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気ままに

大船での気ままな生活日誌

名月から三日ぶりのお月さま 大谷は2日ぶり22号

2018-09-27 22:26:08 | Weblog

こんばんわ。

中秋の名月から三日ぶりのお月さまです。

午後7時半頃

午後10時頃。墨絵の牡丹のよう。

大谷は名月の翌日、満月の日に21号。そして、今日、二日ぶりに22号。相手投手は、日ハム時代の同僚、マーティン。

シーズン25本、いけるぞ!

夕焼けは何日振りだっただろうか。久しぶりだよお富さん。

それでは、おやすみなさい。

いい夢を。

夕方近くに晴れてきた。

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玉三郎と海老蔵の”海神別荘”

2018-09-27 10:41:35 | Weblog

おはようございます。

月イチシネマ歌舞伎も一週間ほどしか上映されないので(遊びに忙しいぼくは)見逃すことが多い。今月はなんとか捉えました(笑)。泉鏡花原作で、玉三郎と海老蔵共演の”海神別荘”。よかったですよ。2009年(平成21年)7月に歌舞伎座で上演されたもの。10年ほど前なので、やはり、お二人とも、若い。お美しく、また凛々しい。

舞台がはじまる前、玉三郎が泉鏡花へのぞっこんの想い、そして、演出も担当していることから、舞台上での工夫、苦心の一端を聞かせてくれる。

地上の一人の美女(玉三郎)が人柱として海神の世継ぎである公子(海老蔵)に御輿入れする物語。幻想的な宮殿での幕開きに続いて、黒潮騎士に囲まれた美女の輿入れへと、美しい場面が絵巻物を広げるように展開します。公子と美女が対面し、水底の世界の素晴らしさを語り聞かせる公子と、俗世界への未練を残す美女との対話は名場面であり、鏡花ならではの美しい台詞を楽しめます。そして伴奏音楽にハープを用いて、より幻想味を高めているところが坂東玉三郎演出の特色です(サイトより)。

自分はこうして生きている、素晴らしい世界に住んでいる、それを家族や近隣の人に伝えたいので、地上に戻してくれ、と公子に頼む。しかし、人間の目には、あなたの姿は大蛇にしか見えないと諭す。それを振り切って、陸に上がるのだが、その通りで皆に恐ろしがられるばかりだった。泣きながら海神別荘に戻る。悲しみに暮れる美女に怒り、公子は刃を向ける。いざ、刺そうとした瞬間、美女は、うつくしい顔を公人に向け、”ああ、貴方。私を斬る、私を殺す、その、顔のお綺麗さ、気高さ、美しさ、目のすずしさ、眉の勇ましさ。はじめて見ました、位の高さ、品のよさ。もう、故郷も何も忘れました。早く殺して。ああ、嬉しい”とさけぶ。公子、剣を下げ、こちらへおいでと、美女を引き寄せ、終生を誓う。飲め、呑もう。盃をかわして、仰いで飲む。廻廊の燈籠も一斉に点り輝くのだった。

(以下、鏡花の戯曲から)

(公子)あれ見い、血を取かわして飲んだと思うと、お前の故郷(くに)の、浦の磯に、岩に、紫と紅の花が咲いた。それとも、星か。(一同打見る。)あれは何だ。(博士)存じております。竜胆(りんどう)と撫子(とこなつ)でございます。新夫人(にいおくさま)の、お心が通いまして、折からの霜に、一際色が冴えました。若様と奥様の血の俤(おもかげ)でございます。(公子)人間にそれが分るか。(博士)心ないものには知れますまい。詩人、画家が、しかし認めますでございましょう。

公子)お前、私の悪意ある呪詛(のろい)でないのが知れたろう。(美女)お見棄(みすて)のう、幾久しく。(一同) 万歳を申上げます。(公子) 皆、休息をなさい。(一同退場。)
公子、美女と手を携えて一歩す。美しき花降る。二歩す、フト立停(たちど)まる。三歩を動かす時、音楽聞ゆ。(美女)一歩(ひとあし)に花が降り、二歩(ふたあし)には微妙の薫(かおり)、いま三あしめに、ひとりでに、楽しい音楽の聞えます。ここは極楽でございますか。
公子) ははは、そんな処と一所にされて堪(たま)るものか。おい、女の行(ゆ)く極楽に男は居らんぞ。(鎧の結目を解きかけて、音楽につれておもむろに、やや、ななめに立ちつつ、その竜の爪を美女の背にかく。雪の振袖、紫の鱗の端にほのかに見ゆ。)男の行く極楽に女は居ない。
――幕――
 

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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