波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

8年前乳がん発覚時のこと【1】・・・しこりの自覚と細胞診

2011-12-22 11:11:27 | 8年前乳がん発覚時のこと
私がブログを始めた今年2月は、すでに乳がん歴7年が経過していました。
しかも現在進行形で病状も治療も変化していたので、そのことを記事にするのが精一杯で、
初発時の事は病歴のところに簡単に書いただけなんです。

8年前(2003年)    12月11日、いつもの乳腺定期健診でがんの疑い、細胞診実施。
              12月18日、細胞診結果、事実上のがん告知。
             12月19日、紹介先の大学病院(現在通院中の病院)受診。
         翌年   1月 7日、左乳房全摘手術。

こんな流れで進んで行きました。
私はほとんど手遅れ状態の進行癌で見つかり、初発の告知 = 死刑宣告
な感じだったので、正直振り返ることが辛いです。でも一度きちんと記録しておきたかったので、
8年後の今日、再発しながらもこうして元気でいられることに感謝しつつ、この時のことを振りかえって
書くことにします。

8年前と言いつつ、私の乳がんの成り立ちを考えると、27年前の20歳の時に遡ることになります。

大学3年の夏、何気なく左乳房の下の方にしこりを見つけてしまった私。
もちろん当時すでに、しこり = 乳がんかも、という知識はありました。
なので、びっくりして怖くなって、母親と一緒に近所の大学病院に駆け込みました。
丁度ゼミの夏合宿の初日で、結果が出てから遅刻参加しました。
その時、おそらく生まれて初めて「死」の恐怖を感じたと思います。
20歳でがんだなんてあり得ない、もう生きた心地のしない数日でした。
マンモとエコーの検査の結果、3ヶ月の経過観察になり、確か半年後ぐらいに日帰り手術で
腫瘍のみを摘出して、良性という結果でした。

しかし、乳腺症になっているので毎年検査は受けるように、とのことでした。
それからほぼ毎年、マンモかエコーは受けていました。乳がんが発覚する39歳まで欠かさずです。
だから本来なら、手遅れの乳がんが見つかる、なんて事態はあり得なかったのです。

結論から言うと、がん見逃しがあっかどうかは今でもわかりません。当時の先生にもはや恨みも
ありません。ただただ、残念なだけです。

少し話を戻して、38歳で妊娠した私は、出産の3ヶ月前に大きなお腹を抱えて、一応毎年の乳房検診に行きました。
乳腺が張っているのでマンモはせずエコーのみ。結果は特に問題なし。これで安心して出産に臨める、と
思いました。そして予定日の2003年5月初旬に無事出産、授乳開始。
それはもう、すべてが初体験で想像すらできないことだらけで、大変でした。
まあその辺りのことを書きだすと違うブログになってしまうので。
一番大変だったのは、授乳開始から1ヶ月ほどで酷い乳腺炎になったこと。
おっぱいの中に大きな岩がはりついてしまったような。あり得ないぐらいの痛さとそして高熱も。
腫れと痛みがピークの時は、○ケタニのマッサージに連日通いました。

授乳と乳腺炎のコントロールがようやくできてきて、子供もおすわりが出来るようになり、
子育てをだんだん楽しいと感じ始めたころ、○ケタニのマッサージでもとりきれないしこりが
あることが時々気になりました。マッサージのおばさん(と言っても看護師と助産師の有資格者)に、
「ここの左側の下のところ、お乳の固まりがしこりになってとりにくくなっているから、
授乳終わったら一度乳腺科で診てもらってね。」と言われました。

このしこりの場所は、そう、20歳の時に良性のしこりがあった場所。しこりのみ取っていたのだが、
取ったあとが組織のひきつれのような、しこりのできそこないのような少し固い部分がずーっとあった。
今回しこりができたのはまさにその場所。しかもだんだん大きく硬くなってきたような気がする。
実は、左の脇の下にも、とれないぐりぐりのしこりもあるので言ってみたが、
マッサージの助産師は「副乳かなあ?」と。

今考えれば恐ろしいことです。マッサージでがんを成長促進させていたわけだし、
数ヶ月であっという間にリンパ節転移していたんですね。ちなみにそのころ子供は、
左のおっぱい飲むのを嫌がることが多かった・・・・。教えてくれていたんだね。

まさかとは思いつつ忙しさにかまけつつそれでも、産後7ヶ月の2003年12月10日に乳房の健診に行った。
前回の妊娠中の健診から10ヶ月。しこりが気になるから一応早めに行ったわけです。

ちなみに診察の医師は、20歳の良性腫瘍の時からずーっと診てもらっている。
いっしょに歳とっていった感じ。だからもちろん信頼している。
今回は、しこりのことを言って、すぐにエコー実施。
私はまさか悪い物ではないと思っていたので、あまり不安はなかった。

しかし検査技師の人が、私のしこりのエコー画面を見るなり、ギョとした表情になるのを横目で見てしまった。
医師が部屋に入ってきて「どう?わかった?お乳の固まりでしょ?」
技師は「・・・・・しゅ、しゅよう性のものが・・・、しかも炎症性の・・・・。」

私は意味がよくわからず、少し不安になった。間もなく診察室に呼ばれて、医師の表情を見て、
不穏な雰囲気を察知した。
医師「お乳の固まりではないような影像が見えたので、針で細胞取って調べてみましょう。」
私「・・・・・え?悪い物の可能性はあるんですか?あの・・・ここの脇の下にもぐりぐりがあるんです。」

すぐに再度脇をエコー検査した。
医師「脇のしこりもエコーで見たけど、うーん、フクザツだね。」
フクザツって?意味わからない。もうそれ以上聞けなかった。医師の表情見れば言いたいことがだいたいわかった。
いつも会社の事や雑談で終わる健診も、今日はまったく空気が違う。
不安MAX。だって、だって、脇が腫れているんだよ、リンパ節転移の知識ぐらいはあるよ。
もしがんなら、もう完全に手遅れじゃん、進行速すぎるよ、あり得ないよ。
もううなだれて帰ってくるしかなかった。結果は1週間後。どういう気持ちで過ごせばいいのか。

家に帰って、子供を見てくれていた実母に報告。夜には帰宅した主人に報告。
「もしかして私乳がんかもしれない・・・。」
最初はまさか~、という反応だったが、検査や医師の様子を話したら、これは本当かもしれない、
と感じたらしく、某大学病院にお世話になっている親戚筋など、手術する病院を探すべく家族で動き出した。
私は乳がんの事をネットで調べようともしたが、怖くて無理だった。もう手遅れで手術もできない的な事を
見つけようものなら立ち直れないと思ったから。1週間後の結果には、主人にも同席してもらうことにした。

そうは言っても、クリスマス近い1週間、ママ友の集まりや、家に旧友招くだの予定がいろいろ
入っていて、でも今の段階で誰にも何も言うことができないし、ドタキャンも申し訳ないので、
がんばってこなした。もちろん頭から離れることはなかったが、いっとき考えることからは逃避
できたので、家で悶々としているより良かったかもしれない。

そして1週間後、シロクロ付ける日が来た。嫌でも今日判る。恐ろしくもあり、待ちわびた日でもあった。
その時の私の気持ちは・・・医師の態度だとほぼクロの感じだが、検査の結果シロでした、良かったですね、
と言われることをひたすら心に描いていた、祈っていた・・・・。
その日2003年12月18日は、冷たい雨の降る日だった。

つづく・・・。

 *端折って書いてある部分も多いので、疑問質問等あれば遠慮なくコメント欄にいただければ幸いです。
  もちろん、突っ込みも大歓迎!



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9 コメント

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私も〓 (ふくちゃん)
2013-08-07 08:32:36
数日前に脇の下に しこりがあるのに気がつきました今月21日に検査に行きます私は、今37歳です。頑張りましょうね
返信する
ユメさん (アッピア)
2011-12-23 23:55:12
こんばんわ。
ユメさんもですか。授乳中の乳がん、やっかいですよね。私は断乳がたいへんでした。

そうそう、がんを宿したおっぱいで授乳・・・
なんて考えただけでも恐ろしいことだけど、
うつることは絶対ないんだよね。
でもまずかったのかな、て思う。
うーーーん、思い出したくない事実だよね。
返信する
ながながさん (アッピア)
2011-12-23 23:40:14
まさに、ながながさんと同じような経緯ですよ、私も!
良性腫瘍はがん化することはない、と言われているけど、乳腺症がベースにあるとリスクは高まるのかなあ。
予防する方法はなかったのかなあ。1年に2回も検査していて手遅れになるなんて、もう運命としか言いようがない。
嘆いていても仕方ないんだろうけど、ならばその運命・宿命とやらに挑むしかない。
このやろう、てな具合にね!

毎日楽しく過ごすことが、まずは第一だよね。
これからもいっしょだよ!
返信する
アクリルブルーさん (アッピア)
2011-12-23 23:35:32
はじめまして。
コメントありがとうございます。

そうなんですよね、1センチの癌が育つのに何年かかる、だとか、乳がんは進行が遅いだとか、
一般論なんですよね、所詮。

それを自分にもあてはまると思い込んで、油断してしまうのでしょうか。
悔しいし残念ですよね。

後ろを振り返っても、がんは良くならないので、前を向いて、これ以上悔しい悲しい思いを
しないように、治療と自分の生活守っていきましょうね!

また遊びに来てくださいね。
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まこちゃんさん (アッピア)
2011-12-23 23:30:34
首・肩こりはどうだったかなあ。
確かに、数年前までは、仕事で毎日残業で、疲労・肩こりもうてんこ盛りだったから、よくわからないです。

私の場合、おとなしくしていた癌の芽が、妊娠・出産を機に暴走してしまった、としか思えないんですけど・・・。

本当のところはどうなんでしょう?
返信する
Unknown (ユメ)
2011-12-23 00:23:25
こんばんは。
私も、おけ○で、グイグイ絞ってました。乳腺炎になった左が、切除した方です。
もともと、悪いものがあったから乳腺炎になったのか、その逆か、今となってはわからないけど、ガン細胞入りのおっぱいを飲んでいたことは間違いないみたいです。それを知って、ぎょっとしましたが、「ガンはうつらないから。」って言われて、安心しました。つづきも楽しみにしてます。
返信する
みんな (ながなが)
2011-12-22 23:28:50
皆不安とともに過ごしてきたのですね、私も高校生の時に良性の腫瘍がわかり、日帰り手術して取り除きました。それから毎年 普通の人より+α先生に乳腺症を伝え見てもらってきたはずなのに、何故でしょう?どうしてでしょう?医師が見逃したのでしょうか?我々がもっと突っ込めば良かったのでしょうか?私も乳ガンがわかったときは極初期でよく見つけましたね!と 3度の手術で全摘しリンパに転移も無かったのに、再発なんて 納得いかない、なぜ?どうして?の毎日だった、だけど 振り返ったところで戻れない、やり直せない、前を向くしかない。ホルモンが効くタイプといわれホルモン療法続け 効かなくなったら抗がん剤 それも エンドレス でも 生きていくために前を向くしかない。乳ガンもいろんなタイプ症状があり 千差万別である。だけど私がアッピアさんのブログに出会い救われたのは紛れもない事実、医師でも、家族でもなく、だから情報は必要だと思う。アッピアさんこれからもよろしくお願いいたします。
返信する
検診 (アクリルブルー)
2011-12-22 16:46:07
はじめまして。いつも元気をいただいています。私は毎年検診を受け「異常なし」が続いていたので すっかり安心し 昨年は検診に行きませんでした。「1センチになるのに5~6年かかる」「2年に1回マンモグラフィーを受けましょう」そうか検診なんて2年に一回でいいや、と思っていたら 今年一月2センチのガンがみつかりました。最後の検診から1年4ヶ月。すでにリンパ節転移してました。ありえない!なんで?と思いました。早く進行する人もいるんですね。納得いかないし、悲しいし残念です。
返信する
本日も通院でした。 (まこちゃんです。)
2011-12-22 16:26:41
大学の時にしこりに気づき、
>確か半年後ぐらいに日帰り手術で
腫瘍のみを摘出して、良性という結果でした。

毎年検査をしているのに、・・・。

乳腺症の方は、気をつけないと、乳癌に罹ると入院中に聞いたことはあります。しかし、お若いときから、たいへんでしたね。

1センチの癌になるのに10年掛かるとこれも
入院中のお話です。

私は、38歳頃に癌が少しづつ育ったような気がします。
45歳前後には、お昼ねをしないと体が持たない
(下の子が、まだ、受験中)
大学に入り娘の帰宅が遅くなり、蛍光灯の明かりが、不吉な感じ、それに、首を持ち上げる時の、何とも言えない・・・。
地方から、神奈川県に引越し。           
お風呂に入る前に、乳房の引きつれに気づき、産婦人科を受診、2階の手術台で局所麻酔で手術
白い塊でした。

一週間後判定、現在の病院に通院。
6年後の再発には、ショックでしたね。

アッピアさんは、毎年の検査にも関わらず
乳癌になられ、 首、肩こりには、悩みませんでしたか?

今、思うと、癌の症状は、ありますね。
しかし、よく、頑張っておられます。

首と肩の凝りは、要注意です。

結果を聞くときは、直前に安定剤を服用すると
冷静に聞けます。

きょうも、15日の結果を聞いてきました。

来年も宜しくお願いします。









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