徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:長尾龍一著、『法哲学入門』(講談社学術文庫)

2017年06月04日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

長尾龍一著、『法哲学入門』(講談社学術文庫)は、『法学セミナー』の1980年10月号から1982年3月号まで連載されたものをまとめて発行された本が2007年に文庫化されたものです。その意味では、一種のロングセラーなのではないでしょうか。

この本を読みだしたのは4月初頭だったので、かれこれ2か月かけて(途中何度も中断しつつ)読んだことになります。特に最初の3章くらいまで、割と退屈な蘊蓄が続くので、読むのに忍耐力が要ります。

後半は比較的身近な例を用いているので、理解しやすく、また長尾氏独特のユーモアのセンスも光っているところが多々あり、ふむふむと感心しながら、比較的楽しく読めたと思います。ただ80年代初頭に書かれたものなので、国際政治からの例や日本社会の現状などについて言及されている部分は時代を感じさせます。つまり、現代には合っていません。

目次:

はしがき

第1章 法哲学とは何か

1.十人十色の法哲学
2.哲学とは何か
3.哲学と法学

第2章 人間性と法

1.悪人・罪人
2.法律のない世界
3.ホッブス的世界

第3章 法とは何か

1.サルから人間へ
2.儒家と法家
3.法の概念

第4章 実定法

1.人為の秩序
2.強制説
3.法の解釈

第5章 実定法を超えて

1.力と法
2.正義
3.自然法の問題

第6章 法哲学と現代世界

1.家庭
2.国家
3.世界と日本

原本あとがき

学術文庫版あとがき

まず、「法哲学とは何か」という学問分野としての根拠となるべき定義が確立されていないこと、つまり、そもそも『法哲学』なる学術分野が成立するのか否か自体があいまいであるという認識からこの入門書が始まります。西欧的科学の理解の観点から見ると、この時点ですでに『法哲学』は独立した分野として成り立っていないと思いますが、何はともあれ『法哲学』の名の下に、多種多様な考察がなされてきたので、そのぼや~っとしたくくりとも言えないくくりのための入門が本書ということになります。

著者の言葉を借りれば、「法哲学には「概説」などというほどの共通の基盤などはどこにもない。本書は、法哲学「入門」と題したが、この門が正門か裏門か脇門か、この門の中が法哲学の本陣か別宅か、わかりはしない。」だそうです。

「哲学」は非常識の世界に、「法学」は常識の世界に属しているため、両者は本来相容れない緊張関係にある、ということを念頭に置いた上で、「法哲学」なるものを考えると、確かに訳が分からない。

著者がハンス・ケルゼン研究に重きをおく研究者であったことから、随所にケルゼンが引用されていますが、他にもギリシャ思想、中国思想を始めとした古典古代の哲学思想、あるいは哲学分野にも留まらない分野からも哲学的問題を引き出しており、著者の知識の幅広さには目を見張るものがあります。ただ、それは読者にとっては少々裾野の広すぎるきらいがあり、読んでいて、たくさんの名前を上滑りしてしまうような気がしないでもないです。

著者は老子の「知者不言、言者不知」を引用して、「色々もっともらしいことを述べてきたこと自体が、筆者の無知の証明にほかならないのである。」と本書を締めくくっています。ソクラテス的「無知の知」こそ哲学の本質であり、最終的な結論を許さず、永遠に知の探究をすることが「哲学」であるという著者らしい締めくくり方だと思います。

まあ、ちょっとけむに巻かれた感じがしないでもないのですが。

内容メモ

法の概念規定をめぐる論争の領域:

  1. 「法は規範であるか」、「規範とは何か」
  2. 「法はどのような規範か」、「法規範と道徳規範とはどこが違うか」、「法規範と道徳規範その他との関係如何」
法とは何か(定義の試み):
  1. 本能の秩序:「人間は社会的なもので、共生することを本性とする」(アリストテレス)→「社会あるところに法あり」
  2. 習慣の法則:「習慣は第二の天性」→「社会あるところ習慣による共存のルールあり」
  3. 黙約:習慣のように無自覚ではなく、意識的に、しかし言わず語らずのうちに、共存ルールが形成されることがある。
  4. 技術的規範:交通規則のような、道徳や善悪とは関係のないルール。「天使の軍勢にも軍律は必要であろう」(Gustav Radbruch, Rechtsphilosophie, 3. Aufl., S. 74)
  5. 決断:多数決や判決の既判力などの概念は法の決断的性格を表す。→「社会あるところ決断あり」
  6. 組織規律:自発的な集団における規律。規律違反の最大の制裁は「除名」
  7. 強制規範:法とは物理的強制力行使の正当性の条件を定める規範。国家は、軍事力と警察力を背景として、その規範を物理的に強制しうる。
実定法の特徴:
  1. 国や時代によって違う
  2. 力関係によって左右される。憲法の制定は、多くの場合、戦争や革命の産物であり、憲法や法律の適用もまた政治的、経済的、更には物理的力によって左右される。
  3. 立法者の恣意や過失によっても左右される。
法7の「強制説」に対する反強制説の法思想:
  1. 実定法は、細かい問題点は別とすれば、正義を現実化したものである。
  2. 実定法規範は社会規範の一部であり、道徳規範・習俗規範などとの間の関係は流動的であって、法と道徳の截然たる区別などは不可能である。
  3. 法規範の中心をなすものは「契約を守れ」「他人に与えた損害は償え」というような実体法規範であり、手続法などはそれを実現する手段にすぎない。
  4. 共生は法の本質的要素ではなく、例外的な場合にのみ発動されるもので、法に対する「外部的の附加物」である。
→反論:「例外事態にこそ物事の本質が現れる」。制度の中心にあってそれに満足している者は、その制度が誰を苦しめ、誰を犠牲にしているかについて鈍感。
強制説は、法秩序の周辺や外部に在る者から見た法的現実に依拠するもの。

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