この曲は完全に「作られた音」だ。スタジオという媒体を介してミュージシャンが音を提供し合って作られている。もちろんそこにはリーダーであるハービーハンコックの意図が絶対的な権限を持って存在している。結果についてはハービーが全責任を負うのだ。あらかじめ作られたリズムセクションの音にキーボードをダビングしていく。そこにはライブ演奏にあるいわゆるミュージシャン同士のコミュニケーションはない。こういう音楽の作り方はこの数年前からさかんに行われるようになった。他のジャズミュージシャンもやっている。反発してこういう作り方を批判するミュージシャンや聴衆もたくさんいた。でもそんなことには関心を示さずいい音だと素直に受け入れる人もいた。特に踊りたい若者にレコードの作り方なんて関係ない。そしてそういう若者たちがこのハービーのアルバムの標的だったんだ。古いジャズファンが何を言っても無駄だ。ボクの経験から言うとこういうレコードの作り方はリーダーにとっては一種の快感がある。とにかくトータルに音楽を考えられるし、出来上がったときはシンフォニーを一曲書き上げたような気分になる。それがまた世の中に受け入れてもらえて経済的な見返りまであったらそれは気持ちがいい。何もかも独り占めしたような気分だ。ハンコックのように音楽の多様性を充分理解しているひとには、ライブ感覚がジャズの本筋だとか、スタジオでダビングを重ねて作り上げた音のほうが新しいとか、そんな議論は全く無意味だ。「Maiden Voyage」も「Rockit」も全てがハービーハンコックなんだ。
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