▲ 折々のことば 「富士山」 ▲
☀12月2日 折々のことば 鷲田清一
富士山はいきなり高いんじゃなくて、裾野が広いから高いんだよね。 柳家小満ん
冨士の裾野には、足がすくむような原始の深い樹海があり反対側には製紙工場の細長い煙突群がある。いくつもの登山口がある。稽古を重ね人の噺を聞くなかで話芸は磨かれる。
裾野が広いとは八方美人になれということではない。人は酸いも甘いも広くみずから経験してはじめて、見晴らしのよい高みにでられるようになる。 「東京かわらばん」9月号から。
私が富士山に登ったのは二十歳すぎの頃、バスで五合目までのぼり山小屋で1泊、暁の
ころから登りはじめた。辺りには木も草もなく登山者たちばかり。うす闇のなかの瓦礫のような山道を登り続けた。これが富士山かとガッカリしながら。でも頂上に立ち、日の出を眺めたときは感動した。わたしの歌友たちには富士山に登ったひとはいない。世界遺産になり、私はしばしば冨士山登頂を自慢している。登ったことのない人は、私が麓から頂上まで歩いて登ったのだと思うらしいが私は否定しない。5合目からの道は険しいのだから。
♦ のぼったことないけど富士山すきなボク、のぼったことがないからでしょう
ポスターなどで富士山を見ていても気持ちが安らぐ。裾野にひろがる草木、そこから緩やかな傾斜が頂上に至る。コツコツ勉強し、仕事をしていたら成功するのだ、急ぐことはない、とおもわせる。19歳で芥川賞を受賞したら高所恐怖症になるかも、、ならなければ大物だ。
♦ いくたびも落選せしを知りしより片岡球子の富士の絵たのし
カレンダーやポスターの富士山はみな端正だ。静かな山だ。しかし大昔に何度か噴火しているらしい。穏やかな人が怒るとスゴイように、富士山が噴火したら我が家も火山灰に覆われるかもしれない。片岡球子の富士の絵は、「富士山は静かな山ではないですよ。優等生ではない、むしろ不良ですよ」と、、酸いも甘いも苦いもある富士山の絵なのだ私には。
12月3日 松井多絵子