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瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』その7

2022-04-27 01:12:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

森宮さんと梨花さんと私の生活が始まってたった二ヶ月で、梨花さんは出て行った。「探さないでください 梨花」というありきたりな手紙を置いて。(中略)
それからしばらくして、梨花さんから一通の手紙が届いた。
 手紙には、
「再婚をするので、早急に確実に手続きをしてください」
 とだけ、書いてあって、離婚届が同封されていた。(中略)(森宮さんはすばやく離婚届に記入した。)
「梨花さんのこと好きじゃないの?(中略)」
「梨花さんのことは好きだけど、大事なのは優子ちゃんだ。俺、人である前に、男である前に、父親だからね。この離婚届出したら、結婚相手の子どもじゃなく、正真正銘の優子ちゃんの父親になれるってことだよな。なんか得した気分」(中略)

第2章

(中略)
昨日の夜、「明日会ってほしい人がいる」と話した時、森宮さんは大喜びだった。

(中略)
「優子ちゃんまだ二十二歳だし少し早い気もするけど、そろそろそうなりそうな気がしてた。いつもはよくしゃべるのに、今の彼氏のこと、オープンにしてなかっただろ? その分本気で慎重に付き合ってるんだと推測してたんだ」(中略)

 ところが、いざ、早瀬君を目の前にすると、森宮さんは渋い顔をした。(中略)
「(中略)どこの親がふらふらあちこちに旅立ってる男との結婚に賛成する? どうせまたすぐどこかに飛んで行くんだろう」(中略)

 高校の時に付き合っていた脇田君とは、大学に進学して一ヶ月足らずで別れた。脇田君に好きな女の子ができたと、ふられたのだ。(中略)
短大を卒業し栄養士の資格を取った私が就職したのは、山本食堂という小さな家庭料理の店だ。高齢者用の宅配弁当も行っていて、その献立を考えるのが仕事内容。(中略)

(中略)
森宮さんは、この店に週に二、三度は食べに来た。(中略)
「森宮さんが来ないとなると、もう誰も来ないな。掃除始めちゃおうか」
「そうですね」(中略)
「(中略)おっと、客が来た」
(中略)入ってきたのは早瀬君だった。
 高校卒業以来だから、会わなくなって三年。(中略)広い背中に長い腕を見ると、ピアノを弾くためにかがめられた姿が頭に浮かぶ。(中略)
「(中略)今あちこち食べ歩きしてるんだ」
「食べ歩き?」
「毎日違う店に入っては食べてる。森宮さんは? ここで仕事?」
「そう、ここに就職したんだ。あ、そうだ。いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」(中略)
「すごいよ。森宮さん、音楽もやって料理も作って、まさにロッシーニだ」
 早瀬君はそう言うと、私の手を取って握手をした。
そのとたん、私の中に高校生のころの思いがあふれだした。(中略)手に触れられただけなのに、胸が締めつけられそうで、同時に穏やかな感覚が広がっていく。(中略)本当に好きな人は、こんなにも簡単にはっきりとわかるのだ。(中略)

 それから、何度か会い、私たちは付き合うこととなった。(中略)
「そう、ピザづくりを学びたくて、イタリアのレストランで修行してた」(中略)
「俺、ロッシーニみたいになりたいんだよね」
「それは聞いたことがあるけど」
 が詳細の伴奏練習の時、早瀬君は音楽室の肖像画を見て、ロッシーニが一番いいと言っていた。
「ロッシーニは音楽活動の後、レストランを経営したんだよ。(中略)」(中略)
 そして、出会った翌年、(中略)早瀬君は後五ヶ月で卒業だというのに音大を中退し、「バイト代もたまったし、今度はハンバーグの修行に行ってくる」とアメリカに出向いてしまった。(中略)
森宮さんは、いつもは早瀬君の話をおもしろく聞いていたけど、大学を中退してアメリカに行った話をすると、「そいつはだめだな」と顔をしかめた。(中略)
「目標が変わるのは悪いことじゃないけど、人生ってそんなに気楽じゃないよ」(中略)
 一ヶ月が過ぎ、(中略)アメリカから帰ってきた早瀬君は(中略)山本食堂にやってきた。(中略)
「俺、いろいろ気づいたよ」(中略)
「いろいろ?」
「(中略)俺、ファミリーレストランを作りたい。(中略)チェーン店じゃない、手作りのファミリーレストランを作るって決めた」
(中略)
「だからさ、優子、結婚して」
「は?」(中略)
「優子、栄養士免許持ってるし、ちょっとおいしい料理作るし」(中略)
「(中略)愛と音楽があふれるファミレスって最高だと思わない?」(中略)

 その後、フランス料理屋で働き始めた早瀬君がバイトから正社員になって私たちは本格的に結婚に向けて動き始めることにした。(中略)

 四月の第三日曜日。もう一度、早瀬君を森宮さんに引き合わせることにした。
(中略)
「なんだよ、また来たのか」(中略)
「何度もすみません。お父さん、少しは気が変わられたでしょうか」(中略)
「二週間で変わるわけないだろう。っていうか、一生変わらないから」(中略)
「ああ、もう俺、寝る」と自分の部屋へ閉じこもってしまった。

(また明日へ続きます……)