まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

Q.文化と文明は違うものですか?

2016-10-25 20:09:30 | 人間文化論
看護学校の授業は終わってしまいましたが、いただいた質問はまだ残っているので、
今後も答えられそうなものから順番にゆるゆるとお答えしていくつもりですので、
たまにはこのブログも見に来てください。
(おーい、みんな見てるかあ

今回の質問は第1回のときに出してもらったやつではなく、
人間とは何かを考えてもらった回にいただいたものです。
もう忘れちゃいましたか?
人間は本能が壊れていて、その代わりに文化を生み出して生きていく動物だという話です。
あのとき私は、ここで言う 「文化」 は文化人類学で言う文化なので、一番広い意味の文化であり、
人間が生み出したものは有形のものも無形のものも含めてすべて文化ということになります、
と説明させていただきました。
あのときの用語法で言うならば、文明は文化に含まれることになりますから、
次のようにお答えしておけばいいということになるのでしょう。

A-1.文明は文化に含まれますので、文化と文明は同じものです。

ただ、ああいうふうに文化を広い意味で使うことというのは一般的な用法ではありませんので、
今回の質問に対してA-1のようにだけ答えておけばいいということにはならないでしょう。
フツーは文化と文明は区別して使われていますよね。
こういうときは辞書で確かめてみましょう。
まずは『大辞泉』 による文化と文明の定義。

ぶん‐か【文化】
1.人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。「日本の―」「東西の―の交流」
2.1のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される。
3.世の中が開けて生活内容が高まること。文明開化。多く他の語の上に付いて、便利・モダン・新式などの意を表す。「―住宅」
[用法] 文化・文明――「文化」は民族や社会の風習・伝統・思考方法・価値観などの総称で、世代を通じて伝承されていくものを意味する。◇「文明」は人間の知恵が進み、技術が進歩して、生活が便利に快適になる面に重点がある。◇「文化」と「文明」の使い分けは、「文化」が各時代にわたって広範囲で、精神的所産を重視しているのに対し、「文明」は時代・地域とも限定され、経済・技術の進歩に重きを置くというのが一応の目安である。「中国文化」というと古代から現代までだが、「黄河文明」というと古代に黄河流域に発達した文化に限られる。「西洋文化」は古代から現代にいたるヨーロッパ文化をいうが、「西洋文明」は特に西洋近代の機械文明に限っていうことがある。◇「文化」のほうが広く使われ、「文化住宅」「文化生活」「文化包丁」などでは便利・新式の意となる。

ぶん‐めい【文明】
人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。


このように 『大辞泉』 では文化には大きく3つに分けられる意味があるように説明されていました。
このうちの1番が私が使った広い意味での文化です。
それに対して今回の質問に関連するのは2番の意味での文化ですね。
文明のほうの説明も、文化の2番目の意味と対を成していることがおわかりいただけるでしょうか。
文化の3番目の意味は今の若い人にはまったくピンと来ないかもしれませんが、
ぼくの親の世代くらいまではいろいろなものに 「文化」 を付けて、
何かしら先進的なものを指すという用語法があったようです。
『大辞林』(第三版) も見ておくことにしましょう。

ぶんか【文化】
1.〔culture〕 社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。言語・習俗・道徳・宗教、種々の制度などはその具体例。文化相対主義においては、それぞれの人間集団は個別の文化をもち、個別文化はそれぞれ独自の価値をもっており、その間に高低・優劣の差はないとされる。カルチャー。
2.学問・芸術・宗教・道徳など、主として精神的活動から生み出されたもの。
3.世の中が開け進み、生活が快適で便利になること。文明開化。
4.他の語の上に付いて、ハイカラ・便利・新式などの意を表す。 「 -鍋」 〔「文徳によって教化する」の意で「文選」にある。当初、「文明」と共に英語 civilization の訳語。中村正直訳「西国立志編」(1871年)にある。明治30年代後半英語 culture やドイツ語 Kultur の訳語へ転じた。現在の意では西周にしあまね「百学連環」(1870~71年)が早い例〕

ぶんめい【文明】
1.文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。 「オリエントの-」
2.人知がもたらした技術的・物質的所産。 「 -の利器」 〔「学問や教養があり立派なこと」の意で「書経」にある。明治期に英語 civilization の訳語となった。西周にしあまね「百学連環」(1870~71年)にある。「文明開化」という成語の流行により一般化〕


こちらは文化には4つ、文明には2つの意味が記されていて、
『大辞泉』 よりもそれぞれ1つずつ定義・解説がよけいに付されています。
内容的に見てみると、「文化」 に関しては、『大辞泉』 の3番に書かれていた内容が、
『大辞林』 では3と4に分けられていて、
『大辞泉』 には載っていなかった culture や civilization といった原語に言及されています。
「文明」 に関しては 『大辞泉』 と 『大辞林』 で共通する点もありながら、
まったく 『大辞泉』 では触れられていなかった点にも言及されていることがわかるでしょうか。
「文字」、「交通網」、「都市化」、「国家的政治体制」 といった語は、
『大辞泉』 にはまったく出てきておらず、『大辞林』 のほうにだけ見られます。
これは 『大辞泉』 が欧米語の原語に触れておらず、
『大辞林』 が欧米語との関係を見据えていることと関連しています。
「道徳」 や 「倫理」 という語と同様、「文化」 も 「文明」 も元々は中国から伝来した言葉ですが、
幕末から明治にかけての開国期、欧米語を翻訳する際の訳語としていろいろと試されるなかで、
最初は 「文化」 も 「文明」 も civilization の訳語として当てられていたのですが、
だんだん時が経つとともに 「文明」 が civilization の訳語として定着し、
「文化」 は culture のほうの訳語として定着していくことになったわけです。
したがって文化と文明の違いを知るためには culture と civilization の違いを知る必要があります。
これを説明しようと思うとはてしなく面倒くさいのですが、
とりあえず百科事典の解説を簡単にご紹介することで何とか乗り切ってみましょう。
以下は 『百科事典マイペディア』 の解説です。

文化【ぶんか】
英・仏語 culture,ドイツ語 Kultur などの訳。欧語はいずれもラテン語 cultura に由来し,元来〈栽培・耕作〉の意をもつ。すなわち,動物のそれと区別されるところの,人間に固有な生活様式の総体をいい,しばしば自然に対比される。

文明【ぶんめい】
英語 civilization,ドイツ語 Zivilisation などの訳。ラテン語 civis (市民) に由来し,元来市民たる身分の特性や教養を意味したが,しばしば文化と同義に,動物ないし〈未開〉とは区別される,洗練された人間生活・活動の総体をいう語として用いられる。


culture が 「農耕」 に由来する語だということは授業中に話したような気がします。
それに対して civilization のほうは 「市民」 とか、
さらにその元となった 「都市」civitas に由来する語なわけです。
先ほどの 『大辞林』 のなかで 「都市化」 に言及されていたのはそういう意味合いなんですね。
世界史のなかで黄河文明とかメソポタミア文明と言う場合、
ある特定の場所に多くの人々が集まってきて都市国家が形成された所を指して用いられます。
そういう所ではみんながみんな農耕 (=食物生産) に携わっているわけではなくて、
分業が進みさまざまな産業が発達していきますね。
したがって順番的に言うと、まず culture (文化) があり、
その先にさらに進んでいくと civilization (文明) が形成されていくということになります。
『マイペディア』 では、文化は動物や自然と対比される言葉であり、
文明は未開社会と対比される言葉というふうに説明されていました。
元々の欧米語はそういうニュアンスで使われていたと言っていいでしょう。
したがってこういうふうにまとめておきましょう。

A-2.動物とは異なり自然をそのままを受け入れるのではなく、
    人間が自らの手で生み出していったものすべてが文化と呼ばれます。
    文化が発達していくなかで都市国家が形成されるほど豊かになった段階で生み出された、
    より高度で洗練された文化が文明と呼ばれています。

この2番目の答えにおいても、文明は文化に含まれるという形になっていることに注意してください。
基本的には文化と文明というのはこのA-2のように捉えておけばいいんだと思います。
ウィキペディアの文化文明の説明もおおよそこの枠組みで書かれていると言っていいでしょう。
さて、問題は最初の 『大辞泉』 や 『大辞林』 にあった精神的なものと物質的なものという区別です。
この分類はどこから生じてきているのでしょうか。
これもきちんと論じるのは難しいのですが、
英語やフランス語の culture には 「文化」 という意味のほかに 「教養」 という意味があり、
これが影響してきているのだと私は考えています。
ドイツ語だと Kultur (文化) という語のほかに Bildung (教養) という語があるんですが、
英語やフランス語には教養を表すための別の単語が存在せず、
culture という語が文化という意味で使われる場合と教養という意味で使われる場合があるのです。
人間の知能というか精神的能力を耕し開墾していくことによって教養が身に付いていく、
というイメージで culture が教養を意味するようになったのでしょう。
culture が教養であるとするならば、それが精神的なものを指すというのは理解できますね。
それとの対比で、civilization というのは都市化によって生み出されたものですから、
精神的なものよりは物質的なものや制度的なものを指す場合が多くなったのでしょう。
もちろん都市化によって精神的なものも生み出されます。
都会的な洗練された習慣とか社交界のマナーなどです。
カントなどはそういう精神的なものを表すために civilization という語を使ったりしていましたが、
やはり大多数の人々は civilization と言えば物質的なものを思い浮かべ、
文化であると同時に教養も意味する culture という語によって精神的なものをイメージしたのでしょう。
その区別が現代語にも引き継がれているのだと思います。
というわけで3番目の答えです。

A-3.現代においては、人間が生み出したもののうちで精神的なものを文化と呼び、
    物質的、制度的なものを文明と呼ぶ区別が定着しているようです。

このような限定された意味での文化という言葉からさらに派生して、
日本では (特に学校社会のなかでは) 「文化系」 という言葉がよく使われています。
「体育会系」 という語と対を成す言葉ですね。
これについては以前に書いたことがあるのでそちらを読んでみてください。
さらには 「理数系」 と 「文化系」 を区別する用語法もあります。
数学や自然科学って私には人間精神の産物としか思えないんですが、
それらは文学や芸術のような曖昧さを伴わず、
科学技術によって物質的なものを生み出すことができるというところが、
文化っぽくないということなんでしょうか。
「文化系」 という言葉の使い方は日本独自のものと思われますので、
これ以上詮索するのはやめておきましょう。
長々と書いてきてしまいましたが、
文化と文明の違い (や共通点) に関してご理解いただけたでしょうか。
よくわからなかったらまたコメント欄に質問ください。

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