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瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』その9

2022-04-29 00:50:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

(中略)

 七月になり、早瀬君の仕事が土日に入ることが多くなってきた。結婚式は九月の第三日曜日に予定しているのに、これでは森宮さんを説得できなくなってしまう。(中略)
「いいや、俺」
 森宮さんは視線を外すとそう言った。
「いいって何が?」
「どうせ、みんな賛成してるんだろう」
「そんなふてくされたようなこと言わないで」
「ふてくされてはいないけどさ。あ、忘れないうちに渡しておく」(中略)
「何?」
「泉ヶ原さんが三百万円送ってきた。結婚祝いにって、自分からだということは黙って二人に渡してほしいってさ」(中略)
「泉ヶ原さんはこんなに大金を出して、二人を応援してる。水戸さんは連絡を取らなくたって、優子ちゃんの幸せを願ってるのは明らかだ。梨花は大喜びだろう? それなのに、俺が反対するとかおかしいもんな」(中略)
 計画どおりだ。(中略)だけど、全然違う。森宮さんが心から「いいよ」と言ってくれなければ、意味はない。(中略)私がそう言おうとすると、
「お父さんに認めてもらわないと結婚はできないです」
 と早瀬君がきっぱりと言った。(中略)

(中略)

 私は何も知らなかったけれど、早瀬君は二度目の訪問で断られてから、三、四日に一度、森宮さんに手紙と自分が弾いたピアノを録音したCDを送りつけていた。
 それがわかったのは、結婚式場や日取りが決まり早瀬君の家にあいさつに行った時だ。(中略)お母さんは「先日、被害届が届いたの」と一通の手紙を私に差し出した。

 三日に一度、早瀬賢人(はやと)君からピアノ曲と暑苦しい手紙が送られ、困っています。結婚がうまくいくまでは続くようです。これ以上こんな目に遭わされては平穏な暮らしができません。どうか、二人が何も気に留めることなく、結婚できるようにしてください。 森宮壮介

(中略)

(中略)
 優子ちゃんが読まないと決めた水戸さんからの手紙は、ざっと百十二通あった。勝手に読むのも気が引けたけど、誰にも読まれずしまわれている手紙はむなしい。それに、子ども時代の優子ちゃんがどんなふうだったか知りたくて、手に取らずにはいられなかった。(中略)
 優子ちゃんはブラジルにいる間の手紙だと言っていたけれど、日本に帰ってからも手紙は続いていて、新しい住所が知らされ、なんとかして会えないだろうか。顔だけでも見たい。と必死な願いが書かれていた。(中略)
 百通を超える手紙を読んで、優子ちゃんの幸せになろうとしtげいる姿を見ることが、この人にとって何にも代えられない大きな喜びだということを、想像するのは簡単だった。だから、水戸さんに手紙を書いた。(中略)ただ結婚式の場所と日時だけを知らせた。
 今朝、優子ちゃんには、水戸さんが来ることを伝えた。(中略)
 十三年ぶりの父娘の再会は想像していたよりもあっさりとしたもので、二人とも時間の隔たりなど何もないように、お互いに近づき言葉を交わしていた。(中略)

(中略)
「最後の親だからバージンロード歩くの、俺に回ってきちゃったんだろう」
「まさか。最後だからじゃないよ。森宮さんだけでしょ。ずっと変わらず父親でいてくれたのは。私が旅立つ場所も、この先戻れる場所も森宮さんのところしかないよ」
 優子ちゃんはきっぱりと言うと、俺の顔を見てにこりと笑った。(中略)
「笑顔で歩いてくださいね」
 スタッフの合図に、目の前の大きな扉が一気に開かれた。
(中略)本当に幸せなのは、誰かと共に喜びを紡いでいる時じゃない。自分の知らない大きな未来へとバトンを渡す時だ。あの日決めた覚悟が、ここへ連れてきてくれた。
「さあ、行こう」
 一歩足を踏み出すと、そこはもう光が満ちあふれていた。

 いつもの瀬尾さんの小説のように、典型的な青春小説でした。