梅雨の時期
・・・私には、苦い思い出があります。
その思い出はあまりに古く、今では断片的に、まるで映画のシーンのように思い出されるのですが、不思議に、幼い私がその時に感じていたこと、考えていたことは、まるでもう一人の私を外から見るように、鮮明に、はっきりと覚えているのです・・・
それは、幼稚園の年中組の梅雨のある日。
私の記憶は、幼稚園の職員室・・・
あれは、お昼休みだったのでしょうか。担任の先生が事務用の回転椅子に座り、私の正面でいろいろと尋ねています。その先生の向こう側には、難しい顔をした園長先生が座っていました。
「なぜ、そんな状況に陥ってしまったのか?」それは定かではありません
それが、古い古い思い出だから、というのではなく、その当時から、そこのところだけは抜け落ちていたように覚えています。
とにかく、なぜか、私は一番の仲良しのお友達「かっちゃん」の長靴を、お手洗いに捨てた犯人・・・ということになってしまっていました。
当時のお手洗いは「くみ取り式」で、きっと、お手洗いに入った園児が、眼下に、赤い長靴1個が落ちていたのを見つけ、先生に報告をしたのでしょう
子どもというものは、自分の都合の悪いことは、すぐに上手に忘れてしまうギャングだ・・・と思っている大人は意外に多いですが、実際には、「自分がやったイタズラや意地悪」という悪事
は、自分の中のうしろめたい思いからか、案外しっかりと覚えているものです
私は一人っ子で、父や母だけではなく、祖母やおじ、おばも一緒の、大家族の中で育ちました。
当時ではよくあることだったと思いますが、祖母の母イジメ(俗に言う、嫁いびり、ですね)はかなりのもので、私は子ども心に、「おばあちゃん、何で私には優しいのに、お母さんのことを虐めるのだろうなあ・・・
」と悲しい思いになったものです。
そういう意味では、私はすでに4歳頃から、大人の理屈や、大人の表裏等、そういうドロドロとしたものを肌で感じて暮らしていたように思います。
それを思えば、私には、確かに「ストレス」のようなものはあったでしょう。
しかし
私は断じて、「かっちゃん」の長靴をお手洗いに捨ててはいないのです
たとえストレスがあったとしても、大好きなかっちゃんを悲しませて喜ぶ、という気持ちはありませんでしたし、人間関係において、とっても臆病だった私は、当時は、誰よりも「人から嫌われること」を怖いこと、辛いこと、悲しいこと、と思っていましたからね
だから、単なる愉快犯として、お友達の長靴をお手洗いに捨てる、という悪事をはたらき、先生やお友達に「まどかちゃんは、悪い子」というレッテルを貼られてしまうようなことは、断じてしない子どもでした
では、なぜ「私が捨てたことになってしまったのか
」そこのところは不明であり・・・もう、45年、半世紀の時が流れてしまった今では、もう誰も覚えていないでしょうね
「なんでこんなことをしたの?正直に先生に話してごらんなさい
かっちゃんが悲しむでしょう?どうして?・・・」
先生が、私の顔をまっすぐに見ながら、視線を逸らさず、硬い表情で何度も繰り返してたずねます
向こう側の、園長先生の顔も怖い顔でした。
職員室の外は、土砂降りの雨

園庭の一番端には鉄棒があって、その生け垣の前の鉄棒の下が、大きな大きな水たまりになっていました・・・
先生は、私がいつまで経っても黙ったままなので、かなり気分を害されたのでしょう
だんだんと、声のトーンがあがってきました。私は、ひたすら困っていましたねえ・・・
なぜ、やってもいないのに、私は黙っていたのかって?
やっていないのならば、どうして「そんなこと、やってません!」と言わなかったのか?
本当ですよね
私は泣き叫んでも、「私は、大好きなかっちゃんの長靴を、お手洗いに捨てたりしてません
」と言わないといけなかったでしょうね。
でも、なーんにも言わなかったのです。言えなかったのかなあ・・・ただただ、「なんで私が職員室に呼ばれて、何で何も知らないことを、何度も何度も聞かれているのだろうか?」と、そのことが飲み込めず、とっても悲しかった、ということを覚えています
そして、「何で、こんな酷いことをしたの?」と繰り返す先生が怖くて、何とか、早くその状況から逃げ出したいと思っていました。そして、たまたま、その時に職員室の前を通りかかった、少し障害のある年中さんを指さし、「あの子が捨てた・・・」と、小声で言ったことを覚えています。とんでもない悪い子ですねえ、私は

そう私が言った瞬間、何も聞こえていないはずのその女の子が、私のほうを、ぎゅっと睨んだんですよ。
私は、後ろめたさでいっぱいになり、うつむきました。(その日以来、私はその年中さんの顔を見ることができなくなりました。そして、園庭ですれ違ったりするたびに、心の中で、ウソを言ってごめん
、と繰り返していました・・・)
それが、私の記憶です。
音を立てて降る雨。水たまりがあちこちに出来た園庭。鉄棒の下の大きな水たまり。先生の声以外は、蛍光灯の音?だけがジーと鳴る職員室。担任の先生の怖い目。園長先生の顔。年中さんが私を睨んだ目・・・
「かっちゃん」は、大きな開業医のお嬢さんでした。その公立幼稚園から、私立の小学校に進学。
私はその7年後、中学受験を経て、かっちゃんの通う一貫校に進学し、同じクラスになりました。
けれど、私はその後一度も、かっちゃんと「長靴」の話しをしたことはありませんでした。
もしかしたら、中学生になったかっちゃんはすでに、そんなことを忘れていたのかもしれませんし、今になって思えば、かっちゃんは、長靴事件については、何も詳しいことは知らされていなかったのかもしれません・・・
あの時、たぶん私の母は、その事件?問題に関して先生からご説明を受けたはず、です。さぞかし、母は心を痛めたことでしょう・・・
けれど、私はたった一度も、母からそのことで詰問されたり、母に叱られたりした記憶がありません。
私は自分が2人の子どもの母になってから、当時の母の思い、気持ちをあらためて考えてみました。そして、本当に悲しかったですねえ

親である母が、それほど大きな問題の真相を確かめなかったことが良いことなのか、悪いことなのか、何とも言えませんが・・・でも、当時の母は、決して「何となく」ではなく、何らかの確固とした思いがあって、私に何も言わなかったのでしょう。その母の心を思うと、その出来事の真相云々ではなく、母に、とてつもなく辛い思いをさせてしまった私の罪を感じずにはおれません・・・
私は、「かっちゃん」の長靴を捨ててはいない
私は、梅雨の時期が来るたびに、毎年毎年、あの「雨の園庭のシーン」を鮮明に思い出し、そうつぶやきます。少し、胸が痛くなります
理不尽、という言葉があります。不条理、という言葉もありますね。私は中学生になり、この少し大人っぽい響きのある言葉を知った時、すぐに、この幼稚園での苦い思い出が頭に浮かびました
私の二人の子どもが幼稚園に在園中・・・ときどき尋ねたものです。「ねえ、何か幼稚園でイヤなことはなあい?」と

そして、今。
クラスでは、一生懸命に子ども達に話し、教えます

「あなた達はね、しっかりと自分の考えていることを、言葉にして、相手に伝えなさいね
人が話す言葉を間違うことなく聞いて理解するために、そして自分の思いを正しく相手に伝えるために、一つでもたくさんの「言葉」を覚えなさい
言葉って大事よ。たくさんの言葉を知らなければ、相手が何を言っているのかもわからないし、自分の言いたいことを、相手に上手に伝えることができないんだもの
」
今でこそ、私は「話す」仕事をし、人からも「よくしゃべる人」と、かなり呆れられる存在ではありますが、4歳や5歳当時は、あまり、上手に話す子どもではなかったのでしょうか・・・
それとも、あまりの信じられないぬれぎぬに、「そんなこと、していません
」と言う気力も、チャンスも失ってしまったのでしょうか・・・
今では、みんなみーんな、確かめようのない闇の中です

その思い出はあまりに古く、今では断片的に、まるで映画のシーンのように思い出されるのですが、不思議に、幼い私がその時に感じていたこと、考えていたことは、まるでもう一人の私を外から見るように、鮮明に、はっきりと覚えているのです・・・

それは、幼稚園の年中組の梅雨のある日。
私の記憶は、幼稚園の職員室・・・
あれは、お昼休みだったのでしょうか。担任の先生が事務用の回転椅子に座り、私の正面でいろいろと尋ねています。その先生の向こう側には、難しい顔をした園長先生が座っていました。
「なぜ、そんな状況に陥ってしまったのか?」それは定かではありません

とにかく、なぜか、私は一番の仲良しのお友達「かっちゃん」の長靴を、お手洗いに捨てた犯人・・・ということになってしまっていました。
当時のお手洗いは「くみ取り式」で、きっと、お手洗いに入った園児が、眼下に、赤い長靴1個が落ちていたのを見つけ、先生に報告をしたのでしょう

子どもというものは、自分の都合の悪いことは、すぐに上手に忘れてしまうギャングだ・・・と思っている大人は意外に多いですが、実際には、「自分がやったイタズラや意地悪」という悪事


私は一人っ子で、父や母だけではなく、祖母やおじ、おばも一緒の、大家族の中で育ちました。
当時ではよくあることだったと思いますが、祖母の母イジメ(俗に言う、嫁いびり、ですね)はかなりのもので、私は子ども心に、「おばあちゃん、何で私には優しいのに、お母さんのことを虐めるのだろうなあ・・・

そういう意味では、私はすでに4歳頃から、大人の理屈や、大人の表裏等、そういうドロドロとしたものを肌で感じて暮らしていたように思います。
それを思えば、私には、確かに「ストレス」のようなものはあったでしょう。
しかし


たとえストレスがあったとしても、大好きなかっちゃんを悲しませて喜ぶ、という気持ちはありませんでしたし、人間関係において、とっても臆病だった私は、当時は、誰よりも「人から嫌われること」を怖いこと、辛いこと、悲しいこと、と思っていましたからね

だから、単なる愉快犯として、お友達の長靴をお手洗いに捨てる、という悪事をはたらき、先生やお友達に「まどかちゃんは、悪い子」というレッテルを貼られてしまうようなことは、断じてしない子どもでした

では、なぜ「私が捨てたことになってしまったのか


「なんでこんなことをしたの?正直に先生に話してごらんなさい

先生が、私の顔をまっすぐに見ながら、視線を逸らさず、硬い表情で何度も繰り返してたずねます

向こう側の、園長先生の顔も怖い顔でした。
職員室の外は、土砂降りの雨


園庭の一番端には鉄棒があって、その生け垣の前の鉄棒の下が、大きな大きな水たまりになっていました・・・
先生は、私がいつまで経っても黙ったままなので、かなり気分を害されたのでしょう

なぜ、やってもいないのに、私は黙っていたのかって?
やっていないのならば、どうして「そんなこと、やってません!」と言わなかったのか?
本当ですよね


でも、なーんにも言わなかったのです。言えなかったのかなあ・・・ただただ、「なんで私が職員室に呼ばれて、何で何も知らないことを、何度も何度も聞かれているのだろうか?」と、そのことが飲み込めず、とっても悲しかった、ということを覚えています

そして、「何で、こんな酷いことをしたの?」と繰り返す先生が怖くて、何とか、早くその状況から逃げ出したいと思っていました。そして、たまたま、その時に職員室の前を通りかかった、少し障害のある年中さんを指さし、「あの子が捨てた・・・」と、小声で言ったことを覚えています。とんでもない悪い子ですねえ、私は


そう私が言った瞬間、何も聞こえていないはずのその女の子が、私のほうを、ぎゅっと睨んだんですよ。
私は、後ろめたさでいっぱいになり、うつむきました。(その日以来、私はその年中さんの顔を見ることができなくなりました。そして、園庭ですれ違ったりするたびに、心の中で、ウソを言ってごめん


それが、私の記憶です。
音を立てて降る雨。水たまりがあちこちに出来た園庭。鉄棒の下の大きな水たまり。先生の声以外は、蛍光灯の音?だけがジーと鳴る職員室。担任の先生の怖い目。園長先生の顔。年中さんが私を睨んだ目・・・
「かっちゃん」は、大きな開業医のお嬢さんでした。その公立幼稚園から、私立の小学校に進学。
私はその7年後、中学受験を経て、かっちゃんの通う一貫校に進学し、同じクラスになりました。
けれど、私はその後一度も、かっちゃんと「長靴」の話しをしたことはありませんでした。
もしかしたら、中学生になったかっちゃんはすでに、そんなことを忘れていたのかもしれませんし、今になって思えば、かっちゃんは、長靴事件については、何も詳しいことは知らされていなかったのかもしれません・・・

あの時、たぶん私の母は、その事件?問題に関して先生からご説明を受けたはず、です。さぞかし、母は心を痛めたことでしょう・・・
けれど、私はたった一度も、母からそのことで詰問されたり、母に叱られたりした記憶がありません。
私は自分が2人の子どもの母になってから、当時の母の思い、気持ちをあらためて考えてみました。そして、本当に悲しかったですねえ


親である母が、それほど大きな問題の真相を確かめなかったことが良いことなのか、悪いことなのか、何とも言えませんが・・・でも、当時の母は、決して「何となく」ではなく、何らかの確固とした思いがあって、私に何も言わなかったのでしょう。その母の心を思うと、その出来事の真相云々ではなく、母に、とてつもなく辛い思いをさせてしまった私の罪を感じずにはおれません・・・
私は、「かっちゃん」の長靴を捨ててはいない

私は、梅雨の時期が来るたびに、毎年毎年、あの「雨の園庭のシーン」を鮮明に思い出し、そうつぶやきます。少し、胸が痛くなります

理不尽、という言葉があります。不条理、という言葉もありますね。私は中学生になり、この少し大人っぽい響きのある言葉を知った時、すぐに、この幼稚園での苦い思い出が頭に浮かびました

私の二人の子どもが幼稚園に在園中・・・ときどき尋ねたものです。「ねえ、何か幼稚園でイヤなことはなあい?」と


そして、今。
クラスでは、一生懸命に子ども達に話し、教えます







今でこそ、私は「話す」仕事をし、人からも「よくしゃべる人」と、かなり呆れられる存在ではありますが、4歳や5歳当時は、あまり、上手に話す子どもではなかったのでしょうか・・・

それとも、あまりの信じられないぬれぎぬに、「そんなこと、していません

今では、みんなみーんな、確かめようのない闇の中です
