石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

荒葉一也SF小説「イスラエル、イランを空爆す」(1)

2010-07-12 | 中東諸国の動向

未明の出撃

 2010年某月某日未明、イスラエルの空軍基地から3機のF16I戦闘機が東に向けて飛び立った。通常の訓練飛行或いは作戦訓練であれば西の地中海上空に向かうはずである。東へ向かえば数十分で隣国ヨルダンの国境を越え、さらにはサウジアラビア或いはイラク上空に達する。それは明らかな領空侵犯である。

  しかし3機は離陸後ぐんぐん上昇し、高度1万メートルに達すると水平飛行に移り迷うことなく進路を真東にとった。高々度で巡航し目標地点が近くなれば低高度で侵入、任務終了後再び高々度に上昇して基地に帰還する予定である。作戦用語でいわゆる「Hi-Lo-Lo-Hi(ハイ・ロー・ロー・ハイ)攻撃」と呼ばれるものである。機内の全地球測位システム(GPS)と機体に装着したレーザー誘導爆弾(LGB)「バンカーバスター」にセットされた攻撃目標はイランの首都テヘランの南200マイルにあるナタンズ。目標までの距離は約2,000KM。ナタンズの地下十数メートルの壕には数千基の遠心分離機によって濃縮ウランが製造されている。イランの核開発施設の中で最も需要な施設の一つである。

  イランの核関連施設にはナタンズの他にウラン遠心分離に必要な六フッ化ウランを生産する施設がイスファハンにあり、またアラクに重水プラント及びプルトニウム生産炉がある。これら三つの施設が総合的に結びつけば、イランは米英仏露中の五大国及びインド、パキスタン、北朝鮮に次ぐ世界9番目の核兵器保有国となることができる。否、イスラエルが核兵器を保有していることは公然の秘密であるから、イランは10番目の核保有国となる。イスラエル自身は核兵器を保有していることを否定も肯定もしない。思わせぶりな態度を取ることがむしろ周辺アラブ・イスラム諸国に対する無形の圧力となっている。イランの核開発を座視すればイスラエルは自国の優位性を失うことになる。

  そのようなことはイスラエル軍部、そして「イスラエル我が祖国」に代表される右翼国粋主義者達にとって耐えられないことである。彼らはユダヤ人が人類史上最も優秀な民族であると固く信じている。欧米の白人には一目置くもののアラブ人などは劣等民族としか考えていない。数次にわたる中東戦争で彼らを完膚なきまでに叩きのめしたことでそのことは証明済である。ペルシャ人やトルコ人とてもアラブ人と五十歩百歩なのであり、イランごときが自分たちと同じ立場に立つのは我慢ならないのである。

  イスラエル軍部は焦っている。黒人系のオバマが米国大統領に選ばれた前後からパレスチナ和平問題に対する風向きの変化を思い知らされている。「イスラエルロビーとアメリカの外交政策」と題する本がベストセラーになった。かつてならこのようなイスラエル批判本を出版することなど考えられなかった。もしそのような動きを察知すればイスラエルロビーはすぐに米国内の全てのメディアに圧力をかけて出版を水際で差し止め、さらに著者を社会的に抹殺した。言論弾圧とか人権侵害などと言わせぬ巧妙な手段でメディア操作をしたのである。しかし今や彼らの力は目に見えて衰えつつある。ただ一つ今も有効なのは議員に対する圧力だけと言える。選挙区の評判を気にする議員にとって結束力と行動力に秀でたユダヤ人団体は何よりも強い味方である一方、敵に回すと落選の憂き目を見る恐ろしい相手である。

  イスラエルが焦っている理由は米国の国内事情だけではない。世界のあらゆる政府の目が中東和平と言う国際政治問題から遠のき、景気の回復、金融システムの安定と言った国際経済問題に移っている。今や中東和平問題は世界の地域問題の一つに過ぎないことがはっきりしてきたのである。客観的に見れば現代の中東和平問題はイスラエル政府によるパレスチナ人弾圧問題であり、世界中どこにでもある国内少数民族問題と同程度の問題なのである。他の地域の少数民族問題と異なるのは米国というスーパーパワーが常にイスラエル政府を背後で支えていることであり、一方ではそのような米国に反発する勢力がこの問題を利用していることである。その勢力とはかつてはソ連をバックとするアラブ民族主義運動であり、現代ではイスラム主義運動である。

  しかしナタンズ爆撃に向かうイスラエル空軍パイロットにとってはそのような政治や経済の問題など無関係である。今彼らの心は高ぶっている。何しろイスラエル空軍が他国に出撃するのは久しくなかったことである。最近で言えばイラクの核疑惑施設空爆とレバノン南部のヒズボラーキャンプ攻撃があるが、いずれも近距離の隣国であり、本格的な長距離爆撃は1973年の第四次中東戦争以来である。

(続く)

(この物語はフィクションです。)

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