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徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

牧美也子(原作)、 池田悦子(作画)『悪女聖書』全27巻(ゴマブックス)

2016年05月16日 | マンガレビュー

今日は聖霊降臨祭の月曜日で祭日だったので、たまには大人の漫画をと思い、絵柄に惹かれて『悪女聖書』全27巻(ゴマブックス)を大人買い、一気読みしました。

作画に関しては、魅力的な絵も多いのですが、作中では割とデッサン狂いのコマも多くて、ちょっと残念な感じです。

牧美也子氏の原作は読んだことがないので、どの程度この漫画が原作に忠実なものかはわかりませんが、何というかストーリー展開が壮絶で、一度読みだすとやめられないものがあります。まず主人公の【悪女】役根津業子(ねずなりこ)の設定からして非凡。彼女は恋に破れて首を吊った巫女から産み落とされ、同日に祝言を挙げた実父に引き取られて、家族からも村人からも疎まれて育ちます。同じ年に正妻から生まれた異母妹恵は母親同様異母姉である業子を目の敵にし、その業深い生まれにもかかわらずたぐいまれな美貌と頭脳を持った彼女に嫉妬と憎悪の限りをぶつけます。因縁深い姉妹の和解は最後までなし。

主人公業子の悪女ぶりは、彼女の思い人と恵との間に持ち上がった婚約話を阻止しようとすることから始まります。破談には成功しますが、思い人である貴志と一緒に東京に逃げる話は彼女の企みがばれてしまいご破算に。彼女は高校を中退して一人で上京することに。女工として働くことからスタートした彼女が女の武器と悪知恵をフルに使い、様々なステップを踏んで、生け花曙流家元夫人に収まる様子など、圧倒されるばかり。ただし家元夫人の地位は長く持たず、そこに至る過程で踏み台にした曙流理事の反撃に会い、謀略で家元の跡継ぎを妊娠してしまった女性に同情して身を引いたところで第1部終了。

第2部の舞台はパリ。ここでは邪魔者を簡単に消そうとする伯爵様がターゲット。消されそうになったアパートの先住人アニタと結託してかなりの財産を搾り取ります。取り上げた先祖伝来の山城はがんセンターに寄付するなど、義賊的な行動も。危ういところから脱出するための協力者の一人から業子は日本へ帰国する前に、苦労させている妹に渡してほしいと、10カラットのエメラルドを預かります。

第3部ではこの苦労している妹(百合子)さんを訪ねるところから始まります。百合子はやくざ者に乱暴狼藉を働かれたところだったため、慌てて助けようとした業子は油断して、彼女に渡すはずだったエメラルドをその当の狼藉者に盗られてしまう。その乱暴狼藉はビデオに撮られていて、そのせいで縁談も破談となり、家族で運営していた小料理屋も縁談相手に肩代わりしてもらうはずだった借金が返せずに差し押さえられることに。父親は自殺し、百合子は心を病んでしまう。業子はエメラルドを渡せずにとられてしまったことにも責任を感じ、百合子のために復讐を決意。業子は赤坂の高級料亭の仲居として活躍します。復讐の過程で国会議員と恋に落ちたり、その議員の妻が彼女の異母妹だったり、料亭の同僚で、百合子に渡すはずだったエメラルドを帯止めとして持っていた夏世との騙し騙されの攻防戦があったり、と波乱万丈さに磨きがかかっていて、ページをめくる手が止まらない感じです。


レヴュー:竹宮恵子著、『風と木の詩』全16巻(eBook Japan Plus)

2016年04月30日 | マンガレビュー

『風と木の詩』は1976年「週刊少女コミック」10号から掲載開始され、1982年7月号から連載媒体が「プチフラワー」に変わり、1984年6月号まで掲載された元祖BL(ボーイズラブ)と言える少女漫画の古典で、19世紀末のフランス、アルルのラコンブラード学院の寄宿舎で繰り広げられる、思春期の多感な少年達を中心とする物語。愛欲、嫉妬、友情など、さまざまな人々の想いが交錯するなか、共に非凡なバックグラウンドを持つ2人の主人公、華麗かつ愛を求めてやまない孤独なジルベールと誠実なセルジュの切ない愛が描かれています。

この作品の連載当初、ブーム時は、私はまだこういうテーマに興味を持つ年齢に達していなかったため、高校生の時(すでに連載終了後)に入っていた漫研でネタとして耳に入る程度で、まともに読んだのは今回が初めて。

最初の方は二人の出会いとジルベールの放蕩ぶり、彼と寮の同室となった転入生セルジュの誠実さ、同年齢の子にはあまり見られない芯の強さなどが描かれています。ジルベールの方は反発が強く出ており、セルジュは友情を求めて真摯に近づこうと努力する健気さが出ています。

中盤でジルベールの生い立ち、母アンヌ・マリーと夫の弟オーギュスト・ボウとの不義の子で、両親不在で育つ過程や叔父(実父)オーギュストにレイプされるなどショッキングな出来事などを通じ、ジルベールの人格形成過程が細やかに描写されています。それに続いてセルジュの過去の部があり、こちらはご両親(バストゥール子爵家嫡男の父アスランとジプシーの血を引く高級娼婦の母パイヴァ)の恋物語から始まり、セルジュが生まれ、ピアノを始めるいきさつ、両親の死、バストゥール家跡取りとしてのお披露目、優しい祖父母の死、後見となった叔母との緊張関係、肌の色による差別の経験を経て、叔母の娘との不幸な事故を機に家を出て、ラコンブラード学院の寄宿舎に入るまでが描かれています。

この二人がお互いの愛を認めるまでにかなりの時間が費やされます。ジルベールの方は叔父(実父)との関係の他、学院に放り込まれてからは上級生たちとの破滅的な関係を続けてきたため、同性愛への抵抗は全く無いわけですが、まじめなセルジュの持つ抵抗感は比べものにならないくらい強いので、ジルベールに惹かれている気持ちを認めるまでに相当苦悩することになります。

オーギュストが、ジルベールを寄宿舎に入れてからずっと蔑ろにしてきたにもかかわらず、セルジュの登場に危機感を抱き始め、二人を引き裂いてジルベールを取り戻そうと画策。これによって二人とも散々な目に合うのですが、たくさんの生徒たちの協力を得て、ついに学院を脱出し、パリへ駆け落ち(?)。ただ、身元保証もない少年二人がパリでまともな生活をしていけるわけはないので、二人の苦労は絶えません。それでもまじめに働こうとするセルジュとその妖艶さゆえに危険を呼んでしまうジルベールの間の溝はどんどん広がっていってしまい、最後はジルベールを手に入れようとしていた悪の親玉のような人の罠にはまってアヘン中毒となってしまったジルベールが自滅の道まっしぐらに落ちていき、事故にあってその短い生涯を閉じてしまいます。彼の死後バストゥール家に戻ったセルジュはショックから立ち直った後、ジルベールへの愛を音楽に昇華させ、ピアニストの道を進みます。

絵柄の美しさもさることながら、古典的悲劇オペラ的ストーリー展開や登場人物の生い立ち・深層心理を深く掘り下げることで作品に文学的深みが増しており、「少女漫画」の枠を大きく逸脱している作品だと思います。この作品の美学・耽美性を成立させしめているのはやはり舞台が19世紀のヨーロッパであることと主人公二人が貴族の血を引いており、どちらもかなり美形であるということではないでしょうか。少女たちの憧れの凝縮形がここにあると言っても過言ではありません。これの舞台が現代日本の男子校とかだったら台無しになってしまうことでしょう。なぜならそこに美しい幻想を抱ける余地があまりにも少なすぎるから。