また昨日の続きです。
「ブラック・ジャック ディンゴ」(『週刊少年チャンピオン』1976年5月17日号)。
この作品では、人間が連れ込んだイヌが野生化する一方で、農薬散布によって変異を起こしたサナダムシの一種が凶暴化し、ディンゴの体内を媒介して、この虫の出す毒素によって人間をショック死させてしまうのです。オーストラリア中の生き物を殺したと作中人物に語らせ、「その人間がつれこんだ犬が野生化して、こんどは人間に死をふりまいているとは、なんという皮肉でしょう」といいます。そして最後のコマで、セスナ機から農薬を散布するのを見ながら、ブラック・ジャックが「人間もバカだ━━それに気づいても、まだやってる」とつぶやくのが印象的です。(中略)
「三つ目がとおる ナゾの浮遊物」(『週刊少年マガジン』1977年1月9日号)
「三つ目がとおる」の主人公の写楽は、弱虫で泣き虫のいじめられっ子です。目が三つあって、額にある第三の目はふだん絆創膏で隠してありますが、これを取って三つめの目が開くと不思議な超能力を発揮するのです。この作品では、三つ目人たちが生み出した廃棄物を太平洋の深海に沈め、それが謎の浮遊物となって近海にあらわれます。
日本の高度経済成長は人々の生活様式を変え大量消費・大量廃棄へと変化し、廃棄物の増大とともにゴミの問題が深刻になります。東京都では江東区の夢の島に都内のごみを埋め立てますが、ここでのごみの処理をめぐって、1970年代には東京都内各区の住民の利害が対立して「ゴミ戦争」といわれた諍(いさか)いさえもが起こるのです。三つ目人たちが廃棄したゴミは、そんな時代背景から発想されたゴミ公害に対する問題提起といえます。
三つ目人たちの文明は、現在の人間と同じように廃棄物を大量に生み出し、それを人工皮革の袋に詰め込んで海へ投棄したと作中で語られています。人工皮革ならぬプラスチック製品による海洋汚染が、いまや世界的な問題とされていて、2018年6月にカナダで開かれたG7サミットで「海洋プラスチック憲章」が発表されましたが、日本はアメリカとともに署名しませんでした。「ナゾの浮遊物」は、まさに今日的な海洋プラスチック汚染の象徴のようにも読み取れます。
「ブラック・ジャック 絵が死んでいる!」(『週刊少年チャンピオン』1975年8月18日号)は、核実験による被ばくの悲劇を描きます。1954年、日本のマグロ漁船の第五福竜丸が、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験により被爆し、これがきっかけになって原水爆禁止運動が起こります。その後もアメリカは南太平洋で1960年代まで100個以上もの核実験を繰り返します。
フランスもまた、南太平洋のムルロア環礁などで、66年から74年までに46回の核実験を行い、後にそれが原因で現地住民に甲状腺がんや骨髄性急性白血病が増えていることが報告されました。(中略)
ゴ・ギャンがブラック・ジャックのところへ治療を頼みに来たとき「先生が前に放射線障害の患者を三人もなおした」といい、シリーズの中で、すでに被ばくを描いた作品がほかにも三作あると作中人物の口を通してほのめかしています。なかでも、「やり直しの家」(1976年)は、広島の原爆で被ばくした大工が、いのちの限りを尽くして家を建てる職人的な執念のすさまじさを描き、ゴ・ギャンの芸術的執念に重なって見えます。いまにして思えば、医師の制止を押し切って、亡くなる直前までマンガを描き続けた手塚治虫の執念を予兆しているようにも読み取れるのです。
「鉄腕アトム ミドロが沼の巻」(『少年』1956年8月号~11月号)
前世紀、人間のような世界にはびこっていたトカゲが、ある科学者が発明したタイムマシーンで地球に密航し、現代の世界で増殖して、毒液をかけて人間を思いのままに操るという、SF的な作品です。ここでは科学技術の進歩が、逆に人類を破壊に導くというアナロジーを、高度な知性を持ったトカゲに象徴させ、人類もいずれは亡びる運命にあるとトカゲに予言させています。トカゲの毒を浴びた牛たちの大群を止めるために、アトムが「ドライミルク」と書かれた工場の煙突を壊して運ぶ場面があります。1955年8月に、岡山県が森永ドライミルクにヒ素が混入したと発表し、113人の死者と1万人以上の被害者を出した森永ヒ素ミルク事件を想起させます。科学技術の暴走と共に、食の安全や食品添加物の危険性に対する警告のようにも読み取れます。それはエッセイ「アトムの哀しみ」の、技術革新や先端技術が自然や人間性を置き忘れて暴走すれば、人類滅亡の引き金になりかねないとの警告とも重なります。だからこそ「地球の声に耳を傾けるべきだ」と、手塚は力説するのです。
(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
→FACEBOOK(https://www.facebook.com/profile.php?id=100005952271135)
「ブラック・ジャック ディンゴ」(『週刊少年チャンピオン』1976年5月17日号)。
この作品では、人間が連れ込んだイヌが野生化する一方で、農薬散布によって変異を起こしたサナダムシの一種が凶暴化し、ディンゴの体内を媒介して、この虫の出す毒素によって人間をショック死させてしまうのです。オーストラリア中の生き物を殺したと作中人物に語らせ、「その人間がつれこんだ犬が野生化して、こんどは人間に死をふりまいているとは、なんという皮肉でしょう」といいます。そして最後のコマで、セスナ機から農薬を散布するのを見ながら、ブラック・ジャックが「人間もバカだ━━それに気づいても、まだやってる」とつぶやくのが印象的です。(中略)
「三つ目がとおる ナゾの浮遊物」(『週刊少年マガジン』1977年1月9日号)
「三つ目がとおる」の主人公の写楽は、弱虫で泣き虫のいじめられっ子です。目が三つあって、額にある第三の目はふだん絆創膏で隠してありますが、これを取って三つめの目が開くと不思議な超能力を発揮するのです。この作品では、三つ目人たちが生み出した廃棄物を太平洋の深海に沈め、それが謎の浮遊物となって近海にあらわれます。
日本の高度経済成長は人々の生活様式を変え大量消費・大量廃棄へと変化し、廃棄物の増大とともにゴミの問題が深刻になります。東京都では江東区の夢の島に都内のごみを埋め立てますが、ここでのごみの処理をめぐって、1970年代には東京都内各区の住民の利害が対立して「ゴミ戦争」といわれた諍(いさか)いさえもが起こるのです。三つ目人たちが廃棄したゴミは、そんな時代背景から発想されたゴミ公害に対する問題提起といえます。
三つ目人たちの文明は、現在の人間と同じように廃棄物を大量に生み出し、それを人工皮革の袋に詰め込んで海へ投棄したと作中で語られています。人工皮革ならぬプラスチック製品による海洋汚染が、いまや世界的な問題とされていて、2018年6月にカナダで開かれたG7サミットで「海洋プラスチック憲章」が発表されましたが、日本はアメリカとともに署名しませんでした。「ナゾの浮遊物」は、まさに今日的な海洋プラスチック汚染の象徴のようにも読み取れます。
「ブラック・ジャック 絵が死んでいる!」(『週刊少年チャンピオン』1975年8月18日号)は、核実験による被ばくの悲劇を描きます。1954年、日本のマグロ漁船の第五福竜丸が、ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験により被爆し、これがきっかけになって原水爆禁止運動が起こります。その後もアメリカは南太平洋で1960年代まで100個以上もの核実験を繰り返します。
フランスもまた、南太平洋のムルロア環礁などで、66年から74年までに46回の核実験を行い、後にそれが原因で現地住民に甲状腺がんや骨髄性急性白血病が増えていることが報告されました。(中略)
ゴ・ギャンがブラック・ジャックのところへ治療を頼みに来たとき「先生が前に放射線障害の患者を三人もなおした」といい、シリーズの中で、すでに被ばくを描いた作品がほかにも三作あると作中人物の口を通してほのめかしています。なかでも、「やり直しの家」(1976年)は、広島の原爆で被ばくした大工が、いのちの限りを尽くして家を建てる職人的な執念のすさまじさを描き、ゴ・ギャンの芸術的執念に重なって見えます。いまにして思えば、医師の制止を押し切って、亡くなる直前までマンガを描き続けた手塚治虫の執念を予兆しているようにも読み取れるのです。
「鉄腕アトム ミドロが沼の巻」(『少年』1956年8月号~11月号)
前世紀、人間のような世界にはびこっていたトカゲが、ある科学者が発明したタイムマシーンで地球に密航し、現代の世界で増殖して、毒液をかけて人間を思いのままに操るという、SF的な作品です。ここでは科学技術の進歩が、逆に人類を破壊に導くというアナロジーを、高度な知性を持ったトカゲに象徴させ、人類もいずれは亡びる運命にあるとトカゲに予言させています。トカゲの毒を浴びた牛たちの大群を止めるために、アトムが「ドライミルク」と書かれた工場の煙突を壊して運ぶ場面があります。1955年8月に、岡山県が森永ドライミルクにヒ素が混入したと発表し、113人の死者と1万人以上の被害者を出した森永ヒ素ミルク事件を想起させます。科学技術の暴走と共に、食の安全や食品添加物の危険性に対する警告のようにも読み取れます。それはエッセイ「アトムの哀しみ」の、技術革新や先端技術が自然や人間性を置き忘れて暴走すれば、人類滅亡の引き金になりかねないとの警告とも重なります。だからこそ「地球の声に耳を傾けるべきだ」と、手塚は力説するのです。
(また明日へ続きます……)
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