マークス・イムホーフ
出演=フレッド・ヤギー、ジョン・ミラー、ランドルフ・メンツェル
2014年9月7日、宮崎キネマ館にて鑑賞


植物の花粉を運んで受粉に貢献することで、植物のみならず人間を含む多くの生命をも育んできたミツバチ。われわれが口にしている野菜や果物の三分の一はミツバチにより受粉されていて、アインシュタインをして「地上からミツバチが絶滅したら人類も4年で滅びる」と言わしめるほど、人間の生存にとっても欠かすことのできない存在です。
そのミツバチが突如として大量死したり、忽然と姿を消すといった現象が世界の各地で発生しています。「蜂群崩壊症候群」(CCD)と呼ばれるこの現象がなぜ起こるのか、その要因には諸説があり、まだはっきりしたことはわかっていません。
本作『みつばちの大地』は、養蜂家であった祖父のもとで、幼少の頃からミツバチと親しんでいたというスイスのマークス・イムホーフ監督が、ミツバチを取り巻く状況を世界各地に取材し、作り上げたドキュメンタリー映画の労作にして秀作です。

本作で目を見張らされるのが、ミツバチたちの生態を克明に捉えた映像の数々です。黄金色に輝く巣箱の中で生を営むミツバチを接写したマクロ映像にも引きこまれるものがありましたが、とりわけ目を見張ったのが空中を飛んでいるハチを捉えた映像でした。
エサ場に向かって一目散に飛ぶ働き蜂や、空中で交尾をする女王蜂の姿を、ハチの後ろや側面、そして前からアップで捉えた映像は、これまでまったく目にすることのなかった新鮮さと驚きに溢れておりました。パンフレットに収録されているイムホーフ監督のインタビューによれば、これらの空中飛翔シーンは「小型カメラを搭載した無人偵察機のような、小さなヘリコプター」を使用して撮影されたのだとか。ミツバチ一匹のマクロ撮影にも人間を撮影するときの2倍である10人の人手がかかったということで、素晴らしい映像の数々を撮るために費やされた時間と手間を思うと、そのこと自体も十分感動的だったりいたしました。
それらの映像から見えてくるのは、驚くほどに高度な知性と社会性を備えたミツバチたちの生態です。特に、巣箱の中にいる5万匹のミツバチたちは一つの大きな家族であり、個体それぞれが自らの役割を担うことでシステムとして機能する「超個体」でもある、という話には驚かされるものがありました。

そんなミツバチたちに、想像以上の大きな負荷がかかっている現実も、映画はしっかりと突きつけてきました。
大量のミツバチを飼育しているアメリカの養蜂家は、ハチたちを連れて大規模な農園を渡り歩き、受粉をさせることで利益をあげています。長距離の移動はハチにストレスを与える上、農園では農薬散布で命を落とすハチも。エサとして与えられているのは、病気や寄生虫を防ぐ目的で加えられる抗生物質入りの砂糖水というありさまです。
それとは対照的に、現地にいる在来種のハチで伝統的養蜂を営んでいるスイスの養蜂家も、近くの養蜂家が飼育する外来種が入り込んだことで、飼っていたハチが感染症にかかってしまいます。
さらに衝撃的なのが中国の現状です。文化大革命の時代、毛沢東の命によって穀物を食べるススメが数十億単位で駆除されたのですが、それによって増えた昆虫を駆除するために散布された殺虫剤によりミツバチも犠牲となり、植物の受粉は人間の手によって行わなくてはいけなくなってしまっている、というのです。

人間の活動によるさまざまな負荷によって、その生を脅かされているミツバチたちの現実を描きながらも、映画は特定の何かを「害悪」と決めつけることをしてはいません。
それぞれの現実に横たわっている複雑な面を、極力そのまま提示していくことで、特定の何かに還元されないわれわれ一人一人の問題として、ミツバチと人間との関わりを考えることができます。そのことで、観たあとに深い余韻を覚えることができました。
素晴らしい映像美と深いテーマ性を合わせ持った、見応えある秀作ドキュメンタリーでありました。


【関連オススメ本】

『ハチはなぜ大量死したのか』
ローワン・ジェイコブソン著、中里京子訳、福岡伸一解説、文藝春秋、2009年(文春文庫版もあり)

『みつばちの大地』と同じく、「蜂群崩壊症候群」を題材にして書かれた科学ノンフィクションです。携帯電話の電磁波説、ウイルス説、農薬説•••などの大量死の仮説を、一つ一つ検証していく巧みな語り口は良質のミステリーを思わせるものがあります。映画とともに広く読まれて欲しい一冊です。