実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

担保権実行に債務名義はいらない?(5)

2010-05-10 15:32:50 | 民事執行法
 ところで,現行法は,建前上は債務名義に基づく強制執行と,担保権実行手続は,別々の手続として規定している。しかし,立法論としてそのようにする必要性があったかどうか……。私は立法論的には,担保権実行手続においても,やはり債務名義を必要とする手続の方が実体的正当性において優れているような気がしている。しかも,ここでいう債務名義とは,まさに民事執行法22条にいう債務名義そのもの(つまり,担保権の存否ではなく,被担保債権の存否に関するもの)とすべきであるように思うのである。もっと端的にいえば,債務者と担保物件の所有者が同一である限り強制執行の手続きに吸収してしまってかまわないような気がしている。そして,物上保証人に対する担保権の実行についてだけ,特則として規定をおくということで十分なのである。
 もともと,債務名義に基づく強制執行においても,たとえば不動産に対する強制執行であれば,差押前に登記されている抵当権があれば,その抵当権の優先弁済権を尊重するように手続は出来上がっており,その一内容が,無剰余による取消の可能性(民事執行法63条)であったり配当における実体法の尊重(同法85条2項)であったりする。そして,実体的な抵当権の存否も含めて,配当の額や優先劣後に争いがあれば,配当異議の手続(同法89条以下)で調整される。そうだとすれば,考え方として,債務名義に基づく差押の差押債権者そのものが担保権者であったとしても,これらの規定を適用することによって処理することに,何も問題ないはずなのである。
 具体的に考えてみるに,仮に差押債権者が2番抵当権者であったとしよう。差し押さえた不動産の売却によって1番抵当権者の被担保債権を満たすことが出来ないことが見込まれれば,無剰余による取消の可能性として処理できる。配当においても,差押債権者が2番抵当権者であることを前提に処理すればよい。抵当権の存否に争いがあれば,配当異議の手続で処理できる。
 以上の課程で,どこかに不都合があるだろうか。あり得るとすれば,差押債権者が担保権者であることを,執行裁判所が認識できるかどうかであろう。とすれば,立法論として,この点に何らかの整備規定(申立段階でどの抵当権の担保権者であるかを明示させるなど)をおけば,問題は発生しない。債務者と所有者が同一の場合は,たったこれだけの改正で,担保権実行手続を債務名義に基づく強制執行に吸収してしまうことが可能なような気がしているのである。
 物上保証人に対する担保権実行手続だけ,特則が必要である。しかし,その特則といっても,基本的な内容は,債務名義記載の債権を被担保債権とする担保権を,第三者が権利を有する財産権に設定している場合は,当該債務名義をもって,当該第三者が有する財産権に対しても強制執行できるという一文と,配当段階における若干の整備規定(たとえば,抵当権者たる差押債権者に対する配当は,民法375条の範囲に限るといったような規定)だけで良さそうな気がしている。
 以上のような改正をもって,民事執行法第3章を全面削除する。これが,私が考えている立法論である。コメントにも頂いていたように,鉄道財団に対する担保権(抵当権)の実行方法は,債務名義が必要とされており,法文をざっと見る限り,上記と同様の処理方法ではないかと思うのである。現実に担保権実行に際して債務名義を必要としている手続も存在しており,それで不都合がないことが前提となっているはずなのである。
 そういった手続があることも踏まえると,通常の担保権実行の手続についても,債務名義による強制執行とは別の手続として処理するよりも,債務名義による強制執行の手続きに吸収してしまった方がよぽどスマートだし,実体的正当性を保ちやすいと思っているのだが,いかがだろうか。

担保権実行に債務名義はいらない?(4)

2010-05-06 13:28:46 | 民事執行法
 総じて,担保権実行手続は,判決手続に擬して理解でき,担保権実行の申立は,訴状の提出,実体異議,実体抗告は答弁の提出の場であって,立証責任も判決手続と同じように法律要件分類的に考えるべきであろう。
 したがって,実体異議,実体抗告の審理で被担保債権の存否が問題となれば,その立証責任は債務者側ではなく申立債権者側が負うというべきである。そう考えないと,厳格な判決手続よりも決定手続である担保権実行手続の方が,申立債権者にとって有利となってしまうからである。判決手続よりも債権者側に有利な手続として理解する必要はないであろう。
 そして,例えば実体異議,実体抗告の中で被担保債権の存在を債権者側が立証できなければ,担保権実行手続は一旦は取り消される。しかし,その判断は既判力をもって確定しているわけではないので,債権者は別途,判決手続をもって担保権の存在について争うことは出来るのであって,勝訴すれば,その判決書が担保権の存在を証する文書となる。今度は,既判力をもって確定されるので,再度の担保権実行手続に対する実体異議,実体抗告でも,口頭弁論終結前の事実関係についての主張は遮断されることになる。

 以上の点は,私が唯一論文らしい論文の体裁を取った,「物上代位による差押えの申立において提出すべき文書-どの事実を立証する文書が必要か-」(遠藤光男元最高裁判所判事喜寿記念論文集,論集編-実務法学における現代的諸問題)にもう少し詳しく論じているので,興味のある人は,こちらも参照されたい。