goo

2021.02.02 長らく夢見ていた飾り棚を手に入れた経緯。

私は、15年前に今の住居に転居して来た。
引っ越し荷物が、あらかた片付いた頃、元職場の親友のHさんから電話が掛かった。
「どう?引越、うまく行ってる?もう片付いた?」
「うん。あらかた片付いたよ。」
「そう?良かった。じゃ、お祝い、お祝い!何が良い?何でも言って!」と
いうので、「いくらぐらいの物?1万円ぐらい?」と聞くと、
「いえいえ、その倍でも良いよ。」
「え〜2万円も?」
「もっともっと、その倍でも良いよ。」と言う。


私は「実は、とても欲しい飾り棚があって、素晴しいのよ。98000円が
39800になってるんよ。それが欲しくて欲しくて溜まらないんやけど。」
「オーケー、ではそれにしよう。」と即座に彼女は言った。
2日後、現金書留が届いて、その中に4万円の現金が入った祝儀袋が入っていた。
私は、それをつかんで、家具屋さん迄、走ること走ること。
ラッキーだった!売り切れてはいなかった。その喜びは、忘れられない。
愛用の赤いお盆が横に2枚並べられたら、私の理想通りなんだけどと思って,
お盆2枚を胸に抱えて走って来た。
すると、何と言う偶然か!ビッタリ並べて置くことが出来た。
長さも、ビッタリで、扉の内にビッタリと収まった。
まるで、誂えたとしか思えなかった。縦の寸法も、横の寸法も、ぴったりだとは。
「こんな偶然ってある?私はツイテいる。」と私は、又しても思った。


私は、この赤いお盆など迎春用品類の他に、10年前の阪神大震災の時に、
偶然旅行に出掛けて、旅行先の香港で買ったスワロスキーのミニチュアの
飾り物を飾る棚がないので、ずっと飾り棚があればな〜と憧れていた。
それで.10年間、包装紙で包まれた箱の中で、引き出しの中に眠らせていた
スワロスキー達に、ようやく陽の目を見せて上げることが出来ることに、
驚喜した。
Hさん,本当にありがとう。



しかし、私は、迂闊だった。
Hさんは、我が家に何度も来てくれたのに、10年程前には、我が家で、
ファイナルおせちパ−ティーをしたときも、高価なワイン持参で、ワイン講座
迄してくれたのに、大勢の人が居るときばかりだったので、この飾り棚を
見て貰って、「これが貴女から頂いた物よ。これを、私がどんなに喜んでいる
ことか、大切に思っていることか」という感謝の言葉を伝えていなかった。
大勢の人の前で言ってもいいものか分からず、言えていなかった。
これを、ずっと気に病んでいた。今も。

何年か前、「だったら、一度、見に行くからね。」と言ってくれて、来訪を
待っていたが、彼女が足を骨折したり、今はコロナがあったり、又、来訪が
伸びている。

あ、忘れていた。彼女は、お稽古の教室で知り合った女性で、弟さんからの
暴力を受けて、腰の骨を折り、半身不随の車椅子生活になってしまった人を、
半年間自宅に預かって面倒を見た。
大変手のかかる2匹の犬を飼っていて、その世話だけでも大変な上に。
結局、その間のストレスで、片方の聴力を完全に失ってしまった。
でも、全然めげていなくて、恨み言も言わず、明るい声で連絡してきた。
そんなこともあったので、なおさら来訪が延びていた。

3月のお雛様を飾る頃には、今度こそ、彼女に我が家へ来て貰えるだろうと思う。
楽しみに待っている。





<※10年程前に、このことを書いていたのが見つかったので、リンクします。>

2010.02.04 飾り棚を手に入れたいきさつ


010.02.12 スワロスキー達をご紹介します。


2010.02.10 やっと日の目を見たスワロスキー達


コメント ( 0 ) | Trackback (  )