新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

アメリカの紙パルプ産業界の再編成に思うこと

2023-10-21 08:37:26 | コラム
世界最大のスマーフィット・ウエストロックが誕生した:

昨20日にはこのアメリカに製紙産業界の新会社の誕生を取り上げた。だが、私は決してその世界最大の会社が形成されたことを賞賛もしないし、凄いことだとも思っていない。

それと言うのも、21世紀に入ってからの世界の急激な変化とそれに伴う製造業ではない分野の急成長を見ていると「世の中が変わったのだ」と痛感させられていたからだ。スマーフィット・ウエストロックの誕生には物品の輸送の段ボール箱の需要が安定した成長を見せている時代が到来した事が示されている。

1972年8月に「行きたい」とも「行こうか」とも「行けるかな」とも考えたことがなかったアメリカの大手の紙パルプメーカーに転身してから22年以上もの間、この産業界とアメリカの経済界というものを日本の会社で17年も育てて頂いた経験を活かして、相互の文化の違いを観察する事も出来たのは、今にして思えば非常に有り難い事だった。

1972年にアメリカの紙パルプ産業界に身を投じてから、紙パルプ産業界とその関連業界である、彼らが“customer industry”と呼ぶ「印刷・加工業界」にも接する機会を得た。当然のことで、これらの業界の生産・加工の現場にも入っていく機会を得た。私の期待感は「世界最新鋭で最高の製造・加工設備に接することが出来る」という点にあった。

ところが、現場に入って「あれ、これは何だろう?」と当惑させられたのだった。先ずは、我が社の抄紙の現場に入った時のことから。それまでに日本の製紙工場で普通に見てきた機械設備の数十年前の形式のものが稼働していたのだった。不思議に思って当時の技術サービスマネージャーに「何かこの機械を使う価値があるのか」と訊いてしまった。

彼は憤然とした表情で「馬鹿な事を訊くな。会社の方針は所定の利益を上げない限り合理化の為の新規投資はしないと決まっているのだ」と答えた。「理路整然としてはいるが、世界の合理化の流れに遅れてどうなるのかな」と考えた。

次に、アメリカ西海岸のカリフォルニア州で最大の規模であると聞いた「紙器の印刷・加工企業」の工場見学の機会を得た。ここでも、我が国では見られないような最新鋭の最大の規模の「印刷から打抜き加工までが出来る設備」を期待していた。工場で動いていたのは古色蒼然たる印刷機と、別ラインの打ち抜き設備だった。「何故、このような古くて非効率的な設備で」とは訊かなかった。いや、訊けなかった。

何故、こうなってしまったかには二通りの理由がある。それは「アメリカは未だに古き良き経営理念の下で動いているのである。即ち、予め定めてあった利益が出て初めて設備の合理化・近代化と新規の設備投資を行う」のであるから、そこまでの利益が上がらなければ、古物化した設備を小まめに手直しでもして騙し騙しして使う事しかできないのである。尤も、アメリカの製造業が掲げる利益目標は(我が国と比較しても)非常に高いのも事実だ。

次は「生産設備が豪快・近代化されているか」である。この古き良き経営理念の下で運営されているアメリカの産業界よりも、我が国をも含めて言わば後発である新興国の方が世界で最新鋭の能力が高い設備を導入できたのだった。であるから、単純に言えば「アメリカ我が国に追い抜かれたのは当然だった」と言える。事実、1975年に我が社の製紙工場に入って、そこにある抄紙機が1951年(昭和26年)に導入されたと知って、それこそ驚愕した。

後発の企業の方が有利であるという例を挙げてみよう。1997年に今や世界最大規模の製紙会社となっている華僑資本のAsia Pulp & Paper(APP)のインドネシアの新鋭の製紙工場で三菱重工製のコンピュータ制御された最新式の抄紙機の速さと大きさと生産能力の高さには本当に言葉を失った。英語で言う”apple to apple”の比較にはならないが、我が社の機械の4倍か5倍の能力で、人の手が介入せず安定した品質の紙が出来上がるのだ。

先に取り上げたカリフォルニア州の紙器印刷加工工場では、別々のラインになっていた機器は、あの頃よりも前に一つの流れに纏めた加工機が発売されていた。後発だった我が国では既にその最新鋭の印刷・加工機が方々で導入されていたのだった。そういう事情を弁えないでアメリカを視察すると、あの頃には「アメリカには最早見るべきものなし」という類いのアメリカ視察後の報告が上がっていたものだった。

今や、中国が世界最大規模の生産設備を保有する世界最大の紙・板紙の生産国であり、アメリカがその70%程の規模で第2位、我が国は中国の30%にも満たないかも知れない生産量の第3位である。上記のAPPの例が示すように、中国の設備は最新鋭であり最大の能力がある事にもよるが、経済発展の度合いと人口の大きさも発展の大きな要因であろう。

アメリカは設備近代化と合理化の遅れがあったが、今やGAFAMで世界を席巻した。中国は後発なるが故に優れた設備に投資して導入して急速に発展したと言えると思う。私如きに先行きは見通せないが、私の育った頃のような「製造業が経済を牽引する時代」はとっくに終わっていて、GAFAMが肩で風切るときが来た。だが、彼らも何時かは新しい時代の流れに置いて行かれるのかも知れない。

再びアメリカの業界再編成に話を戻せば、段ボール原紙と製函の会社が世界第1位になるなどとは夢想すらしたことがなかった。印刷用紙と新聞用紙の時代が終わりを告げているのだ。即ち、Amazonを始めとする通販業界が製紙産業界を変えるだけの影響力を見せたという事か。