* 殻ちゃん~34回 *
❤ 聖堂の絵ガラスをおもう八月のゆうべの道に黒瑠璃揚羽 松井多絵子
QA会の講習を終え、ビルから出た殻ちゃんは走り続ける。前方に塔君が歩いている。ようやく追いつく。8月上旬の夕方。
殻 ▴ 「足立さーん、ちょっとだけ教えてください。数学の問題、、」
塔 ▴ 「ああ、ちょうどよかった。水口さんに聞きたいことがあって。遊歩道へ行こう」
二人は少し歩いて舗道を離れ、遊歩道の入り口に来る。糸杉の並木、その木陰にだれも座っていないベンチがある。やや離れて二人は座る。
殻 ▴ 「わたしに聞きたいことってなあーに?」
塔 ▴ 「その前に、数学の何がわからないの?」「この問題か、ひねってるからなあ」
塔君は殻ちゃんのプリントを見ながら、メモにY= と書き赤ペンでここが大事なところ
だと3度繰り返して説明する。殻ちゃんが理解したのち、話し出す。
塔▴ 「水口さんのオバアサンが三陸にいるって言ってたでしょう。ボクの母も三陸出身
なんだ。今はファッション・ライターだけど以前は歌手だったらしい。でもその頃の
ことは話さないし、祖父母もオジにも長いこと会っていないんだ」
殻▴ 「実は、わたしのママも話さないの。パパは芸能関係の仕事をしていて忙しいし、
ママも働いていて、近くの図書館が私の託児所だったわ」
塔▴ 「キミがお祖母さんに会いに三陸へ、って言ったことを母に話したけど何も、、 」
「キミはいいなあ、お父さんがいて。ボクには父がいないんだ。」
殻▴ 「ほら、あそこに黒瑠璃揚羽が飛んでるわ。パリのノートルダムのステンドグラス、
ってあの蝶みたいなんでしょう?わたしもパリに行きたいなあ」
塔君は黙って夕空を見上げていた。その塔君の横顔を殻ちゃんは見つめていた。
まだ続きます、よろしくね。 松井多絵子