実務家弁護士の法解釈のギモン

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損害額算定の基準時(3)

2010-02-15 13:48:37 | 債権総論
 前回ブログで,転売利益が損害算定の基準時の問題であるかのように書いたが,基準時の問題とはやや違う問題かもしれない。
 ただ,要するに私の言いたいことを抽象的に言えば,ある損害の発生について,予見可能性が当然に認められる(あるいは予見可能性のあることに争いのない)事案の場合に,法律的論点として予見可能性の必要な事案かどうか(予見可能性がなければ賠償すべき損害の範囲に入ってこない損害かどうか)というのが,実務上判旨で示されないことは多分にあり得るだろうということであり,その場合に,予見可能性の必要ない判例と理解するのは,間違いであろうということである。このことは,損害の算定の基準時でも同じようなことが言えると思われるのである。

 研究会で報告されていた学者の最高裁判例の基準時に関する分析についても,履行不能時を基準時とする判例として報告者は2つの判例を挙げておられたが,配布されたレジュメを見ている限りでは,少なくともそのうちの1つは,債権者(原告)は履行不能時を基準とした損害の算定を求めているのに対し,債務者(被告)はそれ以前の時期を基準時とした額の算定を求めている判例のように読めた。
 もしそうだとすれば,実務家の目からみると,解除時を基準時とする判例と矛盾するかというと,必ずしもそうとも言い切れない。なぜなら,そもそも履行不能時を基準時とした上記判例の事案において,契約解除をしている事案か否かが明らかではなく,また,解除していたとしても,その解除時における損害の算定に関しての主張,立証がなされていない事案だと考えざるを得ないからである。
 裁判所としては,もし解除をしている事案であったなら,解除時が最も望ましい基準時として考えているのかもしれないが,その時期における損害の主張,立証をしていない以上,原告が主張,立証している履行不能時を損害として認定せざるを得ない事案だったかもしれない。これを,「解除時の損害についての主張,立証がない以上請求棄却」と判断するのは,あまりにも具体的妥当性に欠けることは明らかであろう。そうであれば,ベストの判断ではないかもしれないが,ベストに準ずる基準時として,債権者(原告)が主張立証している履行不能時の損害を基準として判断するしかないのである。

 要するに,損害賠償の範囲の問題,その額の算定については,事柄の性質上,債権者側の主張,立証の有無,さらには債務者側が争っているか否かに左右されやすいのである。予見可能性や基準時については,債務者が争わなければ判旨には現れてこない場合があるし,民事訴訟における弁論主義,処分権主義の建前からすれば,債権者が主張立証しない損害について,裁判所が判断することは決してないのである。