毎日、なるべく暗い空気は醸し出さぬよう、ブーたれたいことをネタっぽく(ギャグっぽ?)く書こうとしているつもりだが、どーしても愚痴ブログが多くなってしまう私。読者の皆さんには申し訳ないとは思いつつ、今日は流石に心が折れてしまいそう…だからブログはアップしない方がいいかな?と思うも、友人、知人に言ってもしょうがないので、ブログに書きなぐるのが唯一の発散方法…という訳で、今日はまりっぺの愚痴劇場の始まりであります。
昔からの読者の方はご存知かと思いますが、6年程祖母の介護をしていた中、母、一昨年にステージIIIの癌になってしまいました。一昨年は抗がん剤治療、手術と母もつらい治療を頑張ってくれ、今年の初めまでは化学療法も行い、今は薬の服用をしています。
私は20年程前に「脳下垂体腫瘍」と言われた時、目の前が真っ暗になりました。自分が告知される迄はよくドラマで余命幾ばくもないヒロインのドラマを見ながら、あぁ~告知された本人や家族は辛いだろうなとしか思っていなかったけど、いざ自分が脳腫瘍と言われた時には崖下から突き落とされた気分だった。幸い良性で経過観察ですむ程度だったし、脳下垂体腫瘍だから他の重篤な方に比べたら、私の病気はへでもないのだけれど「脳腫瘍」という言葉を聞かされた時の恐怖と言ったら半端ではなかった…
だから、母が癌の告知を受けた時はさぞ嫌な思いをしただろうと、彼女の気持ちがよくわかる。やはり「癌」と言われれば嫌な気持ちだし、彼女にとってはまだこれからも薬の服用が数年続く。転移や再発の恐怖は常に頭や心の片隅にあるだろうと思う。私も今も健在の小さな脳下垂体腫瘍が大きくならないという保証はないから彼女の気持ちは多少わかっているつもり。
それに一昨年の抗がん剤治療で、髪は抜け落ち、体も心もボロボロになった母。その頃から皆の前では明るく振舞っていたけれど、それはあくまでも表面的なものであることも私はわかっている。
私だって、小さいできものが頭の中にあるのはいい気分ではない…でもそれを悲劇のヒロインを演じる理由にはしたくないと思っている。母も私も今ある自分を受け入れて前向きに進むしかないからです。
そこへ来て母は一気に老いも加わり、益々、体が思うように動かずに悲しみ、イラつく。でもなるべく人にその姿を見せないように頑張るが、それがかえってストレスになっていることが、私にはよくわかるのです。
だから彼女のそういう気持ちを汲んで、嫌なことがあっても、気分をリセットして毎日彼女に電話を入れたり、恵比寿に様子を見に行ったり、麻布に来てもらったりするのですが、私の声を聴いたり、顔を見ると、つい愚痴を言い始めたり、私の言動や行動でイラっとし始める。イラっとしたら、スイッチが入って訳のわからないことで怒り始める。そして一日の終わりには私もげんなりして母が嫌になる。
夜、一人になってから、私はブログで憂さ晴らしをしたり、テニスで鬱憤を晴らしているが、母は気分転換の為に一人で外出する体力があまりないから、私にしか愚痴をこぼしたり、当たるしかないのだろうと気分を入れ替えて翌日、連絡を取るとまた愚痴とイライラが始まりの繰り返し。
そこへ来てお手伝いのH。彼女は根はいい人で、頼りがいがあるけれど、人の気持ちや空気を呼んで話すことがなく、ムッとする話し方。言えばやってくれるが言わないと何もやらない。自分の考えを持っているのはいいが、人の家のことまで、「こうすべきだ」だと決め付けることが鼻につく。でも助けられることも多いので、なるべくそういう嫌なところは見ないようにするが、母は必ず、一日の終わりに彼女の愚痴を言う。
「そんなに嫌なら、私に愚痴らず、彼女に直接言えば、彼女も多少は理解してくれると思うけど」と私がいえば
「そういう問題ではない…」と言う母。
結局、愚痴をいうだけでHに関する嫌なことは何一つ解決しないのである。
そこへきて、この所の私の健康診断のひっかかり問題が浮上。
心配してもしょうがないことで、前向きに対処するしかないと思っているものの、どこか心の隅で「嫌な気分」というのがあるが、とにかく前向きにいようと自分に言い聞かせている。周囲には「血液検査引っかかり、この際徹底的に検査して、生活習慣とか改善するいい機会なのよね。」と伝えている。詳細を話すと色んな無神経な言葉が返ってきたり、根掘り葉掘り聞かれると、どんどん嫌な考えが頭の中に入ってくるからその程度にしか言わないようにしている。とはいえ、聞かれれば、現状を淡々と話すが、その日の気分で放っておいて欲しい時もあるんだけどね…
で、一昨日の夜、母から電話があり、「明日(つまり昨日)麻布にHと行く」というので、
唯一の私の憂さ晴らしのテニスに午後行きたいなぁ~という思いがありつつも、母がこっちの整理をしたいというので「ではテニスは休みます」と言ったら
「私の家だから自分で勝手にいろいろやりますから、私たちのことはきにしないで」と言う
だから昨日の時点で「ではお言葉に甘えてテニスに行って参ります。今生徒数が少ないから休むと迷惑かけるし、ママからお許しも受けているので、行ってくるけど、とにかく私の物は何一つ手をつけないでくださいませ」と言って、家を出た。
で、楽しいテニスをし、お茶してから帰宅してみると、あれだけ私のものには手をつけないでと言って出たはずなのに、きれいにまとめられていた。
アチャー!!!あのね…あのごちゃごちゃ状態でも、大体どの書類がどの山にあるのかわかっていたのに、これじゃわかんなくなっちゃうじゃないの!と私の顔が曇ったのを見たママとH「あんな状態にしてあるあんたが悪い。何も捨ててない、ただ綺麗にまとめただけよ。それのどこが悪いの!」と逆ギレする。
私はもう諦め、何も言い返さなかった。
そこへ二人で追い討ちをかける
「玄関にゴミまとめておいたから捨てに行くのを手伝って」と言うので、見てみるとプラスティックや、可燃ごみやら、色んな物が分別されずに置かれていた
「前も言ったけど、ここのマンションはゴミの捨て方が厳しいから、ゴミを捨てる時は袋を3つ用意して、「燃えるゴミ」、「プラスティック」と「不燃ごみ」に分けてってお願いしたよね。この3つ以外にもペットボトルやビン、スプレーも分けるのよ。港区は結構、ゴミの分別厳しいから、これじゃ捨てられないので、明日、分別して私が捨てておくから」と言ったら
H「都は焼却廃炉は良くなっているから大丈夫」
私「そうは言っても港区は結構持って行ってくれないこともあるみたいで、ペリーが神経質に「こういうゴミの出し方しないでください」ってゴミ戸の前に分別されていないゴミを出して張り紙貼られるのよ」
母「恵比寿はそんな神経質なことは言わない。」
私「だから港区が結構厳しいところに、ここはペリーが神経質だから、ゴミに関しては私も気を使っているの。文句のつけ様のないように私はきっちり出しているし、ママの家でもここに住んでいるのは私なんです。ここにはここのルールっつうものがあるのよ。」
Hと母「全くくだらない!」とプンプン怒る
私「だから、明日私が分別して捨てるからごみ捨ては今じゃなくていいでしょと言っているだけぢゃない」と宥めるも
Hと母「ぢゃぁ、もういいです。恵比寿にこのゴミを持って行って捨てるから」
その時点で午後9時だったので「もう恵比寿のゴミ戸はしまってるでしょ。」
Hとママ「持って帰って明日、捨てる」
私「持って帰るってどうやって?結局、私が送って行くわけでしょ」
Hとママ「あぁ~全く、あぁ~言えば、こういうで本当にやりにく、嫌な人ね」
それはこっちの台詞だよぉーっ!
もうこの人たちとは話にならないので黙ってしまったら、
「早く送って頂戴」と言う割にはゴミは持って行かない二人(* ̄□ ̄*;
ムカァーッ(ーー゛)
とりあえず、送って帰ると段々ムカムカがバージョンアップし、吐きそうになり、トイレで唸っていたら母から電話が入り「明日も朝から行きますから…」と言う
ちょうど、トイレで七転八倒していたところにその電話内容で低いテンションで「わかりました」と答えたら
「そんな辛気臭い態度ならもういい!」と母、再び、腹を立てて電話が切られた。
もう私には手に負えません…勘弁して下さいと思いながら一晩過ごし、今朝になって、母たちが残して行ったゴミの分別をし始めたら、私の物は「何一つ捨てていない」とあんだけ二人で言っていたにも関わらず、私の化粧品、仕事先の人の名刺や連絡先を書いたメモ、昔の仕事の書類でまだ取っておかなければならない書類が、かなり捨てられていた
あぁ~目上の人が何を言おうと、何をしようと、年寄りが一番と我が家ではずぅっと言われ続けて育ちましたが、なるべく元気で、プラス思考で生活しようと思っている私でも体のことで少し不安に想う気持ちがある今日この頃、私ももうそろそろ私ブチ切れそうです…